あまりに突然の終結
あまりに突然の終結
【自由な国】の争いは意外にも静かに観覧状態になっていた。
その舞台に上がっているのは守備隊長ローヤルと、元副隊長アグリの二人だ。
この状況ができるには少し時間が遡る――。
雄叫びが木霊し決戦の狼煙があがると、早々に人の数倍は大きい体のマザーが鼓膜を破らんとする大声で提案をした。
それは、
「余計な争いは、けが人を増やすだけだ! アグリって言ったね、お前さんはこの世界を掌握したいんだろ? だったら、無駄な死人は出す必要がないね」
「ほほう、聡明なマザーらしい。それでどういった提案を?」
「こっちは武器も持たない、しがない従業員ばかりだ。争い事はお前さんらの土俵だろう。だったら、代表が一人戦い、勝った方の言うことを聞けばいい」
つまり、【自由な国】と【ナレッジラウ】対【ナレッジラウ反逆者】でたった一人決闘をさせこの戦争を終わらせるというものだ。
「いいだろう」
そのマザーの提案をアグリが飲んだことで静寂に包まれる戦争が出来上がった。
しかし、お互いに代表選抜と準備を整える為に距離を取っている間に、小さなイザコザが起きる。
「何を考えている?」
提案が飲まれた以上舞台に上がるのは最強と呼ばれているローヤルが妥当であり、誰もがそう考えている。もちろんマザーもそのつもりだ。
だが、自然とそうなるにしろ問題が無いわけじゃない。それはローヤルがノーリッジに斬りかかった際、ローヤルの片腕は負傷してしまっているのだ。それに人数だけで言えば、マザー側と姫側の人数の方が圧倒的に多い。
戦うことに異論はなくとも、わざわざ不利な状況に持ち込んだマザーにローヤルは疑問を唱えた。
「根本的な問題さ、あいつはこの世界を掌握したがっている。だがそれはノーリッジがいないとできない事だろう」
「だからなんなんだ?」
「お前さんは本当に戦い以外の事は無頓着だね」
そこに、事情を把握し、母国の人間が起こした騒ぎに暗い影を落としていたムイがローヤルの説得と説明に加わる。
「ノーリッジは世界を手に入れたいとは考えてないと思う」
「どういうことですか?」
「たぶん……、ノーリッジはメイクスの世界に行こうとしていると思うの」
「まさかっ……、マザーもその事を考えていたのか?」
「知るわけないだろ。だけどね、ノーリッジと言えば母国愛の塊だと昔から有名、そんな奴が自分の国を捨ててまで反逆するなら、それなりの理由があるとは思うね」
「しかし、それでは説明にはならない」
「気づかないのかい。本当にアグリなんて子悪党と手を組んで世界を手に入れたかったら、奴もメイクスの姿にさせる」
そこでようやくローヤルはノーリッジ自身がこの世界から消えていなくなっても、アグリの自由にはさせないための方法を取っている事に気が付く。
「しかし、母国に忠誠を誓ったのならば、姫様、そして我が国を危険に曝すなど許されるはずが無い!」
怒りに震えるローヤルにマザーが呆れた面持ちで諭した。
「あくまでそれは推測には変わりないよ。アグリをメイクスにしないのは、すでに方法を失っている可能性もある。それにメイクスの世界に行く方法も見つけているとは限らない。その証拠にノーリッジはホタルを捕まえに行っているしね」
「なっ、それでノーリッジはこの場から去ったのか!?」
「……気づいてなかったのかい」
会話が聞こえていたメイ、ホムラ、サン、その他の従業員は冷めたような視線と、可哀想な視線を投げかける。
「ごめんなさい、ローヤルは戦いでは頭も切れるし強いんだけど、それ以外はダメなの」
「ひ、姫様っ」
ガーン、とムイに言われたことがショックだったらしく、落ち込んだ。
「どっちにしろだね、お前さんが勝って最低限可能性を残すんだよ」
片腕が負傷していたとしても、この場にいる従業員、ローヤルの部下達よりもローヤルの方が腕は立つ。
しかし、ならばとローヤルは人の数倍は大きいマザーを見た。
「なんでアタシがそんな事をしなきゃいけないんだい。お前さんらの国が持ってきた問題だろ、そこまで関与しないよ」
「む、しかし、この国で起きた事ならば――」
「この国で起きた事にはと言ったんだ。持ち込んだことまで知るかい。だいたい今客はお前さん達だけだ、損害は起きないだろ」
このやろっ、と言い返したいローヤルだったが何を言ったところで無駄だと言い返すことを諦める。
だが、ムイが純粋な疑問を覚えたようでマザーに尋ねた。
「でもホタル様がいたから、ノーリッジはきたんじゃないの?」
あーあ、と従業員達が思うと、ローヤルはやっぱり怒り出した。
「関与しているではないか!」
「それはホタル個人の問題だよ。もし、ノーリッジがメイクスの世界へ行く方法を知っているのならば、ホタルはそのまま元の世界へと帰ることができる。それを見逃すならばこの国の問題ではなくなるからね」
「屁理屈を……」
文句を言われてもそれ以上は何もしてやらない。そんなことよりも、その事実を明かしてから表情を暗くした従業員に喝を入れる。
「お前たちっ、落ち込んでいる場合じゃないよ! この国の未来が掛かってるんだ!」
ホタルはホタルの道を、それを願うならば自分たちがすべきことが自ずと見える。
「おっしゃーっ、仕方ない皆でローヤルの応援するぞ!」
サンが先頭に立って盛り上げる。
「応援ってのが間抜けだけど、仕方ないわね」
馬鹿らしそうに、けど、この国のやり方が好きでホムラが煽る。
「そうね、仕方ないわ」
「ああ、仕方ない」
「おおう、おれらぁもすかたねぇけるれどおうえんするどん」
「って、お前またボイラー室に長時間したな、ばかやろう」
「ったく、仕方ねぇ奴だな」
そして、どんな形であれ、この国の従業員はお祭りが大好きだ。
「貴様らっ、仕方ないからだと……」
「ははは、面白い人たちだねローヤル」
「はっ、しかし、あれは間抜けというのです姫様」
文句を言いながらも。
「不甲斐ないと思いながらも我々はローヤル隊長を全力で応戦させていただきます!」
「「「「「「「「「「はっ、我々はローヤル隊長と共に!」」」」」」」」」」
期待を背負ったローヤルの背中は強く輝く。
「ふんっ、応援などされなくとも勝つのは私だ!」
事実上の最終決戦に各々が燃えたぎる。
その横で、
「優しいんですね、マザー」
メイがマザーに話しかける。
「何言ってるんだい?」
「だって、ホタルさんが帰る事を素直に見送るなんて」
「バカ言ってんじゃないよ。ホタルは最初からそういう契約さ。それにあいつには随分と稼いでもらったからね」
「あはは、そうですね」
マザーの優しさを感じながらメイが皆の輪へ混ざろうとすると、
「メイ、お前さんもホタルを見習いな」
「……はい」
言われ、メイは自分の母親を想い、静かに返事を返した。
そして――時間はその時を迎える。
お互いが輪を作る様に広がったことでリングを形成した。だが、お互いに信用はない。円は味方とは繋がり、敵とする者の間に隙間を作る。
「合図はアタシが出そうかい?」
「いいだろう」
「異論はない」
マザーは加えていたパイプを宙に放る。
パイプが地面に着いた瞬間、命運を分ける戦いが始まった。
幾度となく剣がこすれ合い火花が散る。
優勢はアグリの方だった。
「はっはっは、それが最強の力かっ!」
筋肉質のアグリから振るわれる剣は剛剣、それを片手だけで抑えるローヤルは圧倒的不利だった。
それでも尚ローヤルは言い返す。
「力任せの剣で私に勝てるのか?」
「減らず口をっ、今に口も聞けぬようにしてやるわ!」
キンッとまたも火花が散った。
「おらっーがんばれローヤル!」
「気抜いてんじゃないわよ!」
「いけーっ!」
「「「「「「「「「「ローヤル隊長っ!」」」」」」」」」」
「そこよっ、蹴り倒せ!」
「いや、格闘技ではないだろ」
「金的攻撃をかませっー!」
「男には卑怯極まりないな」
「うるさいっ」
「ぐへっ」
加速する応援に比例はせず後退が続く。
「どうした? 応援に応えなくていいのか?」
「くっ」
防戦一方に見えるその戦いに応戦は次第に不安が混じる。
「おいおい大丈夫かよ」
「うるさいわね、何もできないんだから声張るしかないでしょ!」
「お、おう!」
「ほら、姫ちゃんももっと大きな声で応援してっ!」
「あ、はいっ! がんばれーっ、ローヤルぅううう!」
ローヤルにとって一番の応援が混ざると、
「はぁあっ!」
アグリの剣を返した。
「はっはっは、ようやく出した力がその程度かっ」
しかし、アグリがその力なき剣を嘲笑う。
「一つ訊きたい」
そんな不利な戦況の中二人だけしか聞こえない会話がなされていく。
「なぜ国を裏切る」
「知れたこと、見る目無き国など守るべき値などないからだ! この俺とお前の力の差はない、しかしあの国は俺を貴様なんぞの下に置いた!」
「たったそれだけのことか?」
「たったとは言ってくれる。自分と同等の力の者に命令される立場になってみろ! 俺が何度と怒りを覚え、憎しみに心を焼かれたか!」
「おろかな、前国王や姫様が見たものが真実だったからに他ならない!」
「事実無根、偽りの目に犯された国には用などない!」
剛剣が振られ、ローヤルが避けると飛びのいた。
数メートルの間合いの外。
「偽りの王も、弱き王もいらぬ、ならば次期国王はこの俺がなってやろう」
アグリが剣を横に構える。
「話は終わりだ。次で決める」
「さすがに疲れたな……、くだらない話しを聞くと」
「ならば最後に見て逝け、これが我が最強の剛剣『ヨコナギッッ!』」
何度となくアグリの剣を捌き、負傷した怪我を庇い続けたローヤルは力なく剣を下ろした。
「死ね、弱き者よっ!」
真空がローヤルとの距離にある地面を抉る。
「おいおいおいおいまずいって避けろローヤルっ!」
サンが叫び、従業員のほとんどは目を瞑る。部下である兵士はどのような結果であろうと見届ける為目を見開いていた。
その中で一人信じていた者だけが。
「違う。ローヤルは最強だもん! 行けっローヤル!」
ローヤルは地面に剣を刺した。
そして腰にぶら下がる鞘を取り、荒々しく近づいてくる真空の剣戟に向かって静かに流した。
「柔剣『ナミ』」
音もなく荒々しく近づいて来ていた斬撃が、風に靡かれるように空へと霧散していく。
「なっ!?」
アグリから漏れる驚愕の声。
「どれほど成長してそれだけ吠えるのか確かめていたが、貴様鍛錬を怠っていたな。昔より弱くなっている。それももう終わりにしよう、さすがに片手では疲れた。それに姫様の応援がされた以上、これ以上付き合ってられん。今度は私から行くぞ」
初めての前進。剣を取り、今まで後退していたのが嘘のように、アグリの懐へ入る。
「がはっ」
剣の柄がアグリの腹へ突き刺さり苦痛の声が漏れる。
悲鳴のような歓声が外野から叫ばれる。
「あ、姫様っ、なんとはしたない。くそっ、あいつらに感化され始めている。早く終わらせなければっ」
始めから勝負はついていた。
完全な力の差。
誰かを護ろうと常に鍛え続け、己を磨き続けた剣と、他人を憎み、他人の所為にし続け鍛錬を怠ってきた剣、例え使い手が負傷していようとその差は歴然だった。
「俺を見くびるなぁああああああああっ!」
どれだけ吠えてもすでにローヤルの前に敵はいない。いるのは負け犬が事実を受け止められず、次の一振りで終わりを告げると言うことだけだった。
「そういえば、先ほど剛剣とかほざいていたな。本物の剛剣とは力を一か所に留め、破壊力に重点を置いた技。あんな幼稚なそよ風ではないことを最後に見せてやろう」
だらんと腕を垂れ流しにし、構え無き構えで剣は振るわれる。
「剛剣『イッセン』」
アグリの目の前で、速き見え無い剣が通り過ぎる。
速い、つまり鍛えた者であれば受けるか避ける事の出来る剣技。だが、アグリは何が起きたのか分からず、理解できたのは力の差だけだった。
斬られてはいない、だが死を与えられない代わりに、ローヤルお得意の拷問が待っている。
「く、」
完全に戦意を失いアグリは構えを解いた。
これは腕の見せ合いなどではない、プライドの壊し合いだった。片腕を負傷した相手にさんざん吠えたあげく、力の差を見せつけられると諦める。すでにアグリのプライドは粉々に砕け散った。
「愚か者め……」
この時ローヤルはまだアグリを、プライドを賭け戦いに臨んだ一人の兵士として見ていた。
だが、そもそも捻じ曲がった男にプライドなどない。
あるのは勝利への欲。
法律という国のやり方が、アグリが降参の合図にも見える腕を上げさせた。すると、輪を作るリングの壁から矢が放たれる。
矢の刃先が光るのを見た従業員は一斉に矢が飛び向かってくる前に出た。狙われたのはマザーと思われた。
しかし、
「バカどもっ、私の前を塞ぐんじゃないよ!」
矢はマザーの数センチ横の地面に刺さる。そして、構えられた矢の刃先が複数光るとまた放たれた。
ローヤルは距離があり、気付いたとしても間に合わない。さらにマザーを護ろうと囮に引っかかった従業員達は狙いにすら気づけない。そして、その場で狙いに気づいた、ローヤルの部下達が応援の為に前に出ていた一人の少女を護ろうと走り出した。
しかし、狙われたムイに駆け寄るよりも早く、放たれた矢が近づくことを許さないとムイの周りに一斉に突き刺さった。
一瞬の躊躇の内にムイが敵の手に落ちた。
「「「「「「「「「「姫様っ!!!」」」」」」」」」」
「油断したよ……、最初から狙いはそっちかい」
「卑怯者めっ」
キンッ、と憎しみの光を帯びた剣がローヤルの首に添えられる。
「はっはっは、王の座に就くにも王族殺しじゃ世界の連中は従わないだろ? だったら俺は影からこの世界を掌握するさ」
ノーリッジがいなくとも世界に力を誇示し続けている現在の【ナレッジラウ】ごと奪えれば、掌握は可能。そしてその為には現国王であるムイを手中に収めればいい。
「ローヤル……」
「安心しな、生かして置いてはやる。そうすれば貴様らはお互いにお互いの命を守るしかないだろ、くく、あはっはははははははははは!」
アグリの部下の手の中でムイが拘束される。
そこに思いがけない人物の声が届いた。
「姑息な方法ですね」
海辺から一際違和感を身に纏いメイクスと呼ばれる姿のノーリッジが戻って来た。
「ほう、ノーリッジ殿」
しかし、ノーリッジ以外の姿が無い。
「ホタルさんは……」
たった一人で戻って来たその男に誰もが疑問を抱く。
目的はどうしたのか、メイクスと噂される少年をどうしたのか。
「逃げられた……ということはありませんな。その神の姿をもってすれば。ああ、そうか、ローヤルと同じように向かってきて死なせましたか」
メイが、崩れ落ちた。
「残念ながら回収はできそうにありません」
従業員の誰もが耳を疑い、言葉を失う。
だが、悲しみを抱く暇も与えられず深刻な状況は続く。
闘いの舞台だった円の中にノーリッジが入ると、ローヤルは剣が首元にあるのをお構いなしに飛びかかろうとした。
「お前が動けば姫が死ぬぞ」
「ぐっ」
「いや、待てよ。姫を使うのならば、お前の命でなくともよさそうだな」
ちらりと、ローヤルの部下、そして【自由な国】の従業員を眺めると、反抗すれば最強の肩書を持つローヤルは危険とアグリは判断した。
人質として使う予定は突然処刑へと変わる。
「予定が変わった。姫様の前で逝け」
あっさりと死刑宣告のあと剣が引かれた。
「ローぉおおおおおおヤルぅうううううううううううううううううっっっ!」
姫の叫びが聴こえ、無残な姿を幼き姫に見せる事を悔やみローヤルは瞼を閉じた。
しかし、いくら待てど剣の衝撃が届かない。
代わりに、
「これで借りはナシにしてほしいね、女隊長さんよ」
アグリの剣を盗み、軽快なステップで剣を振り回すグレイがそこにいる。
「なぜ、お前が邪魔をするっ!」
「あんたのヘタな作戦の所為で俺は【死の国】に追放になっちまったからなぁ。その前に裏切っちまったよ」
にやにやと笑うその先に、盗賊がこの場にいる不自然さにアグリはノーリッジを睨みつけた。
「どういうつもりだ、ノーリッジっ!」
「さて、どういうことなのでしょうね?」
白々しく言って退けるその態度にアグリは予期せぬ展開を悟る。しかし欲は止まることが無い。
「知っているぞ、ノーリッジお前の母国愛を。ならば貴様も敵だ」
「ほう、今の私の姿に勝てるとでも?」
「その姿になるのに、相当な苦痛と体の負担でもはや戦力にはならないだろう。仮にこちらから触れなければ、貴様は何も出来まい! 見せしめだ、姫の腕を折れっ!」
その発言にローヤルが制止を掛ける為叫ぼうとした。
しかし、不意にその声が止まる。
その小さな間に、メイの肩にホムラの手が置かれ前を向かせた。
従業員達は待っていた。
盗賊が現れたということは、もしかしたらという、小さな期待を。
「あ、あ……ああ、神の姿……」
姫を抱えていたアグリの部下が現れた存在に悲鳴を上げる。
ノーリッジはすでに老いている身体故、メイクスの姿になる負担を抱えきれなかった。しかし、高校二年生、子供と大人の境目を歩む、現役真っ最中のホタルならばそれを乗り越える。
だから、
「神ってなんだよ、これが俺にとっての普通の姿だって」
元の姿に戻ったホタルが現れたことで、恐怖が敵中に広がった。
◆◆◆◆◆
俺が悲鳴を上げ、せめて手伝ってくれると言ってくれたグレイだけでも守ろうとして、圧し掛かるように覆いかぶさる。
が、
「…………できれば、話をさせてもらいたいのですが?」
申し訳なさそうな声でそう後ろから呟かれていた。
「は、話?」
いくらたっても何も起きないので、不安と恐怖を抱きながら俺は影を作るノーリッジがいる方を見上げた。
「……お、重い」
「え、あ、ああ、すまん」
と、下の方で文句を言われ飛び退いた。
「それでよろしいですか?」
どことなく余裕がなさそうな、急かすように声を掛けてくるノーリッジに、
「いいわけねぇだろっ、お前が敵なのは分かってんだよ! 騙されるなよ、ホタル!」
まだ解けない網の中でまたジタバタと動き、一層絡まっていくグレイが俺の警戒を強めようとした。
「あ、ああ……」
正直な所、俺の中でノーリッジの疑いが消えたわけではなかったが、それは間違いなく薄くなっているのも事実だった。後ろから現れたことでどうして何もしないのか疑問があるからだ。
そんな感情の板挟みにあっていると俺の傍で、二人はそれぞれが確認事項を整理するようにいがみ合う。
「そういえば、あなたはアグリに雇われたのでしたね」
「ああ? 何、誤魔化そうとしてんだよ。牢屋の中で会話した……よな?」
途中、グレイの語尾が疑問に変わり、会話した記憶を思い出そうと静かになる。
俺はローヤルに尋問をされ二人の状況は知らない。でも尋問が行われた時、二人は確かに会っている。だが、しかし、あの時ノーリッジはローヤルの性格を判断した上で尋問らしいことはしなかったはずだ。
では、この二人の尋問はというと、
「あれ? お前と何話したっけか?」
「特に何もしてないはずです。ローヤルが先に尋問していましたから、私があなたに訊くことは何もありませんでした」
「そうだっ、アグリの計画じゃあ、……うん? お前と会うのは計画に入っていなかったな」
……特に接点が無かった。
確かにあの時、少年のような少女は早い段階で地下から帰っていくノーリッジを確認している。
「私がアグリと手を組むとなってから、ローヤルを国外へ出す方法を計画したのはアグリでしたからね、それに関して私は何も聞かされていません。書物が盗まれ、ようやくその内容を理解したぐらいですし、」
「ほらみろホタル、やっぱりアグリとは共闘してるんだ」
突き止めた様にグレイが俺に言ってくるけど、分からないことが増えた。
「話を聞かせてもらえるんですよね」
「おいっ、ホタル!」
「いいから。心配してくれるのは有難いけど、俺は話しを聞かないと理解できない。それに、この二つの道具に関しても教えてもらう必要がある」
グレイから俺の手へと移った道具に関して訊きださなければならない。そうなると、ノーリッジさんが言おうとしている事は絶対条件になる。
「ええ、本来ならば信用してもらう為に先ほど話すつもりでしたが、余計な時間を使ってしましました。ですから今は私の話を先に訊いてもらいます」
何やら、優先すべき事柄が変わってしまっているようで、そこは譲れないようだ。だから、俺は早く元の姿に戻る方法を聞き出すためにもその条件を飲む。
「わかった。教えてくれ」
ノーリッジさんはどこか安堵したように礼を言うと、真剣な面持ちに変わる。
そして、
「全てをお話ししますので、途中口を挟まないでください」
今までにない迫力を持って前置きがされ、俺は頷くことで了承すると説明は始まった。
「私がメイクスの研究を始めた――」
「そこから始まるのかよ」
だが、始まって早々グレイが口を挟む。
「グレイッ」
俺は、邪魔と言わんばかりに窘めると案外素直にシュンと大人しくなった。すぐに解決すると、ノーリッジさんは続ける。
「研究を始めるきっかけになったのは、私が数十年前にホタルさん以外のメイクスに会ったからです」
「――っ!?」
思わず聞こうとしてしまった。だが、それを強制的に遮られる。
「ホタルさんは知らないかもしれませんが、【ナレッジラウ】と言う国は現在の形ができてからそれほど長い歴史を歩んでいません。それどころか、そのメイクスが現れた事により、強固な一国として成り立ちました。少し、話はズレますが、この世界の『国』という物は、まだ完成途中のものです。それは国の名の違いで分かる通り、国というシステムそのもの自体メイクスが伝承した物です」
不思議には思っていた。国という言葉が往来していたにも拘らず、【自由な国】と【ナレッジラウ】という規則性のない国名、言語が違えばそれも普通のことだと認識できたが、俺が知っているだけでもこの二つの国の言葉は同じもの。さらに言えば、マザーが治める【自由な国】は島全体が販売を目的とする店舗のような国、違和感が無いはずが無かった。
でも、それをアニメという、在って無い世界でかき消されていた。
なんでもっと考えておかなかったのか後悔している俺を余所に、説明は本題へと突入する。
「しかし、それは私の中でも興味と言う部分でしかありませんでした。数年前、国王と王妃がご病気なられるまでは」
苦い記憶をたどる様にノーリッジさんの表情が歪む。
「しかし、そうなってから私は王と約束をしました。メイクスの世界へと行き、病気を治す方法を見つけ出すと。その時、王は笑い『好きにしろ』と仰って下さいましたが、結局私は年月をかけてもそれに辿り着かなかった。しかし研究は止められなかった。例え遅くなっても王との約束を果たすために」
そこまで聞くと、俺は牢屋でノーリッジさんが子供のように喜んだ表情していたのを思い出す。
「ですが、王がお亡くなってから、あの国で反逆を企てる者の噂が私の耳に入ってきました。王の座を姫様が継ぎ、その噂がさらに加速すると私はどんな手を使ってもその者を捕まえようと思考を巡らせました」
まるで絵本を読んでいるようだった。一ページ捲るたびにノーリッジさんの感情を表す表情が次々に変わっていく。特に国への裏切り者の話になってからの表情は見ているこっちが辛くなるほどに歪んだ。
「姫様は王の血をしっかりと受け継ぎ、もう少し時が経てば国を支えられるでしょう。しかし、いくらまだ幼き姫様が聡明な方の血を引いていたとしても、まだ早すぎるのは誰が見ても明らか、そして利用するには絶好な時期」
悲しみが憎しみに変わる。
「国王様と王妃様に似て、お優しく育った姫様を利用するなど絶対に許さない。だから私は例え国への裏切りになったとしても、その者達を排除する為に計画を練りました」
俺はふと思う。誰かに協力を求めなかったのかと、信用できる者はいたはずだ、少なくともローヤルは国や姫に忠誠を誓っているはずだ。
しかし、それを見透かされたようにノーリッジさんが言う。
「首謀者を見つけ出すならば簡単でした。その噂の中に私の名を流し込めばよかっただけですから、しかし、その首謀者へと近づいていくにつれ、その人数に愕然としました。あまりに多かったのですから……、そして同時に思いついた計画にはローヤルや我が国を愛する者を参加させることはできませんでした」
多いと言っても予想していたよりなのだろう。もし、国の半数、またはそれに近いだけの人数が揃えばすぐにでも反旗は翻されたはずだ。それにローヤルや他の人達を加えられなかった理由は反逆者として立ち振る舞わなければないないことが思い当たる。
「王が創り上げた国を裏切る真似をする者は全て洗い出し、排除する。それが計画の全てですが、それを可能にしたのが、長年繰り返し、成功に近づいていたメイクスの姿になる事、絵本でも知られるようにメイクスの姿は絶対的な力があります。それを見せつけ、『好条件』をぶら下げた時が私の計画が動き出す時でした」
ここまで聞き、計画が崩れる気配が出てきた。
「しかし、いくつか想定外なことが起きました」
自然な流れで一つは分かる。
「まず、私が【自由な国】へ行くことになったことです。ですが、アグリが考えて起きた事態ですし、アグリは私がメイクスの姿になってからと考えていたようなので、すぐに国へ戻ることで済ませました」
そしてもう一つも、俺は知っている。グレイをこの島へ連れてくる前、ローヤルが俺に会わせたくなかった存在。
「もう一つが、姫様が国の外へ出てしまった事です。アグリの目的は最終的に姫様にあります。私の計画では最強と謳われるローヤルを国の外へ出すことで、反逆者としての私が姫様の監視を、そしてローヤルに固執するアグリと反逆に手を貸した者達をぶつける事でした。当然アグリやその他の兵がいくら多くともローヤルならば一人でどうにかできると信じていましたし、あの国で騒ぎが起こればマザーが黙っていないだろうとも思っていました」
ここで、もっと想定外があることに俺は思い当たる。例え姫が国の外へ出てしまったとしても、ノーリッジさんが【自由な国】へ行かなければよかっただけだ。そうすれば、ローヤルはマザー達と戦い、同じ結果に繋がる。
しかし、そうはしなかった。いや、できなかった……。
それに気づいてしまった俺は約束を破り、口を挟む。
「一番の想定外は俺が来たから……」
ノーリッジさんの話で出てきた『好条件』、それはグレイから聞いた。ノーリッジさんはメイクスの世界へ行きたがっている、その嘘の理由をアグリという男に話している。
「……はい」
つまり、メイクスが現れたと聴いたノーリッジさんは、嘘の目的の為に俺を探しに来なければいけなくなったのだ。
「そんな……」
俺は体の力が抜けて地面へと尻餅を着いた。なんの因果でこの世界に来たのか分からなかったものが、悪とされる存在の手助けになっている。
ただ、元の世界に帰りたかっただけの俺には荷が重すぎる事実だった……。
「おい、どうしたんだよホタル!?」
網の中から腕を伸ばし、肩を揺さぶるグレイを力任せに振りほどく。
「うるせぇっ、なんでそんな事になってんだよっ! 俺だって来たくて来たかったわけじゃない! なのに……」
俺の事を助けてくれる人達ができて、その人達と笑える時間を過ごした。なのに、俺の存在がその人達の未来を潰そうとしている。
「ホタルさん」
尋問の時のような優しい声が俺に届く。
「あなたの存在は決して罪ではありません」
救いがあるならば聞きたかった。
「むしろ罪があるならばこの計画を組立ててしまった私にあります。実は、想定外の中に、私がメイクスになったことで起きてしまったこともあるのです」
どこかで俺は自分が元の姿になることだけに意識を取られ、気づいていなかった部分がある。
「私はメイクスになるために幾度となく失敗を繰り返し、いざそこに到達してみると、私の身体はその負担に耐えられない程老いてしまっていました。それをアグリは気づいています。本来ならばこの姿をもってアグリを止めることができるのに、私にはその力が無いのです」
根本的な部分。例え今までの計画に穴があったとしてもメイクスの姿となったノーリッジさんならばそれを止めることができる。それは俺がテンパって襲い掛かった時起きた現象を使えば全てが丸く収まる。
しかし、それをしないでノーリッジさんはここに来た。
「私の体では戦うことはおろか、走る事すらできないのです」
打ち明けられた事実。
グレイを追いかけ遅れてきたノーリッジ。
俺の世界で肉体の弱体とされる老化がすすんだノーリッジ。
全てを引き換えにその姿を手に入れたにも関わらず、根底にある計画は初めから失敗していた。
ノーリッジさんの頭が懇願するように下げられた。
「勝手な事を言っているのは分かっています。ですが、どうかっ、民を、姫様を、我々の国を護ってはもらえないでしょうか!」
俺は無言なまま立ち上がる。
お願いされる必要など初めからない。俺の手でまだ助けてもらった人達を助けられるなら、俺は行かないといけない。
「行こうっ、時間が無いんだろ!」
「ありがとう……ございます」
心から言われる礼を受け取ると、今までの話を第三者故に理解できなかったグレイが怒り出す。
「全く、理解できねぇ! だけどな、手伝ってやるよ! だから網を解け!」
だが、急に距離が近くなった想定外の仲間に俺は微笑んだ。
「ああ、頼む」
「お、おおおう」
なぜか照れながら返事をするグレイの網を解いてから、俺達は急いで島を後にするため行動を開始した。
――途中、二つの道具の秘密が明かされた。
「つまり、もうないってことか……」
「――はい、実験で使い。最後の一つでこの姿になりました」
結論から言うと、俺は元の姿に戻れなかった。少なからずショックだったが、今は皆を助けるという目的が強すぎてあまり感じていないだけかもしれない。
「で、今俺達がノーリッジさんに触れられているのは、メイクスでいる人間の意思によって決まると?」
ノーリッジさんが一人で走ることができないため、俺とグレイが体を支えながら小走りで移動している。
「正確には分かりません。メイクスの世界が拒絶している為、それを意思によって解除しているのか、我々の世界がメイクスの世界を拒絶しているため磁石のような反発が起きるのか」
研究者として正しい見解で話したのだろうが、
「まぁそれで何も変わらないならどっちでもいいけど」
だが、話には続きがある。
「ですが、この事実が弱点になってしまうのです」
「へーメイクスの弱点ね、それは気になる」
弱点という部分でグレイが興味を示す。だが、メイクスの弱点ならば俺もすでに知っている。この世界の食い物を食べればいいだけだ。
だが、ノーリッジさんのいう弱点は別の物だった。
「生物や固形物に対して反発は有効なのは見てもらった限りなのですが、液体に対しても有効になってしまうのです」
それに対してグレイが、それでいいだろ、と感想を述べる。確かに、液体だけに無効だった方が変な話だ。だから、俺も同じような感想を抱く。
だが、
「ではお聞きしますが、例えばアグリが逃げ、船に乗ってしまった場合どうしますか?」
「そんなもん――」
「まずいな……」
それで、ようやくわかった。
「あ? どういうことだよ」
分かっていないグレイは一旦置いておいて、この世界の現状が言い渡される。
「ええ、【自由な国】、【ナレッジラウ】、その他の国に対してもですが、ほとんどの国は海に囲まれています。仮に、メイクスの姿で海に落ちてしまった場合、世界を掌握する以前に世界が崩壊します」
突拍子のない話になったが、メイクスが海に入るのと、落ちて入るのでは意味が違ってくる。海に落ちた場合、反発が起き、救出はもちろん落ちてしまったメイクスは泳ぐこともできずに、這い上がってこられなくなる。
なにより、
「海に隕石が落ちるのと変わらないな」
俺がノーリッジさんに触れたような磁石のような反発が海でも起きる。それは信じられないような水の量が、永遠に続く。
「全く分からないぞ」
「国どころか、地上がなくなるってことだよ」
「はい。それはここに来る間の実験で分かった事なので、アグリも知っている事です」
「しかも、ノーリッジさんとローヤルの部下だったアグリって奴とでは、肉体的に捕まえることができない。もし、ノーリッジさんが裏切ったって分かれば、間違いなく、その手段に出る。その事を理解しているノーリッジさんは海に出ることができないからだ」
「その前に捕まえればいいだけだろ、あいつはメイクスじゃないんだから」
「まぁ、そうなんだけどな」
「ええ、それにメイクスの姿から元の姿に戻ればいいだけですし」
「じゃあ、なんでその話になったんだよ!」
俺がアニメ化してしまったように、元に戻るためには現実世界の食べ物を食べればいいという簡単な種明かしだった。
だが、ノーリッジさんが過去に来たと言うメイクスの持ち物にあった食べ物はすでになくなっており。方法は簡単でもこの世界にいる限り入手はできないのだから、俺は元の姿に戻れない。
「申し訳ありません」
つい考え込んでしまったのが伝わってしまったのか謝罪されてしまった。
「なるようになるだろ。ホタルだってここに来たなら、別のメイクスが来るかもしれないんだからよ」
安易だな、と呆れ、
「それだったら帰れば自然に治る可能性の方がたか――」
それは突然だった。
脳裏で記憶が巡回されある映像が思い出される。
『アメちゃんで糖分摂取っ!』
大阪のおばちゃんかよ、と突っ込みたくなる太陽の小ボケ。
だがそれは――、
「ノーリッジさん……ある。俺元の世界の食べ物一つだけ持ってきてた!」
あの時渡された飴玉が制服のズボンの中に入っている。
「本当ですかっ!」
「ああ、この島のどこかに俺の制服があるはずだ。そこに行けば、俺は元の姿に戻れる!」
「やはりあなたが来てくれてよかった。では私たちは先に【自由な国】へ行きます」
「ああ、俺は後から追いかける」
「それと使い方ですが――」
「さっき聞いたよ。メイクスの身体に見えない膜みたいのがあって、この瓶に入っている液体でその膜を外せるんだろ。それで元の世界の食べ物を食べることができる。で、こっちの手袋が、元の世界の物体に拒絶されずに触れることができるんだよな」
「はいっ!」
「おいっ、俺はこっちのじいさんと行かなきゃいけないのかよ!」
「ああ、そっちは頼んだグレイ!」
「うっ、わーったよ。さっさと行って来い!」
俺は支えていたノーリッジさんから離れ、あの時目印として木に巻いたワイシャツを探しに行く。きっと、この世界で違和感を放ち続けるそれは簡単に見つけられるだろう。
「じゃあ、すぐに行くから時間稼いどいてくれ!」
俺はダフルさんの罠に注意しながら走りだした。
そしてすぐに後方でノーリッジさんが大切な事を言い放つ。
「いいですかっ、くれぐれも【自由な国】の地に着いてから戻ってください! この島で戻ってしまうと海を渡るとき危険です!」
それはうっかりしていた。元に戻ることで何も考えていなかった。
俺は大声でこの島では元に戻らないことを誓い、現実に近づくため走り出した。
◆◆◆◆◆
全ての事情を明かし、ノーリッジの計画は波乱の末、ここで決着が着く。
それでも尚悪あがきを続ける男が一人、
「殺せぇええええええええええっ、王はこの俺だぁあああああああああああああああぁああああああああああ!」
その声に従いムイを抱えていたアグリの部下は腕に力を入れた。
「やってみろ、やられたらやり返すからな。死ぬよりもエグイ地獄味あわせるぞ」
が、たったそれだけの蛍の言葉でアグリの部下は戦意を喪失し、力を抜いた。
「――っ、えい」
その隙にムイが逃げ出すと、その途中、ムイが目を輝かせた、向けられる視線の先には元の姿を取り戻した蛍がいる。
「……王子さま」
最近の子供でも中々聞かなくなった言葉が自分に向けられている事に、
「は? 王子様……?」
蛍は困惑してみせる。
子供相手にどう対応するべきか考えた末、蛍は無視してこの争いの元々の首謀者を見た。
物語でよくある波乱はもうない。島でメイクスの弱点となる話をしたのも、この時の為。元々輪を描くようにリングを形成していたおかげで、アグリに逃げ場は失われている。仮に逃げたとしても、現役高校生の蛍には反発という現象があるかぎりは、何にも邪魔をされず、海に出す前に捕まえることができる。
それは誰もが理解し、一番の当事者であるアグリが膝を着いたことで終焉を迎えた。
アグリとその部下達が拘束されるのを確認して、ガラス細工のような感触に戻った地面に大の字で転がる。
「しんどっ」
元の姿に戻り、口調も、なんとなく言葉が漏れているような感覚もなくなり、元に戻ったことを蛍は実感していた。
そして――残す問題はたった一つになった。




