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二話『ヴァルファズル』

 さっきまではこんな風には......いや、見えていたのか。

 最初から視えていた。

 そう、僕は最初から、二つの場所を同時に視ていたのだ。


 ただ、荒野での出来事が大きかったから、認識を阻害されていたというだけで。


 改めて指摘されれば、それは異変ではなく、不変の事実であったことに気付く。


「これは......」


 取り敢えず、視点を動かしてみる。


 とはいっても、直接顔を動かすのではない。

 多分、これは視ているというだけで、あちらに僕の眼球があるわけでもないのだろうから。


 最初の、あのはっきりとしない、頭で浮かび上がるような景色なのだから。


 何故かは分からないけれど、恐らく、もう一つの僕のアストラル体が、あちらにもあるのだろう。


 だから多分、意識で視点は動くはず......


 僕が右目を塞いだ状態で、意識を向けると......ゆっくり、それは下を視た。

 どうやら森林の上空にいるらしく、一面が緑に染まって視える。


 だが、それだけだ。

 それ以上は何も視えないし、寄せても退いても、何かが起こることもない。


「いきなりどうしたの、シン。目が死んでるわよ」


「あっいえ、なんでもありません」


 僕の瞳に、光彩が戻る。

 まだ少しあちらの景色が視えるが、意識しなければ視えないほどに、うっすらとした景色だ。


 相談すべきかどうか迷ったが、これをお嬢様に相談して、左目をくりぬかれては困る。

 普段はほとんど見えないから何も困らないし。

 黙っておくことにしよう。


「ふぅん、まぁいいわ。じゃああなたは一度戻ってて」


「戻る......?」


 つまりあのアストラル状態に、ということだろうか。


「可視状態じゃないやつよ。あたしは魂じゃないから分からないけど、普段はみんなそうしてるじゃない。流石になんでもないときに二つも魂を出すのは無駄に疲れるわ」


 あぁ、そういえば。

 僕ら魂は、神と違って、顕現するのに必要なエネルギーを、主から取っているんだったっけ。


 顕現させる数が多いほどに、その消費は大きくなる。

 エネルギーとは、言わば生命力のようなもので、使いすぎると危険なのだか。


 これ以上お嬢様に迷惑をかけるわけにもいかない。

 ここは早くアストラル状態に戻りたいところだけど。


「......どうするんですか?」


 ズコッと、お嬢様は絵に描いたようなずっこけを見せる。


「そんなの魂じゃないあたしが知るわけないでしょう!? 少しは自分で頑張んなさいよ!」


「す、すみません」


 まったくその通りだ。

 自分で頑張る前に聞いてどうする。


 これだから現代の指示待ち人間は......いや僕だけど。


 とにかく真面目に頑張ってみよう。

 とはいっても、念じれば動くこれまでのアストラル状態の性質を考えるに、多分戻るのも念じれば簡単にいけるのではないだろうかという目処は立っている。


 まぁひとまずやってみるか。


 ......戻れ!


「あら、いけたわね」


 ――いけましたね。


 予想通りというか、予想以上というか、とにかく結構簡単だった。

 動くことも可能なようで、お嬢様の肩の辺りで付かず離れずの距離を保っている。


 ぼんやりとした視界の中、お嬢様は息を一つ吐いた。


「ふぅ......」


 ――......すいません。


「なんで謝るのよ」


 ――僕のせいで、無駄にエネルギーを消費させてしまったんじゃないかと思って......


「あぁ、そういうこと。大丈夫よ、気にしなくていいわ......あなた最弱だけど、同時に消費するエネルギーも最小みたいだから。他の魂さえ出さなきゃ、あなたをずっと出してても問題ないくらいよ」


 ......嫌味......だよね。どう聞いても。

 はぁ......どうやら好感度は最悪からスタートしちゃったみたいだなぁ......


 落ち込む僕を尻目に、お嬢様は魂を顕現させる。


「――フュンフ、契約を(コントラクト)


「......お呼びでしょうか、アーニャお嬢様」


 強い。

 僕はその人を視て、何よりもまずそう思った。


 見た目は白髪が混じった六十はあると思われる老人なのだけど、しかし尚まったく衰えていないように視える。

 何故かって、僕と同じ執事服を着ているのに、ところどころ硬質的な膨らみがあるのだ。

 しかも無駄に付きすぎているわけでもなく、一見スマートな印象を与えるような筋肉の付き方で。


 俗っぽく言えば、美しい。


 それでいて、目付きは鷹の目のように鋭く、刺々しい。

 バラの花のよう......といえば分かるだろうか。


 男性に対してもこんな表現が使えるということを、僕は始めて知った。


「フュンフ......いつもの、頼んだわ」


「承知」


 フュンフさん......というらしい老執事は、お嬢様を言葉のままお姫様抱っこする。

 そのまま一度屈むと......


「しっかり掴まっていて下さい」


「分かってるわよ」


 ズドンと、地面がひっくり返るような......いや、実際ひっくり返っている。

 屈んでから飛んだというだけで、地面をめくってしまったのだ。


 当然、それだけの勢いで二人は空中へと飛び出す。

 それはもう弾丸とも思えるようなスピードで、僕は見えないながらも慌てて、追い付かなければと、そう意識する。


 ――う、うわぁ......


 アストラル状態になると、現世に介入が行えない代わりに、ありとあらゆる物理の法則を無視できるらしい。

 追い付きたいと思った瞬間には、もう数百メートルは離れていたと思われる背中に、瞬間移動かと思うような速度で追い付いていた。


 下を視ると、どうやら現在山岳を越えるところのようで、先ほどまで僕らがいたところは、既に見えない。

 一体どれだけの速さで動いているんだろう。


「今回も偵察の任務、お疲れ様でした」


 凄まじいスピードを保って空中を移動する中、フュンフさんは吹き付ける風をものともせずに、お嬢様に労いの言葉を掛けた。


「大したことじゃないわよ。ほんとのことを言えば、あたしもさっさと実戦に出たいものなんだけどね......神に従いし者(ゴッドスクワイヤー)の奴ら、またちょっと進軍してたし」


 お嬢様もまた、風に棚引く銀髪を押さえつつ平然と言った。

 魂であるフュンフさんはともかく、どうして人間であるお嬢様はこの上空で平気なのだろうか。

 常人ならば死んでしまう高さだというのに。


 これもフュンフさんが......何かしているのだろうか。


「左様ですか。お父上がお許しになられればよいのですが」


「もうちょっと年を取れば、お父様だってはいと言わざるを得なくなるわよ......なんといったって、あたしは歴代でも最強レベルの魂を駆る者(ソウルスレイヤー)なんだから」


「はい、承知しております」


「ふふっ、流石はあたしのフュンフね」


「お褒めに預かり、光栄です」


 ......なんというか、聞いていてとても距離が近い。

 二人はきっと、相当前から契約コントラクトを交わしていて、長い年月の間で、信頼を築いてきたのだろう。


 羨ましいな、と思う。


 今さらだけど......僕にはもう、中学の友達も、両親も、親戚も、誰もいないのだから。

 信頼を築いた人が、一人もいない。


 僕は......一人ぼっちだ。


「――見えてきたわね」


 その言葉に、僕は顔を(顔なんてないけど)上げた。

 そして目に飛び込んできたのは......


 ――すごい......


 見たことがない景色だった。

 いや、テレビなんかで見たことがあるけど、でも実際に視るのは初めてだ。

 イタリアとか、フランスとか、そんな感じのところ。

 ヨーロッパ風......な感じ。


 レンガとか石造の建物が多く、普通の民家っぽいのもあれば、大きな建物も数多くある。

 自動車もたくさん通っていて、道を歩く人も多く、街は活気で満ち溢れていた。


 ところどころで空に伸びる工場の煙を視るに、どうやら環境に対する配慮は薄いらしい......しかし工場はどれも人の多いところから離れた場所にあるようで、一応人々に対する配慮はあるようだ。


 そうしてよく街を視ていると、なんと電車が道の上を走っているではないか。

 普通に人が通っている道を、である。


 路面電車というやつだ。

 東京に少しだけあるらしいけど、田舎育ちの僕は視たことがない。

 さらによく視れば、それも東京なんて目じゃないほどに、縦横無尽に路面電車が駆け巡っている。


 時代背景は......携帯電話とかはないみたいだから、百年前くらい、だろうか。


 そんな町に対する様々な感想を抱いている内に、それは目に入った。


 ――ぶ、文化遺産?


 そう思わざるを得ない。

 僕がそれを視て思い出したのは、ネズミの王国の大きなお城だとか、かの有名なファンタジー書籍の魔法魔術学校だとか、そんな感じのものである。

 イメージとしては、後者の方が近いと思う......石造のしっかりとした造りとか。


 しかも何だか、大阪城みたいに堀が城の周りを囲っていて、よく視れば橋でも下ろさない限り鉄壁とも思えるような守りの固そうな城であった。


 大きさは軽くネズミの城を上回る......見上げるだけで首が痛くなりそうなほどの大きさだ。

 横幅も、半日走り続けてようやく一週できるかというほどに長いのではないだろうか。

 いや、流石にそれは比喩なのだけど。


 そしてフュンフさんは、お嬢様をお姫様抱っこしたまま、その城に近付くに連れ徐々に減速を行い......城門の前に、音もなく着地した。


「――ようこそ! ここはヴァルファズル......魂を駆る者(ソウルスレイヤー)最大の街よ!」

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