現れた影
現れた影
「く、鬼だ……」
「そんなことがあるはず……」
「ちくしょう……」
「ひぃ……ひぃ」
数人の従業員が項垂れている。体力を極限まで使い切り、その実こなした仕事の量は微々たるもの。給料にしておそらく一〇〇〇Яを上回らないだろう。
「ふー、さすがに疲れ始めてきたな」
そう言いながら俺は満足げに転がっている同僚たちに言い放ってやった。これは復讐だと断言できる。あの時真実を知りながら笑っていた連中の仕事を片っ端から奪い取ってやった。
「覚えてろよホタル!」
「次はこうはいかないからな!」
「女の子には手加減してくれてもいいんじゃないの!?」
床に仰向けになりながら言われても説得力はない。それにここで男とか女とか性別で仕事を選好みできるほど甘い環境でもないのは自分たちが重々承知しているはずだ。
よって俺がしてやれることは止めを刺すだけだ。
「そうだな、また明日も本気で仕事するよ」
そう言えば、【清掃・浴場】にいる全員が青ざめた。そして残り少ない体力を使い立ち上がると、綺麗に整列し綺麗にお辞儀をする。
言い放たれた言葉は、
「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「すいませんでした!」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」
これで俺の復讐の一端は終わった。
「さて、次に行ってくるかな」
そして地獄の徘徊へと向かおうとしたところで、復讐劇の第二幕に静止が掛かる。
「まだ続ける気かよ」
「体力がある限りはな」
何れなくなるかもしれない体力無限状態が意外に気に入っており、元の世界でできないことを今のうちにやっておきたくなっていた。それもこれも、目標の国が近づいたことが大きいと自分でも感じている。だが、同僚の一人に言われたとおり、これから別の職場を荒しに行くには、随分と時間を使っていた。全員分の仕事を先取りしていたのだから当たり前だ。
「日が昇る前には戻った方が良いか」
「そうそう戻った方が良いって」
ローヤルの性格を考える限り時間通りにくる、もしくは時間よりも早くゴミ収集場へ来て居そうだ。それに、元の世界への道が近づいたことでローヤルには身の潔白を示さなければいけないと思い始めている。法律が厳しいと言うことは、もしかしなくても【ナレッジラウ】という国へ入る事すらできなくされそうだ。
それを回避するためにも、身の潔白、そして盗賊に盗まれたという本を探し出さなければいけなかった。そうなると、朝から夜までゴミ収集場に押し込まれ、夜には仕事していれば盗まれた本を探している時間は残っていない。
そうなると、思いつくことはしないといけなかった。
「くそ、時間に追われるな」
そう呟いた途端、稼げなかった同僚たちは元気を取り戻し、俺が行かない仕事場へと颯爽と逃げ出していった。
その直後だった。
「ふわぁ」
筋肉疲労だけを感じていた体が、眠気を感じ急激に疲れを感じ始めた。それは、いよいよ体が完全にここの世界に慣れ始めているという証拠でもあった。
「もうか……少しでも休んでおかないとあの拷問に耐えられるか危ないな」
待ち受ける拷問を想像しながら、盗まれた本の行方は寝ながら考えようと足早にゴミ収集場に戻ることにした。
ゴミ収集場がある地下の入り口にまでやってくると、少年のような少女はすでに来ていた。まだ日が昇っていないのに随分と早い。傍まで近づくと少年のような少女は俺の姿を見つけた。
「あれ、もうきたっすか。まだ開けられないっすよ」
時間に正確らしく地下への扉は開けてはくれないようだ。しかし、それならなぜこんなに早く来ているか尋ねると、
「何言ってるッすか、ゴミを焼くための火入れ準備をしなきゃいけないっす。ゴミの管理だけしているわけじゃないっすからね」
そう説明された。
だが、こうなるとその辺で寝るしかない。辺りを見渡しながら多少なれど寝やすい場所を探し始める。
「ああ、寝に来たっすか。なら扉は開けられないっすけど、落ちる事は出来るっすよ」
「なに?」
どういう意味か尋ねる前に案内され、地下の上、丘のように膨れ上がったある箇所の前で立たされる。
「どういう意味だよ」
「へ? 何言ってるッすか、落ちるんすよ。天井穴開いてたの忘れたっすか?」
まさか、と思う間もなかった。
「うっ、うわぁああああああああああああああああああああっっ!」
背中を押され一歩足が前に出た途端、俺は開いていた穴へダイブしていた。股間がひゃっとなる感覚に襲われ、次に地面へ衝突する衝撃が体を襲う。
「いでっ」
意外にも口から漏れた苦痛はそれだけで済んだ。すると上から少年のような少女が顔をひょっこりだし、
「あはははっ、大丈夫っすか。でもそこの土は柔らかいっすから、怪我なんてしないっすよ。じゃ、僕は仕事に戻るっすからお休みっす~」
あはは、じゃないだろと文句を言う前にいなくなってしまった少年のような少女の代わりに、いまの一連のうるささに牢獄に幽閉されている盗賊がイラついた様子で文句を言ってきた。
「っち、うるせぇな」
寝ていたらしいから騒がしいのにイラつくのも分かる。だが、そもそもの原因に文句を言われる筋合いはなく。俺は謝ったりもしないで横になって寝る体勢に入った。
横になってから眠りにつく間に盗賊が盗んだ本について考え始めたところで、目を覚ましたためか、盗賊が話しかけてくる。
「そういや、お前メイクスなんだってな」
信じてはいないからこそ、からかう様な言い方。俺は黙って返事を返さない。
「まぁ、金の稼ぎ方なんて人それぞれだな」
やはりと言うべきか、皆辿り着く先は同じ、そろそろ嫌気もさし始め徐に話が変わる様に嫌味を返す。
「あんたは捕まっている割には余裕だな」
「そりゃぁな、悪くともマザーに雇ってもらう。ここはそういう国だろ」
それにしても、と俺が知っている感覚との違いに違和感を覚える。だけど、元の世界にだって能天気と言う言葉があるくらいだ。マザーがどういう判断をするのか安易に考えられる存在もいるからと思い言い合いは止めた。
そこにタイミング良くと言うべきか、予想通りというべきか、俺が睡眠を取る暇なくローヤルがマスクを付け、牢獄に入って来た。
「さぁ、昨日の続きだ」
「あのさ、もう少し様子を窺うとかしないわけ?」
そうすれば俺が無罪だということだって、女盗賊との会話から聞き取れる可能性がある。しかし、
「ふん、そんな不埒な真似するわけがないだろ」
「不埒ね……」
盗み聞きが良いとは言わないけど、臨機応変に対応してほしい気もしながら、話をするには行儀が悪い恰好を直した。
「なぁ、隊長さんはそいつがメイクスだって信じてるのか?」
暇を持て余しているのか反対側の牢屋から分かりきった事を聞いてきた。
「はは、無視ね」
ローヤルは耳を貸さず俺に対して荒い口調を続けたいたのだが、俺は不公平さを覚える。
「一つ訊いていいか?」
「尋ねているのはこちらだ!」
「ノーリッジさんは尋問しないのか?」
「ノーリッジ殿なら誤魔化せると思っているのなら諦めろ。いいからさっさと吐け! そうすれば解放してやる」
それはどういった意味での解放だよ、と思いながらノーリッジさんがいないのは、ローヤルの性格のせいだろうと追及はしない。それは昨日の段階で聞いていた話しだ。
目の前で叫びながら続けられる尋問も長い説教と同じで、慣れてしまえば心には届かない。馬の耳に念仏、右から左と聞き流し、俺は演説でもするように身振り手振りが激しいローヤルから視線を逃すため、目を瞑り寝る前にやろうとしていたことに思考を働かせる。
「貴様っ、寝るとはどういうことだっ!」
「いや、聴いてるって」
俺の行動一つが気に入らないようで、すかさず怒りを飛ばしてくる。それにも慣れ始めている俺は考えを邪魔されたことに一番単純なことで本の行方を張本人へと尋ねてみた。
「なぁ盗賊、盗んだものどこに隠したんだよ」
「なんでお前に教えるんだよ、バカなのか」
「だよな」
すでにローヤルとノーリッジさんから尋問を受けて言わなかったことを俺に言うはずが無かった。その結果で俺を共犯者としての枠から外してもらえないかなと思うことが甘いのだろう。
だが、今の質問で何も手に入れなかったわけでもない。親に付き合ってサスペンスドラマを見ておいてよかったと思わず笑えてくる。もちろん表情には出さないが、サスペンスドラマの定番行動を使ってみた。
「軍艦に結構な人数乗ってたんだろ? ちゃんと探してるのか?」
聞き込みって奴だ。
だが、ここで予想だにしない回答が返ってくる。
「ふっ、軍艦には船を動かす船乗りしか乗らしていない。私の部下を連れ来て国の防衛を減らしてどうする。所詮、盗賊の仲間、低賊な考えそうなことだ」
「おまっ…………馬鹿なのか」
俺は思わず荒げそうになった声を静めて、呆れた。
「まず、普通探すだろ。仮に盗賊の仲間が複数いてそれを持って行かれたらどうするんだよ」
「う、」
「尋問より先に思いつくって、犯人は捕まえてるんだぞ。尋問何て後からだってできるだろ」
「だまれっ、尋問して吐かせてしまった方が効率的だ!」
「あほか、その前に他に持って行かれる方が重要だろうが。だいたいな大切なものなら盗まれないようにしておけよ! 何が防衛だっての、守れてないだろっ」
「あははははははははっ、お前の言うとおりだ。だけどな、私だってコソ泥じゃないんだ、入念な計画が無ければあの国へ盗みには行かないって!」
俺はローヤルの顔を一度見る。ローヤルにはその意味を分かってもらえなかったが、次の一言で盗賊を黙らせることができる。
「そうか、なら【ナレッジラウ】の中に共犯がいたんだな」
予想だにというよりも疑ってもいなかったのだろう、常に大声で人を威圧していたローヤルが最初に黙った。
そしてほんの少しの間が開いて女盗賊は言う。
「ふんっ、どうだろうな」
誤魔化しているようだが、その少しの間で決定的な証明がされている。盗賊以外にも敵がいると。
「バカな……我が国に裏切り者……? ありえない。あり得るはずが無い、国ができてから、そのような者はありもしなかった」
「君がどれだけ自分の国を好きで知っているか知らないけど、人の心って誰にも分からないんじゃないのか?」
「黙れっ、メイクスなんかに何が分かるっ!」
「え?」
今度は俺が驚かされた。ローヤルの言った言葉は俺をメイクスとして認めているという発言。
「ははは、これは意外だね。隊長さんはメイクスを信じていたとは」
俺も意外だった。だから、思わず買い言葉で出たものだと疑わない。
「違う……」
だが、
「私はこいつがメイクスだと認めたわけじゃない」
俺が知っているメイクスを信じている人との反応とは何かが違う。
「何が違うって言うんだ? あんな絵本に出てくるような創り物を信じているってことだろ」
盗賊が言う事の方が、この世界での認識としては間違っていない。俺とノーシを除き、絵本でメイクスを知っている人たちは、メイクスという存在を架空の話として憧れ、ただ人を疑うことを知らず純粋に受け入れ、マザーのようにそもそも興味がない、どうでもいい存在として認めているという印象をこの世界では抱いてきた。
だが、ローヤルの反応はそれとは違うものだった。
「会ったことがあるのか? メイクスに……」
期待を込めて俺は聞いていた。もし、俺以外の人間がこの世界にいるならば協力か手助けを、もし、いなくなっていれば帰る方法が必ず存在している。
「教えてくれっ! 会った事があるのか!」
「離せっ!」
思わぬ展開に興奮した俺は、守備隊長とは言え、女の細い体を強く掴み揺さぶっていた。
「あ、悪い……」
自分の失態に知っていても教えてくれないんじゃないかと思うと、体から汗が噴き出る。
「さっきも言っただろう、私はお前をメイクスだと信じていない。それにメイクスにも会ったことは無い」
「嘘……ではないよな」
いっそのこと嘘であった欲しいと思うも、ローヤルの性格から嘘を吐くような事はしないだろう。つまり、俺が期待した希望には繋がらなかった。
「私は嘘など吐かない」
「ああ、見ていてそう思った」
帰る方法が無くなったわけでもないのに、急激に現れた希望が喪失していくことで俺の身体から力が失われていく。震える腕を抑え、一度は感情を失わせた恐怖に歯を食いしばることで打ち勝つ。
そんな俺をどう見ていたのか、
「外に出ろ」
唐突にローヤルは勘違いされるような事を言う。
「外……?」
「おいおいおい、まさか釈放ってか、あんたみたいな堅物が同情で疑いのあるそいつを逃がそうってのか?」
「貴様は黙っていろ、なにより逃がしなどしない。ここでは邪魔が入る。尋問は外ですることにした」
誤魔化すにしては大雑把で分かりやすい。何かがある、そう思い二つの理由が浮かぶ。
「ははぁ~ん、なるほどね。さっきメイクスが言ってた通り、本を探しに行くってか、それを言い訳がましく外で尋問するってか。はっは、精々頑張りな」
その一つとして盗賊は捉えていたようだ。
「どうでもいいけど」
だから俺は別の理由を信じ、盗賊がそう信じ込んでくれるように、いい加減な発言で気づかれないようにした。
もし、外に行く理由が盗賊には訊かれたくない話だったとしたら、というもう一つの可能性を信じて――。
地下から上に上がってくると一言も喋らず無言のままローヤルは歩き出した。俺はその後に続き、朝の日の光を全身に浴びる。たった一日とはいえ日の光を浴びるのは心地いいものがある。だからこそ、見かけない客の姿がないことが目立った。
「普段忙しいのは聞いていたけど、不健康な場所だな、ここは」
気を聞かせて話しかけたけど、返事は返ってこない。
「宿屋とは別の店には行っているみたいだけど、それも移動手段に徒歩はないみたいだしな」
まだ知らぬ仕事場もいずれ行ったみたい旨も折り曲げながら、一方的な会話でようやく返ってきた返事が、
「少し黙っていろ」
だけだった。
盗賊に訊かれたくない話、それは俺にも該当する。例えメイクスの存在自体をローヤルが信じていたとしても、俺はまだその存在だと認められてはいない。だから、慎重になっている。そう、俺は考えていた。
少しの間だけ黙っていればいいだけ、良いだけだったのだけど、情報を目の前に吊るされ、待つのがどれだけ辛いかは考えてもらえないだろう。俺は急かす様に別の切り口で話をする。
「答えられないなら黙ってもらっていて構わないけど、どうして少しでも俺をメイクスだと疑っていたんだ?」
ちょっとした疑問のつもりで尋ねる。口では俺をメイクスだと信じていないと言っていても、今の行動は俺をメイクスだと少なからず信じているからこそ起きている。
だが、俺の思惑など考えもせず、
「ここならいいか」
徐に立ち止まりローヤルが反転した。
無視はされても、その時が来たのだと少しでも思ったのが甘かった。
抜かれた刀剣の刃が俺の首に添えられ、少しでも動けば首と胴が離れるこの状況になって初めて、俺は今までの考えが自分のいいように解釈していたのだと知らされた。
全ては偶然か幸運。
それを自分の力だと勘違いし、自然と優位の立場にでも立っているつもりでいた。この世界でも誰かに助けられ、一人では生きていけない事から目を背け、俺は調子に乗っていた。
そして、ローヤルに刀剣を向けられることで思い出した。
「心して答えろ」
元の世界とアニメの世界での違い。
俺はこの世界での恐怖を忘れていた。
「なぜ、震えることがある。お前が真実にメイクスであるならば恐怖を感じる必要はないはずだ」
「はは……は」
全身が汗で濡れていく。なのに、笑うことしかできない。人間不測の事態にはどういう行動をとるのか予測できるはずが無いのだから。
「私はな、我が国の守備を王から任されている。その王も妃もご病気で亡くなられた。だが、残された姫様を守らなければならない。いや、絶対にこの手で守り抜く、だから、姫様をたぶらかす者は全て切り捨てる」
俺にこの瞬間を切り抜ける必勝の手はない。それと同時、この場を助けてくれる主人公もいない。
「今一度聞く。お前はメイクスか」
俺はこの世界で命を落とす。
「違う」
でも、これが最後だと言うならば、俺は嘘つきで終わるつもりはない。なぜなら、俺は現実の世界の人間で間違いないからだ。
「俺はただの人間だ。高校二年生のその辺にいくらでもいる男子生徒だ。友達と遊んで、くだらない話をして、喧嘩して……、そんな普通の暮らしていたんだ!」
せめて最後までそれだけは貫き通す。
「残念だ」
振るわれる為に俺の首から剣先が離れる。俺は目を瞑り、作り物で見たことがあっても、知っていても、体験はしたことのない恐怖に歯を震わせながら食いしばる。
ヒュン!
……せめて走馬灯でもいいから、元の世界の光景を見たかった。
カチン。
「………………」
首が飛ばされた錯覚から音のする方向へ目を向けると、剣が鞘へと納められている。俺は訳も分からず、緊張状態から荒れる呼吸を整える間もなくローヤルの瞳を見た。
「な、ななんで?」
「今までその質問をして返ってくる答えは私が予測できる範囲のものだった。しかし、貴様はその予想の外にある返事を返した」
腰の骨が無くなってしまったかのように力が抜け、尻餅を着いてしまった。
「……それで俺をメイクスだって信じてくれるのか?」
「半分」
「え? 半分!?」
ここまできたなら景気良く信じてくれたと言ってほしい。
「いや、正確には疑っていいものなのか、私自身分からなくなった」
「はぁ? なんだよそれ」
「だが、信じてやってもいい。その代わり我が国には来るな。貴様が、我が国のメイクスに関する書物を見る為に働き、金を溜めているのをマザーから聞いている。そして、我が国の姫はメイクスと言う存在に興味を持っている。貴様が本物であろうと、姫様に危険分子を近づけるわけにはいかないのだ」
それだったら、俺を切り捨てるのが一番いい。俺が本物だとローヤルが認めてもそれを知られない限りは問題ないのだ。そして、その事を俺は尋ねるべきではない。なぜなら、単純にその事を気付いていないのであれば気付かせることになるからだ。
でも、また偶然か幸運に助けられてしまった俺は、好奇心に抗えない。
「なら、姫に……」
まだ震えが止まらず、そこで言葉を飲んだ。俺の身体にはしっかり恐怖を植え付けてある。行動の制止、それは俺自身でこれからの時間、かけて行かなければいけないからだ。
ところが、
「ぐっ、貴様は私に嘘を吐けと言うのか! よりにもよって姫様に!」
ローヤルは口止めの方法を知っていながら、そんなしょうもないことでできないらしい。
「バカか」
ようやく恐怖が立ち去り、気が抜けた。
すると、今度は剣を向けられたことへの怒りがふつふつと脹れあがっていく。
「んな……、そんなもん気づかれなきゃいいだけだろうが!」
「バカ……だと。愚か者はお前だ! 私が姫様に隠し事などするわけがないだろう! だいたい、姫様が興味を抱かれている者をなぜ私自身の手で隠さなければいかんのだ!」
「はぁあああ? 何言ってのか、もうわかんねぇよ!」
「だから貴様がバカだと言うのだ!」
俺たちはお互いを睨めつけにじり寄った。しかし、それも束の間、お互いに譲れないものがある限り、平行線は続く。だから、俺から視線を外し、この馬鹿らしい言い合いを終らせた。
その場に寝っころがり空を仰ぐ。
「ふんっ、貴様の負けだ」
「子供かよ」
目を逸らした方が負けなんて誰が決めたんだか。疲れていた体に優しい風が煽がれ、疲れた体にいい感じに眠気を誘う。だからなのだろう、ローヤルの異変から始まり、今まで気づかなかったことが姿を現し始めた。
「ん? あれ?」
「なんだ?」
「お前、マザーにいつ俺がメイクスの本、探しているって聞いてたんだ?」
「最初に決まっているだろう」
「ってことは、最初から俺が盗賊の仲間じゃないってことに気づいていたってことじゃないか!?」
「当たり前だ。だから盗まれた書物も探さず、貴様がメイクスであるか確かめる方を優先したのだ。貴様は知らんだろうが、私は貴様がメイクスであることよりもこの国の方を信じている。だいたい疑った時点で斬り捨てる」
「かっ、て、てめぇ」
「ふんっ、マザーに暫くの間この国から誰も出さぬよう頼んでおいたんだ」
そんな簡単な事なら、あのババァに金さえ払えば絶対にやる。
「くっ、」
騙された、完全にマザーにしてやられた。それなら、俺もやるべきことをやる!
「ローヤルの国に入るのに二十五万Яだよな、その絵本の原本ってのを読むためにはいくらいる」
「気安く名を呼ぶな、それに貴様に姫様は会わせないと言っただろう。しかし、犯人扱いした分は教えといてやる。いくら金を払っても貴様では見ることはおろか、触れる事すらできない」
「どんだけ、嫌がらせを……」
「そうではない。あの本は我が国で特別に扱われている書物の一つなのだ。よって、あれを読むことを許されているのは現在では姫様一人だけなのだ」
それなら何のために俺はこの国で働いて……、
「ちょっとまて、それってこの世界の国の奴ならだれでも知っているのか?」
「知っているというのは語弊があるが、調べればいずれ行き着くであろうし、困ったことだが姫様がメイクスの興味を抱いている事は誰もが知っていることだ。なにせ、お前がいう原本から描かれたあの絵本を描かれたのは姫様自身だからな」
偶然は確かに偶然だった。だが、幸運なことなんて何一つもなかった。この世界に来てから俺は、金の為に騙され続けていた。
「ノーシの野郎っ!」
最初に出会った少女に怒りを覚え、今目の前に現れたら本気でぶん殴ってやりたい。
「はぁ、まったく一番安い船があんなに遅いだなんて、マザーも汚いわね」
「ぐぅるるる」
現れた。
今まさに殴りたい人物が、安いとされる船着き場の方向からのこのこと歩いてやってきた。
「そう思うでしょビューイ、ん? あっそこにいるのはバカホタル! アンタの所為で【ナレッジラウ】で稼ぎ損ねたじゃない。しかも、メイクスがこの国にいるって噂を流して、姫さんまで呼び寄せることまでやらされたのよ!」
「……なんだと?」
俺の後ろで、ものすごい殺気が噴き出した。
「あれれ、何拳を作りながら怒ってんの? げっ、女守備隊長ローヤルまで!?」
あはは、と苦笑を漏らしながらビューイに跨ろうとしている。
「ローヤル俺と一度だけ手を組まないか、俺はあいつをぶん殴りたい」
「奇遇だな、私は斬りたく思っていた」
この短期間でまさかローヤルと俺が並んで獲物を見据える事になるとは思ってもみなかった。
スタートラインを切る様に二人の足並みが揃って一歩踏み出す。
「さようならっああああああああああっ!」
危険な空気を察知しノーシは逃げ出した。
「まて、こら!」
「余計な真似をっ!」
ひとまず、これで俺は盗賊の共犯者という汚名を拭い去ったのだった。