異世界にて2
しばらく互いに口を開くことはなくひたすら道を進んでいた。はじめは水羽が先頭をきっていたけど、最近まで外に出たことがないらしく疲れがたまってきて、今は千幸が前だ。
遠くに住宅街が見えるけれどここら辺にはなにもない。それだけなら何も考えないけれど道が整備されてるのはなんでだろう。
「あ、分かれ道……」
文字が滲んでいて読めないけれど大きな看板がある場所から道が二手に分かれてるのを確認して歩きを緩くした。
握った手をそっと離して立ち止まってふたつの道を確認する。
ひとつはまっすぐてもうひとつは右。どちらも進めば住宅街につくからまっすぐ行くことにした。
先を行こう、視線を配ればそれだけで頷いた水羽を見て前を向く、その時に小さな声が看板あたりから聴こえた。
「ちさち……ちゃん?」
「……え?」
その声は震えていて確認を取るように名前を呼んだ。小さかったけど充分確認できた。
「そ、そうだよ、咲良? いるの?」
叫びたい衝動に駆られたけれど違う人だとしたら。または空耳だったときのことを考えて聞き返した。興奮からか声がすこし高くなる。
水羽が何か喋ったのがわかったけどなんて言ったのかはわからなかった、聴こえるのはやけにうるさい心臓の音。
そしてその人物は現れた。予想していたどおりの人物だった。
看板の端からおそるおそる、と頭を覗かせたのは桜色の女の子。
姿を捉えて認めた瞬間、視界が滲んだ。足の疲れなんてどこかに飛んで声にならない声を上げて桃色の子、咲良に駆け寄った。
咲良の方も同様に、目が合った瞬間に目の輪郭がぼやけて泣きながら駆け寄ってきた、あと少しの所で千幸は両手を広げてふらつく咲良を受け止めた。
「あ、会え……て、よかった……!」
嗚咽混じりの感嘆に感化されて一気にこぼれた涙が頬を伝い落ちた。全てが落ち着いたわけではないとわかっていても。ここに来るまで不安に駆られていた分出会えた嬉しさに涙が止まらなかった。
しばらくひゃくりあげながら再開を喜んでいた咲良が、呼吸を整えながら顔を上げた、視線だけを左右に動かして隣で一部始終を見守っていた水羽を捉え、また涙が溜まる。
「水羽くんも、……よかった。皆……よかった」
「うん、ぼくも……見つかってよかった」
存在を確認するようにふたりは手を取り合って、ふにゃりと涙を流しながら笑う。水羽も無事に友達と出会えたことで涙ぐんでいた。
その涙をぬぐい取って、何かに気づいたように口を開く。
「皆?」
「あっ、うん。……いるよ! 結一も紘も」
水羽の質問に何度も頷いて咲良は後ろを指差す、先程彼女が現れた看板の裏で固まってたのだろうか。
来て。と手招きする咲良を見て疑問が芽生えた、ふたりがすぐそばにいるならこの会話は届いているはずだ、反応して来るはず。駆けながら向かって行って、裏側に辿り着くときに咲良が振り返った、曇った表情付きで。
「結一くんね、具合悪くて寝込んでるの……今紘くんが付きっきりなんだけど……良くなるかな」
じわりと再び瞳が揺らぐ咲良の背後に横になってる子とその子を見守ってる子が見えた。
「紘くん、結一くん……!」
その声に反応にて見守ってる子の方が顔を上げた、紘だ。
「……千幸、水羽」
群青の髪に同色の瞳を持った彼は名前を微かに呼ぶだけで顔を伏せた、訳のわからない場所に飛んで困惑するのは誰だってそうとはわかってる、けどいつも活発的な彼だからこそ、彼が暗いとずしりと胸のあたりが重くなる。本当にここは違う場所なんだなと信じざるを得なくなる。
「結一は大丈夫?」
「……今は大丈夫」
地面に膝をついて結一の容態を確認した水羽が紘に問いかけ、紘はそのままの調子で返した。
咲良も同じく膝をついて結一を心配そうに覗き込む、横になってる結一の顔はいつもより白かった、夕日が金髪を煌めかせるからさらに白さが目立つ。
彼は出会って数ヶ月しか経ってないけど、外とかに出るよりも本が好きで運動なんてあまりしてないって自嘲するように話してたのを覚えてる。それと驚かされるのにも弱かった。
今ここにいるみんなも、顔が倒れそうなほど青ざめてる。異質な場所に飛ばされて困惑してる、刺激に敏感な彼は耐えきれなかったんだ。
でも、でも。今は目を開けて傍に居てほしい、皆が居て切り抜けられる何かを千幸はうっすら感じていた。子どもの浅はかな考えだけど、一緒にいたから一緒にいればどうにかなれるって。
「結一くん」
空いてるわずかなスペースに膝をついて白い掌を包み込んだ、びっくりするぐらいの冷たさに怯んだけど、微かに瞼が震えていてそのまま包み込んだ。
「う……ん」
しばらくそうして見守っていると結一の口が動き呻きに似た声を洩らして目を開けた、目に皆が映る。息を呑む千幸たちを不思議そうに見渡してから上半身を起こす。
「あれ、みんな……どうしたの?」
ゆっくりと首を傾げて訪ねたあと、笑顔でこう紡いだ。
「そっか、今までのは夢で、悪い夢でも見てたんだよね……別の世界に行くなんてありえないよ」
びっくしりたー、と肩の力を抜いた姿を見て、視線を逸らしたのはやってはいけなかったかもしれない。