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負け犬の幸運

負け犬の幸運


ノーシは現実世界には見かけないビー玉のような使い捨て電話を地面にたたきつけた。電話は粉々になり次第に花の種へと変わる。機能は通話のただ一つで、コストが掛からないことでノーシは気に入っていた。

「くそー、負けた」

口ではそういうもののノーシは負けた事よりも、予定よりはるかに少なくなった収益の方に頭は回る。それも【ナレッジラウ】という国がある島に滞在し続ければするほど収益は減っていく。だからなんとしても早く目的を達成する必要があった。

「うーん」

ところがその方法は現時点で思いついていない。そうなると自然とマザーなんかとの約束を反故にすることが頭に浮かんだ。

「だめだだめだだめだ」

しかし、その選択は選べない。

もし、そんな事をしてしまえばマザーの性格を考えても電話で言われた事を必ず実行してくる。マザーは仕事をする従業員には寛容的な対応にでる事もあるが、従業員でもない、ましてや宿屋の損失に繋がる可能性に甘さなんてものは持ち合わせてはいない。ましてや人売りの仕事をする人間はノーシ以外にもいるのだ。

「仕事も今まで築き上げてきた信頼を壊すのは避けないと」

例え逃げても仕事を失う代償は避けられないなら、結局やることは一つ。

「あー、う~ん」

しかし、要塞のように壁に囲まれた【ナレッジラウ】という国も容易くはない。

【ナレッジラウ】という国は法律を重視し、自国で生まれた者以外の侵入を拒む節がある。それは【ナレッジラウ】が世界で有力な軍事国家であり、同時に歴史が書かれた【本】を大量に所持しているからだった。

過去とはすなわち、『失敗』と『成功』の繰り返し。それを後世に伝え、より良い世の中にするために先人達が【本】として残している。しかし、逆にそれを悪用することもできるからこそ管理が必要だった。それを法律で管理し、【本】を護れるだけの軍事力がある【ナレッジラウ】が役目を負っていた。

当然、他国からの反発は避けられるわけがなかったが、元々軍事力があっても世界の領土を攻めたりしない国、【本】がなくとも世界を制圧できる力を使わない国が反発など聞き入れる理由が無い。

しかし、それが国同士の喧嘩の火種になるなら、と昔に作られた条約が唯一【ナレッジラウ】へと入るための手段となった。

それが蛍を苦しめている金という存在であると同時、

「絶対に元は取る!」

そしてノーシが入るのを躊躇う理由でもあった。

目先の金だけで言えば、二十五万Яで済む。しかし、その金は国の収益には一切使われず、入国する者を調べつくす為に使われる金であり、入国するまで時間が掛かる。すると、世界を坦々と移動しているノーシには滞在費が自然と掛かり、負担は増すのだ。

「うわああああああああああああああああ、どうしろってのよっ!」

金が掛かるのも嫌、仕事を失うのも嫌、そうなるとノーシは唸るしかなかった。

そんな【ナレッジラウ】の門の傍で転がり苦悩を表現している姿を白い目で見ていた門番の顔が急に険しくなった。

その雰囲気を悟る前に、

「貴様門から離れろ!」

「ちょ、ちょっとなんなのよ!」

ノーシは門番に掴まれ、一定の距離まで連れて行かれた。

「貴様に教える必要はない!」

はっきりと断言され、金が掛かっていないならノーシは簡単に火が付いた。そして、門番に食って掛かろうとするや、大げさと言えるほど頑強な門が開いていく。

知っている情報でも珍しい光景に、思わずその光景を食い入るノーシは怒りも忘れ傍観を決め込んでいると、中からさらに珍しい光景が飛び込んできた。

「えっ!? ローヤルっ!」

表舞台で活躍し、世界でも有名な最強(力)で頑固者の守備隊長が、完璧な武装で港の方向へと歩いていく。

その途中ノーシを見つけたローヤルは、

「ん? 人売りか、ここに来るだけ無駄だ。さっさと立ち去れ」

「何事なのよ?」

聴き返しても返事は返ってこない。

そのまま無視するように、

「門番、帰って来るまで運び屋以外、国の中へ入れるな」

「はっ!」

門番に言伝を伝えると再び歩き出した。

「むっかーっ!」

居なくなってしまったローヤルの代わりに門番に文句を言ってやろうとすると、今度は優しい雰囲気の老人が出てきた。

「これは申し訳ありません。あの子も悪気はないんですよ。どうか許してあげてください」

ローヤルの失礼な態度とは逆に、温和で人の気分を害さないよう謝罪を述べてくる。

その人物もノーシは知っていた。

「確かアバン・ノーリッジ」

【ナレッジラウ】を影で支えている知識(力)の持ち主。

ノーリッジはにっこりとほほ笑むと、そのままローヤルを追うようにいなくなった。

ローヤルとノーリッジという柱を支える二人が国の外へ出ていく異常な光景に、ノーシは思わずそびえ立つ壁を見上げ口から零してしまう。

「手薄じゃない」

「なっ!?」

それに反応したのはノーシが国の中へと侵入するのを見張っていた門番だった。みるみる顔を赤くし、わなわなと怒りで震えている。

「あ、そういう意味じゃないのよ」

面倒くさい事になりそうだとフォローを入れるノーシだったが、そういう意味とはどういう意味なのか、言わなければ気が済まないようで、次の瞬間には門番の口は開いていた。

「御二方がいなくとも我が国、【ナレッジラウ】は不落である! 誰か来ようとも、私を含めこの国の者達は誰にも負けぬ! そして私は誰の侵入もさせぬのだ!」

「(あー、やっぱり面倒くさいことになった……)」

ノーシは続けられる門番の愛国心を受け流しながら、事実を認める。

「(こいつの言うとおり、あの二人がいなくなったからと言って、どうこうできるわけじゃないのよね)」

珍しい光景を見ただけで何も変化しない事に、問題は振り出しへ戻ろうとしていた。それを嘲笑うかのように、島の影から軍艦のような船が一隻ローヤルとノーリッジを乗せ、出港していく。

その光景を眺めている途中、小さな点が近づいてくる。

「ん?」

それが徐々に近づいて来てようやく貨物船の一隻が大波に舵を取られていたことを知る。すると、歯車が揃うようにノーシは口を吊り上げ問題への解決策を思いついた。

門番の手を振りほどき、余計な問題を残さないように言い捨てる。

「帰るわ」

話の途中にムっとした門番だったが、門番も仕事に戻る必要があり、ローヤルの発言を考えれば素直に受け入れた。

それからローヤルとノーリッジが通った道を使い、ノーシは岩場の下の方で休んでいたビューイを呼び、跨ると海へと跳ぶ。

「あらら?」

ところが、海へと入ってからあまりに速度が遅い。ノーシが体を傾けビューイの様子を窺うと、ビューイは疲れた表情で荒い呼吸をしていた。

「そうよね、昨日の今日だもんね」

宿屋のある島から数日を掛けての渡航、動物の体力と言っても限界はある。しばらく休ませた方がいいかと思いながらノーシはポンと手を叩いた。

「私も暫く休養取ってないし、この件が終わったら休暇にしましょう」

ビューイも聞いていたが、納得はしてないようで速度は緩いまま。しかし、金は稼いでもケチではないノーシの提案には続きがある。

「んでもって、宿屋で豪遊しましょう!」

それは動物でさえ金を払えばお客様になる安らぎの空間。ノーシの提案を飲むように、唸り声を上げたビューイは休み前の最後の仕事を終らせる為速度をグングン上げる。

軍艦はすでに姿さえ見えないほど離れ、追いかけるのは不可能。

代わりに、

「おや、人売りさんかい?」

「そうよ」

「そうかい、こっちはようやく許可が下りてね。これからあの国へ行くんだ」

【ナレッジラウ】へ向かう一隻の貨物船。

「そうなの」

ノーシとビューイは怪しくニヤッと笑う。

「あ、そうだ良い事教えてあげる」

「なんだい?」

「実はね――」

そして、時間も金も掛けずノーシは仕事を終らせたのだった。

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