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私を苦悩させるさまざまな女の子たちのアドバイス  作者: 枕木悠
第一章 青と黄色の、私たちは人形
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第一章②

 明方女学園の図書館の別館を高等部の生徒は主に利用する。場所は初等部と高等部の校舎の間、丁度、明方アートギャラリーというバロック調の三階建ての建物と対になる構図で図書館の別館は建てられている。別館の方は鉄筋コンクリートのいたって普通の建物で、その二つの建物の道の先には朱色の巨大な鳥居が見える。鳥居の先はなだらかな斜面が続き、途中からは人の侵入を拒む森が急に出現する。アートギャラリーと同じく三階建ての図書館の屋上から見ると分かるのだが、森は明方女学園の中央に位置する講堂兼アリーナのコロッセオ型の体育館の南東側までびっしりと続く。明方女学園全体から見れば数パーセントの面積しかないだろうが、この森を全て燃やし尽くすことが出来れば多くの新しい施設がその場所に建てられるだろうとかなえは思った。研究所にバスケットコートにレストランに。学園内の緑は他にもさまざまなところで見られるのだ。学園は緑に囲まれている。この森を燃やしてもなんら支障ないだろう。学園の全体を運営するのは大学生の自治会だが、彼らは幼稚舎から高等部、もちろん大学の敷地まであらゆるデッドスペースに最先端の技術を現在進行形で投入し続けている。彼らは無駄のないところから無駄を探す天才である。きっと指をくわえて森に雷が落ちるのを待っているに違いない。あの朱色の鳥居が原因なのかもしれない。女の子はそういうものを信じやすい。きっとあの謎の鳥居が最先端の技術の侵入を防いでいるのだ。

「バカバカしい」

とかなえは思った。呪いで有名なかなえだから、矛盾する思考状態に思えるかもしれない。しかし、かなえのスタンスはどちらかというとこういう感じである。

そろそろ十分の休憩時間が終わる。パックのジュースを飲み干して、かなえは持ち場に戻った。南風にセーラーカラーとおさげがはためく。空はオレンジ色に染まり始めていた。

かなえの仕事は返却された図書を元の場所に戻すという単純な作業である。まず二百冊単位で図書を仕分けする。仕分け方法は背表紙の図書分類記号をヒントに棚が取りつけられた台車に並べていく。それから台車を押して順番に図書を天井近くまでそびえる棚に戻していく。難しくはないが、溜息の量が増える作業ではある。かなえは二階のフロアで作業をしている。一方の梨香子は一階のカウンターで貸し出しの受付をしている。梨香子の受付は評判がいい。かなえは、ソレはいけないことだと思っている。かなえ自身、その感情は言葉で上手く説明できない。とにかく梨香子の受付の評判はいいことはいけないことだ。とにかくかなえは背伸びをしながら図書を戻していった。

かなえの台車には宗教関係の図書が積まれていた。キリスト教、イスラム教、仏教、ヒンドゥ教、神道等々。かなえにはどういうつもりでこういう本を読もうと思うのか訳が分からない。この辺り、宗教関連の図書が並ぶ通路ではあまり女の子を見ることはないから、どういう人種がこういう本を借りているのかも謎だ。比奈とかは読んでいても不思議じゃないかな、とかかなえは思った。

 思った矢先だった。思わぬ人物が本を探しているのを横目に見つけたから、棚に戻しかけた本を落としてしまった。本は足音を吸収する、柔らかい地面に落ちて、開く。慌てて本を拾って棚に戻す。どうやら向こうも気付いたみたいだ。かなえの方を見て、罰の悪そうな表情をした。一瞬、気付かないフリをしようとしたようだが、かなえとはばっちり目が合っていたから止めたようだ。それで正解。かなえは逃げても追うタイプだからだ。彼女はページをめくっていた宗教関係の本を棚に戻してかなえに近づいてきた。その行動はかなえにとって少し予想外だった。

「担当は二階だったけ?」

 その人は頭一つ分、かなえよりも背が高い。髪は毛先が肩にかかるくらいのミディアムショートで黒い。瞳は茶色い。前まで黒かったから、きっとカラーコンタクトだと思う。胸元には正規品じゃないグレイのネクタイ。スカートも以前より少し短い。ソックスもくるぶしまでで、衣替えからさらに衣替えしたような初夏使用だった。優等生が街に出たような、そういうささやかな変化具合。元風紀委員の奥白根麻美子は、現在は天樹探偵事務所に住んでいる。そちらの事情に関することは、かなえは詳しくは分からない。

「ええ、七月から二階になったんです」

 謹慎処分になった生徒は労働した分だけ自由を得られるという生徒会の規則だが、その労働の管理、手配を担っているのは生徒会直属の風紀委員である。すべての問題児たちの労働を把握していたわけではないけれど、六月まで風紀委員だった麻美子は、かなえがココの三階で労働していた事実を把握していた。かなえはミソラのコレクションというイレギュラーだからでもあるし、そもそも麻美子の手でかなえはコレクションルームに連行されている。そういう具合に、二人の関係はほとんど他人ではない。

「ふーん、そうなんだ」心ココにあらず、という感じで麻美子は小声で言った。ココは図書館だから。

「意外ですね」かなえはからかうように言った。

「え、何が?」麻美子は少し微笑む。

「何の本を探してたんですか?」

「ああ、」麻美子は振り返ってさっきまで立っていた場所を見てから言った。「別に、宗教にのめり込もうとか、そういうことじゃないんだけど」

「講義の課題ですか?」

「違う違う」麻美子は顔の前で手を振った。顔は少し困っている、というよりも考えているという感じ。風紀委員の頃はもっと表情が険しかったような気がする。

「真剣にページを捲っていましたよね?」

「真剣にページを捲っていただけだよ、」麻美子の声のトーンが少し上がってきた。「少し読んだけど、何も頭に残ってないし、ほんと無駄な時間だった」

「私も探しましょうか?」かなえは不審に思いながらも、台車に積まれた図書を棚に戻す作業に戻った。「ヒントを頂ければ」

「いや、いいよ、きっと検討違いだから」

「?」かなえは要領を得ない。麻美子が傍を離れないのも変だった。まだ何か、用があるのだろうか? かなえは麻美子を半ば無視して作業を続ける。かなえは本を手に取り、背表紙のシールの番号を見て背伸びをした。でも、少し届かない。

「ココでいいの?」

 麻美子はかなえから本を取って棚に戻した。正直言って、少しドキッとした。驚いた。思わず麻美子の目を見つめてしまったほどだった。もちろんその視線には『変なの?』っていう気持ちが半分以上を含まれている。

「変なの?」かなえは呟いた。

「あの、かなえ、少し相談したいことがあるんだけど」

 それを聞いてさらに驚いた。「麻美子さんが、私に相談!?」

 かなえの声は朝の湖みたいに静かな図書館の二階によく響いた。すぐに自分の手の平で口を塞いだ。どこからか咳払いも聞こえる。

「仕事は六時半までだっけ?」麻美子がかなえの耳元で聞く。

「そうですけど」かなえは頷く。

「仕事終わったら、少しだけ付き合ってくれない?」

「なにごと?」

「いい?」

「うん、いいよ」

かなえはなぜか甘えるような声を出した。自分でも不思議だった。少し恥ずかしい。麻美子が変に思わないか心配だったが、麻美子は表情を変えないで「よかった」と息を吐いた。安堵しているようだ。「梨香子は受付?」

「うん」

「じゃあ、アートギャラリーの前にいるから、」梨香子とかなえの馴初めを知っているから、そういう気の利くことを提案するのだろう。「アリバイは、そうだな、図書館で偶然会った知り合いに呪いを頼まれた、とか」

「……分かった」

麻美子は手だけ振ってかなえから離れていった。営為喧嘩中だから、堂々と受付の前で待ってもらっていていいのになってかなえは思った。別に梨香子が嫉妬するかもなんて微塵も思わないけど。



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