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夢で見るもの

作者: 凜乃 初

 皆さんは夢を覚えているだろうか?


 寝ている時、人は必ず夢を見ているのです。

 しかし起きるとそれを忘れてしまう。

 しかしそれを気にする人は少ないでしょう。

 夢は所詮夢であり、現実に気にする必要は全くないからです。


 ではもし、そんな夢が現実になるとしたら?


 これはそんなお話。



 ミユキが、その奇妙な夢を見始めたのは2週間前からだったそうです。

 その夢の中で彼女は日常を過ごしていました。

 朝、起きて簡単な朝食を取り、日課になっているテレビの占いを見てから出勤し、仕事をこなし友人と遊び、帰宅してから床につく。

 至って平穏な日常でした。

 しかし、その夢を見始めてから3日後、その夢の中でミユキは捻挫をしてしまったそうです。

 それは出勤途中の出来事でした。

 ミユキが青信号を渡ろうとした時、突然交差点に一台の自動車が飛び込んできたのです。

 ミユキはそれを間一髪避けることができましたが、その拍子に転んでしまい、足首を捻挫してしまうというものでした。


 翌朝ミユキは、妙にリアルに感じた自分が怪我をするという嫌な夢に気分を悪くしていました。しかしそんなことで会社を休むわけにもいかず、いつもの時間に出勤しました。

 事が起こったのはその時でした。


「たしか夢の中だとここで怪我したんだよね」


 赤信号を待ちながらミユキは夢のことを思い出す。今目の前にある光景が夢の中とおりになっていることに嫌な予感を感じながらも、信号が青く変わったために、先頭で待っていたミユキは人の流れを止めないように歩き出す。

 そして何気なく夢の中で自動車が来た方向を見ると、夢と全く同じことが起きていました。

 視線の先から飛び込んでくる真っ赤な自動車。


「嘘……」

「危ない!」


 誰かが叫び、誰かが悲鳴を上げる。その光景も全てが夢と同じ。

 信号を無視して強引に交差点に進入した車は、まっすぐにミユキの方向へ向かって来る。


「きゃっ!」


 ミユキはとっさに駆け出し、迫りくる自動車を間一髪で避けました。

 しかしヒールをはいていたため、避けたところで躓き転んでしまったのです。

 回りがホッと安堵する中、立ち上がり横断歩道を渡りきろうと歩きだしたミユキは、右足に痛みを覚え思わずその場にうずくまります。


「痛っ……」


 そこは夢でミユキが捻挫した場所と全く同じ場所だったのです。

 大慈を取ってその場で救急車を呼び、上司に自分の携帯から連絡を入れそのまま病院へ行くことになりました。

 診察の結果やはり捻挫でした。

 ミユキは偶然だろうと思い、その日はそのまま仕事へ戻ります。

 そして何事もなく一日は終了しました。夢の通りに――


 その日以来、ミユキは夢の内容を意識するようになりました。

 今までは何気ない日常を過ごしているだけだと思っていた夢。しかしその夢は全て翌日と酷似していたのです。

 今日なにを昼食に取るのか。どんな仕事をするのか。どのような電話がいつかかって来るのかなど、まるで未来予知したかのように夢の内容がそっくりそのまま現実に反映されていきました。

 そしてそれらの現実は、いくら回避しようとしてもその通りになってしまうのです。

 ゴミをゴミ箱に投げて外れることが分かっていれば、人はゴミ箱のそばまでよって直接入れようとするでしょう。しかし近くに寄って上から落とそうとするだけでもゴミは不自然な軌道を描いて落下し、ゴミ箱の縁にあたって零れ落ちてしまうのです。

 しかしそんな未来を見る夢は、悪い事ばかりではありませんでした。

 ラッキーな事や、仕事相手の考えが分かるのは都合のいい事です。

 ラッキーな偶然が起こると分かっていれば自分からその場所へ行き、取引相手の最終的な目標が分かればそれにすり寄るようにしてこちらの言い分を強めることができる。無理な要求をして断られることも無い。

 おかげでミユキの成績は少しずつですが上昇していきます。

 上司も調子のいいミユキに対してご機嫌でした。


 しかし、いい夢は続きませんでした。

 その日見た夢でミユキは、右腕を骨折してしまったのです。

 原因は仕事中に棚の上から花瓶が落ちてきて、それを受け止めようとした彼女が手を伸ばした結果、無理な体勢で花瓶を受け止め倒れたための事故でした。

 朝起きた瞬間、夢の中で感じた強烈な痛みと、夢の通りに迫ってくる車を思い出しトイレに駆け込みました。


「何これ……何なのよこれ……」


 こみあげる嘔吐感と涙を必死に堪え、自分の体を抱きかかえるようにうずくまり、しばらく動くことができませんでした。

 ミユキは怖くなり、その日はなるべく高い棚には近づかないようにしようとします。

 しかし、運命は強引にミユキを夢の通りに動かします。

 ミユキは部長からその日に限って資料室の整理を任せられ、高い棚の連なる資料室で同僚と資料整理をしていました。

 夢で怪我したから嫌だなんて、そんな理由を言うわけにもいかず、しぶしぶ部長の指示に従って資料室の整理をします。

 そこで案の定、事故は起こりました。

 同僚が整理していた棚の上にあった段ボールが突然ぐらつき、その拍子に中から花瓶が飛び出してきたのです。

 同僚は手元の資料に集中していて、その事に気づいていません。

 ミユキは夢のことも忘れとっさに手を伸ばしていました。

 そして夢で起こった通り、彼女は腕を折ってしまったのです。


「ねえ、こんな偶然って起こりえる物なのかな? 前日に見た夢とまったく同じことが現実で起こるなんておかしいよ……」


 ミユキは今更になって、その夢が異常であることを改めて認識したのです。


「偶然だって。たまたま悪い事が重なっちゃっただけだよ。怪我が治ったら美味しいものでも食べに行って、すっきり忘れよう!」


 ミユキは病院のベッドで、お見舞いに来た私にそのこと告げてくれました。ですが私は偶然が重なっただけだと思い、まともに取り合おうとはしませんでした。

 その日以来、ミユキは眠るのが怖くなったそうです。

 またあの夢を見たら……そしてその中で今度はもっとひどい怪我をしてしまうんじゃないかと恐怖するようになったのです。

 入院した日はやはりというか、彼女の夢は病院のベッドから始まりました。

 幸いその日の夢は怪我をすることなく目を覚ますことができましたが、それでも恐怖は脱ぎいきれませんでした。

 ミユキは当然のように寝不足になっていきました。

 骨折してから2日後、ミユキは退院し帰宅しましたが、夢は尚も続いていました。

 ここまでがミユキの日記に書いてあったことから分かったことです。

 それからのことはミユキが日記をつけなくなってしまったため分かりません。

 しかし、ミユキから生傷が絶えることはありませんでした。

 ある時は顔に大きな痣ができており、またある時は膝に擦り傷を負っていました。

 私は彼女が夢で悩んでいることを思い出し「彼女にまだ夢は見るのか?」などと聞いてみました。

 ミユキは黙ったまま一度だけ頷きます。

 彼女はやはりまだ夢を見ているようです。

 夢という単語に異状におびえ、眼元には必死に化粧で隠そうとして、なおも隠しきれないほどはっきりと隈が見えていました。

 事件が起こったのは、その翌日でした。


 私は会社で彼女が死んだと聞かされたのです。


 死因は飛び降り自殺でした。


 聞いた話では、彼女の飛び降りた屋上には揃えられた靴に手紙が挟まっていたそうです。警察に遺書ではないかとして回収されたそうですが、その内容は――



(あんな死に方は嫌、あんな死に方をするぐらいなら自分で死ぬ)



 と書いてあったそうです。

 私はその言葉を同僚から聞いた瞬間全身に鳥肌が立ちあがるのを感じました。


 ミユキがどのような夢を見たのか分かりません。

 しかし、その夢はおそらく彼女が何らかの原因で死んでしまう夢だったのでしょう。

 それも自殺をしてしまうほどにむごったらしい死に方で。


 私は非常に後悔しました。

 どうして私は最初、ミユキが悩んでいる時、真剣に聞いてあげれなかったのだろうかと。

 私にどうすることができなくても、何か心の助けになれたかもしれないのにと。


 私は毎日を後悔の念にさいなまれないがら眠ります。



 また、私が日常を送るだけの夢を見るために……


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