表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
22/31

十七話『怖いよ。逃げたいさ。だけど』

「炎には水を、うんうんいい作戦だったねぇアリス......だけども、僕のイフリートにはそんな作戦は通用しないよ」


 弾き飛ばした水の中から、イーゲンとイフリートさんが平然とした顔で現れる。

 僕が滝を出現させたときの、あの驚いたような顔は演技だったのだろうか......そう思わせるほどに、何の違和感もなく、逆にそれが違和感となるような、そんな顔で。


 僕は障壁を張り続けたまま、アリスの腕をしっかりと握って正面を向き、焦りながら言う。


「なんでだ......あれだけの水を、どうして!?」


「あれだけの水だったからこそ、だ。水は電気分解されると何になる?

 僕の問いに、イーゲンの代わりにイフリートさんが問い返す。

 その間にも、二人は炎の勢いを衰えさせることなく、一歩、また一歩とこちらに近付いて来ていた。


「酸素と水素......確かに、この二つが作れれば炎は爆発的な威力を持てる......だけど、電気なんてどうやって......?」


「創造」


 僕の疑問は、そのイフリートさんの一言で解決した。

 そりゃそうだ。


 水が作れるならば、電気が作れない道理はない。

 すると物質の分解なんかの概念がハッキリ使えるこの世界では、質量保存の法則的にどこから水や電気を作り出しているんだという話になるけど......恐らく、僕らの内に溢れるエネルギー、こいつがいわゆる万能物質的な働きを行っているのではないだろうか。


 僕たち神や魂は、このエネルギーで顕現しているのだから、あり得ない話ではない。


 ――というか、こんなことを考えている暇はないぞ。


 今でこそどうにか障壁がイフリートさんの炎を抑えてくれているけど、これもいつまで持つか分かったものじゃない。

 アリスと手を離せば熱にやられるから、無茶な行動はできないし......


「クックック......あれだけの水を一度に創造できるのだ。かなりのエネルギー量を保有しているな、貴様......――まぁよい。その余りあるエネルギーで、防ぎきってみせるがいい。我が業火を!」


 イフリートさんは炎の勢いを更に強め、僕の障壁を突破せんと襲いかからせた。


 徐々に徐々にではあるが、自分のなかにあるエネルギーが摩耗していくのを感じる。

 反撃に転じなければならない分のエネルギー量も考えると、耐えられる限界はあと数分といったところか。


 もちろんアリスがこの状況を打破してくれることを期待しているわけではないし、ましてや先生がどうにかしてくれるとも思っていない。

 いくら先生でも、この炎と熱のなかを進むことはできないだろうし。


 僕がやるしかないんだ。


 本音を言ってしまえば、怖い。


 怖くて怖くて、僕の足は震えている。

 今すぐにでも、先生が中止と言ってくれないだろうかと思っている。


 そうすれば、こんな地獄からは解放されて、僕たちはイーゲンに負けて最強という座を明け渡すということにはなるけれど、一応普通に学校で生活を送ることができる。


 もちろんそれはしばらくの間での話で、どうせ学校を卒業すれば軍に入って実戦を経験することにはなるだろう。


 だけど、だ。

 やっぱり死の恐怖を目の前にすると、そういう後ろ向きな気持ちになってしまうことは仕方ないと思う。


 だって、僕はほんのつい最近まで、どこにでもいる中学三年生だったんだ。

 自分の入りたい高校に向けて勉強を頑張る、受験生でしかなかったんだ。


 なのにいざ高校に受かってみれば、こんな世界に来ちゃって、命がけの戦いなんてやって......


 ――僕は一体何をやってるんだ?


 それは忘れていた疑問。


 ――どうして戦ってるんだ? こんなに怖いのに。死にたくなんてないのに。


 この世界に来ちゃったからには......仕方ないじゃないか。戦うしかないじゃないか。


 ――何故逃げない? 僕なら逃げられるはずだ。アリスを連れて、どこまでも。


 そんなこと、できるわけない。アリスはミーシャさんのために頑張ってるんだ。僕は彼女を幸せにすると誓った。なら、逃げるなんて。


 ――どうしてそう使命感に囚われる? 僕はもっと自由に生きてもいいはずじゃないか。お嬢様にもアリスにも縛られず、もっともっと自由に。


 死んでるんだ。仮初めの命なんだ。それをお嬢様やアリスで縛って、生きてるように見せかけているだけなんだ。二人との縛りを解けば、それは死ぬことと同義だ。僕は死にたくない。


 ――なのに、戦っている。死にたくないくせに、臆病なくせに、戦っている。矛盾だろう?


 矛盾なんかじゃない。使命感なんかじゃない。僕はアリスを幸せにしたい。お嬢様を守れるようになりたい。死にたくない。だけど他の皆にも死んで欲しくない。だから戦う。死ぬのは怖いけど、誰かが死ぬのはもっと怖いから。


 僕はもっと生きたかった。

 だからせめて、この世界で生きているみたいに存在したい。


 そのためにはアリスやお嬢様が必要だ。

 僕が存在するには、契約者コントラクターが必要なんだ。


 なら、彼女たちを僕は守らなくちゃならない。

 生きるために、戦わなくちゃならない。


 どんなに怖くても、生きたいなら、存在したいなら、戦って勝ち取らなくちゃならない。


 そのために、僕は戦う。


「......怖いのか」


 目前のイフリートさんの悪魔のような顔が、障壁越しに近付く。

 ギョロリとした大きな目玉が、まるで心の内をなめ回すように僕の瞳を覗く。


 そんなはずはないのに、僕の考えていること全てが筒抜けになっているように感じた。


「怖くないわけない。僕は死にたくないんだ」


 僕は負けじと見つめ返しながらも、口をついた言葉はそんな弱気な言葉だった。


 アリスが手の力を少しゆるめたのが分かった。

 驚いているのだろう。


 あの抱き合って泣いたときのことを除いて、これまでずっと、アリスよりも強くあろうと、大きく見えるように虚勢を張って来たから。

 でも本当の僕は、強くなんてないんだ。


 ただ強くあろうとしているだけの、どこにでもいる少年なんだ。


「......降参と言えばいい。我は戦うことを求めているが、戦う気のない奴と戦うほど、愚かではない」


「戦う気がないなんて、誰が言った?」


「怖いのだろう? 逃げたいのだろう? それは戦いたくないということではないのか?」


「怖いよ。逃げたいさ。だけど戦わないわけにはいかないんだ。アリスを幸せにしなくちゃいけないんだ」


 一度振り向き、アリスの顔を見る。

 アリスは涙目で体を縮こませてこそいたが、なんとか正面を向くことができていた。

 森で静かに暮らしていただけの少女が、初めての戦いで逃げずに前を向けているのだ。

 充分すごいと言えることだろう。


 そんなアリスが、僕の言った言葉に戦闘中ながらも不思議そうに反応する。


「神様......?」


 僕は何も返事をせずに、ただ一瞬笑顔を見せて頷き、イフリートさんに向き直った。


「――従者を幸せにする、だと? 笑わせる。人間どもは我らを崇める対象でしかない。そこに慈悲など、必要ない。我ら神は、人間と自分自身の目的が合致したときに、ただ助力する程度の存在でいい。従者は神の願いを叶える道具でいいのだ。忘れたか? 主は我らだ。そういう生き方は、スレイヤーどもの方がお似合いだぞ」


 青筋を浮かべんばかりの形相で、イフリートさんは畳み掛けるように言った。


 僕は少しだけ顔を引っ込めそうになったが、必死に耐えて、反論する。


「そういうの、僕には分からないんだ......主だとか従者だとか、僕はどうだっていい。僕はアリスに恩義がある。だから彼女を幸せにする。そして僕は僕として存在する。そのために......生きるために、戦うんだ!」


 障壁のイメージを変更。


 僕たちを守る円状ではなく、もっと攻撃的な形に......できるはず。

 この模擬戦場の内側に張られているのは、四角形の障壁なんだ。形を変えることだってできるはずだ。


 イメージ、イメージ......!


「おおォォ!!」


 僕らの周囲に張った障壁はそのまま、炎が当たる中心の障壁を槍状に変更する。


 飛び出たイメージの塊が、炎の出所であるイフリートさんを貫かんと突き出る。


「チッ......」


 体の軸をずらして避けようとしたところに、もう一本。

 体勢的に避けることが困難となったイフリートさんは、一旦僕と距離を置くためにイーゲンと共に飛躍し、後方へと逃れた。

 同時に、僕たちを燃やし尽くそうとしていた炎の熱が一気に引いていく。


「――......ふぅ......」


 さっきの緊迫した接近戦の間は気づかなかったが、かなりの汗が出ている。


 偽物の体のはずなのに、忠実に生きているかのように動くから不思議だ。

 まぁ、だからこそ僕の願いを叶えることができるのだけど。


「障壁のイメージを槍状に変更......ね。さっきの水の量といいイフリートの炎にあれだけ耐える障壁といい、どうやらアリス、君の神には桁違いのエネルギーが詰まっているらしい」


 およそ十メートルほどの距離があいた後、イーゲンは片頬から汗をたらしながら言った。

 いくら触発の付与があるとはいえ、あれだけの熱を持った存在の隣にずっといるのだ。

 感じる熱さは相当なものだろう。そう考えれば、イーゲンの敵は僕らというより、時間なのかもしれない。


「まだ持つか、イーゲン」


「心配するなよ。僕はまだやれる。負けるわけにはいかないんだ......」


 そう言ったイーゲンの言葉には重みがあり、執念のようなものが感じられた。


 そういえば、最初にイーゲンが僕たちに突っかかって来たのは、僕が最強の神だのなんだのという話をしていたときだったか。

 その後、自分たちが最強であることを証明する、と、イーゲンはそう言ったのだった。


 どうしてそこまで最強を求めるのだろうか。

 最強でなくてはならない理由があるのだろうか。


 ......今はそんなことを考えていても仕方ないか。


「アリス、プランB2に移行する」


「は、はい!?」


 もちろんプランB2なんてものは存在しない。

 その場のノリで言ってみただけ......というわけでもなく、ただアリスに作戦は失敗したけど、他にも作戦はあるから大丈夫だということを伝えたかったのだ。


 つまり、アリスを安心させたかったのである。

 それと同時に、敵の行動を制限する思惑もあった。


 これで相手も作戦を警戒して迂闊には近付いてこないはず。

 いやまぁ作戦なんてないんだけど。


 それはこれから考えるしかない。


 水は駄目だったけど、障壁で炎を防ぐことはできることが、今回新たに分かったことだ。

 となるとやはり、障壁を張りつつ接近し、さっきの槍で戦うのが一番だろうか......いやでも、あちらの炎はそれなりに遠くに伸ばせるのに対し、常に障壁と繋がっていなければならないこちらの槍は、あまり距離が出ない。

 障壁自体は防御のイメージだから、自分の周囲とアリスの周囲にしか展開できないし。


 まぁ練習すれば、この模擬戦場みたいに遠距離に広範囲に配置できるのだろうけど、それは仕方ないとして。


 さっきまでのイフリートは炎を伸ばして攻撃してきていたが、あの炎を切り離して飛ばせる可能性も、多いにあるはずだ。

 つまりは、遠距離戦ではあちらに分があるということ。


 槍を作っている最中はどうしても障壁の方にイメージを傾けにくくなるから、障壁を破られる危険性も出てくるし、そもそも近付けば近付くほど熱も強くなるし、無理に接近するのはやっぱり危険だろう。


 それに、こちらは常にアリスと触れて、触発の付与を発動していなければならないのだし......


 ――いや、それはあっちだって同じなのか。

 炎をリードのように伸ばしてイーゲンが掴んでいるから、二人の間にはそれなりに距離が空いているせいで気が回らなかったけど、触発の付与を発動しなければ危険なのはあちらだって同じなのだった。


 むしろ、離した時点で炎に焼かれるあちらの方が、絶対に離れられない関係だと言えるだろう。


 二人はワンセットで、そう遠くまで離れることはない......そう考えていいというわけだ。


 どうして今まで気付かなかったんだろう。

 この事実さえ分かれば、幾らでも戦いようはある。


 ――......よし、考えはまとまった。

 イーゲンとイフリートさんもさっきの幻のプランB2を警戒してくれているおかげで、先手を打つことができそうだし。


 ここは一つ、勝負に出るか......!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ