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助けると言うこと

助けると言うこと


あの日からホタルの声を聴くことは無くなった。

何を聴いても、返事も、反応もなく誰とも接しない。そんな日々が続くにつれ教育係と任命されたメイは深く反省し、無力さを痛感しながら助けを請いに来た。

その人物はパイプをふかし、興味無さそうに言い放つ。

「総額五二五〇Я。ホタルが稼いだ金額だよ」

「あの、マザーどういう意味が?」

「だからだね、私が言えるのはホタルが役に立たないってことさ。普通の奴ならすでに慣れてこの数字の何倍も稼いでいるよ」

また煙が吐き出された。

「そ、そういうのではなく――」

「違わないね。だいたいそんな暇あるならメイ、あんたもさっさと職場に戻って働きな。ここでは働かない奴なんていらないんだ。そういった意味じゃホタルは少なからず働いているじゃないかい? あんたが心配することじゃないよ」

それが当然、それが宿屋の規則、それが経営者としてのマザーの意見、それすなわち絶対的な効力を持つ言葉。

しかし、そんな利己的な意見にメイの声が大きくなって叫ばれた。

「私はっ、マザーに教育者となれと言われました! だから、私はホタルさんの面倒を見る必要があるんです!」

珍しく声を荒げるメイの意見にマザーは鼻から煙を出しながら笑った。

「はっ、舐めたことを言うじゃないかい。確かに、私がメイあんたを指名した。だけどね、それはホタルに引っ付いて一緒に仕事をしろって意味じゃないよ! そんなこと分かっているはずだ! ここは生きる為に働く奴が来る場所っ、誰かの手を借りて仕事をする奴なんていないんだよ! 教育係の仕事は、仕事の場所を教える、仕事の為に必要な道具を渡す、ここのルールを教える、たったこれだけのことだ! その後はそいつがどうなろうと心配している場合じゃないんだよっ!」

恫喝にメイはぐうの音も出なかった。全てマザーが言ったことが正しい。メイがここに来た時も、他の誰もが仕事にありついた時も、手取り足取りなんて時間をとられることはしない。仕事をしたくないならこの国から出ていく、仕事をしたいならする。たったそれだけのことだった。

それを理解している、それなのにメイは引かない。

「……でも、私はホタルさんを助けたい」

いつになくムキな態度にマザーはパイプの灰を落としメイを指す。

「それはホタルを好きになったからかい。それともホタルがメイクスだから同情したからかい」

すでに意味を持たない質問にメイの瞳は力強いものになる。

「両方とも違います」

「なら、なぜだい?」

「私は助けられる人がいるなら助けたい」

芯が強い言葉だった。

ホタルがメイクスとして希少な存在なら、メイもまたお節介と言う部分では希少だろう。この国で珍しいものを見たマザーは豪快に口を開いて笑う。

「なら、メイお前さんに無理難題を与えてやる」

メイは一瞬期待して目を輝かせた。しかし、次のマザーの言葉によって輝きは色褪せる。

「お前さんの給料をホタルに渡せばいい。ホタルはある本を読むために【ナレッジラウ】へ行く資金を稼ごうとしているんだ。そうすれば問題は解決だろう。稼いだ金はそいつのもんだ、どう使おうと口は出さないよ」

この国は無法者が多く存在する。それはマザーがどんな大犯罪者だろうと、どこの国のものだろうと、受け入れて仕事を与えるに他ならない。そしてその者たちはこの国を出てしまえば行く当てがなくなる。だからこそ、生きる為にこの国に残り、金を稼ぐために働くのだ。

そして、ある国に【死の国】と呼ばれる島がある。食べ物は実らず、断崖絶壁に囲まれ海に出ることもできない。脱出に死を覚悟し、生活を送ろうにも死を覚悟する。そんな大半が死ぬ中で、奇跡的に生き延びた人間たちも確かにいた。

生き延びた者たちは先祖が犯罪を犯し、その所為で送られてきた事を知っていても、命を繋ぐことで自分たちが生きた証を残し続けた。

そんな月日の中で僅かな希望が生まれることになる。

その希望となる命を産み落とした一人の女性は、数年の月日を掛け産み落とされた子を育てた。そして、ある日その女性は絶望の末決断をする。同じ苦しみを味あわせるぐらいなら、娘に死か、幸運の生を与える決断。

その子こそメイだった。

断崖絶壁の崖から放りだされたメイは、奇跡の生を与えられた末マザーが営む国へと辿り着く。働けば生き残れる、その国は天国、そして、【死の国】に食料を届ける希望となる。

だから、死から逃がしてくれた母を、生きているあの島の人間を助ける為に働かせてくれるこの国で金を稼ぎ、そのほとんどをその為にメイは使っている。その金をホタルに与えるということは、【死の国】にいる者たちを死へと追いやることになってしまう。

「それは……」

メイは何も言い返せなかった。金を稼ぐのは大変だ。しかし、金を稼ぐことができることは幸せの事なのだ。

「分かったら仕事に戻りな」

この国でも誰かを助ける事は選択肢に含まれない。それは自由意志で暮らすため、人の手を借りては弱くなるからだ。【死の国】とは形こそ違うが、それぞれが皆生きる為に必死で働いている。

「……はい。…………失礼しました」

理解し、改めて無力を感じ、消失した面持ちでメイはマザーの部屋を退出していった。


買い手と売り手


メイが退出していくのを後に、マザーはパイプの灰を皿へと捨てた。

「まったく、あんな性格だから、いつまでも〈見習い〉なんてやってるんだよ」

呆れながら従業員の影響に受話器へと手が伸びた。ダイヤルを回し、数回の呼び出し音の後、そいつは出た。

『はいはいはーい! ちょっと、うるさいわね、いいから姫様に話通しなさいよっ。はぁ? 入国したらとんでもない額請求するじゃないの! ごめんなさーい、こちら人身売り手のノーシだけど、今取り込んでるから掛け直したいんだけど!』

受話器越しから固っ苦しい口調の第三者の声が聴こえ、電話を切られそうになるが。やり手で買い手のマザーが相手の土俵に立つなどない。

「待ちな、今切ったら倍の額で返品を要求するよ!」

『ちょちょ、ちょっと待って! うっさいわね、また来るわよっ』

金と返品の二言でノーシは第三者から距離を取って静かな場所まで移動すると、改めて商売人として挨拶をする。

『はいはい、人身販売のノーシでーす。ご要望の人間やらペットにしたい希少動物まで、手に入り次第お伺いいたしまーす』

「面倒だね、宿屋のマザーだよ」

『って、なんだマザーか、返品ってどういうこと、それに倍なんて額私は出さないわよ』

金に関してはきちんと聞き取っている当たりマザーに負けじとガメツイ性格をしている。

「なってないねぇ、それが客に対しての口の聞き方かい」

そんなノーシに呆れながら本題へと戻った。

『で、どういう事?』

「ホタルだけどねぇ、使い物にならない挙句、うちの従業員に悪い影響を与えてるんだよ」

『それで返品? マザーともあろう者が、誰でも受け入れる国で追い出そうっての? だいたいマザーの要望は働く人材なら誰でもいいってことだったじゃない』

「早とちりするんじゃないよ。さっきのは電話を切らせない為に言っただけさ。こっちが訊きたいのはあんたが今何をしているかってことだよ」

マザーは初めから手に入れた従業員を手放したりはしない。使えないなら使える状態にすればいいだけの事、元出は後になってついてくると考えている。

すると、しばしの沈黙が電話越しに流れた。

「推測するに、お前さんは【ナレッジラウ】にいるね」

『い、いないわよ』

それだけで疑惑は確信に変わった。マザーは相手に見えないことを良い事に、にやりと笑うと追撃を加える。

「確か【ナレッジラウ】の姫君はメイクスの存在に興味があるって話じゃないかい」

『ギクッ』

「となるとなんだ。お前さんは姫様と話しの折り合いが付けば、ホタルを引き戻そうとしたんじゃないかい?」

ノーシの考えそうな事はお見通しだった。

元々信用は高い仕事をするノーシが値段の交渉の為だけにホタルをメイクスに仕立てるとマザーも思っていない。だからといって、相手の思うままにホタルを買いとるほど落ちぶれてもいない。そして、その証拠を失ったノーシが金になるホタル(メイクス)を簡単に諦めるとも考えていなかった。

『そ、そんなこと……』

「人に売っといてそんなバカな話はないだろ」

だから、マザーはそれを逆手に、起きている問題解決に利用しようと思いついたのだ。

『だから、それはかんちが――』

「アタシを舐めるんじゃないよ! この事実を他の国にまで広げてやろうかい?」

ドスの聞いた声に今後の商売の行く末が危ぶまれたノーシは、すぐに方向転換をする。ノーシの仕事は信用が第一、それが失われればマザーの手によって職を失い、挙句にマザーの下で働かなくてはならなくなる。それは願い下げだった。

『わーっかったわよ! それで何が目的。わざわざその事だけの為に私に連絡なんてしてこないでしょ!』

勝利の一服とマザーは新しくパイプに火をつけた。

「簡単なことさ、ホタルは今希望を失って働くことに身が入ってない。だったら新しい希望を与えてやればいい」

『ちょ、ちょっとそれって!』

「【ナレッジラウ】にいるなら都合はいいだろ? そのまま姫君に話を付けな。でもって、この国に来させるんだ」

それを餌にホタルを働かせる。そうすればメイも元通り、最初よりは稼ぎが出てきたホタルなら補完もできる。まさに一石二鳥だった。

『無理に決まってるじゃない!』

「うちで働くかい?」

『ぐっ。で、でもさっき電話で聴こえてた通りうまくいくか保証がない』

「でもお前さんは、時間が掛かっても話が付いた時それを補うだけの要求を吹っかけるつもりだったんだろ。やれないことはない、違うかい?」

『このっ、ババァ』

電話越しに歯を噛みしめるノーシの姿が想像できる。マザーはノーシの暴言など口と鼻から煙に変えて吐き出す。だが追い詰めただけでは人間やる気を出すとは限らない。ここでノーシが暴挙にでて、職を捨てれば済むと言う問題でもなかった。

職を失ったノーシが意地でもこの国へは来なかった場合、誰も得をしない。そこまで把握しているマザーは餌をもう一つチラつかせる。

「そうだね、私だって鬼じゃないさ。成功した場合、ホタルの買値の倍、報酬として払おうじゃないか」

損は出ない。ノーシが吹っかけようとした金額をさらに上乗せして、【ナレッジラウ】の姫に請求すれば、補完プラスαの収益が生まれる。

「お互いに損はないはずだよ」

『予定より少なくなるけど、まぁいいわ。お得意様だしその話飲んだ』

もちろんノーシもマザーの考えは読み取っている。だが、自分の立場を考えたら飲むしかなかった。

「それじゃあ、任せたよ」

『あ、滞在費もオマケして―――』

そこで受話器は置かれた。

マザーは重い腰を上げ、事務作業から抜ける。

もう一呼吸パイプの煙を吸い込み、久しぶりに従業員が働いている宿屋へと顔を出しに行こうとした時だった。

窓の下、宿屋の裏口にあたるその場所に、業務とは関係ない船が一隻止まっている。不穏な空気に受話器を取り今度は従業員へと掛ける。

「アタシだよ。裏手に船舶が止まっているんだよ。今すぐ調べな」

ホタルへ与えるエサはしばしのお預け、この国に客として金を落とさない存在が入り込んだなら、そいつは金のなる木だ。

宿屋への宿泊費用と船での移動費用は別なのだから。

「絞れるだけ搾り取ってやるよ。それができないなら従業員無料(ただ)で一人追加だね」

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