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親子の家にて1

 陶器製カップにそっと口をつけて湯気をあげる液体を飲み下す、甘酸っぱい名前の知らない味は庭に実る実の味に似てた。

 少しだけと決めてたのに思っていたより喉の乾きはあって、気づいたら煽って飲み干していた。


「みんな、あのさ……」


 カップの底を見つめて口を開く、ここは帰り道を知らないわたしたちを助けてくれたリリアスとその息子のルークスの家の一部屋。

 あの後色々建物に訪れてリリアスと店内の人のやり取りを聞いて。夕陽が沈んで月が顔を出した頃、建物を出て次に訪れたのが親子の家。


 入っていいのだろうかと玄関前で戸惑ってると笑顔で手招いてくれた。こんなこと思っちゃいけないけれど優しすぎて微かな裏を考えてしまうぐらい。


「みんな、本当に言葉がわからないの……?」


 これからどうなるんだろうねなんて質問は皆考えてることだ、だから2番目に疑問に感じていることを隣で同じようにベッドに腰掛けてる皆に聞く。

 すぐ隣でカップを両手で包み込んでいる咲良が目を合わせて頷く。


「うん。わからなかった……」

「でも千幸ちゃんの言ってた言葉は、いつも通り話してる言葉そのものだったよ、……あっ」


 頷く勢いでそのまま俯いた咲良の言葉を補足するように結一が言い、語尾がしぼみかけたとき何かに気づいたように声を上げた。


「もしかして、それが千幸ちゃんの能力……かな」


 能力、その単語に空気が重くなる。

 能力、その言葉は耳にたんこぶができるぐらい聞かされてる、能力があるからちきんと大人の言う事を聞きなさいとか何をするにも大人の許可を取りなさいとか、なんにでも大人がつくそのことばかりだけど。


 能力ってなに? と問いかけたことも何度かあるけど気まずい空気のままはぐらかされて結局わからないままだ。


 ただひとつだけわかってるのは、能力とは決して良いものではないと忠告されてるから、もしこれが私の能力なら「良いもの」ではないのか。

 言葉が理解できてなかったら、呆れられて帰ってしまうことも、迷子と判断されても言葉が理解できないのじゃ生活に困っていく。


「そう……だといいな」

 重い空気をなんとか変えようとして返事をしたが何かに耐えるように顔を伏せてた水羽が一言漏らす。


「そうだといいよね、辛い思いしなくて。良い能力」

「……ご、ごめ」


 皮肉めいた返しに身体が一気に冷える、能力は私のように自分自身でもわからないものが多いけれど水羽は物心ついたときに両親から警告という名前で教えられたんだ。うっかりしたことで命に関わるような。

 その能力はまるで産まれた瞬間に両手両足を枷で縛られる様なもの。


 千幸が選びようのない言葉を探していると水羽がそれに気づいて手を振る。


「あっ、ごめん。そんなつもりじゃなかったんだ……! 決して」

「う、うん」

「友達が、いい能力で……よかった、よ」


 そこで重い空気を打開しようとして繋いだ会話は途切れた、話しかける前よりも、重いものを運んで。


 水羽の能力を聞いたとき、それより重い、または同量の能力が隠されてると思った時は、不安と恐怖でいっぱいだった、3日ぐらい安眠できなくてせめて軽いものを願った。

 それが実際、能力がどういうのかがわかって、軽い物だと知った今罪悪感となって胸に佇んでいる。


「…………」


 深呼吸を繰り返して、泣くのを堪える、興味を惹かれるものは探せばあるだろうけどする気が起きない。

 ふたたび視線をコップの底に通し、床の絨毯の感触を音を立てないように足で確かめる、重い空気をなんとかしたい気持ちは今の会話で縮こまってしまったから次に話す勇気も話題もないしこれしかやることない。


 すこしごわついてる所があるなんて考えてるうちにだんだん瞼が重くなってきた。


 カチリ、と壁に掛けられた正八形の時計の短針が動いた音がやけに大きく響いた、知らず知らず意識をそちらに向けてると1秒間を刻む音が次第に子守唄代わりになってきて。



「重い……」



 頭が揺れて微睡みの淵に沈みかけたとき、タイミングがいいのか悪いのか、現れた人物により目が覚め顔を持ち上げる。


 誰が見てもわかるぐらいに嫌々しく歪んた表情に喜んでいいのか解らなかった、この際に色々聞こうとしたけど話してくれるのか。また信じてもらえるか、とか。


「なに、この空気」

「ご、ごめんなさい」


 均等に切り分けられたサンドイッチを乗せた大きなプレートをテーブルに置いて、そのなかからふたつを摘み上げる。

 そのままこちらに近寄ってきたルークスはそのままベッドに座り込んだ。

 プレートをテーブルに置く音に反応しなかった人も、ベッドの微かな軋みの音と揺れに顔を上げる。


「夕御飯、急だからまともなのつくれないけど」


 お腹すいてるでしょ、そう言って差し出された色鮮やかな具材が挟まったサンドイッチが自然に目に留まった。食べてもらいたいという意味がすぐにわからずにいて、お礼を言って受け取ろうとした時に盛大にお腹から音が鳴った。


「……お腹すいてたんだね」

「うう……」


 恥ずかしくて受け取ったサンドイッチを落とそうだった、食欲さんはまったく空気を読んでくれないみたいだ。

 あぁもう締まりがないなあ。けど、この腹の虫のお陰で皆の表情が和らいだ気がするし、プラマイゼロかな。

 ぎこちないまま始めた食事が終わるまで恥ずかしさをぶり返したくないために延々とそんなことを考えていた。


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