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十二話『闘争心』

「――はぁ......イーゲン君、一回落ち着いて」


 ウルガ先生は、少年......イーゲンというらしい子の肩に手を乗せ、言った。

 頭が痛いとでも言いたげに、片方の手でこめかみを押さえながらである。


「触るな!」


 イーゲンは自分の肩に乗せられた手を見るや、血相を変えたようにして、自分の手で先生の手を弾き飛ばした。

 先生はそれに怒りこそしなかったが、ますます眉間にシワを寄せて、困ったような顔をする。


「僕は選ばれた存在なんだぞ!? 気安く触るんじゃない......!」


 今回のは本当に大激怒らしい。

 なんだかもう、ここまで来ると、自意識過剰も尊敬に値するような気がする。

 いや、もちろん本気で言ってるわけじゃなくて、バカらしいの暗喩だ。


「あ、え、っと、その......喧嘩は......駄目、だよ?」


 アリスはこの修羅場にてんてこ舞いなようで、わたわたとしながらも彼女なりに状況をどうにかしようとしてる様子だった。


 無論、その言葉はただ、状況に油を注いだだけの結果となってしまう。

 いやまぁ、油なんて注がなくても、その炎は可燃物を燃やして勝手に燃え広がっていただろうけど。


「......喧嘩は駄目......? あぁそうだな。喧嘩はよくない。だから勝負をしろと言ったんだ、僕は......僕らが最強であることを示すために......! 別にいいよなぁ、アリス?」


「こんな奴の言うことなんか気にするなよ」


 このままでは彼の威勢に押されて、アリスが頷きかねないと危惧した僕は、一応そう釘を刺す。


 まだ軍学校に来て何も学んでいないというのに、いきなり戦うのは危険だ。

 この男、どんな手を使ってでも勝とうとするタイプっぽいからな......いざ戦い始めて、こちらが勝ってしまえば、これからずっとこいつに付け狙われるだろう。


 ともすれば、いじめのようなものに発展する恐れもある。

 負けたら負けたで癪だし、ここはこの誘いに乗らないのが一番賢い選択だ。


 アリスは僕の言葉を聞いて、素直に頷く。

 いい子だ。


「は、はい」


「ふん......なんだ、僕とは戦えないのか。最強のくせに? ははっ、どうせその最強って能力もイカサマなんだろう? それがバレるのが怖くて、僕とは戦えないって言うんだろ......この意気地無しめ」


 蔑むような目をして、彼は多分僕に言った。


「どうとでも言ってくれて構わない」


「へぇ、けなされるのには慣れてるってわけだ。今まで何度もそういうことはあったのかな?」


 煽り上手なようだが、それで激昂するほど、僕だって子供じゃない......

 好きなだけ煽って、諦めてくれ。


 そんな風に、僕は受け身......というより、流し身の姿勢でイーゲンの言葉を聞いていたのだけれど。


 それはあくまで、僕は(、、)、の話で......彼女はそうではなかったらしい。


「――じな......じゃない」


「ん、何か言いたいことでも?」


 知っていたはずなのに。

 僕は知っていたはずなのに......

 彼女がこの上なく優しい性格で......

 人のためであれば、自分を容赦なく死地に向かわせられる......そんな大バカ者であると。


「神様は意気地無しじゃないです!」


 自分よりも背の高い少年を見上げて、彼女にしては珍しくきっぱりと言った。

 体は細かく震えていた。


 それでも......彼女は僕のために、怒っているのだ。

 怖いはずなのに。


「神様は私を助けてくれました! だから神様は意気地無しなんかじゃないです!」


「あ、アリス落ち着いて!」


 感情が昂っているときのアリスは、何をやらかすか分からない......

 普段は人目を気にしておどおどしている癖に、こういうときには何でも自分の思ったことをそのまま言ってしまうのが彼女だ。


 このままでは、下手をすると......


「へぇ。で、それをどうやって証明するっていうんだい? 君のカミサマが意気地無しのイカサマ野郎じゃなくて、最強の神であると......まさか説き伏せるっていうんじゃないだろうね?」


 ニヤリ、とイーゲンは笑った。

 確信したのだ......アリスは自分の誘いに乗ってくると。


 一度でも口にしてしまえば、それは取り消せない。

 僕は取り返しのつかないことになる前に、アリスをどうにか止めようとしたのだけど......


「駄目だアリ」


「やります」


 それはいささか、遅すぎたようだった。


「――戦います......あなたと」


 ◇ ◇ ◇


 そんないざこざのせいで、せっかくの学校生活の初日が、無茶苦茶に重たいムードになるハメになったのは言うまでもない。

 後になって正気に戻ったアリスは、とにかくイーゲンの視線が痛くてずっと縮こまっていた様子だった。

 

 クラスメイトも気をつかっているのか話しかけて来ないし。

 

 よく考えれば、ミーシャさんから習ったこと以外何も知らないアリスなので、授業にはまったくついていけないし。


 とにかく散々だった。

 これはもしかすると、これからアリスは放課後、毎日補習を受けることになるかもしれない。


 まぁそんな、現実的な問題はともかく......


 今降りかかっている、恐ろしい戦いの問題について、考えることにしよう。

 もちろんそれは、イーゲンとアリスの戦いのことだ。


 勝負の約束はしたものの(もちろん僕は乗り気ではない、というかアリスだって後から自分がやらかしたことに気付いたようだったけれど、約束を無視してとやかく言われるわけにはいかない)、どういった形式で行うのかなんて、まったく聞いていない。

 どうしたものか......と、僕は頭を抱えていたが、どうやらその件はまったく心配いらなかったようだ。


 なんでも聞くところによると、対戦の準備はウルガ先生が滞りなく進めてくれるらしい。

 あんなに止めようとしていた先生がどうして......というのも、元々この学校では、互いの能力を確かめ合うために、クラスメイトはおろか、他のクラス、他の学年とも模擬戦闘を行うことを推奨していたのだ。


 といっても、原則一対一のみだし、互いの了承も必要だ。

 それに加え、互いの神の神格が一つ違いまでの差での了承しか許されない。


 つまり、今回僕の神格は極々上なわけだから、僕とアリスと模擬戦闘を行えるのは、神格が同じ極々上か極上である必要があるということだ。


 幸い......というか、残念というかといったところなのだけど、とにかくイーゲンの神の神格は極上だったらしい。


 おかげで互いの了承も得られた今、こうしてウルガ先生は学校の規則に従い、準備を行うしかなくなってしまったのである。

 あまり気乗りはしないようだったけど。


 模擬戦闘は、体育館とは別にある模擬戦場で行われる。

 そこには先生方の神のエネルギーを収縮して作られた障壁のようなものが内側に張られており、おかげで中でどれだけ暴れようと壊れないということなのだそうだ。


 見方によれば、広い牢獄とも言える。


 魂を駆る者(ソウルスレイヤー)の方にも、同じようにステータスクリスタルがあることだし......こういったよく分からない科学的じゃないものを作ってしまうのに、別に異論はないのだけれど......僕にもできないのかどうか、少し気になる。


 今度練習してみよう。


 っていうか、そんなバリアを作れるなら、実戦でそれをやり続ければ最強なんじゃないのかな?

 世の中そう甘くはないのかもしれないけど。


 まぁそれはともかく、軌道修正。


 それで今回、僕たちが対戦するまでに頂いた時間は三日だった。


 たった......というほどでもないだろう。

 イーゲンからすれば、今すぐおっ始めたいほどだっただろうし。


 しかし元々この模擬戦闘は、骨折程度ならば当たり前といったほどに危険な行為ではあるので、やる生徒も少なく、伴って模擬戦場の点検もあまりされておらず......

 慎重に慎重を重ねて点検を行うのに、最低三日必要だったということらしい。


 僕たちからしても、そうやって時間が伸びるのは万々歳だ。

 まだ何も経験どころか、訓練すらしていないアリスが、いきなり戦うなんて危険だと思っていたのだ。


 三日あればある程度付け焼き刃でも訓練はできるし......作戦だって練れる。


 恐らくだが、相手は自分に対して自信を持っているが故に、ほとんど対策もなしで挑んでくるだろう。

 その隙をつくというわけだ。


 こうして戦うことが決定してしまった以上、勝つか負けるかなら勝を選ぶしかない。

 勝ってやって......証明しなければ。


 アリスの神は最強であることを。


 散々愚痴は言ってきたけれど、オーディンを差し置いて僕が最強の座を掴むなら、それもいい。

 僕が強ければ、アリスを守れるのだから。


 アリスには何としても、幸せになってもらう。

 僕はそのために戦うのだ。


 そうだ。忘れていた。

 殺すのが怖い。

 殺されるのも怖い。

 だから戦えない......そうじゃないだろう。


 殺さないように、殺されないように、アリスを守って戦う......そうするんだ、僕は。

 最強なら、それくらいできるはずなんだ。


 そのことを三日後に、証明してやる。


 僕の闘争心に、火が点いた瞬間だった。

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