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十六話『作戦失敗』

 模擬戦場のなかは空白であった。


 そう言いたくなるほど、見渡す(見渡せるほどに広いのだ)限り真っ白である。

 鉄扉の裏すら白く統一して塗られているので、どこが壁でどこが床なのか分かりにくく、部屋のなかの距離感をつかみにくい。

 まるで、切り離された空白の空間......そんなイメージ。

 もしかすると、この内面に張られているらしい障壁が、こんな不思議な空間を生み出す原因となっているのかもしれない。


 天井はかなり高く、床もまっ平らであるため、地形を利用した攻撃、みたいなものはやはり期待できそうになかった。


 僕もそこまで戦略的に行動するわけではないので、助かったというべきだろうか。

 炎から身を隠せない、というのはかなりマズイかもしれないけど......


「――遅かったじゃあないか、アリス」


 先に待っていたらしいイーゲンが、僕たちが扉を開けて入って来たのを見るや、不敵な笑みを見せながら言った。


「ご、ごめんなさい......」


「......はぁ」


 謝罪しながら頭を下げるアリスを見て、僕はため息を吐いた。


 今からこいつと戦うんだぞ?

 なんで謝ってるんだよ......これじゃあ、戦う前から精神面で負けてるようなもんじゃないか。

 フュンフさんの戦いで、勝敗は始まる前から決していることを知った僕だけど、でも精神面は始まる前から負けてちゃいけないだろう。

 そこで勝つとは言わないまでも、拮抗しとかなきゃ、勝てるものも勝てない。


 こんなことで大丈夫なのだろうか......


 なんて、しかし実際は、そんな心配は無用だったようで。


「――でも、負けません」


 と、アリスは頭を上げてから、そう付け足した......青い瞳に、炎の意志を灯して。

 さっきまでの緊張で赤くなっていたアリスはどこへやら。


 実際の熱量は遥かに劣っていても、熱意ではアリスも、負けてはいないのだ。

 それを知った僕は、安心して胸を撫で下ろした。


 そんなアリスと僕を見て、イーゲンは、面白い、とでも言いたげに「ふっ」と鼻を鳴らすと、イフリートを顕現させる。


「イフリート、契約を(コントラクト)


「――ククク......ハッハッハ......!」


 ......なんか、イフリートさんのキャラが変わってないか?

 出てきた瞬間、笑いだしたし......


「ようやく、ようやくかイーゲン。待ちくたびれたぞ......! クククッ、さぁ始めよう! 獄炎の宴だ!」


 言いながら、イフリートさんはぶわっと炎を高く巻き上げる。

 前ほどイフリートさんと距離が近くなかった上、この模擬戦場はかなり広いので、熱はそれなりに逃げてくれているようだけど......それでもけっこう熱い。

 まだアリスと手を繋がなくとも大丈夫とはいえ、これは早めにあの作戦を実行しないと、アリスの方が耐えられなくなるかもしれない。


 しかしそれにしても、イフリートさんはこんな厨二病みたいなセリフを吐く人......じゃなくて、神だっただろうか?

 以前はもっとこう、なんていうか......冷静沈着な無口の神といった印象だったんだけど。

 今ではその真っ赤な肢体に相応しい、好戦的な性格に急変してしまっているではないか。


「っ......」


 アリスも思わず目を剥いてしまったのが横目にも分かった。

 それを見て少しご機嫌になったのか、ますます笑みを深めながら、イーゲンは説明する。


「あぁ、そういえば言っていなかったか......すまないね、アリス。びっくりさせてしまって。イフリートはいわゆる戦闘狂というやつでさ。戦いが始まるとなると、性格が変わってしまうんだ。だから......」


 そして忠告するように、イーゲンは続けた。


「――加減は、期待しない方がいい」


 自信の顕著な表れか。

 自分が勝つことを確信していて、だからこそ、精々死なないように足掻けよ......と、そう言いたいのだろう。


 まったく気に入らない言葉だ。

 でも、イフリートさんの変化に僕たちが驚いてしまったことは事実。

 もしかすると、怖いとさえ、感じてしまったかもしれない。


 だけど、僕たちは負けたくない。

 負けるわけにいかない理由があるわけではないけど、負けたくないという確固とした意志はあるのだ。

 逆に一泡吹かせてやる。


「......元から、そんなつもりはありません」


 そうですよね、とアリスは僕を見上げた。

 もちろん、頷く。


「......そうか。ならいいんだ、僕はね。いざとなったら、あの二人が止めてくれるだろうしさ」


 イーゲンが指差した方向には、マガネさんとウルガ先生の姿があった。

 あのお二方は試合でいう審判の役割を果たしている。

 ウルガ先生の方はもう神器を装備していて、いつでも僕たちを止められるように待機していた。

 恐らく、ウルガ先生の(ドレッドノートさん)のエネルギーが尽きたらマガネさんが神を顕現させ、マガネ先生の神のエネルギーが尽きたら、ウルガ先生の神を......といった風にループさせるつもりなのだろう。


 そこまで長い戦いになるとは思えないが、まぁ何事も予想通り行くわけではない。

 念のため二人がいるということには、何の文句もない。


 今は普通に授業がある午前中なので、この二人が出てきてくれただけ良かったというもの。

 ......しかし、気になるのはマガネさんだ。


 気のせいかもしれないが、ずっと僕を見ているような気がする。

 あのニヤニヤした表情で。

 少し気持ち悪く思ってしまった僕は、すぐに目を逸らそうとしたのだけど......そのとき、マガネさんの口が、ゆっくりと動いた。


『驚きたまえ』


 そう言っているように見えた。

 でも、驚くって何にだ?


 そう僕が思考を巡らせていたとき。


「......それにしてもアリス。君が背中に背負っている、そのリュックサックの中身は何なのかな?」


 イーゲンは不審そうな顔をしつつ、アリスに問いかけた。


 僕は直ぐ様思考を停止し、アリスの代わりに返事をする。


 ここは僕の出番だ。

 こう問われたときに返す言葉はもう決めてある。

 リュックサックの中身は今回の作戦を実施する上でなくてはならないものだ。


 絶対に中身を悟らせてはならない。


「あぁ、このリュックサックの中には......」


「いや、やっぱり何も言わなくていい。それくらいのハンデは許すさ。僕も鬼じゃあない」


 意外だった。

 僕は今、少し間抜けな顔をしているかもしれない。


 イーゲンならば、何をどうしてでも中身の正体を明かそうとすると思ったのだけど......

 いやしかし、自分に絶対の自信を抱いているからこそ、敢えて聞かなかったのか。


 そういうことならば、確かにイーゲンらしいかもしれない。


「そんなことより、さっさと始めようじゃないか」


「え、あ、はい」


「先生! それじゃあタイミングは任せましたよ!」


 言いながら、イーゲンとイフリートさんはアリスと僕から更に距離を取り、向き直る。

 二人とも一見ただ突っ立っているだけのように見えるけど、でもさっきまでとは違う、気迫のようなものが感じられた。


 準備は万端ということだ。

 僕はアリスに目線だけで最後の忠告を入れて、二人の方を向く。

 頷いた彼女は、僕より数歩下がったところで、僕の背中に隠れるようにした。


 そう、それでいい。

 僕が一人で、二人の相手をする。

 アリスはそういう、逃げに徹する姿勢でいいのだ。


「......」


 準備が整った二組を見て、ウルガ先生は黙ったまま右手をゆっくりと上げた。

 これが下ろされたその瞬間から、戦闘は始まる。


 イフリートさんから発せられる熱のせいもあるのか、じとぉっとした嫌な汗が額を流れた。

 緊張で、少し足が震える。

 両の手のひらは固く握り締められていて、口は歯と歯がこすれ合って音を鳴らしそうなほど、しっかりと閉じられていた。


 しかし目は、目だけはしっかりと、閉じることなく敵を見据えていた。


 ウルガ先生の手が、まるでスローモーションのようにゆっくりと下に落ちる。

 そして。


「――始めッ!!」


「取り敢えず逃げるぞアリス!」


「えっ、えっ!?」


 戦いが始まったその瞬間、僕は戸惑うアリスの手を取り、敵に背を向けて全力で駆け出した。

 そう、敵前逃亡である!


「......は?」


 イーゲンの間抜けた声が響く。イーゲンはボーッと突っ立ったままだ。


「......き、貴様らァ――!!」


 イフリートさんの怒りの声が響く。イフリートさんは直ぐ様僕を追って早足で歩き出した。

 当然、触発の付与が発動していないと近くにいることすらできないイーゲンは、引っ張られるようにして歩き出した。


 しかし、そんなことは気にしない。

 とにかく逃げられるだけ、逃げる!


 とは言ったものの、いくら広いとはいえここは所詮建物のなか。

 神のブーストされた足で、しかも極限強化まで加えた足で全力疾走すれば、壁端にたどり着くまでは一瞬だった。


「ここまでか......でもまぁ、距離は取った! アリス、準備を!」


「あ、はい!」


 勢いを殺さずに壁を蹴り、急速に反転。

 べこっという嫌な音がしたが、気にしたら負けだ。

 障壁も張ってあるのだし、多分気のせいだ。


 それよりも、今は作戦に向けて全神経を集中させなければ。

 策は講じた。

 練習も行った。


 あとは。


「......っ」


 僕は両手を前に突きだし、目をつむる。

 イメージ、イメージだ。


 火に強いもの......水。

 水をイメージしろ......!


 それもコップサイズの水じゃない......もっと大きな、もっともっと大きい......川、まだだ。


 海......勢いがない。


 滝......そう、滝をイメージだ。


 滝、滝、滝、滝......

 岩を穿つ轟音。

 飛び散る水しぶき。

 業火をも消し去る水の鉄槌。


 思い出せ、滝を......

 イメージしろ、滝を......

 創り出せ、滝を......!


 僕は目を見開く。


「――創造!」


 いつの間にか、もう目前にまで迫っていたイフリートさんとイーゲンさんの頭上に、僕は垂直に落下する水の激流を造り出した。

 それらは重力に従って、イフリートさんとイーゲンさんにまるで落下する天井のように迫る。


「なんだこれはっ!?」


「これほどの創造を簡単にやってのけるとは......!」


 水を見上げた二人は、一瞬にしてその流れに呑み込まれた。


 アリスがリュックの中身である酸素ボンベを装着したのを見届けると、僕は水しぶきで見えなくなった二人のいる方向を見ながら、呟く。


「作戦、成功......!」


 そう、これこそが僕の作戦。


 火には水を。


 僕たち神や魂は、創造で自由に物を創ることができる。

 それはフュンフさんの剣であったりもすれば、ただの水であったりもする。

 練習をし始めた最初こそ難しかったが、コツさえ掴めればそう悩むものでもなかった。


 ヴァルファズルの方でも、フィーアさんにレッスンをしてもらっていたし。

 僕がこうして、イフリートさんの火を水で打ち消し、無力化することができれば、あとは簡単だ。


 ほとんど動けない二人を横目にこのまま滝を創り続けて、この室内をある程度水で満たせば、もう僕らの勝ちみたいなもの。

 イーゲンが窒息しかければ、先生も僕たちの勝ちを認めてくれるだろう。

 イフリートさんと僕は神なので窒息しないけれど、でも生徒であるイーゲンが行動不能ならば、勝ちでいいはず。


 アリスにはこの作戦のために酸素ボンベを持ってきてもらっていたのだ。

 これさえあれば、溺れることはない。


 問題は、練習で滝を創るわけにはいかなかったので、コップサイズの水しか創れていなかったことだけだったけど、無事にその問題も突破したし。


 この時点で、僕はほとんど勝ちを確信していた。

 今度は、一抹の不安もなく。


 僕は墜落した水の激流に呑まれるなか、そういえばあの先生方二人は大丈夫だろうかと、どうにか首を向ける。


 マガネさんはいつものニヤニヤ顔で僕を見ていて。

 

 ウルガ先生は大きく目を見開きながら、口を開けてこちらに何かを叫んでいるみたいだった。


『あぶない』


 そう言うように口が動いた気がするけど......


 でもまぁ、確かに危ないよな。

 この激流じゃ、触発の付与が発動していないと、首の骨が折れるかもしれないし。


 イーゲンが炎をしっかりと握っているのは確認したので、多分大丈夫のはずだけど、確かにちょっと危険過ぎる行動だったかもしれない。


 まぁそれはともかく、二人はどうなったかなと僕が水の中一歩を踏み出した、そのとき。


 水が内側から、爆発した。


「危な――!!」


 体ではなく、今回は頭が勝手に反応した。

 創造を続けていた滝の流れを消し、代わりに僕は僕とアリスを包み込むような障壁を創造する。


 本当に、ついでに障壁のイメージのコツをフィーアさんに教えてもらっといて良かった。

 でなければ、多分このときにアリスは触発の付与ですら耐えられない全身やけどで死んでしまっていたことだろう。

 もしかすると、僕でさえも。


 飛び散る水しぶきが空中で蒸発していく、その中央。

 炎が伸びて僕の障壁を焼く。


「かかか、神様......」


 いつの間にか水は足がつかるほどしか残っておらず(恐らく蒸発したのだろう)、目の前の地獄のような獄炎に恐怖したのか、酸素ボンベを装着途中のアリスが涙目で僕の腕の裾を引っ張った。


 僕は咄嗟にしっかりとアリスの腕を掴み返す。


 危なかった。いくら炎は防げるとはいっても、熱までは防げない。

 多分さっきからずっとどうにか僕の服を掴んでいたのだろうけど、そうしていなければ今頃脳ミソが沸騰していただろう。

 あれだけの水を一瞬にしてここまで蒸発させるような熱量だ。

 触発の付与なしには、耐えられるはずがない。


 ひきつった顔で僕はアリスに告げる。


「――ごめん、どうやら作戦は失敗みたいだ」

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