八月五日、『帰宅と捜査』
八月五日、『帰宅と捜査』
杉原家は予定を繰り上げ元の町へと戻って来た。
理由は蛍がいなくなった情報が、太陽の携帯にメールとして友人から送られてきたからだ。当然、家族ぐるみの付き合いをしていた太陽の父、母、妹に伝えると行動は早い。すぐに荷支度をして休みなく車を走らせた。
着いてからそれが冗談でないことはすぐに分かる。蛍の家の前からパトカーが走り去り、蛍の母親を見つけた時には数日の間に見違えるほど痩せ、どれほど心配していたのかが窺えたからだ。だからこそ、太陽の母親が蛍の母親を見つけると、怒り出した。なぜすぐに連絡を入れなかったのか、どうして頼らなかったのかと。その簡単な行為が無い事に寂しく、心配したのだろう、太陽は自分の母親の泣く姿を生まれて初めて見た。
それと同時、太陽は蛍の母親がなぜ連絡してこなかったのかも分かってしまった。きっと太陽たちに心配させたくなかった、それに蛍が母親を一人残して言伝もなくそんな行動をしないと信じていたからだ。それは太陽も同じで、すぐに気付いた。
だからこそ不思議に思う。
「(どこ行ったんだよ、蛍)」
火村家の子供は蛍だけだ。父親は単身赴任で家にいることはおろか、帰ってくることさえ少ない。だから蛍は口にしないが、家に居る事を好んでいる節がある。そんなこと親友以上の付き合いをしてきた太陽には分かっていた。
「(何かに巻き込まれたのか?)」
太陽は蛍と別れた時を思い出しても失踪するような素振りも、気配も微塵もなかった。それにメールでやりとりをする約束をして、その日は湖に遊びに行っている。そんな蛍の中で失踪しなければいけない感情になるとはとてもじゃないが思えなかった。
不思議と冗談でもなくドラマで起きるような複雑な関係を考えてみる。だが、分かるはずもない。友人から連絡があったのは昨日の事、しかし蛍の母親の様子を考えるともっと前に蛍はいなくなっている。
「わかんねぇよ」
警察が動いている時点で素人の太陽ができることは少ない。蛍の部屋に上がり込んで、親友だからこそ気付けるようなヒントを探してみても、そんなものは残されていなかった。
太陽は蛍のベッドに腰掛け寝っころがって天井を眺めた。
蛍の母親に何時いなくなったのか聞けば少しは探す方法ぐらいは思い浮かぶ。その日誰かと会っていなかったか、どこかで見かけなかったか、学校中の人間に訊けば少しぐらいと情報があると思った。だが、それを警察がしてないはずが無いし、なによりあの状態の蛍の母親に尋ねる事はできそうにない。
「はぁ」
溜息を吐きながら、明日には店を手伝わなければいけない。蛍の母親があの状態では太陽の母親が放っておくわけがないからだ。そうなると自然に一日を手伝いで時間を浪費する。
何もできないとしてもアニメの主人公のように足掻きたいと太陽は願う。だが、現実はあまりに無力。オタクと呼ばれる太陽は、オタクだからこそ現実を受け入れている。
「はぁ」
徐に何度も繰り返し蛍に電話した携帯を取り出す。そして、同じことを繰り返してみても、聴こえるのは電波が届かないか、電源が入っていないかのどちらか。
「使えねぇ、なっ」
携帯をベッドへ放り投げ現実が現実であることに不満を抱いていると、蛍の部屋の扉が開いた。
「ご飯にするって」
太陽の妹である月があまりに普通の行動をしてくるので、太陽は思わず頭だけ上げ訝しんだ表情で見てしまった。だが、月だって蛍の事を心配しているはずだ。それだけは冷静に考え、すぐにその目は止めたつもりだったのだが、それは月に伝わる。
「ホタママがあれだから、すぐにご飯食べさせる」
だよな、とだけ返し太陽はまた布団に頭を落とした。その行動に太陽と同様、何もできないと理解しているから、蛍と蛍の母親を心配しているからこそ月はイラついた。
「さっさと来てくんない?」
八つ当たりだとお互いに分かっている。だから兄妹喧嘩にはならない。そして引くべきは兄である太陽だった。
「悪い悪い、今行くよ~」
いつも通りの能天気な言い草、太陽はそのつもりで言い放った。しかし、その声にはいつもの明るさは薄れている。そして一緒に暮らしている兄妹だから気付くことに月はむかついた。
「それと、店番私も出るから空いてる時間は好きにしていいって」
ぶっきら棒で、まるで父親に伝える様に言われた言い方だった。だが、よくある思春期最中の月が父親の言う事を聴いて店番に出たことなどない。それは兄を想っての気遣いか、蛍の為の気遣いか分からないまでも太陽は感激した。
「マイシスターッ!」
そして太陽自身が感激を壊す。
月が一番嫌いな家族は間違いなく兄である太陽だ。オタクと言うだけで嫌い、言動が気持ち悪いからむかつく。唯一の救いが人前ではオタクであるということを程度良く隠すことだ。しかし、家族の前だとお構いなし、だから極力話しすらしたくなかった。
それを、非常事態に空気を読んで判断した月は自分を憎らしく思う。だから、罵倒は反射的に出た。
「キモッ、ウザッ、マジで死ね」
おそらく心の底から言葉にしている、と太陽は傷ついた。
月は一緒に育った蛍には普通に会話をしている。しかし、実の兄である太陽はここ最近会話をしていない。法事の移動車の中はもちろん親戚の家でも、だからそしてさっきの会話が久しぶりだった。寂しいと思う感情を抱きつつ、力いっぱい閉められた扉の音を最後に太陽は呟く。
「実の妹って嫌」
そう呟きながら真面目な表情になって、明日からの予定が埋まった。