ファイティングスピリット オブ ラゥナ
「……ゥグ」
朦朧とした意識の中、生暖かく湿った地面の感触と鼻をつく鉄の匂い。
いけない、少し気を失っていた。
なんとか頭を上げて暗い空を見てみれば、闇の中に輝く大きな光が真上に差し掛かろうとするところだった。
何か、昔のことを思い出していた気がする。
私にとって宝物の、彼との思い出。
彼にとって、私は宝物だったのかな。
別れる前の彼の表情、言葉、そして涙は、霞む意識の中でもはっきりと思い出せる。
彼の姿は、もうここにはない。
真っ暗に堕ちた森と、私しかない。
────
ふと視線を落とし、自身の首元を見れば、あのニンゲンにやられた深い深い刺し傷があった。
そこからは今も、夜のせいで黒に見える液体が溢れている。
私も、もうすぐ消えてしまうのだ。
もう、助からない。
あの時とは訳が違う、正真正銘の終わり。
死んでしまう時って、妙に落ち着いているんだね、と思考する意識も、次第に闇に引っ張られ始めた。
なんだか、考えることすら面倒な気持ちになってきた。
私はそっと、自身の身体を再び地面に横たえた。
彼なら、きっと子供たちを救ってくれる。
だから……私は、少し……休むね。
ずっと私は、あなた達を、見守っている……か、ら。
────
はっと、閉じていた目を開ける。
何か、昔のことを思い出していた気がする。
私にとって宝物の、彼との思い出。
彼にとって、私は宝物だったのかな。
別れる前の彼の表情、言葉、そして涙は、霞む意識の中でもはっきりと思い出せる。
彼の姿は、もうここにはない。
真っ暗に堕ちた森と、私しかない……。
そう思っていたところに、私の目の前にとあるものが現れた。
それは、黄色く鮮やかに輝く蝶々だった。
なんだろう、とても綺麗だ。
そんな蝶々は、ふわりふわりと私の周りを舞ったかと思うと、私の目の前に留まったすぐ後に消えてしまった。
消えちゃった。私も、こんな風に、もうすぐ消えちゃうんだろうか?
視線を落とし、自身の首元を見れば、あのニンゲンにやられた横薙ぎの大きな切り傷があった。
そこからは今も、夜のせいで黒に見える液体が溢れている。
私も、もうすぐ消えてしまうのだ。
もう、助からない。
その引っ掻き傷のような首の傷を見て思い出すのは、あの時のこと。
心配そうに駆け寄ってきて、おそらく限界だったのにも関わらず私を背負って村にまで運んでくれた彼。
ねえ、あの時みたいに……。
あの時みたいに、助けに来てよ……。
強がっていた私の心の中で、何かが決壊するような音が聞こえた。
それに伴って、瞳からは止めどなく涙が溢れてきた。
いつも私が危なくなったら、助けに来てくれたじゃん!
そんな風に、また、助けてよ!
一度考えて始めたら、止まらなくなってしまった。
私の身体は、生きたいと叫んでいるのだ。
今思えば、こんな私がよく彼を振り払えたのか不思議に思う。
お願いだから……側にいてよ。
独りにしないで……。
彼は、私が成し遂げられなかった、子供たちの救出に向かっているのだ。
止めては、いけないのだ。
そして、私の役目は終わった……。
もう彼とは、二度と逢うことはないんだ──
「クルアアァッ!」
そんなの嫌だっ!
そう叫んで、私は一気に立ち上がる。
彼は、あの時、独りになりたくなくて私を助けたんだ。
それなのに、今私が諦めて、彼を独りにさせるの?
私が彼に子供たちを追わせるように言った時の、あの酷く戸惑うような表情。
いなくなって寂しいのは、彼だって一緒なのだ。
そして彼は、私との約束を守るために今も必死に子供たちを追ってくれているのだ。
ならば、私だってもうひと頑張り、なんだ。
私は、立ち上がった体勢から、一歩、前へと歩みを進める。
傷だらけの身体は、まだ動きそうだった。
どうか、私の思いに耐えてくれますように。
首から暖かい雫が滴り落ちる感覚がするから、あまりゆっくりもしていられない。
私はさらにもう一歩、もう一歩と転けないように歩き、記憶を頼りにあの村への道を急いだ。
◇◆◇
「……クゥ」
つ、着いた。
私はあまりの安堵に、その場に前のめりに倒れこんだ。
何人かの村の人間が、私を見つけて駆け寄ってくるのが分かった。
この村の人間たちなら心配いらない。
かつて私たちを、死の危険から救ってくれた人間たちなのだ。
「……カ、アウ」
しかし、今回はどうだろうか。
自分でも分かるほど、もう私の身体は限界に近かった。
今も、少しでも気を抜けば消えてしまいそう、そんな気がする。
集まった人間たちは、初めは何かと騒いでいたものの、私の弱り具合を見てか次第に何も言わなくなってきた。
やはり、彼らでも無理なのだろうか。
「ガ、ウゥ……クルル」
まあ、それならそれでいいのだ。
私は助かるためにここに来たんじゃない。
きっと彼は、一人で子供たちを助けに向かっている。
あの彼が、こんな時だけ仲間を引き連れて行くとは、どうしても考えられないのだ。
だから、私が伝えてあげなきゃ。
彼が一人で戦っていると。どうか手を貸してあげて欲しいと。きっと彼の匂いなら、まだ残っているはず。
そう思って、ふと鼻を効かせてみると、ふわりと嗅ぎ慣れた匂いが漂ってくるのが分かった。
間違えるはずもない、これは彼の匂いだ!
しかも、どう言うわけか、かなり近い!
「グルアッ」
私は前足を地面に突き立て、身体を引き摺るようにして匂いのする方向へと進む。
そして、匂いが溢れてくるとある家の前まで来ると、何かを察した村人がその家の出入り口を叩いてくれた。
そのすぐ後には、中から黒の布を身に纏う人間の子供が現れる。
その子が驚いたように何かを言うのを遮って、私は匂いのするものを前足で指した。
あれだ……あの、赤いものが入った入れ物だ。
どうしてか、あれから彼の匂いがする。
すぐに子供がそれを取ってきてくれて、そのまま私に手渡してきた。
ああ、やっぱり、これは彼の血で出来ているのだ。
そう言われれば、あの時に何かを渡していたけど、これだったんだね。
「────?」
その時、目の前の少女が何かを問いかけてきた。
言葉の意味は分からないから、私は赤の液体の入ったそれを持ったまま首を傾げる。
「────?」
もう一度、同じことを聞かれた気がした。
彼女の瞳には、何か覚悟のようなものを求めている気がした。
覚悟なら、あるよ。
彼を、手伝わなきゃ。
そう思って、ひとつ頷くと、少女は少し迷った様子を見せた後に、私の手からその入れ物を取った。
それから、何か栓のようなものを取り、その中身を私の口の中に一滴だけ垂らした。
「クアァ……」
広がる、彼の感覚。
まるで彼が間近にいるかのようだ。
身体中に暖かさが広がっていって、不思議と力も湧いてくるようだった。
村人たちも、何か奇跡でも見ているかのように、息を呑んで私の身体を見つめている。
「グァオ!」
その時、背後から羽ばたきの音と、よく聞く鳴き声が聞こえてきた。
この声は……!
彼の唯一交流のあるその竜ならば、ついに私の役目が果たせる。
感情のあまりガバッと立ち上がる私の身体には、痛みも、疲労感も、全く感じなかった。





