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八話『対双の牙』

 しかし、ここで次元の違うフュンフさんの力を見せつけられたところで、現状が不利であるといったことは何も変わらないのだった。

 このままお嬢様を狙って弾丸の雨が降る限り、フュンフさんはそれを弾く傘になり続けなければならない。


 穴が一つでもあけば、お嬢様は死んでしまう。


 主の死は、魂にとっての死にも等しい。

 いや、本当はアストラル体に戻って、再び誰かに契約コントラクトされるのを待ち続けることになるだけなんだけど......しかし、それで永劫の時を過ごすという可能性も、ないわけではない。


 魂は主を守る。

 これは絶対のルールなのだ。


 しかし、もしこのままフュンフさんがこの銃弾を全て弾ききったとして......だ。

 こちらが形勢逆転するか?


 答えは否だ。

 逆に、もっと追い詰められることだろう。


 相手は今、爆弾の起爆以外に銃で敵を倒すという選択肢があるからこそ、それを選択している。

 起爆はつまり、自分の命と引き換えの文字通り決死の一撃なのだから、そりゃあできるならそれを選びたくはないだろう。


 しかし、弾薬が全て尽きるまで銃弾をフュンフさんが弾いてしまった場合......相手に残る選択肢は一つしかなくなる。


 それはつまり、爆弾を起爆させるということ。


 人にもよるだろうが、ある程度時間はかかろうと、最終的にその選択肢を選ぶしかなくなるのは自明の理。


 それは即ち、僕らの敗けを意味する。

 つまり僕たちは今、敗けというゴールに向かって続くレールの上を、自らダッシュで進んでいるようなものなのだ。


 どうしようもない。

 僕の頭の中に、そんな言葉が湧いて出る。


 どうしようもない。どうしたって敗けしかない。勝てるわけない。勝てる道がない。

 どう足掻いたって駄目だ。どんなに頑張ったって駄目だ。

 どうしてお嬢様は実戦をしたいなんて言ったんだ。

 無理だ。無茶だ。やっぱり、女の子が戦うなんて、駄目だったんだ。

 僕がもっと必死に止めていれば。止められていれば。

 自分はしもべだからと、謙遜したりしなければ。こんなことには。


 死。

 死ぬのは嫌だ。怖い。

 でも誰かが死ぬのは、もっと嫌だ。

 怖いなんてものじゃない。恐ろしい。

 お嬢様が死ぬのは、死んでも嫌だ。

 死んだ僕は、お嬢様に死んでほしくない。


 ......だけど、どうしようもない。

 どうしたって何も変わらない。どれほどの力があっても、変えられない。


 僕たちはこの坑道に入ってしまった時点で、敗けていたんだ。


 ――カチカチカチカチ、と引き金を引くだけの音が虚しく響く。


「く、クソッ! クソッ! 弾がッ! なんでだ!! なんで当たらねぇんだ!?」


「......」


 フュンフさんは、最後の一発を弾いた姿勢のまま停止していた。

 まだ実は弾が残っている可能性を懸念しているのだろう。抜かりない。


 しかし抜かりはなくとも、既に僕たちは敗けというアリ地獄にはまってしまっていて、抜け出すことができないのだけど。


 弾が切れてしまった今や、これで僕たちは遂に、アリジゴクに喰われる、というわけだ。


 終わった。完全に。

 何かをしようなんて考えも、もう湧かない。


 何をしたって無駄なのだから。

 考えることすら、無駄だ。


 こんな絶望のなか、僕はお嬢様を見る。

 その顔は未だに勝利を信じているかのような笑みを張り付け続けており、なんだか僕は、居たたまれない気持ちになって目を逸らした。

 坑道の外にいるフィーアさんも、眠そうにあくびをするだけ。

 フュンフさんは最初から一貫して無表情。


 せめて今からお嬢様の手を引いて坑道の外に脱出しようかとも思ったが、多分間に合わないだろうし、いざこの山が崩れれば、外に出たとしても大差はないだろう。


 完全にして完璧な詰み状態。


 ......と、僕だけはそう思っていた。

 僕だけは。


「......勝ったわね」


「はい」


 不敵な笑みを絶やさずに言ったお嬢様の言葉に、フュンフさんは頷く。

 さっきまでの次弾を予想した体制も戻し、普通の直立状態に。

 その顔には、ほんの少しだけど......笑みが、あったような。


「――勝ちました」


 その瞬間、僕の目は見開かれることになる。


 天井が崩れたのだ......爆弾は起爆していないのに。

 しかも、敵の頭上の天井だけが。ピンポイントに。


 さっきの銃弾の音とは比べ物にならない騒音が鳴り響き、瓦礫の山が築かれていく。

 もちろん下にはさっきの兵士たちが。

 爆弾もろとも、全てを下敷きに築いていく。


 僕たちの、勝利の旗を。


 見開いたオッドアイの目はそのまま固まり、僕はそのありえない光景を見ていた。


 勝った?

 あの、絶望的状況から?

 天井が崩れて......一体どうして?

 分からない。何もかも分からない、けど......


 僕たちは勝ったんだ。

 いや、勝ったかどうかなんてどうでもいい。

 敗けなかった。それが大事だ。

 だって、敗けさえしなければ、死にはしないのだから。


 お嬢様は生きている。

 ならばもう、それだけでいいじゃないか......


「は、ははは、はは!」


 僕は、あまりの緊張で引っ付いてしまっていた気道から掠れた声を出して笑う。


 笑え笑え。

 死ななかったことを歓喜しろ。

 勝利の幸福を思いしれ。

 敗北の味なんて吐き捨てろ。


 今はただ、笑うだけでよかった。


 ――しかし、そう簡単に終わるわけではないのがこの世の常で。


「――がっ......! 契約、を(コント、ラクト)ォ......!」


 瓦礫に体を押し潰され、呼吸もまともにできないはずの兵士が、魔法の言葉を唱える。

 それは笑う僕の耳にはほとんど届かないような、そんな声。


 しかし、その言葉は僕たちに聞かせる必要はなかった。

 何故ならば、伝えなければならない存在には、既にその言葉は伝わっていたのだから。


「――ふっ!」


 そんな、この場の誰のものでもない......いや、誰のものでもなかった新たな声が響いた、その瞬間。


 瓦礫は内側から猛烈な光を放ち、その光とともに瓦礫は全てその光に弾かれるように四方へ飛び散った。

 フュンフさんはその瓦礫も腕一つで弾いたのだけど......問題は、中央に現れたその存在だった。


 頭にはターバンを巻き、服は全て布で露出も多い軽装。

 浅黒く太陽に焼けた肌を持つ、二十代の女性だ。


 もちろん、さっきまではこんな奴はいなかった。

 しかし、さっきの言葉などから鑑みるに、恐らくこの女性は......


「――あーあ、あたしは武闘派じゃないから、あんま呼ばれても出てきたくはなかったんだけどねぇ......こんな状況なら、仕方ないか」


「お願い......します、シーファ様......」


 男は傷だらけの体で立ち上がり、シーファと呼んだ女性の後ろにつく。

 やっぱり、この女性は。


「神......!」


 僕は戦慄し、思わず少し後退る。


 新たに契約者コントラクターであることが判明した男以外の二人の男は、さっきの瓦礫で気絶してしまったようだけど......でも戦力で考えるなら、こちらの神の方が圧倒的に大きい。


 しかしお嬢様とフュンフさんは、新たなる強力な敵の参戦にもまったく動じることはなく。


「神格は中といったところかしら。魂のランクでいえばA相当ね。いける?」


「問題はありません」


「そう。じゃあシンは危ないから、フィーアのところまで出てなさい」


 そう淡々と会話を進めた。

 さっきと変わらない、飄々とした表情で......

 いやむしろ、お嬢様の笑顔は先ほどよりも増しているように見える。


 もっと楽しませてくれるのか、と。

 もっと昂らせてくれるのか、と。

 そんな喜びが、垣間見える。


 僕はもはや、その言葉に従うしかなかった。

 お嬢様を守るなんて、最初から馬鹿らしい考えだったのだ。


 お嬢様は助けなど、必要としていない。

 お嬢様は力を所望している。

 自分を勝たせる力を。

 自分と戦える力を。


 そういう意味では、あちらの神の方がよっぽどお嬢様の助けになっているようなものだ。

 何故ならそれの出現は、お嬢様にとって願ってもないことだったのだから。


 だから僕は、お嬢様の助けなどにはなれず......出ていっても、ただの足手まといにしかなれない。

 ならば足手まといにならないよう退いておくのが、せめてもの僕のお嬢様への忠誠の証だ。


「――もう、勝手に飛び出しちゃ駄目にゃよ」


 坑道の外まで出ると、座るどころか寝転がった姿勢のフィーアさんが僕を迎えてくれた。

 緊張感など微塵もない。


 僕はそんな人の忠告などまったく聞き入れず、ただ今の現状に対する感想を吐露する。


「......一体何があったのか、整理がつかなくて......頭がパンクしそうです」


「うにゃ? よく見えにゃかったのかにゃ? さっき、フュンフ爺は銃弾を弾くときに、弾いた銃弾が全部同じところに命中するようにしてたにゃよ。敵の頭上の、脆そうな天井のとこ」


「え......?」


 そんな......じゃあつまり、フュンフさんはあの時、お嬢様を守るために数百発の銃弾をただ弾いていたわけじゃなくて。

 形勢逆転を行うための一手すら、同時に打っていたというのか。


 銃弾を全て同じ方向に弾くことで。

 天井にダメージを与え......しかも崩れたとき、お嬢様のところまで被害の及ばないところを狙って。


 ......そういえば、フュンフさんは最初、透過状態で敵の頭上の天井に張り付いていた。

 あの時既に、どこら辺に打撃を加えれば、どこまで崩れるかを計算していたのだろう。


 戦いは始まる前から勝敗が決まっているとも言うけれど、まさにその通りだ。

 フュンフさんは最初から、直接戦うことなく勝てていたのだ。


 強い、なんて言葉では言い表せない。

 それはもう、僕の理解の範疇を超えている......化け物だ。


 次元の違う実力?

 いや違う。

 理解不能だ。


 違う次元にあるということすら、認識できない。


 それほどまでに、フュンフさんと僕には差があった。

 それは埋める差ではない。

 縮める差でもない。


 埋まらないし、縮まらない差だ。

 どんなに僕が成長しようとも、変わらずそこにあり続ける差......差と呼ぶことすらおこがましい。


 そう思えるような、違いだった。


「まぁ、フュンフ爺の実力は分かったにゃよね? だからもう、手出しはしにゃいことにゃ。フュンフ爺とお嬢に任せとけば、どうにかにゃるんにゃからにゃ」


「......」


 フィーアさんがこうして寝転ぶ理由も分かる。

 ただの傍観者であることが、この場では一番の最良の策だったのだから。


 むしろアストラル体に戻った方が、お嬢様のエネルギーを消費させず、まだしもよかったかもしれない。

 さっきは少しばかり役に立てたからといって、調子に乗るべきではなかった。


「そう落ち込むにゃって。別に君が悪いわけじゃにゃいんだからさ。あたいだって、最初はフュンフ爺の凄さに驚きもしたにゃ。フュンフ爺が凄すぎるだけで、君は別に......」


 言いかけて、フィーアさんは僕のステータス値を思い出したのか、口ごもる。

 そりゃそうだ。そうもなる。

 僕はお嬢様に、直々に最弱と言い渡されているのだから......


 気まずい視線が痛い。


「――そ、それはともかく、にゃ。フュンフ爺とお嬢様の戦いを見るとしようにゃ! ほら、まだお見合い状態で始まってにゃいにゃよ! 楽しみにゃね! ね!!」


 強調してフィーアさんは起き上がり、僕の顔を両手で挟んで、強制的に正面を向かせた。

 別に見たくなんてないのだけど......結果はもう分かっているし。


 だけどまぁ、ここでお嬢様の勇姿を見ないというのも、失礼か。


 僕は渋々といった風に顔を固定し、坑道のなかを見やる。


「......」


「......」


 互いに相手の出方を待っているのか、さっきから双方共に少しも動かず......ただただ張りつめたような緊迫した空気が漂っていた。


 しかし、遂にしびれを切らしたのか......お嬢様は正面に立つフュンフさんに、小さな声で告げる。


「フュンフ、あたしのエネルギーもそう持たないわ。相手は何をしてくるか分からないけれど、ここは短期決戦でいくわよ」


「承知」


 お嬢様は二歩、三歩と下がり......両手を前に突きだしながら、彼を呼ぶ。


「――来なさい! 魂器、フュンフ!!」


 坑道内を明るく照らさんばかりの光を放つ、フュンフさんの体が分解されてできたエネルギーの凝縮体は、みるみる内に形を為していく。

 それは器。


 彼の、魂としての有り様が、今お嬢様の手の中に、現れる。


「――対双の牙(フュンフウルファング)。獲物を仕留め、お嬢を守る矛となる......二対の犬歯」


 フィーアさんは正面を向いたまま......一人、呟いた。

 目は完全に、その光景に釘付けだった。


 僕もまた、フィーアさんと同じである。

 釘付け。

 フュンフさんの、器の姿に......目を奪われていた。


 お嬢様の手の中に形成されたのは、二本の剣。


 白銀の刃を持つ、二対の牙。

 無駄な装飾が一切施されておらず、それは無骨というよりは、ただ獲物を狩るという目的のためだけに洗練に洗練を重ねた、完璧なフォルムのように思えた。


 刀身はあまり長くなく、かといって短くもないほど。

 二刀流というだけあって、元の威力をなるべく残しつつも、最も扱いやすい程度の長さだ。

 こういうところでもやはり、洗練されている。


 切っ先はほんの少しだけ曲がっており、それがまたただの刃ではなく、はたまた展示用のサンプルでもない......殺すための武器なのだということを嫌でも思わせた。


 ......これが、フュンフさんの器。

 やはり、美しい。


 それが殺しに特化された器なのだと知っても、やはり美しい。

 ドレスに身を包んだお嬢様が持っても、尚。


 いや、だからこそ......お嬢様が持ったからこそ、その器は、輝いていたのかもしれない。


 そう思ってもおかしくないほどに、その二人の間には目で感じられる以外の、何かの繋がりがあったように思えた。


「――行くわよっ!」

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