表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
蘇生の魔導書  作者: 涼音奏
たった一つの願い事
PR
2/27

第一話 一

 第一話 小さな一歩


 二十メートルを超える高さから降り注ぐのは、数多の色彩に彩られた鮮やかな光。

 叶うならばその場に佇んで、ずっと見惚れていたと思うような神聖なる光の正体は、神都ルーティシアの中心に聳え立つ、大聖堂のステンドガラスから漏れる光だった。

 そして、その清浄なる光が照らすのは一人の少女。

 腰まで伸びた淡い黄金色の髪を揺らし、穢れという言葉とは無縁に思える、澄んだ青い瞳を有した少女だった。その少女――フィリアロッテ・ラズベットは大聖堂という場所に適した脛辺りまでの長さを誇る白を基調とした修道服に、硬質そうな革のブーツを履きこなし、今年で十七歳とは思えない凛とした雰囲気を醸し出している。

 仮に彼女を知らない者がこの場に居合わせたのならば、二十代前半の熟練した修道女か神官が司祭へと報告しに来たと思うのではないだろうか。

 しかし、実際はそんな事はなくて。

 フィリアロッテことフィリアは、一定の速度を保っていた歩みを一瞬だけ緩める。

 それもその筈で。

 残り五歩程進んだ先には、二人の人物が教壇の前で悠然と立っていたからだ。

 悠然という言葉を使ったが、実際は眼前にいる相手は、フィリアが近くまで来るのを待っているに過ぎない。

 しかし、フィリアからすれば、左手側に立っている老齢な司祭は、普段の通りに皺枯れた顔を厳つく歪めており、はたまた右手側に立っている神官長からは、身が竦むような威圧感がするのだから話し掛けづらくて仕方がない。

 とは言っても、フィリアが彼らへと報告をしなければ、全ては始まらないのだ。姉が死んだ真相も、蘇生の魔導書の独自行動を止める事も出来ないのである。

 だからこそ、フィリアは一度早朝の冷えた空気を吸い込んで、冷静さを取り戻すと。

「――おはようございます、マウリッツ司祭、イゼリア神官長。本日は一つの提案を持って参りました」

 まるで何かを宣言するかのように、聖歌隊が奏でる聖歌にのせて、内にある想いを二人へと届けた。

 片方は神父と修道女を取りまとめる実務部隊の長であり、もう片方は魔導及び司法を取り締まる神官の長であるのだから、当然フィリアがこれから何を提案するのかは知り得ている。

 つまり、本日は提案の是非を訊きに来たという訳だ。

「蘇生の魔導書。リーヴァと名乗る存在を止めるために、外部に協力を要請するらしいな」

 すると、厳つい顔をさらに険しく歪めた司祭は、とりあえずはフィリアへと確認をした。

 わざわざ確認をしたのは、フィリアが成そうとしている事が常識から外れているからだ。神都という名前が付いている事でいくらか想像出来るのかもしれないが、ルーティシアは宗教と魔導を中心に発展した都市である。

 神を信じ、祈りを書物に込めれば『魔導』と呼ばれる奇跡を行使出来る世界。

 他の世界がどんな仕組みで動いているのかは知らないが、とりわけ便利な力というものは害があったとしても瞬く間に広がり、人々に受け入れられてしまうのが常だ。

 そして、その奇跡を集約し、制御出来る場が権力を持つ事は自然な事だろう。

 それが、この場所。大聖堂と呼ばれる魔導の中心地である。

「はい。魔導書事件を請け負っているという方に依頼するつもりです。私が神官見習いから実務部隊に配置替えをお願いして、早二年。リーヴァと交戦して、重傷を負った者は昨日で二十名を超えています。もうこれ以上……姉が関わっている事件で犠牲者を出したくはありません」

 だからと言って、その権力が絶対ではないという事は知っている。

 魔導に頼らず自身の器を磨く事で歩むべき道を切り開こうとする騎士団に、己の腕のみで荒稼ぎをする傭兵もいるのだから。

 別の道を歩んでいる者達が魔導書絡みの事件に介入し、難なく解決出来てしまうと知れれば人々は教会という組織に頼る事はなくなる。それはすなわち神へと捧げられる祈りを失い、発動出来る魔導の力も弱まるという事だ。

 それはよく分かっている。分かってはいるが、これ以上仲間が倒れる事は許せないし、姉の優しさを受け継いだ『あの子』を止めたいと思う。そのためならば、手段を選んでいる余裕はない。

 叶うならば、自身の手で全てを終わらせる。その覚悟を持って、この場にいるつもりだ。

 その想いが伝わったのか。

「――ゼラルド・アーネスト。魔導の力は使えないけれど、腕は確かよ。私が知り得ている限りでは……すでに五件は魔導書絡みの事件を解決している。ただの人が魔導の力にどう対抗しているのかは知らないけれど、この世は結果が全て。その力に頼ってみるのは間違っていないと判断します」

 神官長は腕を組んだ姿勢のままで、フィリアの意見を肯定してくれた。

 そんな彼女は薄っすらと微笑む事で、言外に「あなたの味方です」と述べてくれているような気がする。それが嬉しくて、誇らしくて。

「――ありがとうございます!」

 フィリアは気づいた時には、頭を下げていた。

 数秒も経たずして、フィリアの頭上に届いたのは苛立ちを込めた司祭の溜息と、神官長の微かな笑い声。どうやら二人は胸中ではいろいろと思いながらも、フィリアの背を押してくれるらしい。

 実務部隊を取りまとめるマウリッツ司祭は見た目通りに厳格な人物で、とにかく異端を嫌う。司祭らしい司祭と表現する事も出来る彼が今回の特例を許可したのは、蘇生の魔導書が自由に動き回っているという『異常』な状況を可及的速やかに終わらせたいからだ。

 彼からすればフィリアの姉であるリーゼロッテの葬儀場で、この事件は終わっている筈なのである。あの時、あの場所で司祭が手にしていた異端の魔導書。それを消す事が出来なかった事は彼にとって最大の汚点で、この二年は辛酸を舐め尽くした事だろう。

 対するイゼリア裁判長は、下手をしたら男性よりも高いのではないかと思う程の長身と、引き締められた鋭利な雰囲気も相まって、どこか近寄りがたい女性だ。

 だが、一度口を開けば呆気に取られてしまうくらいに、柔らかい微笑みを浮かべるために彼女を嫌う者はいない。むしろ、鋭さと柔らかさを兼ね揃えたイゼリアは、修道女と神官の目標とされる人物だ。

 そういうフィリアも実は彼女に憧れて、人を裁く権利を持った神官になろうと日々精進していた。運動神経と類まれなる魔導の素質に恵まれた姉は、迷わず実務部隊に所属するために修道女の道を選んだ。しかし、そのどちらも絶望的だったフィリアが姉を追いかけるためには、がむしゃらに勉強する他に道は存在しなかったのである。

 ある意味では落ちこぼれと言ってもいいフィリアの手を取って、導いてくれたのがイゼリア神官長という存在だ。寒空の中で夜遅くまで本を読み漁っていたフィリアの冷え切った肩に、そっと毛布を掛けてくれた神官長の優しさは、今でも心の奥深くに刻み込まれている。

 おそらくフィリアは、あの時、あの瞬間に裁くだけでなく、人に優しくなれる神官になりたいと、そう心から思ったに違いない。

 神官を目指す動機としては、自分で言うのも問題だとは思うけれども、十分だと思える理由を持っているフィリア。そんな自身が適性のない実務部隊に入るために、この二年間必死に鍛錬を積んだのは、全てが追いかけたい、否、追い抜きたいと願っていた姉の存在が大きいだろう。

 それをよく知っている神官長は、黙ってフィリアの進む道を認めてくれた。それだけでなく、元実務部隊の頂点を極めた魔導の全てを、この身に叩き込んでくれたのだ。

 この二年。今思い返せば、イゼリアの眩しいばかりに輝く銀色の髪を、ひたすらに追いかけていたのではないだろうか。正直に言えば、辛かったのだと思う。

 しかし、辛かったからこそ、フィリアは今この場所にいる。

 大聖堂が誇る実務部隊の一員として下げた頭を上げ、確かな権力を持った二人を真っ直ぐに見つめる事が出来るのだと思う。

「いってらっしゃい、フィリア。この事件が無事に終わって……あなたの夢が叶う事を祈っています」

 そして、フィリアを温かく見送ってくれるのは、どこまでも深い緑を思わせる瞳を優しく細めたイゼリア。

「はい! フィリアロッテ・ラズベット――全力で任を全うします!」

 受け取った温もりを力に変えたフィリアは、自然と心に浮かんだ想いを言葉に変えて、力強く宣言したのだった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ