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十五話『狂信と緊張』

 三日という時間を長く感じるのは、あくまでもその時間のなかを過ごしている間のみの感想であって、いざ過ぎてしまえば、それは途轍もなく短い時間だったのだと思うことになる。


 しかし長いや短いなんて、結局受け取る側の感じ方次第で、どっちが正しいのかといえばもちろんどちらも正しいと答えるしかないともいえる。

 どちらも間違っている、というのは違うと思うけれど。

 どちらかには転んでしまう、のだろう。


 何も、三日という時間に囚われる必要はない。

 それが一年だろうと百年だろうと、同じことだ。


 時間の流れのなかを泳いでいる間はそれを長く感じ、いざそこから脱すると短く感じる。しかしそれは決して過去の自分の感想が間違っていたわけではないのだ。


 だからこそ、僕はあの頃の自分に対しての言い訳は一切しない。

 みっともなく言い訳をして、惨めったらしくひねくれはしない。


 だがしかし、とにかく僕が、アリスに謝罪しなければならないことは確かなのだ。

 三日もあれば、どうにか付け焼刃でも戦い方を仕込めるだろうなんて。


 人を巻き込んだ時点で、僕の思い違いは罪になる。


 僕が馬鹿だった。

 僕が悪かった。

 運動神経が悪い彼女のせいにしているわけではない。


 三日間、補習を断ってヴァルファズル城の図書館にあった戦闘の基本術をアリスに叩き込んでも、なかなか覚えてくれないアリスを責めているわけではないのだ。


 お嬢様の特訓を間近で見させて貰って、それと同じことをやらせてみても上達しないアリスに苛立っているわけではないのだ。


 ここまでいうと、逆に責めたくて苛立ってるんだろ? とでも言われそうだけど、本当にそういうわけではない。


 全面的に僕が悪い。

 たった三日で、普通の人間の少女が戦えるようになると思い込んでいた、僕が。


 そもそもの話、僕の目的はアリスを守ることである。

 アリスが誰も殺さなくていいようにすることである。

 アリスが戦えるようになったところで、それではいけないのだ。


 あくまで戦闘は僕の仕事で、アリスは後方で控えているだけでいい。

 もちろん、何かあったときのための自衛手段として、戦闘訓練を行っていたというのは事実なのだけど......


 だが、本分を見失ってはいけない。

 アリスは僕が守り抜き......同時に、敵を殺さずに倒す。


 これが僕の仕事だ。


 焦ってはいけない。


 ......そう、僕は焦っていたのだ。

 二日前に見た、あのイフリートさんの恐ろしさを見て。


 僕で勝てるのだろうか、と。


 もしも僕が勝てないなら、アリスに強くなってもらうしかない、と。


 焦ってしまっていた。


 確かに僕は、僕自身の内にある力を正確に把握できていない。

 色々とこの二日で試しはしたけど、また前みたいに地面がえぐれては敵わないので、発揮する力をセーブしていたというのも事実だ。


 自分の未知数の力と、敵の圧倒的な力......焦るのは当然のこととも思える。


 しかし、だ。

 完全に未知数ではないはずだ。


 僕には能力紙という、自分の能力を記された紙がある。

 その結果は、全能力値がトップ。


 これは揺るがない僕の実力の結果で、充分自信を持つに足る事実なのだ。


 そうだ、僕は強い。

 最強だ。


 だから負けない。

 アリスだって守り通して、イーゲンもイフリートも倒す。


 やれる。


 たった紙切れ一枚でここまで自信をつけるのは、ある意味狂ってさえいるが、しかし狂うほどに僕は僕を信じなければ。


 自分を信じられない神を、誰が信じてくれるものか。

 誰が崇め、奉り、敬ってくれるものか。


 古来より、神を産み出すのは狂信である。


 僕は威風堂々と、自分は最強であるという看板を胸に張り付けていかなければならない。

 狂ったように、それを信じ続けていかなければならない。


 そうして僕は、ようやくアリスを守れる神になれるのだ。


 ◇ ◇ ◇


「――アリス、僕が言ったことは......覚えてるね?」


 模擬戦場へ向かう道の途中、僕はアリスの顔を覗きこみながら問う。

 目的地はもうすぐそこだ。


「はい......」


 少し落ち込んだような表情で、アリスは頷いた。

 この三日間、徹底的に鍛え上げたのがあまり効果として実感できていないからだろう。


 そうやって気を落とす気持ちは分かるけど......今から実戦なのだ。

 いや、模擬戦闘だけど。


 気持ちとしては実戦のつもりである。


 ちゃんとしゃきっとして貰わないと困ってしまう。


「ほら、元気出して! 君は僕が守るから、そんなに気にすることないって」


 自分に言い聞かせているのだという実感はあった。

 そうして自分を鼓舞しなければ、戦えるもんじゃない。


「うぅ......」


 しかしそんな僕の自己満エールも虚しく、何故かアリスは一層頬を赤くして、顔を俯けてしまった。

 金髪の一本一本がピンクに染まっているようにすら見える。


 どれだけ緊張してるんだろう......

 もちろん僕だって緊張しているから、人のことは言えないけど。


 こんな調子で大丈夫だろうか。

 もしかすると、僕が言ったことも、緊張で忘れてしまっているんじゃないか?

 さっきは頷きこそしたけど、ただ頷いただけかもしれないし。


 心配になった僕は、一応確認を行う。


「――えーと、それじゃあ、最後に僕が言っていたことを復唱してみて」


「......とにかく相手と距離をとること」


「うん、次」


「......絶対に無茶はしないこと」


「はい、次」


「......いざ危険になったら、神様を神器にして呼ぶこと」


「よし、覚えてるね」


 頷き、まだ緊張している様子のアリスの肩を軽く叩いて、僕は言った。


「距離とか、見えないとか気にしないでいいから、危なくなったら絶対に僕を呼ぶんだよ。どんな状況であろうと、神器にさえなれたらどうにかなるから」


 どんなに離れた場所からでも、声が届いて返事が(心のなかでも)できれば器にはなれる。

 その際は必ず担い手のところまで一瞬で飛んでいくので、アリスと僕が近づくためにはもっとも有用な手段なのだ。


 そのまま触れられさえすれば、触発の付与が発動して、アリスの身はいくらか安全になるし。


 アリスは剣道を習っていないから、剣の扱い方なんてまったく分からないだろうけど(というか僕自身、剣道しか習っていないので、実戦で剣なんて振れないんだけど)、そこはまぁ僕がうまく危機を乗りきれたら、器状態を解除すればいいだけの話である。


 もとより、フルの力が発揮できるなんていう危険極まりない器状態で戦う気なんてない。

 誤って殺してしまうわけにはいかないのだ。

 そんな心配をする余裕なんてないかもしれないけど......


 そもそも、そのフルの力をアリスでは扱いきれないだろうという心配もあった。


「......まぁ散々言ったけど、そんな状況にならないように、僕も頑張るから」


「ぁぅ......」


 表情が固まったまま動かないアリスを安心させようとしての言葉だったのだが、何故かアリスはまた赤面して顔を伏せてしまった。

 もうわけがわからない。


 一体何を言えばこの異常な緊張はほぐれるんだ......?


「まぁさ、僕の作戦通りにいけば、多分大丈夫だって。心配することなんて何もないよ」


 両開きになっている重たい鉄扉を前にして、最後に僕はアリスに言った。

 この扉を開けてしまえば、もうそこからは戦いの場だ。

 

 アリスに言葉をかけられるのは、今が最後。


「......そうですよね。神様の作戦があれば、勝てますよね」


 ようやくちょっとだけ笑顔を見せつつ、アリスは僕を見た。

 不安げな瞳ではあったが、緊張は少し消えている。


 どうやら作戦という言葉が効いたらしい。


 ......そう、作戦。

 僕が三日の間で思い付いた、完璧な作戦だ。

 練りに練ったわけではないけど。


 じゃあ完璧でもないような気がするけど......しかしまぁ、相手にこの僕の作戦を回避することなど、不可能のはずだ。

 少なくとも、この作戦で相手はある程度の戦力低下は免れない......はずだ。

 

 それなりに自信のある作戦ではある......一応。

 

 内容は子供っぽいというか、安易なものだけど......いやしかし、有効な作戦であることは確かだ。 


 ――勝てる。


 一抹の不安を無理やり押し込め、僕はそう確信して、ゆっくりと鉄扉を押し開いた。


 ......まぁ結論から言うと、作戦は失敗だったんだけどね。

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