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二話『親子』

 結局、十数分は抱擁を続けたままであったと思う。

 もちろん正確な時間を計っていたわけではないのだけれど、僕の体感時間では、およそそのぐらいに感じたということだ。


 僕がそう感じていたということは、もちろん同じように彼女も感じていたわけで。


 お互いすっかり涙は止まり、ただやめるにやめられなくなった抱擁を続けている状況なわけで......


 アリスの方はと言うと、僕の隣で、血液が沸騰を通り越して蒸発してそうなほどの真紅の色に顔が染まっていた。

 心なしか、蒸気が出ているような気がする。


 もちろん、僕だって人の心配をできるほど、平静なわけじゃない。

 むしろ恥ずかしさで言えば、僕の方が数段上だ。


 何せ、ほぼ初対面の同年代の女の子に泣き姿を見られ、更にそれを抱擁で慰めてもらうなんていう、僕の末代までネタにして笑われそうな失態を犯してしまったのだから。


 僕としてはもう、自決を断行したい思いである。


 しかしそうもいかない......僕は彼女を守ると誓ったのだから。

 その誓いを早速破るわけにはいかない。


 ......とにかく、この抱擁をやめさせないと。

 もしかしたら、僕が神であるから、勝手に抱擁を解除しては失礼に当たる......とでも考えているのかもしれないし。


 そうなると、ここは主である僕がきっちりと言う必要があるな。

 僕は密着していた体を剥がしながら言う。


「......え、えーと、もう大丈夫だから......」


 やっぱりきっちりとは難しかった。

 まぁはっきりやめろって言うのも、辛辣過ぎる気がしないでもない。


 これぐらいでちょうどいいのだ。


「は、はいっ!」


 アリスは僕の言葉を聞くと、即座に身を離して(およそ一メートル)正座に座り直した。


 そうではないと分かってはいるが、流石にそこまでスピーディーに離れられると、嫌われてるんじゃないかとすら思ってしまう。


 ......いや、実際嫌われてるのかもしれないけど。

 いきなり目の前で勝手に重たい話をして、勝手に泣き出すなんて......それはもう、ただの変人じゃないか。

 嫌われても仕方がない。


 はぁ......なんか、さっそくへこむなぁ......


「......あ、あの!」


 と、さてこれから何を話したらいいものかと考えていた僕の思考の上から、アリスは声を被せた。


 妙に緊張気味というか、食い入るように全身を前に傾けての言葉だったので、一体何を話されるのかと、僕の表情も少し強張ってしまう。


 しかし彼女の口から出たのは、拍子抜けというかなんというか、とにかくひたすらあっけないもので。


「――ご、ご飯! 家に寄って、ご飯を食べていきませんか!?」


 その言葉を理解するのに、僕はしばらくの時間を要した。


 この状況で......もっと他に色々と聞きたいことがあるだろうに、最初に言うのがご飯とは。

 突拍子もないというか、違う角度から攻めこんで来るというか。


 ようやく理解を終えたときには、固まっていた僕の表情も、そのあまりのおかしさに、今度は緩みきってしまっていた。


「......はははっ。うん、そうだね。ご馳走になろうかな」


 本当は、魂や神に食事は必要ないのだけれど......しかし、食べてはいけないというルールがあるわけではない。

 特に、主である魂を駆る者(ソウルスレイヤー)からエネルギーの供給を受けている魂と違い、神は自分のエネルギーを消費して顕現しているため、お腹が空く......というものに似たような感覚はあるのだ。


 うん、そう考えると、僕もお腹が空いてきた気がする。

 今日は何も食べてないからなぁ......きっと、今までの僕の習慣がご飯を求めているのだろう。


 問いに対する僕のYESの答えを聞くと、彼女は先の僕以上に強ばっていた顔を一気に明るく輝かせ、今度は立ち上がりながら言う。


「じゃ、じゃあ! 私の家はあっちなので! つつ、付いてきてください!」


 そのまま、自分の指し示した方向へとまるで軍隊の行進のような歩き方で進み始めた。

 僕はその隣に付いて歩く。

 ひゃ、という小さな悲鳴を上げたかと思うと、より一層ぎこちない歩き方になったので、僕はまたも小さく笑った。


 ほんと、天然なのか人見知りなのか。

 面白い女の子だけど......同時に、とても優しい子だ。


 見た目は完全に同年代のはずなのに、幾らか幼く感じる。

 逆に、お嬢様は年上に感じるのだけど......お嬢様?


 そうだ、お嬢様......お嬢様との契約コントラクトは、一体どうなってるんだ!?


 僕は左目を抑え、金の瞳であちら側を見る。


 ......よかった。ちゃんと視える。

 僕が中々眠れないと思っていたベッドからの景色。


 ということは、契約コントラクトは切れてないっていう認識でいいのかな......いや、アストラル体の存在が確認できたというだけで、別に契約コントラクト自体が無事かどうかは分からないのだけど。


 しかし、もし契約コントラクトが切れるようなことがあれば、お嬢様も気付くはずだ。

 少しアストラル体を動かしてみたが、別に城が騒がしい様子でもない。


 だから恐らく、大丈夫なはずだ。


 また後で、あちらに顕現できるかどうか試すとしよう。


 魂は基本、呼ばれない限り顕現しないのだが、できないわけではないし。

 主に負担を掛けないために、敢えてしていないというだけで。


 僕はお嬢様にも例外だと言われてあるので、勝手に顕現しても叱られるようなことはないはずだ。


「......」


「......」


 互いに無言で、いつの間にか真っ暗になっていた道なき道を歩く。

 といっても、僕は木々の隙間を縫うように歩くアリスの背中を追い掛けているだけなのだけど......最初は隣でも大丈夫だったのだが、複雑化する道を進むにつれ、背中を追うのがやっとといった風になってしまったのだった。


 よく迷わないなぁという感心を禁じ得ない。


 そんな中、アリスはまだ緊張しているのか、頑として喋らないでいた。


 特に話題もなかったので、僕はその間、一人考える。


 あの時の力は一体、なんだったのだろう......と。


 火事場の馬鹿力......というには、あまりに馬鹿が過ぎる。

 オーバーパワーだった。


 魂の時のステータスでは、強さや攻撃力なんて値は最低値だったはずなのに......確か、人間と同等かちょっと高いくらい、だったか。


 まさか最低値のパワーの極限強化を行っただけで、あそこまでの火力が出るとは思えない......つまり、神となった僕は、何故だか攻撃力が上がっている、ということなのだ。


 いや、攻撃力だけじゃないのかもしれない。

 そこら辺はまた検証する必要があるけれど......何故だか、この神の状態になってから、僕はずっと感じているのだ。


 何でもできるような......万能感、というやつを。


 身体中でエネルギーが渦巻いているような......そんな感じ。


 それこそ、今ならばフュンフさんのように、空だって飛べる気がする。

 まぁあれは腕のときでやった力任せの技じゃないだろうから、練習は必要だと思うけど。


 その力任せの攻撃をもろに食らってしまったあの三人が、どうにか自国へ逃げ帰ってくれていることを祈ろう。


 さて、そんな感じにアリスと森のなかを歩き続けてまた十数分......ようやく僕たちは広い場所に出た。


 木造の一軒家がポツンと建ててあり、その後ろにはあまり大きいとはいえない畑が広がっている。

 木造の家は手作り感が満載で、台風の一つでも来れば一気に崩れてしまいそうな危なげな造りだと分かったが、逆にそういうところが、この森の中では映えて見えた。


「ここが私の家です」


 少し恥ずかしそうにしながら、アリスは言う。

 自分の家に自信がないのだろうか。


「うち、あんまりお金がないから......大したものはご用意できないと思う......んですけど、大丈夫......ですか?」


「あぁ、うん。僕は何でも食べられるよ」


「そうですか! それはよかったです」


 うん、段々と噛まなくなってきてる。

 ちょっとは慣れてくれたのかな?


 いやまぁ、さっきはずっと黙りこくっていたんだけど。


「お母さん! 帰ったよー!」


 アリスは少し駆け足で家まで行き、戸を叩いた。

 僕は家の戸から少し離れたところで待機。


 今さらだけど、僕はお年頃の女の子の家にお邪魔するのだ。

 神とはいえ、見た目は同年代の男の子。


 お母さんにどう思われるか、分かったものではない。


 ......なんだか、少し緊張してきたな。


「――アリス! こんな時間まで森に出て! 危ないじゃないの!」


 バタンと内側から弾けるようにドアが開き、アリスのお母さんがアリスと同じ金髪を揺らしながら飛び出してきた。

 よほど心配だったのだろう。口調こそ強いが、その表情には安堵が見てとれた。


「ごめんなさい......」


「いいのよ、あなたが無事なら......ところで、そちらの方は?」


 アリスが反省しているのを見ると、今度は僕の方を見ながら、お母さんはアリスに問う。


 てっきり僕の存在に気付いていないのかと思っていたのだが......気付いていて尚、僕の目の前でアリスを叱ったのか。

 親子の愛を感じるな。


 少し......羨ましい。


 アリスは迷うことなく、お母さんの目を見て言う。


「神様!」


 あまりの直接的な紹介に、僕は苦笑いをしながら頭を下げるしかない。

 どうも、神です......とは、流石に言えないだろうし。


「何を馬鹿なことを言ってるの、アリス?」


「ほんとだよ! 神様は、神様なんだよ!」


「......はぁ、うちの子がすいません」


 どうやらまったく信じられていないようで、お母さんは僕に謝罪した。

 まぁ執事服の神様なんて前代未聞だもんな。


 信じられないのも無理はない......しかし、実際に神ではあるのだ。

 どう証明したものか......


 ――そうだ。あれがあった。


「ほんとなんだもん! 神様はすごく強くて......」


「ちょっとアリス」


 尚も母の説得を続けようとするアリスを呼び止め、僕は耳打ちをする。

 顔を近付けたときはアリスもお母さんも頬を紅潮させたものだが、ただ僕がひそひそ話をするだけだと分かると、二人とも直ぐに肩を落ち着かせた。


 そして内緒の話が終わり......頷いたアリスは、家の戸から二歩、三歩と遠ざかって、そのまま片手を前に突き出すと......


「――来てください! 神器、シン!」


「はい!」


 魔法の言葉に対する返事を発した瞬間......それを為した僕の肉体は消滅した。


 否。分解され......彼女の手の中で再構築が行われたのである。


「――わぁ......」


 アリスは自分の手のひらに生成されたものを掲げ、まじまじと見た。

 お嬢様のときと違って、あまりにその行動が危なっかしいので、僕は忠告する。


 ――危ないから、あまり振り回しちゃ駄目だよ。


「は、はい」


 素直に忠告を受け取った彼女は、その剣の切っ先を地面に下ろした。


 神刀・魂隠。

 確か、ステータスクリスタルにはそう書いてあったか。


 僕の名前に刀という字を足しただけなのだけれど、なんだか僕には不似合いな、格好よすぎる名前になってしまったような気がする。


 魂のときには、それはなまくら同然といったほどの切れ味だったのだけど......今ではどうか、分からない。

 というより、ほぼ間違いなく威力は上がっているだろう......それも桁違いに。


 そう思わせるだけの、体の底からみなぎるエネルギーが、僕の全身を支配していた。


 なるほど、神器や魂器はその神や魂の能力を結集させたような状態......とは、本当にそうだったんだな。


 無駄なところにエネルギーがいかない、洗練された感じがよく分かる。


「あ、あぁ......ああ、あ、あ......」


 一方お母さんはというと、開いた口が塞がらない......どころか、外れたあごが治らない、といったような様子で、ひたすらに呻いていた。


 それだけ、衝撃的だったのか......

 お母さんに僕が神であることを証明するついでに、僕がこちらでも器になれるのかという実験のためにやろうと思ったのが、今回これを行った大半の理由だったのだけど......ちょっとビックリさせようというイタズラ心もあったというのも確かだ。


 なんだか少し悪いことをしたかもしれない......


「あ、ああ、アリス......こここ、この方は......」


 親子揃って、緊張すると言葉が噛み噛みになるらしい。

 僕は顔が見えないことを利用して、心のなかでひっそりと笑った。


「神様!」


 ......と、アリスは再び同じ答えを返した。


 どうやら今回ばかりはそれを信じざるを得なかったようで、それを聞いたお母さんは、みるみるうちに顔を青ざめさせると......


「――もも、申し訳ありませんでした! どうか先ほどの無礼をお許しください! どうかどうか......」


「うわわっ」


 土下座を始めたお母さんを見て、僕は慌てて神器状態を解除する。

 神は魂と違って主に縛られていないので、戻れと言われずとも任意で戻ることが可能なようだった。


 って、そんなことよりも。


「お母さん、顔を上げてください......別に僕はどうも思っていませんから......」


「か、神様......」


 反応が同じだ......!

 その青い目でキラキラと僕を見上げるところなんて、取っ替えてもどっちがどっちか分からないくらい似ている。


 やっぱり、親子なんだなぁ......


「お母さん! 私、神に従いし者(ゴッドスクワイヤー)になったんだよ!」


 そうやって、アリスは僕の後ろから自慢げに言った。


 あまりの感動で涙すら流しそうであったお母さんの顔が、アリスのその言葉で......一瞬にして曇る。


「......そう、なのね、やっぱり......」


 嬉しそうなアリスとは正反対に、残念そうな......いや、悲しそうな顔をするお母さん。

 神に従いし者(ゴッドスクワイヤー)にあまりいいイメージがないのだろうか......?


「......とにかく、お上がりになって......ご飯を用意させてください」


 沈みこんだまま、しかし表面だけは健気にも笑いながら、お母さんは僕を家のなかに招き入れた。

 僕はずっとそうやって悲しそうにする理由を考えていたのだが......


 その理由は直ぐに分かることとなる。

 そして僕は、後悔することにもなるのだった。

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