異世界にて3
「…………そっか」
重たい頭を動かして前を向くとさっきまで明るかった表情に陰りがかかってた。
「大丈夫だよ、みんながいるから……それで、これからどうするの?」
暗い雰囲気に入りかけるのを察知して結一があわてて質問した、けれどそれも誰にもわからなかった。
どうする、少なくともここで悩み続けるのは良くないだろう。
「あのね、またおまじないしたらどうかな」
提案したのは目を腫らしている咲良だった、おまじないという単語に頭が疼いたような気がして。何かが引っ掛かった、けれどそのまま疼きが収まる前に記憶を取り戻そうとした。
不安定な記憶の中に、もしかしたら手掛かりがあるんじゃないか、と。
下を向いて瞼を閉じる、微かな啜り声の音も今は頭から切り離して考える、夕暮れのなかで手を繋ぎあって、いつもと変わらず遊び暮れてた日々のなかのとある1日、これで最後にしようと選んだ遊びが「トリップ」のおまじない。
夕暮れ時に5人で星を描くように手を取り合って誰もいない場所で行なう、何も用意しない、信憑性のないおまじない。そのなかで私だけ最後のおまじないに必要な目を瞑るところの段階で、閉じることもせずに何かを考えていた、そして。
「…………う」
お互いの微かな呼吸音以外、お帰りのチャイムもひぐらしの鳴き声も何も聞こえなくなった、そんな中。心に濁って浮き上がった不安に怯えてしまって目を瞑ることを忘れていた。
そして。見たんだ。
空気からヒビの入る音がして、見上げたら空、と喩えるよりは空間に歪な青黒い線が走ったのを。
突然の出来事に目を閉じることも忘れて見続けたら、その線が口を開けるように開いて、そこから。
「千幸ちゃん?」
その先を再現させる前に不安そうな声が横からきて意識を取り戻す。冷やした方がいいと思えるぐらいに泣き腫らした咲良が横に立って顔を覗き込んでいた。
「具合、わるいの? 大丈夫……」
「……だ、大丈夫」
本心はそうではないけれど、今は以上皆に不安の種を植え付けたくなかった、記憶の再生の末に思い出した事実に耐えるように拳をつくる、気持ち悪いぐらい汗ばんでいた。
さあ、どうしようか。
思い出した出来事を話すということはしてはいけない、今の状況もそうだか非現実過ぎな現象で確実に「帰れる」希望を壊してしまう。
でも。裏を返してしまえば帰れ方法を探すことをやめてここで暮らすことを一番に考えてくれるかもしれない。
「あなたたち、どうしたの?」
不意に後ろから知らない声が降ってきて振り向いた、視界にうつったのは桜色のワンピースと縁に可愛らしい動物の刺繍がちいさく縫われた白のエプロン。
「……迷子?」
動物の刺繍に気を取られているとと再び声が降ってきた、はっとして視線を合わせるために顔を上げると同時に女性から屈み込んで視線を合わせてくれた。
ちりん、と女性が持ってた日傘を地面に置くときにグリップに括られていた鈴の音が響いた。
「どうしたの? 迷子?」
「え……えっと」
答えようとしたのにこちらを心配気に見つめる翡翠の瞳を見詰め返した途端足下から熱が込上がったような感じがして視線を逸らしてしまう。
なんだろうか、私たちとは違う雰囲気をもっていて。
「……あっ」
逸らした先に女性のワンピースの裾を握り締めてる男の子と目が合って声が漏れた、女性よりも赤みがかかった金髪に同じ翡翠の瞳をした同い年ぐらいの子。
向こうも視線があったことに僅かに驚き、口を微かに開いただけで何も言わずに女性の影に隠れた。
「……あっ」
隠れる前の一瞬の表情が苦しそうに歪んていた気がして止めようとした、咄嗟に発した声は自分でも驚くくらい枯れていてそれ以上繋げることも呼び止める事も出来なかった。
隠れた人物の方に目を向けると女性も後ろに隠れた男の子に哀しそうな視線を向けていて、私が見てることに気づいたら前を向いて表情を変えた。
何も言わなくても人を安心させるような柔らかな微笑み。
「迷子じゃなくても、暗くなるから住宅区に行きましょうね、君たち何区住みかな?」
「え、えっと。……く?」
差し出された手に惹きつけられるように手を出しかけ、慌てて背後を振り向く、帰る道がわからないから着いていった方がいいのだが一応皆の反応を確認しないと。
みんなは、と声をかけようとして開いた口がゆっくり閉じた。
全員が顔を青くして俯いてたり震えていたりしてたから。
人を探そうとしたところで、運良く女性からこちら心配して話し掛けてきたから明るい表情を浮かべていると思ったから、その真逆ともいえる反応に疑問を抱かざるをえなかった。
「どうしたの?」
「言葉。わかるの?」
訪ねたら逆に質問を返された、質問の意味がいまいちよく理解しきれずに黙っていると水羽が一歩近寄って小声で。
「僕たちにはなんて言ってるかわからないんだけど……」
わずかに視線を後ろで見守ってるだよう女性に合わせて、戻す。蒼白い肌に赤みが微かに戻っているように見えた。
「……言葉がわかるなら。お願い、千幸ちゃん」
「う……、うん」
皆の意見を聞こうとしたのに、それ以前に女性の言葉がわからないと言われて焦りの量が増えただけかもしれない。わたしにははっきり理解できる言葉なのにどうしてだろう。
もしかして、と自然な流れでひとつの回答にたどり着いて慌ててこの思考を消す。
今はこの状況を私だけがどうにかできると考えればいい。
「あ、あの……!」
振り向いたらすぐ瞳同士がぶつかって、優しい光を湛えた緑色が、夕陽の輝きを受けてきらめく金の髪が、安心させるような表情が。胸の奥で渦巻いた不安を一気に溶かす気がして言葉が詰まる。
助かるっていう気持ちと縋りついてもいいのだろうかという気持ちが消えた不安の代わりに胸の中でせめぎった。
「うん」
「……あの、わたしたち」
詰まって言い出せなかった続きも、促すような相槌により押し出された。
複雑な感情が目から溢れだしそうになる。
「帰り道がわからなく……っま、い……助けて」
駄目だ、ちきんと説明して助けてもらわないと駄目なのに。一言発するたびにそれ以上の涙が流れて支離滅裂なことを言ってしまう。
完全にぼやけた視界で、目の前の女性は告げ終えるのを待っていてくれた、言葉が途切れてひゃっくりを上げるだけになったところで、手を引いてくれた。
そこから先の記憶は曖昧なまま過ぎて――
これが――異世界でお世話になるリリアスとルークスとの親子と出逢った日の一部分。
それ以外は、霞んで思い出せない。