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私を苦悩させるさまざまな女の子たちのアドバイス  作者: 枕木悠
私を苦悩させるさまざまな女の子たちに色を付けて説明します。
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プロローグ

今日は職場で一人の魅力的な女の子を見つけた。

彼女はパソコンの画面を見ていた。私はその隣のパソコンの前に腰かけた。彼女はあくびをして、マウスをカチカチッと卑猥にいじりながら、私の方を見た。私は横目で彼女の視線を確かに感じている。

「ねぇ、はるか、」彼女は仕事中だ。しかし、彼女は優秀なのですでに今日のノルマを終わらしていて、パソコンは深夜高速の予約に光と色を付けている。「温泉に行こうよ」

「はぁ、てめぇ、こっちは忙しいんだよ、」私は忙しくもなかったが、そういう風に返答した。休みは忙しい。小説を読んだり、書いたり、音楽を聴いたり、女の子たちとデートしたりで忙しいのだ。しかし、私は温泉が好きだ。温泉。エロイ。隣の同僚は私が優秀な魔女でレズだということを知らない。だからそんな風に気軽に私を温泉に誘えるのだろう。「彼氏と行け、バカ、死ね、あっ、ねぇ、これってさ、どうすんの?」

 彼女に彼氏がいるか、どうか。私は常々気になっていたのだ。

「冗談だよ、冗談、私、ほっとくと冗談ばっかり言っちゃうんだよね、悪い癖だよね、でも、好きなんだよね、冗談言うの、ほんとにしょうもないことばっかりいう、べらべら、べらべら、ああ、でも好きなんだよね、冗談いうの、私の人生も冗談みたいなものだしね、はるかがいるから余計、冗談が回転しちゃって」

「意味分かんねぇよ、彼氏に聞いてもらえよ、そのしょーもない冗談ってやつをよ」言いながら私はこれは新しい発見をした気分だった。

「いないよ」彼女は返答した。

「温泉かぁ、」私はピクリと反応してから、背中を伸ばした。「温泉いきたいねぇ、。最近コリがやばいんだよね」

 彼女は私の肩を触った。「うわっ、やばいなぁ、もんであげるぅ」

「それで何温泉に行くぅ?」私は彼女のパソコンの画面を覗き込んだ。

 明方女学園高等部の生徒会室からは、学園の南側が見渡せる。白い煙を被った澄んだ水色の下にはグラウンドが広がり、その脇を正門まで続く赤レンガの一本道が通り、その隣には薄紅色の部室塔が建っていたり、その他様々な施設が窺える。

 生徒会長の美波瑠もその全貌は分からない。広すぎて、最初から諦めてしまうのだ。美波瑠はそういう性格。いや、グラウンドや赤レンガの道や部室塔に吸い込まれている様々な女の子たちも、きっとそういう感じで明方の全てを知らないだろう。

 都心のモダンな建築物の集合の中に、この明方女学園はある。

 学園の全体を貫く、深い、深い緑色が、学園とそれ以外を分かつ。

 自然ではない森。限りなく人工的な森。誰かが植えた木々。

その葉。緑色。綺麗で、心を誘惑する緑色。

学園を象徴するのは、薄紅色よりも、きっと、とてつもない緑色。

 その緑色には誰かの意志が、私でない誰かの意志が、存在しているように感じてならない。

 美波瑠にはそう思えた。

 美波瑠は自分の長い黒い髪の毛を手の平に束ねて、色を確かめた。

 似ているが、すべてが違う。

 やめよう。

 ただ、確認しておきたいことは、森に潜む恐怖を知る前に、全てを焼いて灰に変えられたらいいのに、と、いう、私の疲労、責務、衝動が……。

「ちょっと、会長、口が半開きだよ」

「……、」言われて、美波瑠は口を閉じた。「無防備なところをお見せしたわね」

「ソレは、私を信用している証拠?」

「はぁ? 何言ってんの? どうしてそう、馴れ馴れしいのか、訳が分からないわ」

「もうっ、強がっちゃって」

キラキラした野生動物のような大きな目が美波瑠を見る。

吸い込まれそう。

見つめ合う。だからといって、頬がピンク色になったりしない。当然だ。目の前の野性的な女の子は私を苦悩させる緑色に潜む野獣か、私を苦悩させる緑色を食い荒らす野獣か、そのどちらかでしかないのだから。

「可愛いやつ」いきなりのウインク。

全く、ペースが分からない。美波瑠は固まる。

笑えもしない。だから、苦笑して額を押さえる。前まで美波瑠の女の子だった女の子の可愛いポーズ。その女の子に未練たらたらな証拠だ。ああ、憂鬱だ。

 彼女が戻ってきてくれたら……、こんな風に面倒くさいことを気にしなくて済むのに。緑色に惑わされることなく、イエス・ノウ・イエスと、無機質な判断で時計を見ていられるのに。あの子がいないせいで、美波瑠はかなり衝動的になっていて、心の奥に押し込んでいた多分難しくて、何か予期せぬ出来事を助長する、押してはいけないスイッチを押そうとしている。いや、そのスイッチは押さずに破壊する。気付かれずに、奪い、破壊する。そういう衝動的なことを、テーブルを挟んで向かいの、元飼育委員長、今は風紀委員の周防真琴に頼もうとしている。

 季節は初夏。七月上旬。

 調子に乗ってないし、イイ気にもなっていない、またとない初夏。

「報酬の件は、」美波瑠はつまらない顔でピースサインをした。「呑んだわ」

「ほんと、嬉しいなぁ、会長がこの話を呑んでくれるとは思っていなかったから」真琴は抑揚のない笑顔でピースサインを返した。

「私も最初はバカが来たと思ったわ、」美波瑠は鼠を見るような目で真琴を見ている。「でも、気が変わったの、きっと初夏のせいだわ」

「サンキュ、でも、素直に喜べないのが正直なところよね、私は風紀委員になって、どういう仕事をするんだろうか、そういうことが明確じゃないから、緊張するよね、とにかく、今日は普通に制服を着てきました、コレで、よろしい?」

 飼育委員長のお揃いのチームカラーはオレンジのバンダナにデニムのつなぎ。真琴の今日の衣装は明方女学園の夏服。といっても美波瑠と共通している部分はチェック柄のスカート。真琴のブラウスは正規品ではないし、胸元のチェリーレッドのリボンは迷彩柄のネクタイに変更されている。

美波瑠はゆっくりと頷いて口を開いた。「それを、伝えるために今日はわざわざ来てもらったのよ」

「難しいこと?」真琴は表情を変えずに聞く。

「出来次第では、九月まで風紀委員でいなくてもいいわ」

「難しいことなんだ、」真琴は前屈みになって眉をひそめる。真剣な顔だが、どこかふざけている感じがする。だから美波瑠は真琴に冷たい目線しか浴びせないのだ。美波瑠は不真面目が基本的に、嫌いだ。「で、なんなの?」

 美波瑠はテーブルに一枚の大きな写真を広げた。女の子たちの集合写真だ。なぜか全員セーラー服姿である。背景には黒のラインがメモリのように等間隔に並んでいておおよその身の丈が分かるようになっている。写真の中央に斜めにロゴが入ればサスペンス映画のポスターの完成だ。

「会長、何コレ?」

「色を付けていい?」美波瑠はポスカを振っていた。

「カラー写真だよ、コレ」

「分かりやすく説明しようって言ってんの」美波瑠は真琴を睨んだ。

「え? ああ、お好きなように、どうぞ色を付けてください」

「まず、こいつが、」美波瑠は赤いポスカで一番右に立っている女の子のバストアップを、コンパスで描いたような綺麗な丸で囲む。「最近ミソラのコレクションに加わった赤城真奈、六月に転校してきたばかりの田舎娘」

「あっ、どっかで見たことあるなと思ったら、ウサコと一緒にいた赤城ちゃんか、写真の雰囲気がダークで分からなかったよ、っていうか、コレクションって何?」

「コイツがミソラ、」美波瑠は緑のポスカで真奈の隣のこの写真の中で一番背の小さい女の子に丸をした。「芸術家を気取って地下シェルタに引きこもって女の子を囲う、わがまま女、最低、最悪の悪女」

「そんなに悪そうに見えないけど、あー、この子もどこかで見たことがある気がするなぁ、思い出せないなぁ、三回回るとなんでも忘れちゃうからなぁ、っていうか、明方に地下シェルタなんてあるの?」

「三十年前の古いやつ、」美波瑠は白いポスカで真ん中の女の子に丸をした。おっとりとした外見の美人さん。「で、コイツが浅間比奈、一番男の子に持てそうな外見をしているのに、残念ながらレズビアン、それから酷い浮気性」

「世の中って複雑に出来てるよね」真琴は複雑な表情をした。

「いい匂いがするから気を付けるのよ」美波瑠は真面目な顔でアドバイスをする。

「何に?」よく分からないけど真琴は微笑む。

「それから、」美波瑠は黄色いポスカと青いポスカで丸をした。「呪いの妙義かなえにすぐ殴る榛名梨香子」

「わお、説明が短いのに一番危険な匂いがするよ、この黄色と青」

「大丈夫よ」

「大丈夫って、何が?」真琴は聞く。

美波瑠は写真をじっと眺めたまま、真琴の質問をスルーして嬉しそうに言った。「なんだか、オリンピックのマークみたいね」

予期せぬ答えに真琴は肘から滑った。「え、オリンピック?」

「ほら、」と美波瑠は写真を真琴に近づけて説明してくれた。「赤と緑と白と黄色と青の丸がオリンピックのシンボルマークみたいでしょ?」

 確かにそれぞれの女の子のバストアップを囲んだ丸は、オリンピックの配列で、少し重なり合っていた。でも、言われるまで気付かないくらいに角度も配置も微妙だった。そもそもこの色の種類と並びは正解なのだろうかと真琴は思う。「まぁ、見えなくはないけど」

「そうでしょ」美波瑠は嬉しそうだった。真琴にはどうして美波瑠が嬉しいのか謎だ。きっと疲れているのだ。疲れていなかったら、真琴が提示した報酬に頷くわけがないだろう。

「で、会長、」と真琴は聞く。「私は一体全体何をすればいいの?」

「急に真面目になるのね、」美波瑠はつまらなそうに言う。「麻美子とは違うのね、私のペースに付き合ってくれない、こっちはオリンピックの話で盛り上がりたいのに」

「次のロンドンオリンピックは来年だよ、私も真面目なときはあるし、それともオリンピックが何か関係あるの、仕事に?」

「これだから三年生は嫌いなのよ!」美波瑠は語気強く言って、息を吐いて目を瞑った。「ごめんなさい、訳の分からないことを言って」

「いや、いいけど」真琴は少し嫌な汗を掻いた。

「仕事はね、この緑色からスイッチを奪ってきて欲しいの」

 美波瑠はポスカで写真のミソラを叩く。

「スイッチ? なんのスイッチ?」

「押したら、」美波瑠は怖い顔をした。「大変なことになるスイッチよ」

「大変?」釣られて真琴も怖い顔をする。スイッチ、大変と聞いて連想するものは爆発だった。地下シェルタ、という言葉も耳に入ったからかもしれない。真琴は核爆発をイメージした。明方女学園の半径十キロメートル以内に原子力発電所が三か所あるから、そういうこともイメージの手助けになったのかもしれない。けれど、そんな大変なスイッチを緑色に囲まれたミソラという女の子が所持しているというのは変な話である。いくら様々な女の子たちがいると言っても限度がある。真琴はふっと微笑んだ。「具体的には、どう大変なの?」

「ソレは教えられないわ」美波瑠もふっと微笑んだ。

「知らないんだ、」真琴は即座に言った。「知らないから教えられない、そうでしょ?」

「正解」返事はすぐに返ってきた。

「ちょっと、もうっ、三回くらい否定してよ」真琴は思わず声を上げる。

「でも、そのスイッチのせいで生徒会がミソラのいいなりになっているのは事実」

「脅されてんの? 生徒会が?」

「そうよ、恥ずかしながら、生徒会はミソラのスイッチに脅されて、ミソラに地下シェルタの使用権を与え、謹慎に処されていた女の子たちまで与えてやった」

「少し信じられない話だね」

「他言無用よ」美波瑠はさっきから微笑みっぱなしだ。

「スイッチは嘘かもしれない」

「スイッチを作ってミソラにスイッチをプレゼントした科学者は天才で狂っていて、あろうことか私とは親類関係にあるの、信じられない人だけど、その人に大変なスイッチって言われたら信じないわけにはいかないでしょ? その大変なことがなんであったにしても」

「そうだね」

「真琴が言うようにスイッチは嘘かもしれない、でも、嘘だって断言できる情報は何もない、正体不明、言いなりになるしかないじゃない」

「なるほど、そのスイッチを奪えば生徒会は晴れて自治機能を取り戻せるわけだ」

「そう、スイッチの正体なんてどーでもいいの、スイッチを奪えることが出来ればそれでいいの、」美波瑠はまだ微笑んでいる。「出来れば、この問題は私の代で決着をつけたいと思っているわ、このことを知っているのは生徒会でも私と麻美子だけだったし、さて、真琴に出来るかしらね」

 美波瑠は、どうやら、真琴には期待していないようである。そういう眼差しで真琴を見ていた。真琴はそれに気づかないフリをした。「スイッチって、どんな形?」

「知らない」

「ヒントが少な過ぎない? とても難しい仕事じゃないか、」真琴は苦笑するしかない。「いや、難しくなかったら、とっくに解決していることなんだよね、きっと優秀な麻美子ちゃんがさ」

「でも、私は麻美子を失って少し大人になったわ」

「え?」

「考えてみたのよ、スイッチを作った科学者のことを、だから麻美子にあげられなかったアドバイスを真琴にはあげることが出来る」

 美波瑠は指先で前髪を整える。大人っぽい仕草、なのだろうか? 美波瑠はソファから立ち上がり会長の机に座り引き出しを開けた。そこから金色のラインで縁取られた、手の平サイズの黒い箱を取り出し机の上に置いた。美波瑠は真琴に向かってなんとなく宝箱のような黒い箱を開けて見せた。

 宝石でも入っているのかと真琴は目を凝らす。

 違った。

 箱から音が溢れた。金色のシリンダーが回転している。

「メリークリスマス!」どうやら美波瑠は冗談を言ったようだ。ちらちらと真琴を見て反応を待っている。なぜ美波瑠が「メリークリスマス」といったのか? それは生徒会室には『サンタクロースがやってきた』のメロディで溢れたから。

「メリークリスマスは半年先、」真琴は困った顔で突っ込む。「クリスマスが、大変なスイッチと何か関係があるの?」

「いいえ、」美波瑠は首を振る。「科学者はオルゴールの音色が好きだったのよ」

「つまり、スイッチをオルゴールに模している可能性があるってこと?」

「どう? 最高のアドバイスでしょ?」美波瑠は箱を閉じた。生徒会室はクリスマスから再び初夏に戻る。「私、麻美子を失って少し大人になったんだから」



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