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十話『いざ学校へ』

「――アリス。君は......怖くないのかい? 戦うことが」


 僕は機関車の窓から外を見ながら、アリスに問う。


 ガタンガタンと揺られる感覚も、あまり心地よくなく思えた。


 白い街並みが見える。


 もうそろそろ、到着だ。


「怖くないです。敵さんだって、人間なんですから......お互い殺したくないって思ってるはずです」


 だから、怖くないです。


 ......と、そう彼女は言った。


 僕は首を振って、そして呟く。


「そっか。僕は......怖いよ」


 ◇ ◇ ◇


 逃げた。


 フュンフさんが怖くて。


 絶対に追ってこられないところに。


 僕は臆病者なのだろうか。


 お嬢様は、あのシーファさんの死に動じてなどいなかった。

 悲しそうな顔もしなかった。


 ただ、面白かったわよ......と、それだけ。


 フュンフさんに対してだって、怒るどころか労いの言葉を掛けるだけで。

 あとは大したことも言わず、黙々と三人の男を縛って、エネルギーの回復を待ってヴァルファズルへフュンフさんを使って帰ってしまった。


 この世界じゃ、殺して殺されてなんて当たり前なのだろうか?


 でもそれにしたって、あまりに酷じゃないか。

 彼女はもう、一度死んでいたのに......

 二回も死んだんだ。


 それは......悲しいことだ。


 そう思う僕がおかしいのだろうか。

 それは当然なのだろうか。


 そうだとしても、僕は怖い。


 フュンフさんだけじゃない。


 誰かを殺すことが怖い。

 彼女のように殺されることが怖い。


 戦うことが怖くて仕方がない。


 なのに僕は今、戦うための場所に、アリスと一緒に行こうとしている。

 何故か。


 彼女がそう望んだから。


 僕は......彼女がそう望めば、戦うのだろうか。


 戦えるのだろうか。


 今はまだ、分からない。


 ◇ ◇ ◇


「――ここが、首都ユグドラシル......」


 機関車から出て、僕は圧倒される思いで街を眺めた。


 まず目に入ったのは、さっき機関車からも見えていた、石造の白い建物。

 それも大量に。


 太陽の光が反射して、目に眩しい。

 反対にヴァルファズルのような、ザ・石というような灰色や茶色の建築物は少ない。

 レンガ建造の家もないようだ。


 あちらがヨーロッパ風ならば、こっちは古代ギリシャのような街並みだろうか。


 輝ける街、といった感じだ。

 大きな建物も多いし、とにかく見ていて豪華だった。


 そして何よりも凄いのは、溢れんばかりの人、人、人。


 自動車と自動車の間にすら人が埋もれるほどの、凄まじい人の量だ。

 それはもう津波のようだった。


 機関車から出てくる人に背中を押されて、僕とアリスはそんな人の大海に航海に出そうになるところを、どうにか留まる。


「ヴァルファズルもすごいんだけど、こっちはもっと圧倒的な人の量だなぁ......やっぱり国土面積は神に従いし者(ゴッドスクワイヤー)の方が大きいからか」


 ガヤガヤとうるさい人混みのなかで、僕は一人呟いた。


「うわぁ......うわぁ......」


 アリスは目を回し、今にも倒れそうだ。

 森のなかでほとんど人と触れずに過ごしてきたせいか、この人の量に酔ってしまっているみたいだった。


「アリス、はぐれないように手を繋いでおこう」


「は、はい」


 しっかりと手を繋ぎ、僕はどうにか駅にある地図へ向かって歩く。


「特別スクワイヤー生軍学校は......っと。意外と近いな。アリス、歩けそう? なんならおぶっていこうか?」


「いぃ、いえいえ! 歩けます! 歩けますよ! 歩けますとも! さぁ行きましょう!」


「?」


 目を回しながら言われても、全然説得力がないのだけど。

 まぁそう気張ってるなら、一緒に歩いて......


「――ふにゃあ......」


「......やっぱおぶって」


「だだだ、大丈夫です!」


 ......そのあと結局アリスは気絶しちゃったから、おんぶして行ったんだけどね。


 ◇ ◇ ◇


 人の溢れる道をどうにかかき分けて進み、一時間。


 ようやく学校の門前までたどり着いた。


 ......の、だけど。


神に従いし者(ゴッドスクワイヤー)であるならば、その証を見せろ」


「だから、今この子は気絶してて......」


「見せられないのならば通すことはできない」


 ガン、と鉄の門を叩き、門番は言った。


 ......どうしたものかな。

 僕がいくらここで神の力を見せようと、アリスが神に従いし者(ゴッドスクワイヤー)であることを証明しなければ、通してくれなさそうだし。


 というか、随分厳しい学校なんだな......

 僕は学校といえば、小中と、あとは調べただけの高校しか知らないから、なんだかあまりここが学校という実感がない。


 一応奥にはそれらしい建物があるのだけど、霞んで見えるほどにそれはもうすごい奥だ。

 この学校の敷地を一周回っただけで、多分野球部もヘトヘトになるだろう。

 僕がそう思うのも仕方ないほどに、それはそれは広い敷地を、この学校は所有していたのだ。


 寮も学校の敷地内にあるようだし、多分日用品とかを揃えていれば、一年はこの校内で暮らせるんじゃないかな。

 設備も凄いし。


 ここだけ他のところより文明が進歩してる気がする。

 まぁ色は相変わらず真っ白なのだけど、学校って元々そういうものだし。


「さぁ、スクワイヤーであるならば、その娘を叩き起こせ」


「一応僕が神なんですけどね......」


 信じられてないとしても、仕方はないか。

 威厳がないもんなぁ......従者を背負う主なんて。

 しかも執事服だし。

 それ主が着る服じゃないよ。


 ......なんて言っても、いつでもお嬢様のところに顕現できるように、常にこの服装でなくてはいけないのだから、僕は着替えないのだけど。

 まぁなんだかんだ言って、この服気に入ってるし。


 それはともかく、早くアリスに起きてもらわなくては。


 おぶったまま、僕はアリスの体を揺らす。


「ほら、起きてアリス。着いたよ」


「ん......うぅ......」


 うなされてるな。

 流石にここにはそこまで人はいないけれど、さっきの場所は凄かったし。

 夢に出てくるようなトラウマになったとしても、おかしくはない。


「あぅ......かみさま......」


 ......なんで僕を夢のなかで呼んでるんだろう。

 しかもなんか顔が赤いぞ。


「アリス、ほら! ......はぁ、仕方ないな」


 僕は一度、躊躇いながらもアリスを地面に下ろし......その隣でかがむ。


 僕はこの数日で、彼女の寝起きの悪さを熟知していた。

 これもまた静かな森で過ごしていたせいか、彼女は時間の感覚に鈍く、寝るときは好きなだけ寝てしまうのだ。


 しかしそんな彼女でも、これをすれば絶対に目覚めるというある技を、僕はミーシャさんから伝授されていた。


 まさに秘伝の奥義、というやつである。

 必殺技でもある。


 しかし、これには大きな代償を伴う。

 それは僕の心だ。

 これを使うと、僕の心が多大なダメージを負ってしまうのだ。


 正直、僕としてはあまり使いたくない技ではあったのだけど、いつまでもここで足止めをくらうわけにはいかない。

 僕は覚悟を決めて、叫ぶ。


「――うわぁー!! アリス早く起きろぉ! 熊さんが襲ってきたぞー!!」


「くくく、熊ぁ!?!?」


 ぐ、ぐがぁ......

 心が痛い......門番さんの目が突き刺さる......!

 う、うぅ......やっぱりやらなきゃよかった......


 いやしかし、その効果は絶大だったようだ。


 アリスは条件反射のように跳ね起き、まだハッキリとしていない瞳でキョロキョロと辺りを見回し、僕と目が合うと......


「――も、もう! それはやめてっていつも言ってるでしょお母......」


「......えーと、ミーシャさんじゃないけど、おはようアリス。いい夢は見られた?」


 やってしまってから、僕は後悔の念に囚われる。

 アリスにミーシャさんを思い出させるようなことを言ってしまった。


 もう、会うことなんて......


 いや、そんなネガティブなことを言っちゃ駄目だ。


 いつか会えるはずだ。

 アリスが胸を張って、ミーシャさんに会えるように。


 僕はそのために、頑張るんだ。


 そのためなら......


「あっええ、あーとっ......」


 アリスは顔を真っ赤にして、目を伏せる。

 どうやらミーシャさんのことはあまり気にしてないようだけど......僕が知ったら恥ずかしい夢でも見ていたのかな?


 ......まぁ、沢山の人に怯える夢なんて、そりゃ人に知られたら恥ずかしいか。


 ここは何も聞かない優しさを見せるとしよう。


 さて、そんなことより今ちょっと君の協力が必要なんだと言おうとしたそのとき。


「――って、ここはどこ......? はっ、もしかして私......!?」


「ん、あぁ。おんぶでここまで運んだのはいいんだけど、ちょっと」


「も、ももも、申し訳ありませんでした!! わ、私気絶しちゃって、ここまでっ、神様が......!!」


 もう顔も見せられないといった風に、顔を両手で抑えながらアリスは言った。


 ......やりづらいなぁ......

 そりゃあ女の子をおんぶするなんて初めてだったけど、別に何もしてないのに。


 そうやって恥ずかしそうな態度をとられると、逆に僕まで意識してしまう。


 ......いや、いやいやいや。

 僕は神だ。


 いくら見た目が同じくらいだからといって、何も思いはしない。

 小娘が、と笑い飛ばせるね。


 僕はこんなことで動揺しないぞ。

 してないもんね。


「......あ、アリス......その、僕は何も見てないから......」


 動揺しまくりだった。


 あれ、おかしいな?

 頭のなかはこんなにクリアなのに。


 動揺なんてこれっぽっちもしてないのに。

 うーん、どうしたんだろう。


「......っ......!」


 どうやら火に油を注いでしまったようだった。

 お互い無言で俯く。


 そんな気まずい場面に、呆れたような顔をした門番が話しかけてきた。


「――あのさぁ、そこで初々しくイチャつかないでくれねぇかな?」


「「イチャついてなんかいません!」」


「......ほら」


「「うぅ......」」


 さっきからどうしてこう......!

 僕とアリスは、本当に何でもないのに!

 主従関係であって、決してそういうんじゃないのに......!


「......はぁ。もう一度言うが、ここはスクワイヤーである証拠を見せなきゃ通せないぞ」


神に従いし者(ゴッドスクワイヤー)である証拠......」


 言葉を反芻したアリスは、一瞬僕をチラと見る。

 依然、顔は赤いままであったけれど。


 あのとき......ミーシャさんに見せたときの神器をお披露目すればいいと、彼女もそう思い付いたのだろう。

 僕も真っ先にそれは思い付いた......


 けど、この状況でできるのか?

 すごく不安だ。


 少なくとも、両方精神状態は安定していない。


 精神の状態なんて、神器となれるかどうかに関与するとは思えないけど......

 でも、気乗りはしないよなぁ......


 物凄く恥ずかしい。


 ......いや、駄々などこねていられない。

 ここは僕がビシッと言って、アリスを立たさなければ。


 そうでなくて何が神だろうか。


 よし。

 今回こそはビシッと言うぞ。


「――アリス、神器をやろう」


 言えた!

 ビシッと言えた!


 目は合わせてないけど、一応それっぽく言えた!


 うおぉ......これは僕の神としての大きな進歩だ。

 なんだかさっきの恥ずかしさも忘れて舞い上がっちゃいそうだ。


「は、はい......来てください、神器、シン」


 アリスは一人で勝手にテンションを上げている僕を不審げに見ながら言った。


 先日のフュンフさんの戦いで、別に言葉にして『はい』と答えなくとも器の状態になれることが分かったので、僕は心のなかで頷くだけに留める。


 すると僕の体はたちまち光に変わり、それが集まって刀の形を形成した。

 やはり、アリスが持つにはあまりに似合わない武器だと、僕は感じる。


 優しい彼女に、刀なんて。


「......ふむ。本物か。通ってよし! まずは真っ直ぐ先にある建物に入り......」


 姿を変えた僕と、それを持つアリスを見て言いながら、門番は懐から何かを取り出して、アリスに渡した。

 いわゆる、パスポート代わりのようなものらしい。

 学生証とかは、恐らく中で作るのだろう。


「この証を渡せ。これで君は晴れて我が特別スクワイヤー生軍学校の生徒だ」


 ――生徒、か......


 思い出す。

 僕も高校生となったその日に、死んだんだよな。


 ......少しだけ、ほんの少しだけだけど......

 アリスが、羨ましい。


 僕も生きていれば、普通の高校生として生活して......


 ......駄目だ。考えるな。

 また悲しくなってしまう。


 こういうときはポジティブシンキング。

 僕が体験できなかった高校生活を、アリスは体験できると考えるのだ。

 僕は学生であるアリスの神であるわけだし、一応周りと馴染むことはできるはず。


 うん、考えてみたらそう悪くはない。


 まぁそれはともかく。


 こうしてアリスは無事、軍学校に入学することができたのだった。


 が。


 事件は直ぐ様起こることになる。

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