三話『ステータスクリスタル』
「うわぁ、うわぁ......」
「どう、すごいでしょう?」
お嬢様の命により、フュンフさんがアストラル状態に戻り、僕は再び可視状態になっていた。
なんでも、これからはこの城で過ごすことが多くなるでしょうから、ちゃんと見ておきましょう、ということだ。
エネルギーの消費が心配であったが、しかしお嬢様が、あなたはずっと出していても平気よと仰られたので、僕は大人しく従っている。
フュンフさんがアストラル状態に戻る際......一瞬僕をあの鷹のような鋭い目付きで見ていったのが少し心に残っていたが、いざ城......ヴァルファズル城を巡り始めてみると、そんな心配は思考から弾けとんでしまった。
あまりの城の凄さに、感動も感嘆も通り越して唖然としてしまったのだ。
一言で言えば、豪華絢爛。
シャンデリアなんてのはザラで、それどころか、一目見ただけで高価と分かる壺やら石像やら骨董品やらがそこら中にじゃらじゃらと置いてある。
床はツルツルピカピカの大理石のようで、歩くことが億劫にすらなるし、僕は絵には詳しくないのだが、壁一面に巨大な絵画が飾ってあったりすると、そんな僕でもこれは高いと直ぐに分かったりもした。
世界中の鉱石をこの城のために使ってもまだ足りないのではないかと思えるほどに、この城は豪華そのもので、世界中のお金をこの城一つのために注ぎ込んでも建築するには至らないのではないかと思えるほどに、この城は絢爛そのものなのであった。
そんな城の中を、僕は歩いているのである......なんで!?
「お、お嬢様って、一体どういう......」
ほとんど無人に見えたが、お嬢様に連れられて歩いていると、所々でお手伝いさんなんかや、明らかに机にへばりついていそうな、書類をたくさん持ったおじさんとかとすれ違ったりするのだが、そういう方々はみな、お嬢様を見ると頭を下げる。
頭を下げるということは、お嬢様の方が立場が上ということ。
お嬢様って、まさかこの城の主なんじゃあ......
「あたし? あたしは魂を駆る者軍総統、ルルド・ジ・ミルドロイの一人娘よ」
まるでそれが何でもないことかのように、特に自慢気にするでもなく、お嬢様は言った。
「一人娘ってことは......」
「次期総統ね」
うわぁ......うわぁ......
僕ってこれ、もうとんでもないところに拾われちゃったんじゃないかなぁ......
いやでも、なんで一人なんだろう?
こういう貴族みたいなのって、普通何人も奥さんを作って、たくさん子供を作るんじゃないのかな。
「お嬢様のお母様は......」
「死んだわ」
直ぐにマズイことを聞いたと思った。
僕は反射的に、すいませんと謝罪する。
普通じゃないのなら、何かしら普通じゃない理由があるかもしれないということを考慮するべきだった。
さっきの僕は、あまりに無礼が過ぎたと思う。
「――いいわよ。あたし、お母様の顔なんて見たことないもの。あたしが生まれると同時に死んじゃったらしいしね。だけどお父様はすごい愛妻家だったらしくて、それから新しい妻は作ってないのよ」
そのお父様も、やはりお嬢様と似て、やはり優しい方なのか。
愛妻家、というだけでそう思える。
「ただし、お父様の前でお母様の話はタブーだからね。下手をすれば首が飛ぶわよ」
「分かりました」
首を飛ばされるのは御免だ。
せっかくこうして存在できているというのに、再びろくでもない理由で死にたくはない。
「それじゃ、次は二階の――」
◇ ◇ ◇
そんなこんなで、僕は数時間を掛けて城の中をお嬢様と共に散策していた。
二人きりで......である。
僕もまだ、死んでしまったとはいえ、精神的年齢は十五歳。
思春期の真っ只中。
このシチュエーションは流石に、少し気恥ずかしいものがある。
何か話題が必要だと思った僕は、途中、フュンフさんが空を飛べた理由や、お嬢様が空でも平気だった理由なんかを聞いてみた。
なんでも、魂や神というものには、器になれる(神も神器というものになれるらしいというのも、ここで聞いた)という以外にも特殊な能力があるらしく、そのうちの幾つかが、フュンフさんが空を飛べた理由や、お嬢様が寒さに耐えられるようになる理由なのだそうだ。
一つは、身体能力の極限強化。
魂は主である魂を駆る者自身からエネルギーを受け取り、顕現している。
そのエネルギーを局部......今回の場合、足に集中させることで、爆発的な跳躍を可能としていたのだ。
更に言えば、僕にはまったく見えなかったが、フュンフさんは空中でも何度も極限強化を繰り返し、空気自体を蹴ることで、長時間の飛行を行っていたり、着陸時の減速を行っていたりしたらしい。
お嬢様のエネルギーが持つのかと心配になるが、しかしお嬢様曰く、極限強化なんて神や魂が使える能力の内でも、断然レベルの低い方よ......だ、そうだ。
多分あなたにもできるわ......とまで言われた。
まぁ多分、僕じゃできても精々普段より高くジャンプできる程度だろうけど。
それはともかく、魂や神に与えられたもう一つの能力について話すとしよう。
主、神の場合は従者に、触れているだけで爆発的な身体能力の向上を付与する、触発の付与......これがお嬢様が上空でも平気だった理由だ。
通常の人間ならば、高度数千メートルに何の装備もなく行けば、間違いなく死亡する......それに、器の状態となった魂や神は、言わばその能力の全てを結集したような状態であり、とても普通の人には扱えはしないということは、少し考えれば分かることだろう。
しかし、この魂や神と呼ばれる存在に触れているだけで、主、または従者は身体能力の向上を手に入れることができる......これにより、付与された人間は器を扱うことができるし、高度数千メートルの上空に行っても、平気でいられることができたのだ。
なんだか都合のいい能力だとも思えるが、しかし逆に言えば、常に触れていないと、その効果は発揮できないということでもある。
都合のいい能力ではあるが、同時に使い勝手の悪い能力だとも言えるだろう......
そんな風にお嬢様から様々な知識を貰いながら、このヴァルファズル城を散策する中......僕はふと右目を抑えてみる。
すると驚くことに、そこはまだ明るい空だったのだ。
緑で包まれた森も、何も変わらない。
何が驚くことかって、何故ならばもう、僕たちがいる場所は、既に太陽が落ちかけているのだから。
先ほどこの城を巡っている際に、図書館を見つけたのだが......僕は先ほどのことを確かめるため、そこの本を、少し読ませて貰うことにした。
するとやはり、この世界はほとんど地球と同一の惑星であり、太陽や月なんかの存在があることも確認することができた。
つまり、ここが惑星である以上、場所によって時間にズレが生じる......要は時差があるのだ。
次に僕は、この世界の地図を見た。
それは地球とはまったく違ったものであったが......驚くところはそこではない。
こうして昼夜にこれだけのズレが生じる場所は、この地図の上ではここら辺だろうという目星を付けられる......その場所が問題だったのだ。
これは恐らく、という予想でしかないが......
今もう一つの僕のアストラル体がいる場所は。
「......神に従いし者領地......」
お嬢様たちの、敵。
その領地の真っ只中。
だからどうということではない、と言いたいところだ。
別に、意識しなければ見えないほどの、うっすらとした景色だし、考え方さえ変えれば、僕は敵軍の視察を常に行える状況ということでもある。
そう考えれば、そうデメリットはないように思える......
しかし、僕が最初にいた荒野もまた、今僕が視ている青い空や、緑の森と同一のものであった。
ぼんやりとした二つの視界の中、お嬢様は荒野の方の視界に現れ、僕と契約したのだ。
つまり、あちらにいる僕のアストラル体が、他の誰かに契約される可能性がある、ということ......
まさか神に従いし者の領地に、魂を駆る者がいるとは思えない。だから、僕が契約される可能性は極めて低いと言えるだろう......
しかし、仮に、仮にだ。
そもそも、あちらにある僕のアストラル体が、魂ではなかったら?
神に従いし者が契約する、神であったら......どうなのだろう。
まさか......とは思う。
僕が神に従いし者と契約することになるなんて。
まさかあるはずがない......そう思う。
しかし僕は、最初に流れてきた情報で知っている。
即ち、神と魂は、同じく超常的存在として一括りにされる......ほぼ同一の存在であるということを。
そして、魂が契約されるべき存在であるならば......神もまた、契約されるべき存在であるということを。
あちらにいる僕のアストラル体が神だと仮定して......そこに祈りを捧げる者がいた場合、僕はどうなるのだろう。
先にこちらの契約があるから、あちらは無効になるのだろうか。
それとも、今の状態から上書きされて、僕は神になるのだろうか。
それとも......
......考えても仕方ない。
仕方のないことなのだ。
これ以上考えても、どうにかできることじゃない......実際、僕はあちらのアストラル体に意識を向けて動かすことができるだけで、消すことができるわけじゃないのだから。
そうなると、森の上空といういかにも人がいなさそうなこの場所は、最も契約されにくい場所だとも思える。
ここにいる限り、早々祈りなど届かないだろう。
現実逃避ですらあるけれど、僕は一先ず、その問題を棚に上げておくことにした。
確かに大切で重要な問題ではある。
しかし僕は、他に現在進行形で解決しなければならない大きな問題に直面していたのだ。
「――これに手を触れて」
色々と細かいところは飛ばされたけれど、お嬢様はここが最後だと言って、僕をこの小さな部屋へと招き入れた。
普通の一軒家の一室と変わらないくらいの広さと天井の部屋の中。
何の装飾も施されておらず、壁も床も白一色で、先ほどまでと比べれば見劣りするのは致し方ないと思うほどに小さな部屋なのに、何故だか今までよりもずっと落ち着かない。
何だか、全てを見透かされているような気すらする。
そんな真っ白の部屋で、一際異彩を放っているのが、部屋中央に置かれた、この水晶だろう。
白い濁った色がまったくなく、奥が透けて見えるほどに透明度が高い。
しかし、光の当たり方によっては反射もする......不思議な水晶だ。
大きさはかなりのもので、僕の身長よりも少し大きいほど。
少しの歪みもない円形をしているので、たくさんの水晶を組み合わせて作ったものではないのだということが、容易に想像できる。
しかし、天然でこの大きさを削り出せる水晶の塊があるのだろうか......これだけの大きさならば、日本では数兆としそうなものだけど。
これは僕のただの気のせいだとは思うけれど、心なしか、青白い光を纏っているような......そんな気もする。
お嬢様は、その水晶をステータスクリスタルと呼んだ。
「魂がこれに触れると、あたしたちに理解できる形でその魂の能力を示してくれるわ」
「じゃあ、ただの水晶......ってわけじゃないんですね」
「えぇ。これは大昔の魂を駆る者の魂が作ったとされる水晶なの。魂が作っただけに、あたしたち人間にはこれを量産することはできず......今じゃ世界に二つとないとまで言われているわ」
「他の魂が作ることは?」
「現状成功した例はないそうよ」
「貴重品、ですね......僕が触れてもいいんでしょうか」
「触れさせるために連れて来たのよ。さぁ早く」
お嬢様に急かされ、僕は渋々とその水晶......ステータスクリスタルに近付く。
光の反射により、僕はそこに自分の顔をたまたま見たのだが......なるほど、本当に右目が金、左目が青のオッドアイだ。
茶髪に合わなさすぎる。
せめてお嬢様みたいに銀髪であれば、お嬢様と同じ金の目は似合っていたかもしれないのに。
......と、そんなことを愚痴っていても仕方ないか。
努力しても顔の見た目は整形でもしない限り変えられないのだから。
もっとも、目の色なんて整形でも変わらないけど。
「......っ......!」
僕は気合いを込めて、そのクリスタルに右手を合わせる。
ここに示される能力次第で......僕の魂としての人生ならぬ魂生は大きく変わることになるはずだ。
お嬢様の魂として相応しいか否か、ここで示される。
それを言えばさっきの僕の魂器の件で、戦闘には不向きだということがハッキリと分かってしまっているのだけど......それでも、戦闘だけが魂の取り柄、というわけでもないはずだ。
何でもいい。お嬢様のお側にいられるだけの、何かの能力を、ここに示してくれ――!
「ちょ、何これ!?」
どうやら、僕が先ほど感じていた青白い光は気のせいではなかったようで、僕が念じた瞬間、その光は爆発的に光力を増し、この部屋を包み込むと......
「――......でき......た......?」
パァンと弾け飛ぶように消えた光の中、僕はゆっくりと瞼を開けて、お嬢様の方を見ながら言った。
お嬢様もさっきの光には堪らず目をつむってしまったようで、少し頭を振りながら呟く。
「――はぁ、何だったのかしら。あんな光、今までに見たことなかったわ......って、シン、見て!」
と、お嬢様が再び水晶を指差すので、僕は思わず振り向いてクリスタルを見た。
それはもう、凝視とさえ言っても過言ではなかったかもしれない......何故ならば、そのクリスタルに浮かび上がって記されていた僕の能力が......ステータスというものを初めて見る僕でも、あまりにおかしいと思える能力だったのだから。
===============
STR:D
ATK:D
DEF:D
VIT:D
DEX:B
AGI:C
INT:B
MEN:C
LUK:A
魂器:神刀・魂隠
RANK:SS
===============
ゲームかこれは......なんて突っ込むこともできない。
「......お嬢様、ちなみに最低値は」
「Dね。人間と同等かちょっと上くらい」
......強さ、攻撃力、防御力、生命力が最低値ですか......
器用さと知力は普通で、俊敏力と精神力が少し低く、何故か運が高い......
そして何より、この能力で何故かランクSS。
本当に先の偉人には申し訳ないのだけれど、正直に言っていいでしょうか。
「――これ、壊れてるんじゃないですか」
「あたしもそう思っていたところよ」
言っておくけど、と付け足して、お嬢様は言葉を続ける。
「あたしの魂の中でも一番ランクが高いのが、フュンフでSよ。それ以外はA。なのにあなたはSSって......歴史に名を残す伝説の魂でもなければ、こんなランクにはならないわよ」
「......すいません」
「そうやって直ぐに謝らない。別にあなたが悪いわけじゃないんだから......フィーア、契約を」
僕以外の魂で試してみるつもりなのだろう。
お嬢様は僕に戻れとも言わず、二体目の魂を顕現させる。
「――はいはーい! お呼びですかにゃお嬢!」
今度はフュンフさんと打って変わって、活発そうな女の子だ。
年は多分、僕よりも一つ二つ上くらい。
となるとお姉さんと呼ぶべきなのかしれないけれど、そう呼ぶには、あまりに中身が幼すぎるように思える。
ボブカットの髪は燃え盛らんばかりの赤い色で......って、驚いた。
よく見れば、俗に言うネコミミというやつがピョコンと可愛らしく乗せてある。
どうやら飾りではないようで、さっきからピンと立ったり、静かに揺れたりしている。
これも魂だから、なのだろうか。
僕がオッドアイになったように、彼女にもネコミミが生えた......とか。
別に彼女はそれがコンプレックス、というわけでもないようなので、あまり気にしなくてもいいか。
実際、活発そうな彼女にはよく似合っていると思うし。
服はやはりお嬢様の趣味か何かなのか、メイド服を着ていた。
似合ってはいない。決定的に。
胸が大きいというのも、その理由の内の一つに入るだろう。
「......うにゃ?」
と、薄い茶色の瞳が僕を見る。
「こいつが新人君かにゃあ......うんうん、やっぱ直接見ると、なかなか可愛い顔してるぅ! オッドアイは気に食わないけどにゃ」
僕の体を足下から頭の先まで舐めるように観察し、フィーアさんは言った。
「き、気に食わないって......」
「知らないのかぁい? 碧眼ってのは、神に従いし者に多いんだぜぇ」
口調も変えて、得意気にそう言う。
......僕の青い目は、神に従いし者領地を見ている。
ということは、やはり......
「フィーア」
僕の憂いを帯びた顔を見て、新人弄りを止めに入ったわけではないのだろうが、お嬢様は僕にとってベストなタイミングで、フィーアさんに声を掛けた。
「なんですかにゃっ」
「シンのことは取り敢えず置いておいて......これを見て頂戴」
「あぁ、さっきのステータスクリスタルにゃね......あたいにゃちょっと見えづらかったんだけど、どれどれ......って、えぇ!?」
ドン引き、とは正にこのことを言うのだろう。
全身を使って、全力で後ろに引きながら、フィーアさんは言う。
「ランクSSって、フュンフ爺よりも高いにゃ!? これは一体どういうことにゃあ!?」
「見ての通り......とは言いたくないんだけど、フィーア、あなたも試してみてくれないかしら」
「そりゃあもうもっちろんにゃ!!」
フィーアさんは突然息を潜め、静かにすぅ......っと息を吐くと、流れるような動作で、手のひらをクリスタルに合わせた。
すわまたもやあの光が部屋を包むのかと身構えた僕だったが、それはどうやら杞憂だったようで、僕のときとは違い、フィーアさんのときのクリスタルは、光が強くなるどころか、そもそも光を放ちすらもせずに......静かに終わった。
===============
STR:B
ATK:A
DEF:C
VIT:A
DEX:A
AGI:S
INT:A
MEN:B
LUK:B
魂器:導きの靴
RANK:A
===============
「......変わらない、わね」
「普通でしたにゃ」
ということはつまり、クリスタルがおかしいのではなく、僕自身がおかしい、ということなのだろうか......
片目ずつ違う場所を見ているというのも、何か関係しているのかもしれないな。
「やっぱり、おかしいのは見た目だけじゃなかったってことかしら......」
「......すい」
「謝らない。癖になってるわよ、それ」
指摘されたことに対しても謝ろうとした僕の口を、慌てて抑える。
僕ってこんなに謝る性格だっただろうか。
「......まぁ、やっぱりやってもらうことは変わらないか」
「やってもらうこと?」
僕はそのワードに食い付く。
これほどまでに役に立たなさそうな僕にやってもらうって、一体どんなことなのだろう。
聞き返さずにはいられなかった。
「この数時間で、あなたエネルギーを消費するスピードより、あたしのエネルギーが回復するスピードの方が早いってことが分かったし、器用さはそれなりにあるみたいだから......これからあなたには」
ふふんと不敵な笑みを漏らしながら、お嬢様は続けて言った。
「――この城の雑用を任せようと思うわ」