スピリット オブ ラゥナ
珍しかった。
群れの仲間たちには溶け込まず、いつも独りで森の中に入っていき、夜になれば親の住処へと帰っていく。
そんな彼に、純粋に興味が湧いた。
「クルアッ」
「……。」
試しに、挨拶をしてみた。
一瞬驚いたように目を合わせてきた彼だったが、何も言わずすぐに正面に向き直って歩き出してしまう。
ますます気になる。
彼以外の仲間たちとはみな仲良くなったし、知らない子からもよく積極的に友達になろうと言われるのに、どうして彼だけは誰とも仲良くならないのだろう。
私は、そのことがあまりにも気になって、ついには彼に勝手に着いて行ってみることにした。
もちろんその間にも、いろいろ話し掛けたりはするんだけど、やはり何も答えてくれない。
それに、森の中で何をするのかと思えば、狩りの練習と昼寝くらい。
おかしい。そんな生活をしていたら、絶対暇なはずなのだ。
もしかしたら、私が着いて行く時だけ、そうやって時間を潰しているのかもしれない。
そう考えた私は、ますます好奇心を煽られて、絶対にその秘密を探ってやろうとやっきになって彼に密着した。
そして、いつだっただろう、彼が私の呼び掛けにちゃんと返答してくれたのは。
その時のことは、あまりに嬉しくてよく覚えていないけれど、何だか不思議な気持ちになったのは覚えている。
しつこく付き纏う私に、彼は拒絶の意思も示すことは出来たはず。
それもせずに、ただただ無視を貫いて、最終的には呼び掛けに答えてくれるようになった。
ようやく、彼の特別なものになれたような気がしたのだ。
他の誰もいない、私と彼だけの関係。
そういったものに、私は無意識のうちに飢えていたのかもしれない。
◇◆◇
それから、彼とは随分と長い時間を過ごした。
一日中森の中で遊び、へとへとになって帰ってくる。
彼にも、次第に笑顔が増えていった。
その生き生きとした表情を見るだけで、私の心は暖かい気持ちでいっぱいになるのだ。
あの時は、いつも通りに狩りをしていた。
そんな私の目の前に現れたドラゴンに、いきなり押し倒された時は、本当にもう駄目だと思った。
助けて、誰か。
必死に叫んだ。頭の中に真っ先に思い浮かんだのは、彼の姿だった。
すると、あっという間に駆けつけてくれた彼が、自身よりも随分と大きな雄ドラゴンに、全く臆することなく体当たりをした。
いつも冷静で、時々笑顔を見せる彼が、あんなに必死な表情をしていて、とても驚いた。
そんな表情を見れて嬉しいな、と思ったのは私だけの秘密だ。
しかし、やはり圧倒的な力の差が覆ることはなく、弄ばれる彼と不甲斐なく捕まる私。
恐怖と自身への情けなさが込み上げてくるなか、彼は傷だらけの身体で再び立ち上がって吼える。
彼が諦めないのなら、私だって諦めてなるものか。
そう思って、私は雄ドラゴンの顔面に噛み付いた。
そこからのことは、あんまり覚えていない。
本当に心配そうに私を見る彼が、とても愛おしくて。
自分の中にあった感情が、その時になってようやくはっきりと分かった。
彼のことをもっと知りたいと。
彼と、ずっと一緒に居たいと。
結局、私たちは何とか助かった。
気が付いた時には、ニンゲンの住む村に居て、不安でいっぱいだったけれど、どうやらニンゲンが私たちを助けてくれたようだ。
彼らの言っていることは分からないけれど、動けない私の傷に何か布を巻いて保護してくれたり、お腹の膨れる液体を飲ませてくれたりしたのだから、理解するのにそう時間は掛からなかった。
そして、私が目を覚ましてから、何回かの夜を越えた朝に、彼も目を覚ました。
彼が生きている。それだけで、もう私は十分。
また彼と一緒に居られることが、とてつもなく嬉しかった。
◇◆◇
それから、彼は私とつがいになってくれて、その年には子供も授かった。
私も、母親になるのだ。
この子供はなんとしても守ろう、そういう確かな決意を胸に刻み込む。
彼に話せば、しっかりと頷いて分かってくれた。やっぱり、私の選んだ彼はホンモノなのだ。
私は誇らしかったし、幸せでいっぱいだった。
──それなのに。
いきなり目の前に現れたニンゲンが、子供たちに迫る。
何かを言っていてもその意味は理解できないけれど、本能的に子供たちが危ないと感じた。
私は子供たちを庇うようにしながら、精一杯威嚇の声を上げる。
それでもそのニンゲンは近付いてきて、いよいよ私が隙をついて噛み付こうと考えていると、やはりあの時のようにあっという間に駆けつけてくれた彼がそのニンゲンを弾き飛ばした。
「グルルッ! ガァ!」
彼の、逃げろという言葉に、私は一つ頷いて一目散にその場を離れた。
大丈夫……彼は強いのだ。大丈夫だ……。
そう自分に言い聞かせて、二人の子供たちを抱えて森の中を走る。
しばらく走れば、さっきの場所のように木がなく開けた場所に出たので、とりあえずそこで待つことにした。
彼なら大丈夫。きっとすぐに、あんなニンゲンなどやっつけて、匂いを辿って私のところにまでやってきてくれる──。
そう思っていたのに、しばらくしてその広場にやってきたのは、さっきのあのニンゲンだった。
どうして⁉︎ と考えている一瞬の間にニンゲンが距離を詰めて、振り回す銀色のもので私の鼻先を掠め切った。
──彼は、彼は一体どうしたというのか。
鼻の痛みに怯み、続けて横腹にもその攻撃を受けて、最後には蹴っ飛ばされて私は倒れ込んだ。
──まさか……彼はこいつに。
無防備な子供たちを、ニンゲンが抱えて走り出そうとする。
──まさか! まさかきさま!
湧き上がる怒りで痛みなど消し飛んで、そのニンゲンの足を前足でがっちりと掴む。
彼を……彼を何処へやった‼︎
今すぐ引きずり倒してその身体に私の鉤爪を突き立ててやりたかった。
そのくらい、私は怒りに囚われ、混乱していた。
「グルガアァァアアッ!」
その時、森の方からその咆哮が轟いてきた。
間違えようのない、正真正銘彼の声だった。
ああ、良かった。
やはり、彼は強いのだ。こんなニンゲンなどに、負けるわけがない。
私よりずっと強くてかっこいい、私の彼なのだから。
とにかく、彼が来るまでの間、私がなんとかこのニンゲンを食い止めなきゃ。
子供たちは命を掛けて守るんだ。
その時、なんとニンゲンは片方に抱える子供を放り投げたではないか。
そして愚かなことに、思わずそっちに気が向いてしまった。
次の瞬間には前足と顔面に激痛が走り、またしてもその手を離してしまう。
させるものか……!
執念で体勢を立て直すと、再びニンゲンの足元に縋り付く。
絶対に行かせない。行くのなら、私を殺してからだ!
◇◆◇
それから、どうなったんだったっけ。
蹴り上げられて、視界が夕暮れの空いっぱいになったところで、視界の端に広がる赤。
全身から力が抜けてしまって、その場に崩れ落ちる。
慌てて駆け寄る彼。
どうしてか何度も謝る彼。
……私は、私は。





