1-2 ドラゴンの群れ
用意された家で一夜を明かした俺らは、夕方にあの村を出発し北に広がる森の奥へ奥へと進んで行く。
三人は村に置いてきたから、今連れてきているのは俺を含めて二十三人。
ツガイのドラゴンを相手にするならば十分すぎる戦力だ。
まあ、本当にここにドラゴンが居るのかは疑問なんだが、もし見つからなくてもあの村から搾取すればまたしばらくは過ごせるだろう。
「そろそろドラゴンに出くわしてもおかしくないんだが……やはり情報が古すぎたか」
なんとなく察してはいたが、出発してしばらく経つものの一向にドラゴンが現れる気配は無い。
聞こえるのは、俺たちが草木を掻き分けて進んでいく音と、野鳥の鳴き声くらい。
まあ仕方ない、か。ドラゴンなんて、そう簡単に出会えるものじゃないからな。
これ以上探しても、もう何も収穫は──
「あ、兄貴っ! あれを見てくだせぇ!」
「馬鹿、声が大きいぞ!」
諦めて引き返そうかと考えていたその時、突然仲間の一人が大きな声を出す。
ドラゴンが音と匂いに敏感だと何度行ったら分かるのだろうか。
その仲間を窘めながら振り返ると、そいつは俺らの進行方向を指差して口をあんぐりと開けている。さらに、その周りにいる仲間たちも次々と息を呑むような表情になっていく。
なんだ、一体何があるって言うんだ、と指差した方に向き直ってみると。
俺は、言葉を失った。
自分の目が信じられなかった。
「なんだ、これは……」
大きな岩壁に空いた、ドラゴンの巣と思われる幾つもの穴に、その下の草原でじゃれ合う子どものドラゴン。
さらにその向こうには、仔竜どもの警戒もそこそこに呑気に昼寝をする大人のドラゴンも見えた。
その数は、仔竜だけ数えてもざっと50匹はいるだろう。
噂でも聞くことなんて滅多に無い、とんでもない規模のドラゴンの群れだ。
「こ、ここは、天国か?」
「ざくざくボロ儲けや!」
「こんな、こんなことって……」
一匹捕まえれば大金になる金塊のような存在が、手に届く場所に、余るほど無防備に転がっている。
ふと我に返った俺は、未だぼけっとしている男どもを叩き起こしながら出来るだけ抑えた声を上げる。
「総員散開しろ! 出来るだけ大人にばれないようにしながら仔竜を攫え! 殺しても構わん! 抱えられるだけ抱えていくぞ!」
「よし、いくぜ!」
「まてっ俺も!」
「へへ、さっそく一匹目ゲットだ!」
指示を出し終わった俺は、さっさとその場を離れて竜の巣の広場をぐるっと一周するように森の中を駆け出す。
馬鹿どもには、あの仔竜は良いエサだったな。
あんなに騒がしくして、バレないはずが無いじゃないか。
それに、これだけの規模のドラゴンの群れ。正面からまともにやり合えば、命がいくつあっても足りない。
逆に、どうしてそれが分からないのか。
「グルアアァァァーーッ!」
「ぎゃああ!」
直後、ドラゴンの咆哮と誰かの悲鳴が聞こえてくる。
それと同時に、大人のドラゴンたちが一斉に俺の横の広場を通り過ぎていくのが、草むら越しに見えた。
そのドラゴンたちの鱗の色はほとんどが青み掛かった黒色。
あれは、通常種のドラゴンのオスの特長だ。
さっきの咆哮で異変を感じた奴らが一斉に対処に向かっているのだろう。
『オトリ』として、仲間たちは早速活躍してくれているようだな。
非常に頼もしいことだ。
「さて、狙うべき獲物は、っと……ん?」
広場を横に見ながら森の中を駆けていると、俺の目があるものを捉えた。
すぐそこの森の中をゆらりゆらりと舞う、黄色いオーラを纏ったような何か。
俺はその姿に、見覚えがあった。
「まさかこいつ、彩幻蝶か⁉︎」
彩幻蝶。
昔読んだ本の中に出てきた、幻の蝶だ。
『運命を舞い渡る蝶』との伝説さえあるほど非常に希少価値が高く、一匹で生け捕り仔竜の半分ほどもの値が付くと聞いている。
まさかこんな奴にまで出会うとは、今日は一世一代の儲けチャンスに違いない。
「よーし……って、クソ! 待ちやがれ!」
腰の道具袋から蝶を捕まえるための酒の空き瓶を取り出していると、そいつはゆっくりとドラゴンの広場の方に向かって行ってしまう。
とっさに俺は駆け出し、右手で抜き放った愛用の剣を勢いよく振り下ろしていた。
が、確かに当たったはずなのに、まるで煙を切ったかのようにその蝶は一瞬姿を歪ませただけで、平然とひらりひらりと舞っている。
そうなんだ、この蝶、目撃情報自体はそう少ないというわけじゃないんだ。
じゃあどうしてそんなに貴重なのか。それはこいつの捕まえにくさに関係している。
まるで幻でも見ているかのように、その姿は揺らめき、掴むことすらままならないまま消えてしまうという。
捕獲できた例はあっても、ただ偶然捕まえられたというのがほとんど。
「チッ、仕方ないか……」
俺は追い掛けるのをやめて、右手の剣を腰に仕舞う。
これ以上あいつを追い掛けて、ドラゴンに見つかりでもしたら笑い話にもならない。
ここは潔く諦めて、確実に大金の手に入る仔竜を狙った方が得策だろう。
目の前を舞っていく金に未練を感じつつも、俺は無理やり目を逸らして再び森の中を走り出した。
「あいつは……駄目か。周りが開けすぎてるし、仔竜も一匹だ。もっと、もっと格好の獲物が居るはずだ」
群れの方向を時々見ながら、出来るだけ守りが薄くて仔竜の多い獲物を探す。
そこまで焦る必要は無いが、時間が経てば経つほどオスドラゴンどもが戻ってくる可能性が大きくなる。
そうなる前に、なんとか仕事を終わらせたい、が……。
「きた……ビンゴだ」
オトリの居る場所から広場に対してほぼ反対側までやって来ると、小さな草原の空き地に一匹の濃い茶色の鱗……メスのドラゴンと、生まれて数年と経たないような、鮮やかな青と茶色の鱗の仔竜がそれぞれ一匹。
辺りにはオスドラゴンどころか、こいつら以外のメスや仔竜すら見当たらない。
オスに放置されている上に、はぐれのメスときたらもう格好の獲物ではないか。
俺は素早く草むらを飛び出して、その三匹の前に躍り出る。
「グアルルルッ!」
「「キュー……」」
メスドラゴンが途端に威嚇を始めて二匹の仔竜を庇う。
そこで気が付いたが、このメスドラゴン、所々に傷跡のようなものがあり、特に横腹の部分には何かに引っ掻かれたような大きな傷跡もあった。
メスならたとえ大人のドラゴンであってもサシの勝負ならば勝てるのだが、このメスドラゴンはもしかするとある程度戦い慣れしている可能性がある。
俺は腰から剣を引き抜くと、いつもより警戒しながら剣をそいつに向けて近付いていく。
「よーし、じっとしてろよ」
いよいよ剣のリーチに入り、ドラゴンまであと数歩という所までやってきた。
ゆっくり近付く俺に、メスドラゴンは威嚇するだけで何も行動を起こさなかった。
怖気付いたのか、それとも俺の隙を狙っているのか……。
いよいよ、ドラゴンの攻撃範囲に入る。
入った瞬間、剣で一度牽制した後最速で仔竜を──
「グガァァアア!」
「なっ……!」
突然右からドラゴンの咆哮が響いてきて、咄嗟にそっちを振り向く。
瞬間、しなる尻尾が視界一杯に広がり、俺は剣を前に掲げて防御するので精一杯だった。
強烈な衝撃と剣の軋む音。
わずかな浮遊感の後に、地面に叩きつけられたことによる激痛が背中を襲う。
「グルルッ! ガァ!」
うつ伏せのまま地面に手をついて、歯を食いしばって顔を上げる。
そこには青み掛かった黒色の鱗の、左のツノが欠け左目辺りに大きな傷痕のあるドラゴンが、メスドラゴンと仔竜との間に立ちはだかっていた。
……くそ、ツガイのオスか? 何故だ、どうしてこっちに来やがったんだ! 群れの注意は向こうに向いていたはずだ!
「ちくしょう、ついてねぇ」
何とか俺が立ち上がる頃には、既にメスドラゴンは仔竜を連れて森の奥に走り去っていくところで、今はこのオス野郎しか残っていない。
心の中で悪態を付きながら、軋む身体で剣を構える。
大人のオス相手だと、流石に俺一人じゃあ無理がある。
ここは、一旦引くか……。
「グ、グゥゥ……」
「な、なんだ……?」
その時、俺は何やら目の前のオスドラゴンの様子がおかしいことに気が付いた。