2-7 村人と二匹の竜
「グ……グゥ。ルルっ」
確か、この辺りに……あ、あったぞ。
俺が来ているのは、あのオスドラゴンと戦った森の中の広場のような場所。
そこで目的のものを拾い上げると、日が暮れてはいけないと思い急いで村に戻るための道を歩き出した。
今日で、俺が目を覚ましてから早くも十日が経つ。
ドラゴンの治癒力か、それとも青年たち人間の治療技術のおかげか、あんなに酷かった俺らの傷は既にほとんど治った。
包帯が取れて露わになった傷跡こそ痛々しいが、命があるだけで十分だろう。
やがて村の青年の小屋までたどり着き、夕方の俺らの分の獲物を獲ってきたラゥナと合流する。
目的のものは見つかったのかと尋ねてくるラゥナに頷いて答えながら、そこから村全体を見回してみる。
青年の言っていた、煙突から白色の煙を出している家を見つけた。
「クルル?」
「ガァ、アウオ」
またどこかに出かけるの?
ああ。ちょっと、ある人に会ってくる。
俺はそう言って、向こうで取ってきたものをその場に置いてから、今度はその白い煙の家に向かって歩き出した。
俺らは、明日の朝にはこの村を出る。
青年と村長には、既にこのことは伝えてあるし、彼へのお礼も用意できた。
あとは俺らの傷を治した、治療薬を作ってくれた人物にも挨拶をしておくべきだろう。
村人たちの若干の視線を受けながら歩みを進めていき、しばらくもしないうちに目的の場所に到着した。
青年の小屋から二、三軒ほど挟んだ場所にあるその家は、例にもよって木で作られたもの。
しかし周りの家とは違うのは、極端に窓の数が少ないことと、煙突から出る煙が異様に白いということだ。
この家が、治療薬を作った「ベリンダ」という薬術師の家らしい。
「ん、誰なんだ?」
コンコン、と尻尾の先で木の扉を突くと、家の中から何やら少女のような声が聞こえてきた。
驚かせてしまってはいけないと思い、俺は一歩後ろに下がって頭を下げておく。
「なんだ、今オレは忙しい……っと、これは驚いた」
「グゥ」
中から出てきたのは、人間の……子供?
全身を黒のローブが包み込んでいて、フードの部分からは三つ編みにされた茶色の髪の毛が垂れている。
その子供……少女は、扉を開けて俺を見つけた瞬間、少し驚いた表情をしたが、それだけだった。
しかし、どうして子供が? 青年が言うには、ここには一人しか住んでいないそうだが。
「ん、お前は傷だらけでこの村にやってきた例のドラゴンだな。その鱗の色だと雄の方、つまり人の言葉を理解すると噂の方か。で、ドラゴンがこのオレに何の用だ?」
少女は、扉を開けたまま臆することなく俺に話しかけてくる。
もしかしたら奥にここの家の住民が居るのかも、と思い、俺は少女の向こう側に視線を向けてみる。
しかしそこには、何やら液体の入った瓶が並ぶ棚くらいしかなく、他の人の気配も無い。
「……聞いてるのか? 言っておくが、オレはここの家の持ち主のベリンダで、子供ではないからな』
「ガ?」
え、この少女が、ベリンダだと?
どう見ても、子供──
「おいドラゴン、何だその疑わしい目は! 良いか、オレは、子供じゃないっ!」
「ウゥ……」
何故か俺の考えていることが分かったようで、少女……いや、ベリンダが扉から飛び出してきて俺の目の前に立ちふさがる。
ふふん、と必死に背伸びをしているわりには、伏せの状態の俺と大して目線が変わっていない。
「で、何だ要件は。何か用事があってここに来たのだろう?」
この少……ベリンダ、いやもう少女で良いか。
この少女が、俺らの傷を治すのに使った回復薬を作った人物ということで間違いないようだ。
俺は伏せていた体勢を戻すと、自身の傷跡を指して身振り手振りで助かったことをアピールし、最後に少女に頭を下げておく。
「んー、何となくだけど、まさか礼を言いたいのか?」
「グゥ」
なんとか少女に俺の言いたいことが伝わり、俺は彼女の言葉に一つ頷く。
俺のフィジカルランゲージも、少しは上達したのだろうか?
そんなことを思っていると、目の前の少女はあからさまに呆れたようにため息をついて、踵を返して家に戻り始めた。
「ったく、礼なんていらねぇよ。たまたま自然治癒を助ける回復薬が余ってたからエルに渡しただけだ。しかも、あれはそろそろダメになりそうなものだったから、良い整理にもなったしな。はい、それだけ。もう帰りな」
少女は向こうを向いたままそう言って、木の扉を開けて家の中に戻っていってしまった。
俺は呆然と、そのままの体勢で固まっていたが、夕闇の迫る空に目が向いてふと我に返る。
「ゥゥ」
……戻るか。
◇◆◇
「もう、行くのかい?」
「グゥ」
朝早くだと言うのに、森の入り口には青年と村長、その他話を聞いたらしい村人が集まっていた。
青年と村長にはあらかじめ伝えておいたが、俺らは今日でここを去る。
傷の方はもう動き回るには支障は出ないほどに回復したし、いつまでも彼らに世話になるわけにはいかないからな。
身振り手振りで出発することを伝えれば、青年はすぐに察して村長を呼んできた。
全く、ドラゴンとの意思疎通にも慣れたものだ。
「キュウー」
「わっ、もしかして、ありがとうって言いたいの?」
「エルも随分とドラゴンに懐かれたんだな」
ラゥナが感謝の気持ちを込めてそっと青年に頬擦りをする。
本当に、彼らには感謝してもしきれない。
命の恩人だからな。
「……グゥ」
「おっと、君もかい? ……って、それは?」
ラゥナが青年から離れたタイミングで、俺は彼に同じように顔を低くして青年に近付く。
なんだろうと見ていた青年だが、すぐに俺が咥えているものを見つけたようだ。
顔を振ってそれを見せていると、彼は何かに気付いたように両手を差し出す。
その手にそっと、俺の咥えているそれを置いた。
「これは……?」
「こいつの頭のツノ、だな。かなり貴重なものだぞ」
「グゥ」
この十日、俺が寝ていた期間も含めて二週間程度、お世話になった分の少しでもお返しになれば。
俺が動けるようになってからは、ラゥナと同じく狩りをして村人に獲物を提供することでお礼をしたが、命を救ってもらった分には到底足りない。
だから昨日、あの暴走ドラゴンとやりあった場所に行ってこの折れたツノを見つけて持って帰ってきた。
これで釣り合うとは思わないが、せめてもの礼だ。
これも何故か知っているんだが、ドラゴンの素材はその希少性から高値で取引され、特にツノには万病を治す効果があると言われている。
村長の様子から、やはり間違いではないようだ。
売るなりなんなりすると良い。
「でも、良いのかい? 大切なものなんだよね。お礼なんて、狩りだけで十分だったよ?」
「グゥウ、グル」
それを受け取ることに若干の疑問を感じているらしい青年を抑えるように、俺のツノを受け取ったその両手を鼻先でグイッと押し込む。
ぶっちゃけ、俺が持っていても何にもならないものだ。それなら、こうしてあげたほうが良いだろう。
「受け取れってさ。良かったな、エル」
「でも……うん、そうだね。ありがとう、大切にするよ」
「ヴゥ」
さて、と。
青年がツノを受け取ったことを確認すると、俺は入り口のすぐ側にある、煙突から白い煙を出す家に歩いた。
別に礼はいらないと言われていたが、俺は俺なりのケジメをつけさせてもらう。





