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運命を舞い渡る蝶と竜の血薬  作者: だーおん
ドラゴンの運命
25/28

2−14 僅かな歪みは、やがて大きな変化に

 月明かりに照らされた森の中を走り抜けていく。

 もう身体の方はとっくの昔に限界を迎えていて、気力すらももういつまで持つか分からなかった。

 しかし、だんだんと強くなる彼女の血の匂いが、そんな極限状態の俺を支えて突き動かしていく。


「グルガアアァァ!」

「なっ……! ウソだろ⁉︎ まさかこんなところにまで!」


 そして、ようやく見つけた。

 疲れた様子で崖に沿うように森の中を南下していく、麻袋を二つ担いだ『俺』に、後ろから渾身の咆哮を浴びせてやる。

『俺』は、ラゥナの返り血が付いていることで追われることを危惧してか、相当遠くまで一目散に逃げていたようだ。

 確かに、ここまで逃げられれば、臭い消しの粉塵も使っているだろうし、村から匂いを追って追いかけるのは難しかっただろう。


 だが……。


「何故だっ……! クソッ、とことんついてないっ!」

「ガアァァアア!」


 俺は、『記憶』を頼りにしてあの丘にまで最短で向かうことができた。

 そうして距離が縮まったことで、俺はギリギリその血の匂いを嗅ぎつけることができたというわけだ。

 捨て台詞のようなものを言いながら一気に逃げ出した『俺』を、もちろん俺は全力で追いかける。


 ひとつ疑問に思うことといえば、どうして『俺』はラゥナの返り血を浴びているのか、ということ。

 ドラゴンの二回目の咆哮を聞いた後で、事態の深刻化を悟った俺は落ち着いてその首に剣を一刺しにした。

 いきなりドラゴンが現れでもして、相当焦ったりしない限りは、返り血を浴びたりなんて失態はしないはずなのだ。


 前も今も、『俺』がそうやってラゥナを手に掛けた事実は変わっていないのに、一体何が違ったのか……。


 ……待て、俺、二回目の咆哮上げたよな? 何か、その時に起こらなかったか?



「ガルガァァッ!」


 まあだが、今はそんなことはどうだっていいのだ。

 俺は思考していた頭を放棄して、前を走る『俺』に集中する。

 俺が崖に追い込むような位置取りで追いかけているからか、だんだんと『俺』との距離は縮まってきていた。

 しかし、このままでは『記憶』の二の舞になってしまう。


 俺はそうならないように、少しずつ崖側にに近付いていくように走っていく。

 これならば、『俺』が子供たちを崖側に投げた後、すぐに回収できる。


「だったら……これでっ!」


 そして俺の中の記憶の通り、すぐ前を走る『俺』は仔竜が入った二つの麻袋を崖側に投げ飛ばす。

 勢いが足りずに崖まで行かずに地面に転がったそれに、俺は目が釘付けになった──。


 ふりをした。


「マヌケがぁッ!」


『俺』が狙ってくるのは俺の後ろ足だったはずだ。

 そう思って視界の端でそいつの動きを見れば、確かに振りかぶる剣と視線は俺の左の後ろ足に向けられている。

 そして勢いよく投げられた剣を、俺はヒョイっと足を上げて回避する。


「なっ⁉︎ そんなバカな!」

「……グ、ウゥゥ」


 しかし、限界に鞭打って動かしているこの身体が思い通りに動くはずもなく、俺は走りながらバランスを崩して、その場に前転するように一回転した。

 なんとか転がった後の体勢は立て直せたものの、大幅にタイムロスしてしまう。

 くそっ、これじゃあ子供たちが……!

 俺がもう一度立ち上がって『俺』を睨み付けると、そいつは万策尽きて怖気付いたのか、その場に身体を震わせて立ち止まっている。


 しかしそれも、少し離れたところに落ちている二つの麻袋に目がいくまでのことだった。


「こうなったら……!」

「ガァッ!」


 おい馬鹿! やらせねえ!

 俺は急いで『俺』に走り出すが、あまりにも距離が違い過ぎた。

 俺の目の前で二つの麻袋を掴んだ『俺』は。


 何の躊躇もなくそれらを大きく振りかぶって崖に投げ飛ばした。



 ──ああ。


 やっぱりな。

 走りながら、頭の中にあの時の映像がフラッシュバックする。

 仔竜を追いかけるようにして、崖に無謀にも飛び出したオスドラゴン。

 全く勢いを殺すことが出来ずに、最後は親子共々崖下に叩きつけられる。


 こうなることは、薄々分かっていた。

 ラゥナを見送った時から、なんとなく察していたさ。


 俺は『俺』の横を素通りして、放物線を描いて奈落に吸い込まれていく子供たちを追う。

 無力感の中、なぜか思考だけはしっかりとしていた。


 結局、『記憶』の中と何も変わらなかったじゃないか。

 俺が過ごしていたのは、ただの繰り返し(リプレイ)に過ぎなかったのだ。

 途中は何かと変わった部分はあったけれど、最終的な結果はこれだ。

 どう足掻いても、結果は変えられなかったのだ。


 俺はいよいよ崖の淵までたどり着こうとし、一気に飛び出すために足に力を込めた。

 右翼の感覚は、もうほとんどない。

 こんな状態で飛ぼうとすればどうなるかなんて、誰にだって分かる。

 せめて子供たちだけでも、とその方法を模索するも、いくらドラゴンとはいえ高高度から岩に叩きつけられれば無事ではないだろう。


 ──ラゥナ、すまない。

 子供たちと一緒に、すぐにそっちにいくことになりそうだ。


 あの時、死ぬときは一緒だって、俺が思ったのが叶っちまったかな──。



 そう思って、ついに死へのダイブをしたと思った瞬間、俺は何かにぶつかった。


「グア⁉︎」

「グルルォ! ガル、ガルルアオ!」


 ア、アドル⁉︎

 尻餅を付いた俺の代わりに崖に飛び出したのは、さっきよりもさらに鱗に返り血を付けたアドルだった。

 その傷じゃあ無茶です、こっちは俺に任せてください!

 そして、あいつのためにも、生きて帰ってやってくださいよ!

 短くそう言った彼は、翼を畳んで高速で崖下に降下して行った。


 呆然として、しばらく何も考えられなかった。


 運命が、か、変わった?

 ウソだ、ありえない。

 確かに記憶の中でもアドルはやって来ていた。

 しかし、当時の方が蛇行するようにドラゴンとかなりの時間追い駆けっこをしていたから、時刻は少なくとも今よりかは遅かったはず。

 だから、アドルが追い掛けて来るのは時間的にまだまだ後のはずなのだ。


 何故、どうして、とぐるぐる思考を巡らせていると、草むらを掻き分ける音が聞こえる。

 振り返れば、『俺』が一目散に逃げ出すところだった。

 しかし、追いかける気にはなれなかったし、その体力も既になかった。

 俺の目的は子供たちを取り返すということと、ラゥナの仇を討つということだったのだ。

 それの片方が達成されてしまった今、ラゥナが望んでいないかもしれない復讐だけでは俺の身体を動かす気力には不十分なのだ。


 俺がどうこうしたわけではないけども、子供は、なんとかなった。

 ラゥナとの約束は、果たせた。

 もう、それだけで十分なのでは──


「グ、グゥゥ……」


 その時、記憶を思い出した時のように、激しい頭痛が突然襲いかかってくる。

 咄嗟に前足で頭を押さえようと手を上げた時、俺は目を疑った。

 なんと、自身の腕から先が、黄色く輝くオーラを放ちながら半透明になっていたのだ。

 頭痛など気にならなくなり、目を瞬いて別の角度からその腕を見てみたが、どう見ても透けている。

 しかし触ってみると、確かに触られた感覚があるし、実体もあるようだ。

 色といいこのオーラといい、まるで彩幻蝶のようだ。


 なんなんだよ、これは。

 こうして唖然として腕を見つめている間にも、次第に薄くなっていく腕と、酷くなっていく頭痛。

 その時ふと、『俺』が逃げ去った方向に目がいった。

 俺、俺って……。


 待て、あいつは間違いなく『俺』だよな?


 その瞬間、俺の中にありえない仮説が浮かび上がってきた。

『俺』は確か、俺を追い掛けて駆けつけたアドルと思われるドラゴンに殺されたんだった。

 逆に言えば、そうして『殺された』から、今こうして奇妙な運命に巻き込まれるようにしてドラゴンに生まれ変わっているといえる。

 それが正しいとすれば、もし、『俺』が殺されなかった場合……今の俺は存在しないということになる。

 薄れゆく自身の身体に、逃げ去っていった『俺』。

 どうにもこれが無関係であるとは考えにくいのだ。

 実際、今の俺自体が意味の分からない現象に巻き込まれているんだ、そういうことが起こったとしても今更何の不思議もない。


 “あいつのためにも、生きて帰ってやってください!”


 アドルの言葉が脳裏を過ぎる。

 あいつとは、一体誰のことなのだろう……。

 俺の帰りを心から待ち望むような奴なんて、もう居ないと思っていたが。


 とにかく、俺は生きて帰らねばならないらしい。

 アドルのあの様子から、何故だか俺はそんな使命感を見出だしていた。

 だって、友達と言える友達なんてアドルくらいしか居ないし、アドルもそれを知っている。

 あの青年のことをアドルが知る可能性もないはずだから、アドルが俺に話すような奴の話題なんて相当に限られるはずだ。


 それを、純粋に確かめたいと思った。

 その気持ちが、俺の使命感の原動力なのかもしれない。

 ただ単に、消えたくないっていうのもあるかもしれない。

 そもそもあいつは、ラゥナの仇ではないか。


 まあ、何にせよ、俺がやることは一つ。

 俺は立ち上がった。

 さっきの疲労困憊は何処へやら、身体の方は、まだまだ動きそうだ。


 俺は『俺』の逃げた方の森に向きなおると、アドルのものであろう遠くの羽ばたきの音を聴きながら、一気に走り出した。

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