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終らぬ事件

終らぬ事件


あの日、俺を買い取るための資金は荒稼ぎという方法で返却した。つまり、雑巾がけ勝負は俺が勝ったのだ。だけど、そのおかげでうるさい存在ができてしまった。

「卑怯者!」

もちろん負けたサンの事だったが、文句だけなら負けた従業員全員が言ってきた。だが、その騒ぎは親の立場だったマザーの一声があれば治まるを得なかった。

あの勝負で一番稼いだのだから俺を擁護するような事を言うのは必然で、マザーに逆らえない従業員は異議を唱えられない。心配していた客たちは楽しめればよかったようで、後から知った話、この宿屋は中々の料金設定らしく、集まっている客たちは半端ではない額を保有する金持ち達らしかった。

そんな中でもう一人の勝者はというと、

「どうしよう……どうしたらいいでしょうか?」

倍率が高かった為、唯一子でありながら勝ち金を手にしたメイはその金額に怯えた毎日を過ごし始めてしまっている。

「好きに使えばいいだろ?」

「そ、そんな事言われても……」

盗まれる心配というよりも、多額の金を使うことにビビってしまっていた。本人から聞いたわけじゃない家庭の事情に口は出せないまでも、使い道はそこしかないだろう。

「暫くは、楽な生活が送れるだろ」

「ぅう、うー」

そこに気付くまでにどれだけの時間が掛かるかは本人次第だった。

そして、以外にも負けたことをグチグチ言わなかったホムラは、

「メイクスって不思議ね……」

俺の存在を不思議がってよく目の前に現れるのが多くなった。相変わらず半信半疑には変りないようだったけど、俺にとってはどうでもいいことで、適当にあしらっておく。

「どっちでもいい、俺からすればな」

そして、俺は【清掃】の仕事を終えて、マザーとの約束で役職が付いた俺は次に向かう準備を始めた。ついでに知ったことは役職とは、仕事場所を増やすと言う意味らしい。

あの勝負から体力が戻ったと思っていた俺の身体は一つの変化が起きている。それが、サンが言う卑怯と言う部分で、体力がすぐ尽きてしまう脆弱な状態から逆転し、どれだけ働いても疲れ知らずになっている。でも卑怯と呼ばれる謂れはない。体力が無尽蔵な状態でも足が速くなったわけでも筋肉疲労が無いわけでもないのだ。だから、とりあえずは俺の勝利で終わりだ。それに、俺はいずれ体力も普通になると思っていた。きっと体力がなかった頃の反動で、いずれ通常の状態に体は慣れると考えられたからだ。

その日が来るまで、俺は目標の金額を稼いでみせる。

「どんだけ稼ぐんだよ」

「まったく、そんなんじゃマザーみたいに金の亡者になるわよ」

「よ、よければおすそ分けに――」

「いや、それはいらない」

「ぅうっ」

詳しい金額は分からないが、最初の金額よりも稼がなければならない。

「よし、じゃあな」

あまり時間は気にしないようにしながら、帰ることだけ念頭に置いて三人の前から遠ざかる。

「あいつ変わったわね」

「まぁ、いいんじゃないの。前より接しやすいし」

「あんたは絡んでるだけでしょうが」

「はぁ、どうしよう」

遠ざかる俺の後ろでそんな話がされていた。


そして、誰もがこの後起こる事件を考えてすらいなかった。



【清掃・ボイラー室】、それが増えた職場の一つだった。他にも職場が増えているのだが、順番ではここが二番目になっている。

そんな職場で恒例に成りつつある合図がされた。

「よーい、ドン!」

そして、また俺は勝ち数を伸ばした。

あの賭け以来なにかと俺に勝負を挑む連中が増えた。その度に打ち負かしてやるのだが、数日経っても体力はイカれたままで過ごしやすい。勝ちイコール給料になるわけでもないけど、仕事の取り合いになりにくい環境は間違いなく俺の給金アップにつながる。

「だめだ……勝てねぇ」

「けっけっけ、お前じゃ勝てねぇって」

「……う、うるへぇ」

ボイラー室の清掃の一旦を終え、熱が充満する部屋で欠かせない水分補給を摂りながら倒れ込む同僚を眺めながら苦笑いで見守る。

それが日常になりつつあったある日、前触れもなく事件が幕を開けた。

ボイラー室の扉が叩きつけられるように開けられ、その音に驚いたボイラー室、室長は顔を真っ赤に染めながら怒鳴りあげる。強面のイメージを壊されることに羞恥を感じたためか、肩をビクつかせた反動を生かして怒っただけなのか、誰もが苦笑いで受け流した。

だが、室長のことなど気にする余裕もない様子でボイラー室へと入って来た同僚の一人は、息絶え絶えに呼吸を整える。数秒の時間を要してとりあえず声が出せるようになった同僚は言葉にした。

「……はぁ、はぁ軍艦が……来た」

誰もが、くだらない些細なことだと思う。客が勝手に軍艦で入国してしまったのか、悪さをしに来たのか、どちらにしろマザーが軍艦なんて大きな船を前に、入国するまで放ったらかしにするはずが無い。それが全員の感想だった。

それにあの賭け以来、俺とマザーの計画通りイベントを求める客と、メイクスの真偽を確かめる客は増えている。その効果だと疑わず、ひとまず軍艦に乗るだけの人数がやって来たのならまた忙しくなる。思いっきり働くなら休んで置いた方が稼げるな、なんて笑い、その中には俺も含まれていた。

「そんなことで慌てるからお前は臆病だって言われるんだよ」

中傷にも似た冗談を言いながら再び笑いが起きる。

「お、お前ら気付かないのかっ、軍艦なんて持ってる国は【ナレッジラウ】ぐらいしかないんだぞ!」

この国に入って来た存在を口にした瞬間、沈黙した。

しかし、次に起こる反応はたった一つ、

「へぇ珍しいな、他国(外)に出ることすら滅多にない国がここへねぇ」

「固っ苦しい国だからぁろ、休養しに来たんじゃねぁか?」

「舌回ってねぇぞ、お前涼んで来い」

真実味を含まないただの憶測での会話、だが俺だけはその国の名にボイラー室に飛び込んできた同僚の肩を力強く掴むと叫んでしまっていた。

「そいつらは今どこにいるっ!?」

その様子に驚いた同僚たちは、

「おいおいなんだよ、どうしたんだよ?」

「おまれぇもすずみにゅいくきゃ?」

「ひとまず休憩にするにしても外に出ようぜ、こいつもうダメだ」

俺を宥めようと掴んでいた手を外させ、休憩を終えた連中と交代するように扉を開けた。

だが、俺の視線は飛び込んできた同僚から答え欲しさに外せない。その同僚も自身が抱く疑念に、勘違いから俺も同じ疑念を抱いていると思い込み利害が一致する。すると、俺が欲していた答えを口にした。

「許可はないはずだ。船着き場の連中に高額な金額を渡して入国したはずだけど、最終的にはマザーの部屋に行く」

その瞬間、俺は扉を開けた同僚を跳ね除け飛び出した。

「あ、おい!」

「まぁまぁ、いいじゃねぇか。あいつメイクスだろ、今の軍艦にビビっちまったんだよ」

「なんだよお前信じてんのか?」

「いや? だけどその方が稼げるだろ?」

「けっけっけ、ちげねぇ」

「おまちゅりだはぁ」

「うるせぇ、お前は医療室だ!」


「ごらぁっ! ホタルお客様の前で走るんじゃねぇ!」

マザーの部屋に向かう途中、何人もの同僚や監視員やらに注意されたが、俺は気にしてなどいられない。俺が帰るための情報を握る国【ナレッジラウ】の入国をマザーが許した。それは、どこかしらで自分に繋がっていると思ってしまったからだ。

客の合間を縫うように掻い潜り、

「お、メイクス君じゃないか?」

「ぎゃははは、またイベント起きてんのか?」

気楽な様子で声を掛けられても無視する、今はそれどころじゃない。一刻も早く掴める情報の可能性に近づきたいがために走る。そう思いながら、マザーの部屋へ階へ辿り着いた。

入り口の前の両サイドにはテーブルが一つずつと、椅子が配置され受付嬢のように女性の同僚がいた。おそらく秘書か何かの役職についているのだろう。俺の姿を見つけた途端、なにやらファイルを引っ張り出し、書類を一枚抜き出す。

「あら、あなたは確かメイクスのホタル。マザーならお客様の対応中です。用事なら後にしてください。早くお会いしたいのなら、緊急対応の裏から入るか、この書類へサインをしなさい」

「宿屋に貢献したからと言って特別扱いは――って、こら待ちなさい!」

形式どった正式な入場方法を無視して、制止を掛けようとした秘書の一人を避けマザーの部屋の扉を開けた。

扉の開閉の音で中にいた三人の人物の視線が注がれる。

「も、申し訳ありませんマザー!」

「今すぐに退去を――」

秘書二人が仕事の失敗に頭を下げる。

「ほらあたしの言った通りだろ、来たよ。お前さんらは出ていきな! ホタルはあたしが呼んだんだ。気にせず仕事をしな」

あからさまな嘘を言ってのけるマザーだったが、マザーが言えばそれが仕事へと変わる。秘書二人は何も言わず一礼をすると退出していった。

「貴様がメイクスと噂されている者か。ふっ、見た目では判別できないな。する必要もないが」

部屋の中にいた三人の内の一人、長身で短い髪の女が見下したように俺を見る。腰に刀剣を差し、一戦交えるような装備、眼光も鋭くまるで俺を敵として認識しているようだった。

「穏やかではありませんね、ローヤル。ひとまず話をお聞きしましょうじゃありませんか」

その反面部屋にもう一人いた細見で白髪の老人は口調緩やかに、微笑んでローヤルと呼んだ少女を宥めた。

「まずは自己紹介と行きましょう。わたくしの名はアバン・ノーリッジと申します。そしてこちらが」

「【ナレッジラウ】守備隊長、ローヤルだ。覚える必要はない」

なら名乗るなよ、と思いはしたが一々喧嘩腰の相手に合せて俺まで喧嘩腰になる必要もないので、ローヤルとは視線も合わせずノーリッジにだけ言うように俺も名乗る。

「火村蛍」

「メイクスですね。お噂はかねがね」

メイクスに関しては言う必要もないかと思って言わなかったが、どうやら知っているようだった。

「旅の途中でお聞きした噂だったのですが、我々が知っている姿ではないようですね?」

ノーリッジの方は客の一部と同じようで、俺がメイクスであることに興味があるようで、その真意を確かめたそうに質問をしてくる。しかし、ノーシと出会った時とは変わってしまった俺の姿ではそれを証明することはできない。だから、特に言い訳も、メイクスらしい存在のアピールもする気はなかった。

「ノーリッジ殿、メイクスなどどうでもいい」

だが、メイクスの話そのものが気に入らないようでローヤルはノーリッジに注意をすると、マザーに向かって話を進めた。

「話を戻そうマザー、この男をこちらに渡してほしい必要ならば金も払おう」

「は?」

突然の事で何を言っているのか分からない。

「ダメだね」

「この男は人売りから買っているという情報は得ている。その倍の金額を出しても構わないと言っているんだ」

「調べてきたのはそれだけかい? なら調べが足りないねぇ、すでにホタルを買った元は稼いだんだよ。それでもまだホタルは金を稼げる。だからお前さんらが調べてくる必要なのは、このマザーをどう口説くかってことだろうよ」

一切の感情を表に出さず自らの土俵から微動だにしないマザーの圧倒的存在感に、騎士のような威厳があるローヤルでさえ言葉を失う。

だが、そんなことよりもなぜそんな事になっているのか俺には分からなかった。冷静になってから、マザーが俺を手放さないことよりも、【ナレッジラウ】へ行くことの方が俺としては都合がいい事に気が付いた。

マザーが金を稼ぐことでそれを阻止しようとしているのならば、俺は嫌な奴だろうとローヤルに加勢しようと口を挟んだ。

「マザー、俺――」

「このお客さんらは捕まえた盗賊とお前さんが共謀してたんじゃないかって、身柄を明け渡してほしいそうだよ」

「なっ!?」

俺が何を言おうとしたのか予測していたようにマザーは遮り、俺は驚きの声をもって、言おうとしていた言葉を飲み込んだ。

「なんで、そんなことに?」

だいたい俺は命がけで盗まれた物を取り返しただけ、それもたった一つメイの髪飾りぐらいしか取り返すことができなかった。実質あの盗賊を捕まえたのはマザーであって俺ではない。それなのになぜ、俺を捕まえる必要があるって言うんだ。

「ご本人を目の前にして説明をしないのは酷ですね。では、お話は私がしましょう」

そう言いながら、ノーリッジがこれまでの経緯を簡潔に話し始めた。

話しによると盗賊はこの国からではなく、【ナレッジラウ】でも盗みを働いた。【ナレッジラウ】といえば、俺が求めている本を保有している国で、他にも数々の本を有して居ると言う。

そして盗み出された本は、

「我が国の護衛が記された書物なのです」

つまり、それがあれば監視やらを掻い潜り攻め立てることができるというものだった。俺はどこに行っても争いの火種はあるのかと嫌になりながら、なぜ俺が盗賊と共謀し、繋がっていることになったのか質問をする。

すると、途中からローヤルが怒りを抱きながら口を挟む。

「盗賊は盗賊、我が国の書物を盗みどこかへ売るつもりだったのだろう。しかし、その取引を行わずこの国へと来てまた盗みを働いた」

「だから?」

意図が分からず尋ねると、今にも飛びかかってきそうな殺意を交えた睨みが来た。俺はそれに怯んだりはしない。潔白なのは自分自身が良く知っているのに、それに怯えるのは認めてしまっているようで気に入らなかったからだ。

「つまり取引をする相手がこの国にいるか、もしくは協力者がいる可能性があるということだ」

俺はさらに訊く。

「二つも可能性を残して、俺に焦点を絞った理由は?」

ローヤルが確信を持ったような含みのある笑みを零す。

「この国には金を持った道楽者達が客としてくる。それだけで疑われる可能性がある者たちだというのに、盗賊に目立つような盗みを働かせるとは考えにくい」

確かにローヤルの言っていることは理解できる。盗賊に盗みを依頼し、その本を受け取ることを目的とした人間が、わざわざ騒ぎになるような事件を起こさせ、本を受け取り難くする必要が無い。だが、そんな本を俺が必要としている理由にも繋がってはいないはずだった。

「ところがだ、地位も金も持たない貴様との取引であれば、盗賊はなんらかの対策を取っておく必要があった。それがこの国だ。犯罪者でもマザーの判断で雇われれば、【死の国】への追放は免れる可能性がある。その為にこの国で自分の存在を印しておく必要があった。そして、それに気付かず、合図(盗み)があると貴様はいち早く盗賊の後を追った。貴様はこの国の従業員であることを利用し、客の誰かに本を売りつけるつもりだった。しかし、それは失敗に終わり盗賊との契約を護り抜けず裏切られたというわけだ」

「ひどい説明だな」

「なっ、貴様っ!?」

ローヤルが腰にぶら下げた剣へと手を伸ばすのをノーリッジが宥め、尋ねてきた。

「潔白である説明ができるのであれば、教えていただいても?」

俺は丁寧な口調で礼儀を知ったノーリッジには素直に頷いて了承する。

「第一に俺が盗賊の仲間だったらすでに本を受け取っている。取引相手がいるにしろいないにしろ、その本を見せられないと信用は得られないからだ。あーって、こんな小難しい説明何ていらないのか」

「というと?」

「あの盗賊は従業員の着替え部屋から盗みをしてるんだぞ。本を受け渡すならその時点でできただろうし、ローヤルが言うことも、騒ぎを起こさないで俺に口添えしてもらった方が早い。裏切られる可能性を秘めていたにしろな。手を組んだ以上そうした方が共謀している立場の人間にも都合がいい。なにより、この国はマザーの掌にある。だからこそ、マザーの手によってあの盗賊は捕まっているんだ。根本的に騒ぎを起こす必要はない」

俺なりの見解を述べると想像していた通りになった。ノーリッジは素直に俺の意見に耳を傾け、ローヤルは訊く耳を持たないように鼻で笑う。

「どちらにしろ、調べれば分かることだ」

あくまでどちらの意見も証拠不十分の憶測での会話、実は持たない。

「そいうわけで、マザーこの国でこいつを拘留したい」

【ナレッジラウ】にも連れて行かれず、まだ言うかと思っていると、

「仕方ないね」

マザーがそれを容認してしまう。

「な、ちょっとまて」

俺としてもその返事は予想外だった。マザーの思惑からすれば俺はまだ金を稼げる存在、拘留してしまえば…………と思ったが違った。拘留しようとしなかろうと、噂だけで客は来る。人手が足りなくなるぐらいの価値では疑いを晴らして厄介事を済ませてしまった方が良いと考えているに違いなかった。

「申し訳ありませんね」

後ろから近付いてきたノーリッジが俺の背中に手を当て、拘留する場所へ連れて行こうとする。

「触んなっ!」

俺が納得のいかないことに荒い声を上げた途端、目の前にいたはずのローヤルが消え、気づけば俺は床に突っ伏していた。

「騒げば殺す」

身体を押さえつけられ、静かな重い言葉に俺は動けなくなる。俺の世界では考えられない、冗談でもおふざけでもない状況をとっさに判断し、動かないことが身を護ることだと判断してしまう。

「どれぐらいで根を上げるか見ものだ」

告げられる時間の停止、ようやく兆しを見つけた俺にとってはあまりにも無駄な時間がやってくる。必要な資金を稼ぐこともできなければ、目的の国へも辿り着くことはない。

「マザー……マザーッ!」

腕を押さえつけられながら連れて行かれる俺は、唯一俺を解放できる存在に助けを求めていた。しかし、パイプに火を付け、すでに終わった話に興味もなければ、仕事を優先する姿に愕然とする。

「そんな……」

また絶望の時間がやってくるのかと部屋の外へと連れて行かれた。

マザーの部屋の前にいた秘書二人はちらりと俺を見ただけで、何も言わず仕事をする。その姿を見送りながらエレベーターで来た道を逆走しはじめた。

機械音だけがなる小さな箱の中で、犯罪者の心境を俺は感じていた。あれだけこの世界を拒絶していたとは思えない程、これから通る道にいる同僚たちの視線が怖い。

そして、心の整理もつかないまま無情にもエレベーターが着くと、扉は開いた。

顔を上げることができない。俺はなにもしていないと思っていても、降りかかってくる視線は犯人を見る目に違いない。その目を見てしまえば、俺は二度とこの国で働くことはできない。

例え、無実だと証明することができても……。

ノーリッジが先頭を歩き、俺を抑えるローヤルが後ろを歩く。間に挟まれた俺は、客たちの騒ぎ立てる声を聴きながら着いていくことしかできなかった。

そして恐れていた声が耳に届いた。

「ホタルさんっ!?」

恩がある少女の声。無視することもできす俺は失おうとしている光りにゆっくりと顔を上げた。

「ぷっ」

その吹き出しに俺を呼んだ主が少女じゃなかったことに気が付いた。

「似てたか、似ちゃってた、俺これで稼いでいけるんじゃないか?」

「サン君っ! こんな時にふざけないでください!」

「そんなのでお店出せるわけないじゃないの。バカじゃないの?」

いつも通りの三人のやり取り、それはさっきまで会っていた時と何の変りもない。日常的なものだった。

「貴様らこいつに近づくな!」

「はいはーい、では最後に一言だけ、罪を償って反省して来いよホタル」

「冗談でも酷すぎますっ!」

「バカは放っておきなさいメイ」

どうして、いつも通りに俺を見ているのか分からない。俺を信用している? でも何かが違う。そんな言葉では説明できない何かが、そこには生まれている。

他にもボイラー室で一緒に働いていた連中を見つけた。

「あ、てめぇ、勝ったまんま油売りに行く気かっ! まだ明日の勝負残ってるんだぞ!」

「どうせ勝てないだろ」

「うるへぇっ!」

「おらぁホタりに賭けるどぉ」

「あ、お前医療室から出てくるんなよ!」

他にもたった数日働いただけの職場の連中からも同じような声が聴こえる。

「あんたの仕事、どうすんのよ!」

「ひょひょ、今日は稼げるな」

「あ、なるほど、しばらく戻って来るなぁ」

抑えられている腕が痛み、お祭り騒ぎの従業員にローヤルがイラついたのがわかった。

「ちっ、ここには下品な連中が多すぎる」

「(そうか……それで)」

ようやく俺が思っていたものとは違う状況がなんなのか気が付いた。

ここにいる連中は他の国には行けず、何かしらの問題を抱えている。それが犯罪だったり、家庭の事情だったり、それは人それぞれ。しかし、それでも共通して言えるのは、誰もがマザーに受け入れられた存在だということだ。

だから、仮に俺が盗賊の仲間だったとしてもこいつらは俺が戻って来る事を気にしない。

それは、俺にとってこの世界で帰る場所があると言うことだった。

大きな不安が小さな悩みへと変化を遂げると思わず俺は上げていた顔を伏せた。

「ほ、ホタルさん!?」

心配したよう様子のメイの声が聴こえる。

だが、伏せたのは絶望を感じたわけでも、こいつらの反応に感動したわけでもない。ただ純粋に考えていたことがバカバカしくて、呆れ果てて、笑いを抑えられなかったからだ。そんな顔をローヤルに見せれば面倒になる。

だから俺は誰にも気づかれないように口の端を吊り上げた。


きっと悪巧みを考えている仲間たちと同じ表情を作るために――。



俺が連れてこられた場所は宿屋から少し離れた地下だった。

「ここでいいのか?」

「おそらく合っていますよ」

地下の入り口に立つ同僚の一人がマザーから話を受けおっているようで、、こっちこっち、と能天気に手を振りながら手招きをしている。

「こ、ここで間違いないのか?」

ローヤルが今一度確認するのには彼女らがこの国のことを知らず、マザーの指示の元動くしかないからだ。さらにローヤルがこんな場所で尋問するのかという苦々しい表情を作る理由には強烈な匂いが原因だった。

「支給されてるマスクをつけた方が良いっすよ~」

手渡されたマスクを俺も受け取り付ける。さすがにこの匂いでは、譲歩される部分がある。そして、足を踏み入れた暗闇の地下はゴミが散乱していた。

「ここには牢屋何てないっすからねぇ~。お客様の目に入らない場所っていえばここしかないっすよ~」

ゴミ収集所、それが地下を案内された理由だった。

「ホタルはここの仕事担当にはならなかったすよね~。匂いやらはきついっすけど、給料は良いっすよ~。稼ぎたいならここを僕から推薦するッす」

俺は苦笑いする。いくら金を稼ぎたいとはいえここはあまりにきつい。飲食を扱うことが多い宿屋のゴミは圧倒的に生ごみが多い。しかも季節は夏、発酵が進み、この世の匂いとは思えないほどの悪臭は、所々でゆらりと揺れる蜃気楼を生んでいる。管理が無ければ自然発火してもおかしくないその場所は、監獄よりもひどいんじゃないかと思わせる。

「まさか、我々にたいしての嫌がらせのつもりじゃないだろうな」

騎士の雰囲気を持つローヤルが愚痴りたくなるのも分かる。俺は苦笑いを再びしながら、ローヤルが言った事への否定をしておいた。いや、自分の存在価値を明確にしておきたいためにも言いたい。

「だとしたら、俺の事を配慮してくれたら嬉しかったな」

従業員を減らされた事への嫌がらせなら、その従業員の事を考えて場所を選ぶ。マザーならやりかねないが、おそらくは本当にこの場所しかなかったのだろう。それはローヤルも感じたようで、それからは何も言わなくなった。

「着いたッすね。ホタルを捕まえておくならあそこが最適っすよ」

ゴミの山を登ったり避けたりと繰り返し、付いた先には二か所に光が漏れる場所がある。その光が当たる場所には光を囲うように鉄格子が施され、見た目は牢屋そのものだった。

「ちなみにあれは、ここで二つしかない日が当たる場所の一つっす。あそこにだけはゴミが崩れ落ちないように鉄格子で守ってるッすよ。まさかこんな形で役に立つとは思ってもみなかったすけど」

急きょ牢屋でも拵えたのかと思っていた俺だったが、ゴミ収集所を案内してくれた少年が逆の意味を持つことを教えてくれる。

すると、

「ならば、そのもう一つはどこにある?」

なぜそんな事を訊くのかと思うよりも先に俺は気が付いた。俺が盗賊と手を組んでいる疑いを掛けられて尋問されるならば、その盗みを働いた本人が尋問されないはずが無い。あくまで俺は逃走されないように早めに対処された結果だけでしかないのだ。

「あ~、昨日、月明かりが眩しいとかで天井塞いでいたの忘れていたっす」

少年は光りが漏れている牢屋の後ろに回り込むと、鉄格子の一本を掴み外してしまった。

「ま、まてっ」

「よっ」

ローヤルの制止も待たず鉄格子から外した棒で上を突くと、簡易的に備え付けた天井が牛乳瓶の蓋が浮くように外れ、光が漏れ出した。

現れたもう一つの牢屋を見るよりも早くローヤルは今起きた事実に文句を言い始めた。

「これはなんだっ!? 鉄格子が簡単にハズレるなど牢屋の意味がどこにある!」

少年は言われた文句にきょとんとした。そして、無表情のまま外した鉄の棒を鉄格子に戻すとにっこりを微笑む。

「これでいいっすか?」

その返事にローヤルが怒り始めた。

「いいはずが無いだろうっ!」

「なんすか、さっきも言ったじゃないっすか~。ここには牢屋何て存在してないっすよ。それを急遽用意されたのがここなんだから我慢してほしいっすね。それに外れるのはこの一本だけっすから、問題ないはずっす」

「ふざけるなっ、マザーに言って場所を変えてもらう!」

今まで黙って着いてきたノーリッジもその意見には賛成のようで、ローヤルの怒りを留めようともしない。だが、後を引き返そうとしたローヤルの背中に少年は溜息を吐いて言う。

「マザーに掛け合うのは勝手っすけど、マザーが一度決めたことを覆すのは至難っすよ。だいたい文句があるなら自分の国に連れて行けばいいっす。それができないのに文句ばっかり言うなんて、どういう我が侭な環境で育ったッすか?」

さすがに少年も面倒になって来たのだろう。丁重な扱いからおざなりな態度で言い放つ。しかし、俺には気になることができた。

「なぁ、俺を連れて行けないってどういうことだ?」

「あれ、聞いてないっすか? 【ナレッジラウ】って国は法律が厳しいっすよ。だから、何かしら悪さした奴は取り調べと処罰を国外でやるっす」

「法律関係あるのか?」

「言い方が悪かったっすね。簡単に言うと、国に悪影響がある存在を国の敷地には入れないってことっす」

「その為の法律が存在しているってことか」

「そうっす。まぁ、ここからだと船でも数日かかるって言うのもあるっすけどね」

どっちにしても時間は掛かるんだなと、当初の目的が夢物語だったことを今になって知ることになった。

その間、俺達の会話にも茶々を入れず相談事を始めたローヤルとノーリッジに、仕事を再開したいがために少年が口を挟む。

「で、どうするっすか?」

渋々の決断と言ったところだろう。マスク越しでもノーリッジの憂鬱そうな表情が窺え、ローヤルが言う。

「分かった。ここでいい」

「分かったッす。ついでに教えておくと日の当たる場所には消臭草の種を蒔いてあるっすから、マスク外しても大丈夫っすよ」

それだけを言い残し立ち去ろうとした少年が振り返り最後に言い残す。

「それとホタル」

「うん?」

「僕は女の子っすからね」

「えっ!?」

完全に男の子だと思っていた少年が少女だということを知り、俺は驚いた声を上げる。それを最後の楽しみにした様子で少年だった少女は笑いながら立ち去って行った。

妙なドッキリがあったとこでようやく話がつき、すでに簡易牢屋に牢獄されていた人物が欠伸と共にその姿を現した。

「うるせえなぁ」

そこには数日前にマザーか捕まえた女盗賊が、胡坐を掻きこちらを覗き込んでいた。

「待たせる? そんなに【死の国】に送り込まれるのが待ち遠しいか?」

厭味ったらしく自国から本を盗み出した女盗賊を、侮蔑を含みローヤルが貶す。

「はっ、お前らがどうするか決められるのか? この国で」

自分の身はマザーが握り、人手を欲しているマザーなら自分を雇うと高を括っていた女盗賊は鼻で笑う。

「ならば、そうなる前に我が国の書物の場所を吐いてもらおうか?」

「くくっ、お願いなら頭を地面につけるこった、女隊長さんよ」

「ノーリッジ、最初はこいつを調べ上がる」

「ええ、では私がホタルさんと話をしましょう」

殺伐とした罵り合いの中でノーリッジは、ローヤルが女盗賊の牢屋入るのを見守る。そして、二人がこちらを見ていない事を確認してから、俺を拘束している手綱を外すと、

「出来れば少しでも空気が良い場所に移りましょう。私はここが好きにはなれません」

同意見だと思い、俺は促された吹き抜けになった日の当たる牢屋へと自分から入った。

ゴミ収集所担当の少年のような少女が言った事を信じ、俺とノーリッジはマスクを外す。二人して驚いた声を上げながら、ノーリッジの柔らかい対応に緊張感は皆無。

「机と椅子が欲しいところですね。地べたへ座ることは我々の国ではあまりないものですから」

「随分、優雅な国なんだな」

「はは、先程の少女が言っていた通り法律が厳しい国ですからね。どこでお会いするか分からない目上の方々に失礼の無いよう、そういったことを禁止しているのですよ」

元の世界でも参考にしてほしいものだと思いながら、ノーリッジが手を握り合わせると尋問が始まる――。

「では、」

ところが、尋問というにはてんで的外れな……というよりもただの質問からはじまった。

「メイクスの世界の事を教えていただけませんか?」

「ん? 尋問は?」

「私がする必要はないでしょう」

「は? なんで?」

「どのみち、ローヤルがやるからですよ。あの子は自分で聞かないと納得しない性分ですし、二度手間になるぐらいなら私は私の興味があることを訊いておこうと思いまして」

「……そういうことか」

最初からそのつもりだったことが今になって分かる。俺の事をさん付けで呼んでいたり、俺に対して礼儀を持って対応してくれていたのは、この人の性格が礼儀正しいからだけではなかったようだ。メイクスの可能性がある俺に質問をする際、俺が気分を害しておかないようそうしていたのだ。

当たりと言わんばかりにノーリッジが微笑む。

「強かな人だな」

ローヤルに主導権を握らせているようで、しっかりコントロールしていやがった。

「年寄の知恵と言ったところですよ。それでお話を――」

「まぁ、良いですけどノーリッジさんは信じるんすか、俺の事、メイクスだって」

「おや、話し方が変わったような気がしますね」

言われて俺も初めて気が付いた。ただ元の世界を意識した会話に自然と口調がそうなってしまったようだ。

「あ、すいません――あれ? どうだったっけ」

「いえ、その方が研究者としても興味が溢れます。どうか、そのままで」

気を悪くしないなら無理に今までの口調に戻すこともないだろうと思い、自分でも懐かしく感じる口調のままで会話は続けることにした。しかし、その会話に出てきたノーリッジの立場というか、仕事みたいな事が気になる。

「ノーリッジさんは護衛っていうのか……な。そんなんじゃないんですか?」

「ん、私が護衛?」

「いや、ええと名前なんだっけ、さっきの女みたいなポジション?」

「ああ、ローヤルの事ですか。彼女は守備隊長と名を馳せた子ですよ。私は国の守備どころか姫様をお守りする力もないでしょう。私は監視役として着いてきたまでです。ローヤルはたまに無茶をしますから」

「姫?」

その単語に俺は今更信じられないと言った表情を作ってしまった。言葉を意識して元の世界に合わせると態度も元に戻る。

「ええ、貴方の世界にはいませんか?」

「どうなんだろう。漫画の世界にはいるんだろうけど」

「マンガ……ですか?」

アニメになってしまってから、自然になってしまった全ての事柄が異変だったはずなのに、自分の姿以外は受け入れていることに改めて気づかされた。だからと言って焦りは生まれない。多少の事は受け入れることで、柔軟な姿勢を保つことができるとどこかで感じていたからだろう。

「メイクスの世界か……なんて説明すればいいのかな」

忘れることはなかったにしろ、自分が自分であることを強く意識できることに俺は感謝の気持ちが生まれていた。

「時間はありますからね、まずはそうですね。この世界に来た時の経緯などを聞けたらと思います」

だから、思い出を話す様にこの世界に来てしまった経緯、このアニメの世界と現実の世界の違いなどノーリッジが質問してくる事に時間を忘れて気持ち良く素直に話していた。

それから、どれぐらいの時間が経った頃だろうか。静かに俺の話だけを聞いてくれていたノーリッジが指を一本立て俺の話を中断させた。

何かあったのかと楽しかった空気が一変し、俺は辺りに気を配る。だが、俺の心配していた不測の事態なんてものはなく、ノーリッジの所作の後、静かになっている反対側の牢屋の気配で話を終らせなければいけない理由を知る。

俺は理解したと小さくリアクションと目で合図を送ると、頭を少し下げる仕草をした後でノーリッジは立ち上がった。

すると、頃合いを見て同じく尋問をしていたローヤルが姿を見せる。

「どうでしたか、ローヤル?」

「いえ、口を閉ざしたまま何も吐かない……」

「それは仕方ないでしょう。盗賊もそれを見越してこの国に逃げてきたのでしょうし」

「まったく、守備隊長という身でありながら、これだけの時間を国から離れているとは。ところで、そちらは何か聞き出せましたか?」

「これといっては」

神妙に話をしながら、当然訊かれるであろうローヤルの質問に迷わずノーリッジは嘘を吐く。それはそうだ、尋問どころか研究者として満たしたい情報を楽しそうに聞いていただけなのだから。

「では交替しよう」

「ええ、」

そう言いながら俺は楽しい時間が終わりを告げたことに内心で落ち込んでいた。ノーリッジは特別だ。おそらく【ナレッジラウ】の中でも特殊な存在であるから、メイクスの情報に興味を持ったのだろう。

ところが、

「さて、手ぬるい時間は終わりだ」

ローヤルはというと何時(いつ)でも拳が飛ぶと言わんばかりの目つきで俺の前に立つ。俺はノーリッジの立場も考えながら意識していた口調を隠し、軽い返事だけを返す。

が、

「思い出話は楽しかったか?」

始まって早々、その出鼻を挫かれた。

「ノーリッジ殿はメイクスの話に目が無いからな。どうせその話ばかりをしていたのだろうが、私はそうはいかないぞ」

ノーリッジがローヤルの性格を知っているように、ローヤルも同じようだった。だったらと、俺の面持ちも最初の頃のように戻る。話すことなどない。

「その面がいつまで持つかな」

そして、尋問は始まった。

「我が国から盗み出した本をどこに隠したっ!」

それもいきなり怒声からだ。それでも反対側の牢屋から聴こえていた声から、そうなるという予想を付けていた俺は耳を貸さない。

「ふん、隠してもいいことなどないぞ。すでにお前は仲間から売られている。今ならまだ弁解の余地はある、さぁ吐け!」

俺は思わず呆れた。

ローヤルの手段はこうだ。

仮に俺が盗賊の仲間だったとして、すでに交換条件を立てに仲間から裏切られた。しかし、直接的な盗みをしていない俺には弁解の猶予を与え、自らの口で真実を話せば多少の罰の緩和を与える……ということなのだろうけど。

「へたくそ」

そもそも、盗賊と俺は繋がっていないし、ノーリッジとの会話の中で何も聞き出せなかったと俺の聴こえる場所で話してしまっている。仮に本当に俺と盗賊が手を組んでいたとしても誰がそれに引っかかるのか不思議だ。それに免罪符を立てに交渉するなら相手に同情するなりして、緊張の緩和をしてから始めるべきだ。それをいきなり怒鳴り、最後まで大声で脅していたら話したくとも話せない。それもこれも、よく言えば嘘が吐けない、悪く言えば不器用なローヤルの性格なのだろう。

例えうまいやり方をローヤルができたとしても、二時間ドラマのサスペンス好きな母親がいる俺に、そんな子供だましが効くわけがない。仮にひっ掛かるとしたら馬鹿か間抜けのどちらかだ。

「貴様っ……」

「へ た く そ」

だから暴力がない事知った俺はローヤルを挑発した。どうせ俺が何を言っても聞き入れないと知ってしまったなら、相手に叫ぶだけ叫ばせて疲れさせれば早く終わると考えたからだ。

「いい度胸だ」

浅はかな考えに引っかかり、それからローヤルの激しい尋問が始まる。


そして――俺は数時間後に後悔した。


「いずれここを出されれば貴様は我が国の法で裁かれる! ならば今のうちに吐いておくことが身のためだっ! ここまで引き伸ばした貴様に免罪はもうないっ。であれば、せめて苦痛を味合わず首を斬られ為に吐けっ!」

そんなやり取りを数時間。誤算があるとすれば、ローヤルの体力が今の俺と同様底なしだったってことだ。

幾度となく繰り返される「吐けっ!」と唾を掛けながら叫ばれた事か。別な意味で心が折れそうで、ローヤルを尊敬すらしてしまう。

しかし、元の世界でならまだしも、この世界で失うものが無い俺には絶対的に折れない心がある。なにより、法律が厳しいという【ナレッジラウ】へ入る時の為に俺は自分が盗賊の仲間だと間違っても認めるわけにはいかない。きっと【ナレッジラウ】は犯罪者を入国させない。

それがある限り、俺がローヤルに言ってやれることは一つ。

「俺が知ってるわけないだろ、間抜け」

疲れ切って久しぶりに出た弱弱しい俺の虚勢に、ローヤルは腹も立てず宣告する。

「そうか、なら続けよう。盗賊と違って、貴様には時間を使ってやる!」

騎士っぽいのに、案外へたくそって言われたことを根に持っていた。

「……好きにしろ」

徹夜を覚悟したその時、救いが光りの球になってやってきた。

「お話し中悪いっすけど、そろそろいいっすか?」

吹き抜けになった天井から漏れる月明かりだけでは足らなくなった地下にあるゴミ収集所を照らすため、少年のような少女がライトを持ってやってきた。

「なんだっ、まだ終わっていないぞ!」

「まだ終わらなかったっすか? でも、ここはもう閉めるっすから出て行ってほしいっす」

悪気はないのだろうが、痛いところを衝かれたローヤルは顔をしかめる。だがこの数時間一緒にいた所為で分かってしまう。ローヤルが諦めるはずが無い。

「ならば閉めてもらってもいい。しかし、私は続ける!」

まだ続くのかと幾度と吐かれる溜息を吐こうと呼吸をしたところで、少年のような少女は一言。

「ダメっす」

簡単に言ってのけた。

俺は溜息を吐くのも忘れて行く末に興味が湧いている。

「なっ」

当然驚きながらもローヤルがその理由を尋ねると、

「ここの仕事は時間が決められているっす。前にも言ったと思うんすけど、それに歯向かうならマザーに話を通してほしいっす」

「まて、我々はここに本を取り返しに来たんだ! それをマザーは――」

「違うッすよ。ここにお金を払って来たのならその人たちはお客様っす。だから、僕達はお客様が寛げる空間を与えるのが仕事、そしてそれを与えられるのがお客様っす。だから、その掟を破ることはこの国ではできないっすよ。あんた達にマザーが与えたのは、ホタルと盗賊を尋問するだけ、それ以外はくつろいでもらうッす」

「ふざけるなっ! この国の名は【自由な国】だろ! 我々を客と呼ぶならば、その客の自由にさせろっ! ただでさえ我々はこの国の規則に従って――」

「あー、よくいるんすよね。っていうか、ほとんどのお客様が勘違いされているっすけど、ここはマザーが自由にしている国っす。だから、マザーが認めたこと以外はぜーんぶ拒否するっす」

「なっ、バカな!?」

「嘘だと思うならマザーに訊いてほしいっすね。ちなみにもう一人のお客様はだいぶ前に帰ったッすよ」

そう言われたローヤルは慌てて俺の牢屋を出ると、反対側の牢屋へ駆け出していく。

「何だ、またか?」

ところが尋問していると思っていた人物はすでにゴミ収集所を去り、牢屋には女盗賊の声しか聞こえない。確かに、俺とは興味のある会話で長引いたが、盗賊相手に話すことが多くもなかったのだろう。それに加えて、ゴミ収集所の閉館時間を知っていれば残る理由はないと言えた。

その事実にローヤルはプルプルと震えると鉄格子を拳で叩きつける。

「分かったら出て行ってほしいっすね。お連れの方々はすでに宿屋の方で宴会でも始めているんじゃないっすか?」

少年のような少女が楽しい安らぎの地へ誘うためにそう言ったのだろうが、ローヤルが返事も頷くこともしない。だが、この国の主がマザーであるのと同時、規則を重んじる【ナレッジラウ】の人間であるローヤルは他国で規則を破ることもできない。

だからローヤルは尋ねることしかできないようだった。

「明日ならば尋問はできるんだろうな」

「それは構わないっすよ。ここは朝早くに開くっすから、それからなら大丈夫っす」

「そうか、理解した。今日はここまでだが、明日は一日をお前に使ってやる」

ほとんど八つ当たりだろうと俺は思う。だから返事も返さず明日に備えて横になろうとした。

だが、マザーの自由はそこで終わらない。

「なにしてるっすか?」

「は?」

「ホタルは昼間働かない分、夜働けだそうっすよ。早く出てほしいっす」

「「な、何っ!?」」

初めてローヤルと心から同じ気持ちなった気がした。

「牢屋から出す……だと」

呆然と呟くローヤルを放っておいて、俺は行動の自由を尋ねた。

「従業員は休むの自由だろ」

「休んじゃダメっすよ、休憩は自由っすけど」

だが、俺の知らないルールがそこにある。

「うそ……」

「知らなかったっすか? ここでは従業員が休憩するのにもお金が掛かるっす。それは給料から天引きされてるッすよ。ちなみに今日からホタルは休憩ナシって通告がマザーから出てるッす。さすが、数日間働き通しでも倒れないメイクスっすね、尊敬するッすよ」

言葉が無くなった俺は、どのみち従う選択肢しかないことに牢屋を出た。そして、横に並んだローヤルと視線が絡むと仲間に思えてきた。

「同情していいか?」

「くっ、貴様にだけはされたくない!」

だろうな、と思いながら少年のような少女の後を追いかける途中、同僚たちの笑みを思い出した。あれは俺がいなくなることで自分達の仕事が増える事を期待していた笑みだと思っていた。だが違う、あいつらはこうなることを知っていたんだ。

「おい、俺は、俺も働いてやってもいいんだ! 一緒に出せっ!」

後で一人残される女盗賊が叫ぶ声を聞きながら、ここから働く時間帯の仕事を全て、俺を騙した奴らかと奪い取ってやろうと決意していたのだった。

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