異世界にて1
ぐにゃりと身体が押し潰される。穴に呑み込まれて真っ先に襲ってきたのはそれだった。
押し潰されると喩えても、物理的な痛みはなく圧迫感、体の皮膚を超えて内臓を押すような気持ち悪さ。
自分が今どのような状況下にいるのか確かめておきたいけど目が開けられない、開けられないのは怖さもあるけれど――まるですべての動作を忘れてしまったかのように動けない、動かせない。
目も手も、呼吸もなにもかも。瞼を閉じると見れる赤みがかったダークグレーの視界も見えない、聞こえない、気づいた頃には圧迫感も消えていた。
こわい。
意識だけの中、その言葉が浮かんだ。
こわい、こわいこわい!
波紋が広がるように一斉に感情が沸き上がる。
体を抱こうとしても、震えを止めようとしても感覚が無い、これは一体なんだろうと答えを巡らして、止めた。信じたくない。
いつも通りの帰り道、いつもの5人、その中で活発で皆のムードメーカー的なポジションの紘がやろうと提案したおまじない。どの家にもありそうな本で幼児向けのそれが、まさか。
こわいよ、みんな。やだよ。
記憶のなかに残る一寸前の出来事を必死に思い出す。
圧迫感に負けないように。
手を繋いだ感触。ちいさくてあたたかくてやわらかい手。
言った筈だ、誰かが。これからも楽しく遊ぼうって。
こんなところで終わりなんて嫌だ!
☆
千幸の意識を覚ましたのは光、何も見えなかった視界に無理矢理映り込む暗いオレンジの光。
千幸の目を覚ましたのは後頭部からの痛み。じわじわと、収まる気配はなく逆に強く痛み始める。
「い……」
息を吐き出すのと一緒に呻き声が漏れ、目をゆっくり開けた、何度も見ていたはずの夕暮れの空が強く輝いて見えて自然に目が細まる。
それから暫くは自分がどうして横になってるのか、さっきまで何が起きてたのか、何も気にせずに夕暮れの空を眺めていた。当たり前の空が胸の奥で懐かしさを刺激してきた。
「……わたし、なんで……?」
痛みが引いた頃、そこで疑問を口にして頭を回転させようとする。重い体を起こして前まで起きてた事を頭の中で再現させようとするけど――思い出せなかった。
「なんで横に……」
もう一度呟いて頭を巡回させる。
夕暮れの空の下、小さな公園に伸びる影、友達は5人。
誰が鉄棒の高いところまで登れるか競争してたり、砂場でお城をつくってたり色んな遊びをしたりしていた。
お別れの前に皆で手を繋ぎ合わせて五芒星を描いて、トリップっていうおまじないをして。
そこから、靄がかかったみたいに思い出せない、手を繋いだ感触すらもはっきり思い出せるのにそれ以降が。
「うう……あたまいたい」
後頭部ではなくてこめかみの方に痛みがして、考えるのを止めて前を向いた。今思い出せなくてもふとした時に思い出せると信じて。
「ここ。……どこ?」
ぐるりとまわりを見渡してみたら柵も地面も遠くに並ぶ建物も全て見慣れない造りで出来ていた。最悪な答えが浮かんで、一時的に消す。
記憶が欠け抜けたところまでは、確か公園に居たはずた。もし抜けたその記憶が帰り道を歩いてて、途中で貧血やらを起こして倒れても、違う。
知ってる記憶の地面は、茶色で、よく木の枝で落書きをしあってた。
今いる場所の地面は、灰色で、爪で引っ掻いても落書きできない、跡ができない。第一すごく固かった。
風が一陣通り過ぎて、知らない空気の匂いを運んでくる、しかし、怖さは不思議とやってこなかった。
「千幸……?」
「!」
ぼうっと地面を眺めてると後ろから掠れた声、知ってる声に振り向くと頭を押さえながらふらりと赤茶髪の少年が竹編みのバックを片手で抱えてこちらに歩いてきていた。
手にしてるバックは五芒星のなかに置いてあったものだ。
おまじないに必要な道具ではなくて、トリップした際に一緒に持っていくためらしかったけれど。
それがここにあるなら。
「成功、したの……?」
震えるのを堪えて口の中で呟く。こんなことになるなんて誰も予想してなかったからロクなものなんて入ってないしそもそもロクなものすら元々持って無い。
「千幸、大丈夫?」
少年の声に意識を引き戻され、形だけの笑みを返す、不安そうにしている子ども、水羽はそれを確認してすこしだけ顔を綻ばせた。
「よかった、千幸に会えて……」
「わたしも」
独りごちるそれに同意するように頷くと視界がぼやけた、そのまま身を委ねて泣いてしまおうと思ったけど泣くのは――安心するのはまだ早い。それにもしかしたら安心なんてできないかもしれない。
まだ他に3人、咲良と紘と結一が見つかってない。
「ほかのみんなは見つかった……?」
涙をぬぐいとって水羽に訪ねてみる、僅かな期待を待っていたけど返ってきたのは首を横に振る動作だった。
「無事……だよね?」
「3人、固まってるといいけど」
遠くに見える住宅街らしき所に視線を向けて水羽は呟いた、その横顔に汗が伝う。
同じく視線を住宅街に向けて、ぎゅっと汗ばんていた手を握りしめる。残りのみんなはどこにいるのか見当も付かない。わたしと水羽は偶然近くに居たけど、3人もそうとは言い切れないから。
「行こう」
迷ってる私を見て水羽が口を開いた、顔を上げると水羽は握り締め続ける手を流れるように掴んで一歩踏み出す、つられて一歩踏み出して。そこで自分が震えていたのがわかった。
「大丈夫、会えるよ」
励ます声が僅かに震えていた。
ここでふたりとも行くか行かまいか迷って立ち呆けしてたら何も進まない、知らない場所に飛ばされて混乱するのは誰にでもあるだろう。
申しわけない気持ちとありがとうの気持ちが込上がってきて、口元を綻ばせてその手を握り返した。