第一章①
さて、ミソラの物語第二章です。アドバイス。
女の子ってアドバイス欲しがるけど、絶対に飲み込んでくれないよね。いや、私も女の子だから気持ちは分かるけれど、少しは話聞けよ、こらっ!!
あなたには余計なアドバイスだったの?
アドバイスがあなたを困らせてるの?
そんなもの捨ててしまえ!!
その気持ちを物語に込めました。
ミソラを読んでなくても、多分、楽しめるかな。
それじゃ、ミソラのコレクションルームから、美少女が中継でお送りします。
明方女学園の地下核シャルタ、その一室にミソラのコレクションルームはある。ミソラと美波瑠を苦悩させる様々な女の子たちの住まい。そう、コレクションルームを歩き回れば誰でも分かるのは、コレクションルームは核シャルタのような無機質な造りではないということ。壁はコンクリート打ちっぱなしではなく、クリーム色の壁紙が厚く壁面を覆っている。地下ゆえに窓はないが、様々な風景画が至る所に飾られていて、息が詰まるという現象はほとんどない。逆に六十階建てマンションの最上階にいるような浮遊感を覚えることがある。それはきっと、風景画のせい、だと、この初夏の季節に新たにミソラのコレクションに加わった赤城真奈は感じるのだった。ミソラの描く風景画に飛び込めば、空間も時間も越えて、あのまたとない景色に包まれることが出来る。とか、真奈はバカみたいなことを風景画の前で思った。
そんなことを思うのはきわめて稀だ。厭世的に、というのは真奈にとってはレアである。そんなことを思ってしまったのは近所に、真奈を苦悩させる様々な面倒くさいことが勃発しているからだ。
「真奈さん! 真奈さん!」
リビングの方から真奈を呼ぶ声が聞こえる。シンバルみたいだと真奈は思って、耳を塞ぎたい気分。でも、一応声の主は、親友、的なポジションの女の子だから返事をしなきゃ、コレからの人生、面倒くさいものになりかねない。いや、ただ真奈は、本人が思っている以上に面倒見がよくて、姉御肌、それからミソラ曰く、お凸が素晴らしい。ミソラに言いつけられてから、真奈のお凸は、バスタイムを例外として、御開帳なのだ。
「はーい! なぁに!?」
真奈はリビングに戻った。真奈は収拾のつかなそうな出来事に直面して、外の世界にトリップしたかったから、トイレと言って席を立ち、風景画を眺めたのだ。哲学的に。
「リカちゃん、全然、反省してない! ねぇ、殴っていいかなぁ!? 真奈さん、私リカちゃんを殴っていいかなぁ!?」
女の子たちの匂いとパンツとブラジャとベイビドールの散乱するリビングの敷居をまたぐと、きっと親友の妙義かなえが傍に寄ってきて手を握って、耳元でシンバルを鳴らした。もちろんメタファ。こんなに近いんだから、唾を飛ばす勢いで喚かなくてもいいじゃん、という表情を真奈はする。
「コレは、反省会だよねぇ!?」かなえはおさげ髪をライオンのしっぽみたいに揺らして真奈の腕を揺らす。「きっと、反省会の反省会が必要な勢いだよぉ!?」
「落ち着けっ!」真奈の眉間には苛立たしさが露骨に出ていた。真奈はかなえを睨んで湿っぽい手を振りほどこうとした。
「真奈さんは私の味方だよねぇ!? 親友だよねぇ!?」
「やかましいっ!」真奈はかなえの口を手の平で塞いで、腰を抱いてソファに座らせた。一緒にダイブした、と言った方が表現は正しいのかもしれない。かなえの声はシンバルの様にエネルギィに満ちているが、体は軽い。同じ女の子とは思えないほどに華奢な体つきをしている。真奈はかなえの軽さを感じるたびに自分の太ももをつねる。とにかく、かなえをソファに座らせる作業は簡単だった。かなえは手の平に向かって何かを叫んでいたが、簡単だった。対面には榛名梨香子が涼しい表情で笑っている。
「あはは、子猫がじゃれ合っているみたい」
かなえは真奈の手が口から離れた途端、「にゃあ!」じゃなくて、
「しゃあ!」と梨香子を威嚇した。
「しゃあ!」真奈も梨香子を威嚇した。そもそもの発端、つまりかなえが子猫の様に怒っている原因、子猫って意外と恨み深いんだよ、その原因は梨香子にあるからだ。
「いい加減教えてあげたら?」プラズマテレビの対面のソファに座る、浅間比奈が梨香子に言った。それから優雅に紅茶を啜った。どうやら比奈はことの真相を梨香子から聞かされているようである。真奈は比奈を睨んだ。比奈は微笑んで足を組み直す。
「嫌だよ、」梨香子は比奈に向かって言った。「言ったら、かなえが怒るもの」
「もう怒ってるわよっ!」かなえはガラスのテーブルに手を付いて吼えた。真奈はテーブルが粉々にならないか心配だ。
「ほら、理由を説明してあげたら、きっとかなえちゃんは落ち着いて、いつもの楽しい女の子に戻ってくれるかもしれないよ」
「別に理由を知ったって、私は楽しくなんてなりません!」
かなえはテーブルに手を付いた姿勢のまま比奈に吼えた。その姿勢は辛くないのかな、と真奈は思う。
「そうかしら?」比奈は他人事のように笑う。いや、所詮他人事。コレはかなえと梨香子の戦争。比奈には関係ない。真奈だってそうだ。ただ無理やり巻き込まれているだけ。あ、でも、真奈はかなえとは同盟国の関係に当たるのだろうか? そういうことを考えてしまう律義さも真奈のキャラクタである。
「比奈、もう梨香子さんの主張はいいからかなえに説明してあげて」
「ちょっと真奈ちゃん、それはないよ」梨香子は少し慌てて微笑む。
「そんなのどーだっていいんだ!」
言って、なぜかかなえは真奈を強く抱き締めて梨香子を睨む。真奈は出来るだけかなえの熱っぽい顔から顔を離す。しかし、なぜかかなえは真奈の頬に自分の頬にくっつけて熱っぽく声を上げる。真奈はかなえのテディベアになった気分。私はかなえの精神を守るショック・アブソーバ。
「私はリカちゃんに堂島さんとマチソワでミルクコーヒーを飲んで、ケーキを食べたっていうことを反省してもらいたいの、それでもう二度と堂島さんに会わないっていうことを、私に、じゃ、なくて、ミソラに、そうよ、ミソラに誓ってもらいたいの!」
「嫌だよ」梨香子はすぐに答えた。
かなえが狂っている原因は洗濯工場で労働する堂島という未知の女の子と梨香子が、喫茶マチウソワレで会ったという非常に分かりやすいことである。
「な、なんでよ、」かなえは少し狼狽えてテディベアの真奈を揺らす。「ど、どどどどう島さんのことが好きなのかっ!?」
かなえの語尾はなまった。比奈はクスッと笑う。真奈は疲れている。梨香子は非常に西洋の騎士のような表情で、誠実に答える。
「次も、約束したから」
「約束? 約束って何?」
真奈を拘束するかなえの腕の力が弱まる。真奈はかなえの表情を横目で探った。かなえは絶望的な表情をしていた。真奈は何を言っていいか分からない。こんな時に、私たちの保護者、もとい所有者のミソラは一体何をやっているんだと真奈は心の中で思った。
「堂島とまたマチウソワレで会うってこと」
「そんなの私が許さない」
「あっそ」梨香子はそっけなく言う。
「堂島さんと会っちゃダメ」
「なんで? 私はかなえのテディベアじゃないけど」
「どーしてそういうこと言うの?」
なんだかかなえが不憫に思えてきた。真奈はかなえに同情する。最近なんとなく分かってきたことだが、梨香子はかなえが自分の行動にあれこれ言ってくるのが嫌いらしい。かなえは梨香子を専属の騎士にしたいらしい。けれど、梨香子は身軽でいたいらしい。真奈はかなえが梨香子を本格的に愛していることを知っている。梨香子も知っているだろう。比奈もミソラも知っている。ソレを気付かれていないと誤認しているのは、このコレクションルームでかなえだけである。そういう関係が心地いいのだろう、梨香子はかなえとの進展をあまり望んでいないように思える。余裕があるのだろう。かなえが誰かを好きになるなんて思ってもいないのだ。真奈は、その関係は不公平だと思う。かなえだけが悲しい思いをするからだ。
「どーしてそういうこと言うんですか?」
真奈は呟いた。
「真奈さん?」
「かなえは梨香子さんのために一生懸命なのに、そういうこと言うのは酷いと思います、私が同じ立場だったら、絶対体調が悪くなります、かなえがこーいう図太い性格だから大丈夫なだけで、梨香子さんは見えない刃でかなえを傷付けているのが分かっているんですか? ただ、かなえの心がダンプカーのタイヤみたいに傷に強いだけで、」
「真奈さん、」かなえが真奈の手を握ってきた。真奈はきっと友情に感動してくれているのだと思った。違った。かなえは真剣な瞳で言う。「私、そんなに図太いかなぁ?」
真奈は言葉選びを少し誤ったと思って、「うん、いや、えーと」とかなえに小さく微笑んでから梨香子の方を向く。「と、とにかく、もう少しかなえに優しくしてあげないと、私が怒ります!」
「真奈さん、大好き!」かなえは感動して真奈を抱き締めた。
友情に嬉しくなって真奈は付け加える。
「もしくは、私がかなえにリップチューしちゃいますよ!」
言って真奈はすぐに後悔した。かなえは冷静な目線と声で言う。「……真奈さん、私たち、プラトニックな関係でいましょう」
「う、うん、そうだね、ごめん、冗談言って」
とにかくかなえが冷静になったからよしとしよう。
「真奈はチュウしたいの?」横で比奈が口をタコみたいにして言う。真奈はシカトした。「ひ、ひどいよ、真奈ぁ」
と、そこへ、ミソラがリビングへやってきた。緑色の長い髪に、小さな体がミソラの外見上の特徴。緑色の髪はところどころ跳ね、小さな体に似合わない挑発的なネグリジェを着ていた。真奈はその姿に少し興奮する。ミソラは目を擦っていた。どうやら寝起き、足取りも覚束ない感じ。ミソラは比奈の隣に腰かけ、比奈に全身を預けた。比奈の体は柔らかいから。比奈は緑色の髪を触る。
「こんな時間まで寝てたの?」真奈は聞く。壁に掛けられ丸い時計は放課後の時間だ。
「夜まで待てなかったのだ」ミソラは目を瞑ったまま答える。
「どういう意味?」比奈が笑う。
「何をしていたの?」真奈が聞く。
「……」ミソラは黙った。
「おい、こら」
「真奈に言ったら、きっと怒る」
「怒んないよ」
「真奈の肖像画」
「ホント? 見せて」
「ダメだ」
「なんでよ」
「裸だから」
「え?」
「私は真奈の一糸纏わぬあられもない姿を描いていたのだ」ミソラは舌を出した。
「そんな……、」真奈は顔が熱くなって両手で頬を触った。「恥ずかしい」
「あれ? 予想外の反応」ミソラは比奈を見る。
比奈は楽しそうに聞く。「どんなポーズなの?」
「それこそ真奈に怒られそうだ、」ミソラは豪快に笑った。目が覚めてきたのだろう。「真奈、ご飯を食べたら風呂だ」
「言われるまでもなく、そのつもりです」真奈は恥ずかしいまま、なぜか敬語だ。
「いろんなところを確かめたいからな」ミソラは真奈のお凸に手を伸ばす。
「もうっ、ミソラ、皆の前ですよ」真奈はお凸を隠す。
「ミソラ、そんなことより、」かなえは真奈のお凸を触るはずだったミソラの手を取って訴える。「リカちゃんに言って、もう二度と堂島さんには会わないって」
「なんだ、また二人は喧嘩しているのか?」女の子たちの所有者だけあってミソラは物分かりがいい。「かなえ、いい加減私を頼るのは止めたらどうだ、二人のことは二人で解決しなさい、そろそろ、なんていうかな、オブラートに言うと、鬱陶しくなってきたからだ、私の頭の中は今、真奈の裸体で一杯だから余計なことは考えたくないのだよ」
「真奈に夢中なのね」比奈が言う。
真奈はスカートの裾を押さえて、もぞもぞする。
「ミソラは頼れる女だから」かなえが呟く。
「……そう?」ミソラは前のめりになって大人っぽくなった。
「私を苦悩させる様々なことを解決してくれる素晴らしい人、」かなえがオペラの様に一息で言う。
「私はそういう、かなえの正直なところが気に入っている」
「ありがとう、ミソラ」かなえは微笑んで、ミソラに喧嘩の理由を話した。梨香子が反省しなくて頭痛がするとまで言った。ミソラは真奈にブランケットを用意させ、比奈にアイスコーヒーを頼んだ。二人がソファを離れると、ミソラが裁判官で、かなえと梨香子が何かを争う敵同士のような構図が産まれた。ミソラはどういう判断をするのだろう? 真奈はブランケットをミソラに巻いて隣に座り、比奈もアイスコーヒーのストローをミソラに吸わせて隣に座ってお裁きを待つ。
「いいかい、二人とも私が言うことはお裁きじゃなくて、あくまでアドバイス、」ミソラはそう断ってから告げた。「ロマンティックなキスをしたらいい、そしたら、梨香子が他の女の子と会っていたことなんでなかったことになる」
真奈と比奈は顔を見合わせた。かなえと梨香子はなんだか気まずい雰囲気。そういうことじゃないって、かなえは言いたげだ。そして、かなえが何か言いかけたとき、ミソラは手を叩いた。「さあ、少し早いが料理をしよう、当番は比奈だったな」
「はい、ミソラ」
「あ、私も手伝う」真奈も立ち上がる。
ミソラと比奈と真奈はキッチンへ向かう。かなえと梨香子は相手の出方を窺っているようで、動かない。ミソラが振り向いて言う。「二人は、図書館じゃなかったかな?」
言われて思い出して、かなえと梨香子は同時に溜息を付いて立ち上がった。