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作者: みやきみつる

三十代半ばの直子は、保険の外交員をはじめて間もない。久しぶりに仕事が早く終ったので、帰路につく前に読みかけの小説を全部読んでしまおうと、会社近くのファーストフードの店に立ち寄った。

ファーストフードの店はショッピングタウン内にある。


その店に入るのは久しぶりだった。「いらっしゃいませ」店に入ると、店員の女の子の明るい声が聞こえる。直子はカウンターの上に置かれているメニューに目を落とし、文字を目で追う。


そのとき

信じられないようなことがおこった。


「直子さんよ」

「…直子さん…ですか」


直子は驚いて、自分の頭より高い位置にある店員の顔を見ようと、顔を上げる。私の名前を告げた、女店員は顔を確認する前にカウンターの奥へスッと消えていった。

レジに残った女の子はお人形のような可愛らしい顔で直子を見つめている。


どうして?


レジの子は私の知らない子だ。


さっきの女は誰だろう?


声を聞いてもわからない。


どうして?


どうして私の名前を知っているの?


頭の中が真っ白になり、メニューを見ても何が何だかわからない。視線が定まらず、注文も決まらない。

直子はやっとの思いでホットコーヒーを注文する。


気持ち悪い。


どうしても嫌悪感を拭い去ることが出来ない。


もう一度、顔を上げて店員の女の子を見る。店員の子は両手を身体の前で組んだままで、直子と視線を合わせる。


「キャンセルして下さい!」


直子は左手でジェスチャーをしながら、はっきりした口調で注文の取り消しを願い出る。


身を翻してヒールの靴を鳴らし、店の外に出た直子は同じショッピングタウン内にある、別の店へ向かった。

ここのショッピングタウンにくる時は、大体その店を利用している。

赤い色がイメージカラーのファーストフード店だ。

接客態度はファーストフード店の中でも良いと以前から評判だった。


直子はいつもの店でホットコーヒーを注文し、二、三時間で本を読み終えた。


その夜、直子は奇妙な夢を見た。


亡くなるまで祖父が暮らしていた瓦屋根の木造平屋の住宅。木の引き戸を引くと畳間のすぐ前が縁側だった。大体引き戸は開けてあり、畳間から縁側と庭を望むことができた。

直子は子供の頃、祖父の家にいることが多かった。母の実家でもあり、祖父が直子の面倒をよく見てくれたのだ。


庭は綺麗に整えられていたが、家から見て左側の敷地の外は、雑草がおいしげる藪だった。

直子が庭で土をほじくって、遊んでいるときのことだった。


「直子、あそこの藪には虫がいるから近寄ってはだめよ」

「虫? どれぐらい? お母さん、虫は何匹いるの?」

「たくさんいるのよ、気持ち悪いから近寄っちゃだめよ!」

「たくさん…」


小さい直子が母の言うことに頷くと、直子の母は畳間を離れて見えなくなった。


「直子、ちょっとこっちへ来なさい」


庭にある水道でキャベツを洗っていた、祖父が直子を呼ぶ。

まだ洗っていない葉が、虫喰いだらけのキャベツの葉を一枚めくって直子に見せる。葉の茎に近い奥の方に、体調一センチくらいの青虫が体をくねらせていた。


小さな青虫だ。綺麗な黄緑の体色をしている。


「直子、虫にも葉があってキャベツを食べるんだよ」


キャベツの穴は虫の歯型だ。四歳の直子はそう悟った。


「虫も直子同じようにキャベツを食べているよ、虫が生きているからだよ」


虫と同じキャベツを食べるんだ。


生きている仲間。直子は急に虫が愛しいもののように感じられ、そこで目が覚めた。


不思議な夢だ。


虫が気持ち悪くないなんて…そんなことあるのかしら?


直子はベッドから起き上がると、パソコンの検索の欄に「青虫」と打ち込んで画像検索をかけた。


おびただしい数の青虫の写真がパソコンの画面に並ぶ。


き、気持ち悪い…。


なかにはピンク色の角みたいなものを、出しているものまでいる。


画像を閉じたあとしばらくして、直子は思い当たった。


パソコンに文字を入力して、スペースキーで漢字変換する。


五月の蝿はとくに煩わしいことからあてられた漢字だ。


五月蝿い(うるさい)


完。










最近、親戚が作っているキャベツをもらったりします。洗ってると青虫がニョローっと現れる。小さいのはまだ可愛いが、容赦無く水没させられてしまうのです。

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