2-8 村人とツガイの竜
例の少女の家の前まで歩いていく。
気配で、少女が小さな窓から俺と青年のやりとりの様子を伺っていたことは知っている。
昨日は幾分かそっけない態度だったが、やはり気になるのだろうか。
そんなことを考えながら、コンコンと、尻尾を伸ばして木の扉をノックをする。
少し遅れて、ゆっくりとした動きで扉が少しだけ空いた。
「なんだドラゴン、まだ何か用事か?」
「ルル」
その扉の前に、前足で持っていた小瓶をそっと置く。
真っ赤な液体の入ったそれを見た少女は、なんだこれはと言わんばかりに扉から出て来て瓶を拾い上げる。
俺の後ろの青年らも興味津々といった様子でこちらを覗き込んでくる。
「まさか……これは」
そして、しばらくそれを振ったり見つめたりしていた少女は、その液体が何であるかを察したのか大きく息を呑む。
──竜の血。
それは竜のツノと同様に、非常に高価で取引される代物だ。
記憶によると、とても良い薬の媒体になるらしいから、昨夜青年に瓶を譲ってもらって血を込めた。
「礼はいらないと言っただろうに……だが、本当に良いのか? これがあれば、古い文献にある不死の薬すら調合できるぞ」
「グル」
どうやら、薬の材料になるのは本当のようだ。
不死の薬が作れるかは知らないが、少しでも恩返しになれたならそれで良い。
ぶっちゃけ、必要ない、と言って押し返してくるのかと思っていたが、よほど貴重なものなのか少女は食い入るように瓶の中の液体を見つめている。
俺は動揺を隠せていない少女をどうしようか、何か言った方が良いだろうかと一瞬思案する。
が、俺はそのまま少女を置いて振り返り、成り行きを見守っていたラゥナを促してゆっくりと森の入り口へと歩いていく。
もう、ここに残る理由もない。
基本的に人間とドラゴンとは、お互いに無干渉が一番だ。
今回は緊急事態だったからこうしてお世話になったものの、これ以上理由なく関わり合うことは避けるべきだ。
……ドラゴンの存在で、あの村が何かしらの被害を被る可能性もあるのだ。
と言うのも、ドラゴンは全身が財宝のようなもの。そんなものが居ると知れれば、一攫千金を狙う者共が寄ってくるのは必至だろう。
命を救ってくれた村がそうなってしまうのは、俺だってごめんだ。
それでも俺は、大分村から離れてきたところで、ふと後ろを振り返った。
それにつられてラゥナも一緒に振り返る。
「二人とも、元気でねー!」
「お前達みたいなドラゴンなら、俺らはいつでも歓迎するぞ」
遠くに見える村長と青年、村の人たちが、俺らに手を振って別れの言葉を口にする。
家の扉からこちらを覗いていた少女は、そのまま扉の中に戻っていった。
戻る瞬間、小瓶を掲げて口を開いていたが、何を言ったのかは聞き取れない。
それでも、その表情から、別れを惜しむ村人たちとどこか同じものを感じ取れた。
本当に、良い人たちだったな。
「グルオオォ!」
「クルァア!」
さよなら、とラゥナとふたりで声をあげて返事をする。
きっとあのみんなならば、何を言いたいか伝わるのだろう。
俺らの咆哮の余韻が終わらないうちに、俺らは再び歩き出した。
もう一度チラリと後ろを見ても、もう村は見えなくなっていた。
あの村に戻ることは、もう恐らくないだろう。
だが、この恩は絶対に忘れない。
俺は心にそう誓った。
◇◆◇
やがて、あのオスドラゴンとやり合った場所を通り過ぎ、木々の隙間から見える太陽がちょうど真上に来る頃には、群れの中心である岸壁のある場所に帰り着いていた。
見覚えのあるドラゴンたちが、しばらく様子の見えなかった俺ら……どっちかと言うとラゥナ、を見て挨拶をしてくる。
そして、口々に身体の傷跡のことについて聞いてくるが、ラゥナはなんとなく言葉を濁してはぐらかしていた。
「クルル」
俺が群れのドラゴンとあまり交流しないことを知っているからか、ラゥナはとりあえず住処に戻ろうと提案してくる。
そう言えば、ラゥナとは同じ住処に住んでいたんだった。
そしてラゥナに手を引かれ、久しぶりの住処に帰ってきた。
十数日程度とはいえしばらく居なかったから、他のドラゴンが住み着いていると言うことも考えたが、その痕跡もなくてひとまず安心か。
「クアァ。ルルオ」
「グウ」
なんとか、生きて住処に帰って来れたね。
住処の地面にゴロンと寝転がってそう言うラゥナに、そうだなと相槌を打って俺もその隣に座り込む。
そうだよな、俺ら、死ぬ確率の方が絶対高かったんだよな。
でも、無事こうやって帰ってこれた。
当時の俺からしたら、まるで夢でも見ているかのような気分だ。
「キュルゥ」
そうしてしばらく、俺は村での生活を振り返って物思いに耽っていると、おもむろにラゥナが俺の隣にぴったりとくっついてきた。
頭を滑り込ませてくるラゥナを、前足で撫でる。
なんとか守ることができた温もりが、俺のすぐ側に確かに存在している。
その事実だけで、俺は暖かい何かが心を満たしていくような感覚がした。
「アル、グゥルル。ルグォ?」
「グルウ」
そういえば、あの時の答え、私まだ聞いてないな? っと、ラゥナが意地悪そうに微笑みながら俺を見上げて言う。
あの時の、とは。
ラゥナの言いたいことは、すぐに分かった。
俺の答えなんて、もうとっくの昔から分かってるくせに。
俺はラゥナの頭から首筋をそっとなぞりながら、そっとその顔を近付けて囁くように言った。
「グクァール、ガルグォ」
もう絶対に、お前を傷つけさせたりなんかしない。
お前は、俺が守ってみせる。
「ガルアルォ、アルルガルゥ。ガ、ルル……」
お前を傷つけるやつは、俺が倒してみせる。
だって、俺は、お前が……ラゥナのことが──
「アルクァ、グルグォ」
「キュルル!」





