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十三話『朝ごはん騒動』

 場面は転じてヴァルファズル城、午前十時。


「......うーん、お嬢様が僕に仕事を任せてくれるのはいいんだけど、いざ一人になってしまうと、色々思うところがあるなぁ」


 一人呟きながら、所々廊下に置かれている花瓶を一つ一つ丁寧に拭いていく。


 こうして僕が一人で動いている場合、お嬢様は大抵お勉強をされていたり、訓練をされていたりする。

 というか、一日の時間の大半をお嬢様はそれに費やすのだ。

 努力家なのはいいことなんだけど......


 しかし、廊下で一人でぶつぶつ何かを呟く執事の絵というのは、誰かに見られたら普通に変態だと思われる可能性大だな。

 その事実に気付くのは、後になってからなのだけど。


「......いいのかなぁ......こんな、僕一人で......」


 お嬢様に信頼されていると考えたら、そう悪いものじゃないんだけど......

 別に給料が貰えるわけじゃないし、やらなくても他の誰かがやってくれるんだよね。


 だからサボってもバレないし、こうして一人にされるのはどうなのかな、と思う。

 もちろん給料が貰えないのだから、サボる動機は充分にあるわけだし。


 信頼されている......とは、思えないなぁ。

 やっつけっていうか、取り敢えず何かやらせておこうみたいな、そんな適当な感じだと思う。


 それを分かっている僕は、特に後ろめたい気持ちもなく。


「――図書館に行くか」


 不意に思いつき、僕は拭き終わった花瓶を丁寧に置いて、辺りを二、三度見回し、歩き始めた。


 今僕が背負っている問題は、なんといってもアリスの模擬戦闘だ。

 案外、図書館に行けば神の弱点とかが書かれている本があるかもしれない。


 こちら側からすれば、神は敵なのだし。

 少しは調べる努力をするべきだろう。


 お嬢様の仕事を遂行する努力?

 いや、それは後回しだ。

 やらなくても誰かがやってくれるなら、僕は自分にしかできないことをする。


 アリスを助けられるのは僕だけなのだから。


「――捕まった捕虜ですが......先日から口を開かず......あれの使用を......」


 無駄に長く大きい、豪勢な廊下を歩く途中......部屋の奥から、そんな話し声が聞こえる。


 ――捕虜......か。


 お嬢様が捕らえた捕虜......

 確か現代では、捕まえた捕虜には治療なんかの措置がとられたり、色々優しくはしてくれるらしいけど......


 こっちじゃどうなんだろう。

 まだそういう、捕虜に対する配慮がない時代ならば......


 もしかすると、彼らは重傷の身で、死ぬより辛い地獄を味わっているのかもしれない。

 そう言うと、お嬢様が殺してしまった方が優しかったみたいな、そんな話になるけど......


 違うよね、多分。

 決してお嬢様は優しい気持ちで彼らを生かしたわけじゃないだろうけど......でもだからって、苦しむ彼らを見たいなんていう残虐な気持ちで彼らを生かしたわけではないはずなのだ。


 ただ、自分の祖国のためにそうしたというだけであって......

 お嬢様自身は、こうなることを望んだわけじゃない。


 だから、これはただの結果なのだから......僕があのときお嬢様を止めていれば、みたいに悪く思う必要はないのだ。

 僕は悪くない。


 そう自分に言い聞かせる。


 ......そういえば、これはこの前お嬢様に聞いた話なのだけど、どうやら彼らははぐれて行動していたわけじゃないらしい。

 元々山脈にダイナマイトを設置し、基地を奇襲するためのれっきとした部隊であったそうだ。


 スクワイヤー小隊......といっていたか。

 確か、隊のなかに神に従いし者(ゴッドスクワイヤー)が存在すると、通常の隊の組み方とは違うようになるのだ。


 今回の場合、神に従いし者(ゴッドスクワイヤー)一人プラス二人の軍人(階級は忘れてしまった)で、スクワイヤー一個小隊。


 こちらも、スレイヤー小隊というのが存在するらしい。

 小隊だけじゃなくて、普通に中隊とか大隊も。


 隊なんて僕にはよく分からないけれど......まぁとにかく、あそこでお嬢様が止めていなければ、爆弾で崩れた山は基地を潰し、僕たちがマグナ戦線を放棄することは免れられなくなってしまっていただろう、というわけだ。


 そうでなくとも、近くで爆発が起きたということは、充分基地内部を混乱させる理由に足るものだっただろう。


 そう考えると、やっぱりお嬢様のやったことって凄いことなんだと思う。

 だからむしろ、褒められるようなことなのだ。

 二階級特進ものだ。


 ......いや、実際そうなのかは全然分からないよ?

 ただ、なんかこういうのって、凄い戦果を挙げると二階級特進......みたいなイメージがあるからさ。


 ......はぁ、戦争やってるっていうのに、僕はあまりに知らないことが多すぎるような気がするなぁ。

 他の人と違って、一日の半分を睡眠に費やさなくて済む以上、僕には普通の人より倍の活動時間がある......それを利用して、ちょっと勉強しなくちゃいけないかもしれない。


 あー、受験のときにこの体質だったら楽だったのにな......

 いやま、受かってもこうして死んじゃうんだけど。


 それはともかく。

 図書館に着いた僕は、目的の本を探して本棚の間を歩き始める。


 この図書館は、本当に本の量が半端ではない。

 多分、ここにある本をうまく積み重ねていけば、一分の一スケールの十階建てマンションが組上がるのではないか......と思うほどに。


 その分本棚の数も多く、ここはちょっとした迷路のようになっていた。

 だけどこれを読めるのはこの城に住む人だけなのだから、何だか勿体ないような気がしてならない。


 どうせなら、一般人にも公開してしまえばいいのに。

 それはそれで、城に簡単に人が来れるようになって危険か。


 ルルド総統は今、基地奇襲の件もあって北の支部に再び戻っているけど......

 お嬢様の命が目的、という輩がいないわけでもないだろう。


 やっぱり公開するのは危ないか。


 どちらにしろ僕の一存で決められる話じゃないので、この案は一旦置いておくとして。


 僕は本を漁りに漁る。脚立がないと届かないようなところからも色々見つけ出し、パラッと項目を読んでは本棚に戻したり、机に置いたりして......

 集まった十数冊の本。


 全て神に関する資料だ。

 分厚くて、とても一、二時間じゃ読める量じゃないけど......


 僕が知っているところを飛ばし飛ばしに読めば、どうにか空が赤くなる前までには読み終わるだろう。

 そこからアリスの方に行って、朝から作戦を練る......と。


 こっちの夕方と、あっちの朝は時間が被ってるからな......

 学校に遅れないようにするには、早く読み終わらないと。


 僕は幾らか気合いを入れて、積み重ねた一番上の本を手に取った。


 ◇ ◇ ◇


 再び場面は転じ、特別スクワイヤー生軍学校、早朝。


「――熊だぁ――!!」


「熊ぁっ!?」


 僕たちの朝はどうやら、これで始まることが決定したらしい。


 そして数分後。


「――はぁ......脅かさないで下さいよ神様......」


「脅かすなって言ったって......こうしないと起きないでしょ?」


「まぁ、そうですけど......」


 ぷくっと頬を膨らませ、アリスは目を逸らす。

 それなりにお怒りではあるらしい。


 まぁ、そりゃあ毎朝毎朝、これで起こされることになるのは嫌だろう。

 こうして親元を出た以上、子供のように扱われるのが気に食わないのかもしれない。


 それはまぁ僕だって同じだし、その論だとアーニャお嬢様が一番子供のようだから、僕だって威張るつもりはないけど。

 甘えている、という意味じゃ、お嬢様は確かに子供かもしれないが。


 しかしそれはそれ。

 これはこれだ。


 学校に遅刻は許されないのだから、確実に起こせるこの手段を選ぶしかあるまい。

 目覚ましがあっても、この子は起きなさそうだし。


「さ、早く制服に着替えて、学校に行かなきゃ。朝ごはん作っとこうか?」


「あ、あぁいえいえ! 朝ごはんくらい自分で作れます!」


 ここは寮ではあるが、大きすぎて一種のマンションのようでもある。

 部屋の一つ一つにキッチンがあって、トイレ、お風呂も完備されているのだ。


 寮といえば、寮飯を出されるのが普通だけど、ここは軍学校。

 戦地で料理ができないのはマズイということで、寮飯は出されず、自分で作ることを推奨されている。


 僕は一応、高校に入る前に母から料理を教わっていたので、やってできないことはないのだけど......


 アリスに料理なんて、できるのだろうか。

 今までは買っておいたものを食べてただけだったので(昨日は寮にある設備が全て使えるかチェックしただけで、調理はしていない)、アリスの料理の腕を見るのは初めてだ。


 まさかミーシャさんほどおいしく作れるとは思えないけど、アリスの手料理と聞くと、なんだかちょっとワクワクする。

 まぁ朝ごはんなんだけど。


 しかし所詮とは言えないだろう。

 急がなければならないため、簡素で何の仕入れもできない朝ごはんだからこそ、これをおいしく作れるかどうかでその人の腕がよく分かるというもの。


 所詮ではない初戦の挑戦、というわけだ(うまくない)。


 まぁここまで言っておいてだけど、僕だってそんなに料理がお上手、というほどでもないので、こんなに偉そうな口を叩ける分際ではないのだが。

 というか、こんなにメチャクチャ言っといて、アリスがすごい料理うまかったらどうしよう。


 やばい。割と恥ずかしいぞ。

 口にこそ出してないけど、心のなかは真っ赤っかになってしまう。


 ......というような心配を、俗に言う杞憂というのだと、僕は知ることになる。


「――アリス」


「はい」


「これはなに?」


 僕は目の前の、皿に盛り付けられた真っ赤な四角形の固形物を指差しながら言った。

 目は真剣そのものである。

 アリスもまた炎のように燃える意志を灯した碧眼で、真っ直ぐに僕を見つめる。


「パンです。ブレッドです。ブラッドです」


「本当にブラッドだよこれじゃ! 血みたいじゃないか!」


「マイブラッドです」


「アリスの血を食べさせられかけていたのか!?」


「私の血はお嫌いですか......?」


「好き嫌いの問題じゃないよね!?」


 好きって言ったらヤバい奴だし、嫌いって言ったら血統が嫌いみたいになるし!

 実はなかなか返答の難しい質問だったぞ?


「それはともかく......これは一体......」


 僕は一度、そうやって言葉を区切る。

 ドロッと真っ赤な謎の液体を垂らす固形のナニカ......彼女曰くブレッドを、恐る恐るつまみあげる。


 ベチャ、という嫌な音がして、皿の上に赤い液体が落ちた。


 すると。


 赤い液体によって、皿がジューっと嫌な音を立てて溶けていくではないか!?


「――なんなんだぁ――!?」


「私にも全然......ただ、急がないとと思って、がむしゃらにジャムやその他諸々を調合してたらそんな風に......」


「その他諸々って何を入れたんだ......っていうか、なんでまずジャムを調合しようと思った」


「お母さんのオリジナルスペシャルエクストリームギャラクシーファイナルジャム乗せのパンが好きだったので......」


「名前がすごい気になるんだけど......まぁ、なるほど。自分もやろうと思った結果、皿を溶かす強力な酸性の液体になってしまった、と。納得納得......できるかぁ――!!」


 あまりツッコミの機会のない僕であるが、かの有名なノリツッコミというものの存在は熟知している。

 噂に聞く通り、なかなか自分にダメージを負うツッコミだ。


 なんでやったし。


「何をどう組み合わせれば皿が溶けるんだよ!? 少なくとも食材じゃ無理だよね!?」


「キッチンの近場にあった液体を......」


「それ洗剤とか入ってるよ!」


「せん......ざい?」


「うそぉ......」


 洗剤知らないとか......


「アリス......君はミーシャさんの料理を手伝ったりしたことないの?」


「それが、小さいときに数回やっただけで、それからは手伝おうとしても大丈夫って言われて断られるんですよ......」


「それ避けられてるって......」


 一体何をやらかしたんだ。


 僕は長い息を一つ吐き、とにかく、と続ける。


「――これからはご飯は僕が作るよ。まぁお嫁さんとかになるときに料理はできないとまずいから、アリスには週一で僕が料理を教える。これでいいね?」


 本当に、お母さんに料理を習っていてよかった。

 感謝してもしきれない。


 僕が料理ができなければ、今後はこの赤いブレッドを食らって生きる生活を......ブルリ。


「お、お嫁さん......夫婦......」


 呟いて、何故か僕を上目遣いの目で見てぽぉっと赤く頬を染めるアリス。

 そこのキーワードだけを気にしていたので、多分そこ以外聞こえていないのだろう。


 僕は呆れたような顔をして、念を押す。


「......いいね?」


「はっ、はい!」


 結局、今日は朝ごはん抜きになってしまった。

 これから先、こんな調子で大丈夫だろうかとつくづく心配になる......


 そういえば、こんな朝ごはん騒動もあったせいで、せっかく図書館で読んできた情報とかも、全部言いそびれたな。

 まぁ、どうせ大したことは分からなかったんだけど......


 ......はぁ......

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