戦いの火蓋①
戦いの火蓋①
ローヤルが乗って来た軍艦よりもさらに大きな船がマザーの国の沿岸から目視で確認された。その時を持ってマザーの国の客はノーシを除いて一名にまで減り、急激な静けさから慌ただしさへと変わる。従業員は急激に空き部屋になった客室の清掃へと駆り出され、本来ならその資格がない〈新人〉までもが【清掃・客室】への仕事をさせられるほど忙しくなった。
そして【自由な国】を囲む海では、予定外の客、そして規格外の船を止める場所は用意されておらず、巨大な船が動きを止めるとその周りにいくつかの船が取り囲む。それはマザーの従業員が漕ぎ寄せた船。その中の一隻に姫を迎えいれる為ローヤルが乗っていた。
波を起こしていた船が止まったことで静けさを取り戻した海。しばらくして船首に人影が現れる。
「姫様っ!」
その姿を確認したローヤルが叫ぶ。
「うーんっ、やっと着いたぁ!」
名だけが有名になった少女。国外に出たことがなく、他国の人間はその姿を見たことが無いとされる【ナレッジラウ】の姫、テリーティ・ムイが無防備に背伸びをして来航した。
直後、ローヤルの部下の守備兵が慌てた様子でムイの周りを囲み、外敵から狙われないように隠した。
そんなあまりにお粗末な護りと軽率な姫の行動にローヤルは行く末の不安を覚えつつ、
「貴様っ、何を見ている!」
厳格のイメージを護りたいがために船を漕いできた従業員に八つ当たりをした。
だが、仮にもお客様相手に勝手なイメージも失礼な態度も取ってはならない従業員は端的に答える。
「特に何も見ていません」
それが返ってローヤルに火を付け、二度と自国の姫の行儀の悪い仕草を見せまいと誓う。しかし、それもまた……。
「あーっ、三つ編み解いちゃダメって言ったのに!」
【自由な国】の船へと飛び移ったムイがローヤルの姿を見つけ、国を出ていく際結んであげていた髪型が崩れていることに頬を膨らませ近づいてくる。
「ひ、姫様っ、外では国にいるような行動をとってもらっては困ります」
「いいからしゃがんで、結び直してあげる」
しかし、若くして国の主となったとしても若干十二歳の少女、まだ行動一つ一つは子供の姿が目立つ。
「お聞きください、姫様っ」
それに負けじと、国の威厳を保とうとするローヤルは大きな声で叱りつける。
「いいから、しゃがむ!」
が、亡き国王と王妃の一人娘、育て方は過保護+溺愛。そして一人の部下だったローヤルもまたムイには激甘で、命令が下されれば自分の言葉など一瞬で葬り去り指示に従ってムイの身長でも届く距離まで腰を落とした。もし、この場に失礼な態度がとれるマザーや、この世界の人間ではないホタルがいたら間違いなく笑うか、冷めた目で見ていただろう光景が繰り広げられる。
そんな状況の中で、ここまで姫の護衛を務めてきたローヤルの部下達は別の移動船へと乗り移り始め、ローヤルとムイが乗る船にも階級が高い守備兵が乗る。当然、姫であるムイが転ばぬよう船が揺れ無いように細心の注意を払い、ムイが一時でも過ごす環境を窮屈にしないために少数名だけが乗り込んだ。
「長旅ご苦労、道中問題はなかったか?」
髪を結ばれているため目線だけを動かし部下に対して、報告を求めるローヤル。真面目な会話には中々不格好な姿勢ではあったが、誰も笑える雰囲気を作らずにこれまた真面目に答えられた。
「はっ、出航の際は最新の注意を払い。他国の人間はおろか、自国の民にさえ気づかれないよう姫様をお連れしました! また、道中の姫様の食事、健康、睡眠も完璧であります!」
その報告結果に満足気な表情でローヤルは頷く。
「こら、動かない!」
「も、申し訳ありません」
「もう!」
頭を動かされたことで結び途中だった髪が崩れやり直しに注意が飛んだ。その原因は間違いなくローヤルだったのだが、ローヤルに睨まれた部下が頭を下げて謝罪をしていた。
客の前では礼儀正しく指導されている従業員も、粗暴、下品が売りの国の住人ではさすがに呆れる。それでもその気配だけは必死に隠し、誰が答えるかも分からないため視線は宿屋へと送り尋ねる。
「そろそろ出発してもよろしいでしょうか?」
ムイが来る前のローヤルならば従業員の後ろ姿だけでおざなりな対応を察知したかもしれないが、騎士の貫録を失ったローヤルの出せる指示は一つ。
「頼む。しかし、船は揺らすな!」
少なくとも波で揺れている船をどうやったら揺らさないのか、従業員は無理難題を押し付けられていた。
「畏まりました」
それでも否定はできない従業員は、了承の言葉を返し、精一杯の静かな動作を持って船着き場まで船をこぎ始めた。
いつも以上に神経を使った従業員はできる限り疲労を隠し、船着き場へと船を寄せる。そして最後に船をロープで固定させ、船が揺れ無いよう手で押さえるのだが、その仕事を終える前にムイがジャンプをして陸に着地した、その反動で船が揺れる。そして、ムイはそのままどこかに走り去ってしまった。
「ひ、姫様っ!」
次に慌てた様子のローヤルが、姫がいなくなった船に気を遣うこともなく跳ねた。体格は発展途上の女性のローヤル、さらに着込んだ武装の重みで船が大きく揺れる。
「ちょ、ちょっとまってくれ!」
「隊長っ、姫様!」
さらに、完全に大人の男の体格でこれまた武装を決めた男が次々と飛び跳ねては陸へと降り立っていく。揺れに揺れた船には水が入り込み、最後の兵隊が跳ねた後、従業員が仕事の為個人で購入し、整備をしている船は逆さになって目の前で転覆していった。
「に、二度と来るなぁあああああああああああああっっっ!」
さすがに耐え切れずに客相手に暴言をもって、従業員保有の中で一番高価な船舶は沈んでいった。それは姫を乗せた一隻だけだったと後日知れ渡ることになる。
そんな被害を出したとは知らず、【宿屋外】で経営が連ねられる露店を目の当たりにしたムイは悲鳴にも似た歓喜を爆発した笑顔で表していた。
「わぁああ! これが、世界が憧れる娯楽の国なんだ」
始めてみる外の世界の光景、中央には客が泊まるとされる宿屋が城のようにそびえ立っている。【ナレッジラウ】は城が国の中心にあり、民でさえ城を護っている風景だが、ここではマザーの手中に国が広げられている、そんな感想をムイは抱いていた。
もっと走り回ってこの国の事を調べたいと思う興奮状態のムイの所へ、短い髪の左右を三つ編みに結ばれたローヤルと大勢の守備兵が遅れてやってきた。
「姫様っ! 一人では何があるか分からないのですよっ!」
今度は叱るどころでは済まない、ムイを心配しての怒りが爆発した。
「う……ごめんなさい」
甘やかされたとしてもローヤルの気持ちを理解したムイは、さっきまでの明るい笑顔を影に落とし謝る。
「うぅ……」
しかし、第一に必殺の業に怒ったローヤルがたじろいだ。だから、次に出た言葉はムイを喜ばせようと必死に考え付いた言葉だった。
「おほん、分かってもらえればいいのです。それにあれです。暫くはいるのですから、この国を見て歩く際はお供します」
ぶっきら棒の言い方ではあったが、それで第二の必殺が炸裂する。
「ほんとっ! ローヤル大好き!」
その笑顔は一撃でローヤルを仕留めた。
しかし、ムイの笑顔で癒されている場合ではない事態はすぐにやってくる。
「でも、この国で楽しむのはメイクス様に会ってからにする」
できれば忘れていてほしかったと願いたくなるほど、現状を誤魔化す手段がローヤルには無かった。嘘が吐けないし、連れて来いと命令されれば全力を尽くして探す。思っている事とは逆にしかならない。
どうすべきか考え後ろに控える部下たちの顔を眺めてみても、同じように困った表情で隙だらけになる。
「姫の護衛を続けろ」
静かに言われるその言葉で部下たちは考えるのを止め、周りに注意を向ける。今考えるのはローヤル一人でいい、誰かに頼ることでムイを危険に曝すことなどあってはいけない。しかし、真剣に考えても堂々巡りが終わるわけでもなく、時間だけが流れた。
動きを止めて怖いほどまで顔を顰めるローヤルの顔を覗き始めたムイは、きっと探してくれる方法を考えてくれていると疑っていない。だからこそ、ローヤルは悩んでいた。
危険分子と暫定的ではあったが、ホタルはまさにその中心にいる。仮にメイクスだと認めたところでそれは根本的な解決には繋がらず、巻き込まれるという意味でもムイには近づけたくない。そうは思っても、ムイの願いと思いを無下にもできないとなると、やっぱり考えは巡る。
しかし、答えは見つけられないまま時間すら忘れ長考に入っていたローヤルの耳に、誰かが来たことを告げる足音と何者かの気配が感じられた。
その時をもって一時思考は中断される。第一は何に変えてもムイを護る事、ローヤルはムイの前に立ち刀剣に手を当てた。同じく周りの部下達にも緊張が伝わり、各々は武器を構える姿勢をとる。
しかし、その緊張状態とは裏腹に近づいてきた人間は宿屋から真っ直ぐに走り、何かを企むどころか慣れない仕事を任された緊張で顔が強張っていた。それはローヤルの評判がそうさせていたのだが、そんなことを知らないローヤル達は一層警戒を強めた。
「あ、ああの」
あまりに表情が怖い集団に駆けてきた少女は一定の距離で止まると、唇を震わせながら要件を伝えようとする。
「えとえと、マザーがお姫様をお呼びになって、おおりまして、えーとだから私が案内を務めさせていただきたく、その……ダメでしょうか?」
自信がない言い草の先に諦めすら感じるのは、見据える先が怖い表情はそのままで返事が何一つとして返ってこないからだ。さらには伝わらなかったのではと同じように尋ねてみても複数の目から睨まれるだけの少女は完全に委縮してしまう。
静まり返る集団と睨まれ視線を落として成り行きを待つ少女の攻防、それを打開できたのはムイに他ならなかった。
「お姉さんお名前は?」
「え、あはい。メイと申しますお姫様」
固っ苦しい話し方に慣れているムイだったのだが、お姫様と呼ばれ事がくすぐったくなって笑みを零す。
「あははは、お姫様じゃなくてムイって呼んで、それでマザーが私を呼んでいるんだよね。確か、ここの国の主で宿屋の女将さん」
女将さんという表現が合っているかは不明だが、ようやく前進を見せる会話でメイはほっと息を吐く。その姿を見て困った表情を見せたムイの視線の先には護衛がいる。
「こら、メイが困っているでしょ! 武器を下ろしなさい!」
「姫様、警戒は必要で――」
はっ! と正気に戻ったようにムイの命令で武器を下ろす前に、ローヤルが警戒を解くことを止めさせようとしたが、
「怖い顔をやめなさい!」
「はっ、全員武器を下ろせ!」
ムイの怒った表情は絶対的な命令へと変わった。
「それじゃあ、メイ案内して」
「はいっ……、あ、でもその皆さんで来られるのは……」
そう言われ振り返ったムイの周りには国の護衛の半数近くがいる。確かにこれでは宿屋に入ることはできても、各部屋への入室はもちろん、話をする雰囲気ではない。
よって、
「ローヤル」
「畏まりました。姫様の護衛は一時私一人で受け持つ。皆は各自この国の危険分子を探し――」
「ああああのっ!」
そこまで聞いていたメイは、それでは困ると大きな声でそれを制止した。
「なんだ?」
指示の最中に邪魔が入ったことでローヤルがまた怖い表情に戻る。
そこに、
「こちょこちょこちょ」
ムイがローヤルの横腹を擽った。
「ひ、姫様っ」
「怖い顔禁止です」
命令されればローヤルは頬を震わせながら慣れない笑顔を無理やりつくる。が、さすがにそれには部下一同がぎょっとした。
「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「(へたくそ)」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」
心の中で全員が全員思い、そっと奥深くにしまい鍵をかけて閉じ込めた。
「それで、なんだ?」
そこまで余裕がないメイは下手くそな笑顔に気が付かないようで、ようやく認められた気持ちになり、出された指示を教える。
「はいっ。皆様には客室を用意しておりまして、その部屋でお寛ぎしていただくようマザーから仰せつかって来たのですが」
全ての言伝が言い終わるとローヤルは下手くそな笑顔を崩した。それでは部下が警戒をせずに建物内に閉じ込められたも同然、それでは不測の事態に対応できないではないかと文句を言おうとした。
だが、言う前にマザーとの会話を思い出す。それは、居なくなってしまった客への宿泊費を出すというもの、つまり客として持て成すことが考慮に入れられているということだった。
しかしその条件を飲むとなると、一国の姫、そして上司であるローヤルを差し置いて部下が先に休養をとることになる。ローヤルは自分の事はこの際考えない。しかし、姫であるムイを差し置いて部下が休養を取るなど断じて許さない。だから、断ろうとした。
ところが、
「うん、そうだね、皆船で頑張ってくれたから先にあの建物に行って休んで」
ムイが許可を出してしまう。
「しかし、それでは姫様より先に休養をとることに」
「ん、別にいいよ。でも気になる人はこの国にどんなお店があるのか調べてくれると嬉しいな」
それは護衛に比べたらとても小さな仕事だった。しかし、それならばムイよりも先に休養を取らず宿屋の中で動くこともできる。納得できるムイの提案に感心しつつ、ローヤルは指示を出す前にメイへと最後に尋ねる。
「この国の客はどれほど残っている?」
「あ、はい。ほとんどのお客様が帰られましたけど、お二人様だけ残っていらっしゃいます」
一人はローヤルも知っている客だ。それにその客は人売りを仕事にして、一国の姫に手を出す理由もなければ、金に繋がらない事への執着もない。安全と見ても問題ないだろう。そうなるともう一人は、
「そのお客様はほとんどお部屋には戻らず、この国から少し離れた島へ散策に出ておられます。あれでしたら、この国に戻った際はお伝えできますけど」
それならばとローヤルは提案を飲んだ。そして部下達へと指示を出し、その場から退散させるとメイを先頭にマザーがいる宿屋の頂上階へ歩き始めた。
その途中――、
「メイとやら、悪いが姫様から少し距離をとって歩いてくれ」
「あ、すいません」
マザーの手の内にある従業員の事は基本信用しているローヤルだったが、
「もう、話しづらーい」
そこだけは譲らなかった。
マザーの部屋の前まで来ると秘書二人が扉を開けた。
「どうぞ、入室を許可します」
「許可します」
促されるままムイとローヤルは入室し、メイは扉の前で頭を下げいなくなった。
「ほう、そのちっこいのが噂の姫君かい」
「お初にお目にかかりますマザー」
圧倒的な威圧感が支配する部屋の中に入ったムイはさっきまでの子供らしさを消す。それは国の主同士という責務を果たすようだった。
ふと、いつもの調子でマザーはパイプに火をつけようとすると、ローヤルが一歩前に出た。
「我が国の主とはいえ、姫様はまだ十二の身遠慮していただきたい」
「がっはっはっはははははは、そうかいこれは気が回らなかったね」
豪快に笑った後マザーはパイプを灰皿の上に引っかけ、早速本題へと入る。
「国同士の会議のように固い話じゃないんだ、そう固っ苦しい空気にするんじゃないよ。ここに呼んだ理由は分かっているね」
「おおよその見当はつけております」
「十分だ。さすが、若くして国を率いているだけのことはあるね。前国王の知と勇を、王妃の才色を確かに感じるよ」
あくまでそれは子供を見る目、その会話にムイが真剣な面持ちで答える。
「今は私が一国を背負う王女です。人を見下すような言い下りはおやめください」
身体と歳は小さくともその姿は他を寄せ付けない迫力があり、子供の柔らかな雰囲気はない。そして、従業員を束ね誰であろうとその手中で取り扱ってきたマザーとも互角にやり合う。
「なら話は早い。お前たちはこの国に余計な災いを持ち込んだ。それは分かっているね」
「なっ、マザーそれは――」
「お前さんは黙ってな! 今は王女と話しているんだ」
それはムイも同意見とローヤルをまっすぐな瞳で嗜める。
「失礼な言動申し訳ありません。ですが、盗賊が盗みを働き、それをこの国へ持ち込んだだけ、我々はそれに関与しておりません。それをこちらばかり攻め立てると言うのは些か乱暴だとお見受けしますが」
「ふん、いっちょまえな事は言えても所詮外の世界を知らないガキのようだね」
それに表情を強張らせたのはローヤルの方だった。自国の王をバカにされ、いきり立ったようだ。だが、その本人は何も気にした様子も見せず、事態の把握に努めた。
「それはどういう意味を差しているのですか?」
「お前さんらの国は盗賊が入れるだけ無防備なのかい?」
それは国を守ってきた者への侮辱と受け取り、ムイの表情に怒りが見え始める。だが、その影でローヤルはマザーの言っている事を理解していた。
事件の発端は【ナレッジラウ】の防壁に関しての書物が盗まれた事が原因だ。ここでの問題点は、【ナレッジラウ】という国の弱点を他国に知られるということになるのだが、そもそも盗みに入る為にも入国を看破する必要がある。それは正攻法の入国でも時間、金などの複数の問題を解決するという難題。だが、不法侵入ともなるとさらに入国は難しくなる。
では、不法侵入するにも何が必要なのか。
それは、その国がどのような防衛を行っているのかという予備知識だ。ただでさえ国の周りをとてもじゃないが登れない防壁で囲み、中の様子は見えない。そんな状況で守備兵がどのような動きをし、騒ぎが起きた場合どのような行動をとるのか、知っておく必要がある。
そして、それをまとめた本が盗み出された書物だ。
だが、それだと矛盾が生じる。不法侵入をするためにその本が必要なのに、その本は不法侵入の後盗まれた、完全な矛盾。
ならばどのような手段を用いたのか。
単純なことだ。
知っている者に訊けばいい。
「お前さんの国に裏切り者がいるから起きた事だろ」
「なっ、そんなのいないっ!」
あまりのことで子供っぽさがムイに戻る。
「そうかい。だが、盗賊の話では依頼主がいて報酬を貰う予定だったはずだよ」
ローヤルはその信じたくない事実をホタルから聞かされ、考えてしまっていた。裏切り者がいた場合、それは誰なのかと。
「おくそくで話さないで!」
「なら聞くが、盗賊はどうやって侵入したんだい?」
それでムイは言葉を失った。国を管理する知識は幼くして得ている。だが、その実情は目で確かめたことが無い。過保護に育てられ、危険な事から遠ざけられたからだ。その所為で、いざとなると、何も分からない。
ムイは助けを求める様にローヤルを見てしまう。その行為が国王の器に辿り着けてはいないと白状するように。
しかし、マザーの言葉を受けるよりも前から犯人に思考を巡らせていたローヤルは上の空で隠して置きたい人物に察知させてしまう。
「……ローヤル?」
呼ばれ気が付いた時には遅い、ムイは瞳に涙を溜め、信じていた国の人間の中に裏切り者がいる事を知った。
「申し訳ありません姫様。私も信じたくはなかったのです。しかし、裏切り者が我が国の中にいます」
ムイには嘘は吐かない、その信念を護り正直に話す。それに裏切り者を疑うことで、ムイがこの国にいた方が安全を守れることに繋がるのならばと考えていた。でなければ、この地へと下ろすことすら躊躇い阻止した。
ローヤルが認めれば疑いの余地が無くなる。ムイは小さな体を折り、謝罪をする。それも子供の謝罪ではなく、一国の主としての謝罪。
「分かりました。ご迷惑をおかけしているのは私達の方です。ここに私をお呼びしたと言うことは、何か要求があってのことですよね。出来る事であれば――」
国が国へ迷惑を掛ければ要求は甚大なものになる。それを分かった上で要求を受け入れようとしたムイ、強欲とされるマザーの要求を場合によっては退ける為にあらゆる交渉手段で跳ね返そうと覚悟を決めたローヤル、その重々しく構える二人を前に突然豪快な笑いが部屋中に木霊した。
「がっははははははははははっ!」
ムイとローヤルはお互いに見つめ首を傾げる。
「さて、冗談はここまでだ。お前さんはメイクスであるホタルに会いたいんだろ? 話は隣の石頭に話してある。今相談して金額を決めな」
「まてっ、マザー! どういうことだ。冗談だと? それにメイクスには会わせない算段だったはずだ」
「お前さんらは勘違いしているよ。あんたらの国は法律で解決しているようだが、この国で起きている事はアタシらが解決する。それがアタシのやり方だよ。勝手に盛り上がって勘違いしているんじゃないよ」
ぽかんと何が起きているのか分からず無邪気な表情でムイは混乱している。
「くっ、憚ったな!」
「騙したつもりはないよ。勝手に盛り上がってたんだろう。それにホタルの件は利益が生まれるなら会わせてやるよ」
「このっ!」
「ねぇ、ローヤルどういうこと?」
「ムイとか言ったね。簡単に人に尋ねるのはおよし、上に立つならば過去を知り、自分で考えな。そのためにも外の世界をみることだね」
全てはマザーの独断で進められたお遊び、幼くして一国を背負った物珍しいお客様を楽しませるための演出だった。
ローヤルが騙されたと怒っているし、冗談ならばこれでいいのかと元々の目的がムイの脳裏に掠めた。その結果――、
「あれ? ローヤル、ムイにメイクス様を会わせないってどういうこと?」
「んぐ、そ、それは」
じとっとした目で睨まれる。遊ばれていたのはムイだけではないのだ。嘘は絶対に吐かない、だが、ムイの為を想ってならばローヤルは、時々は誤魔化す行為してきた。
そして、それがバレてしまった。
「ローヤルっ」
「ひぃぅ、あのこれは」
「がっはっははははははははははははははははっ!」
お堅い隊長の慌てふためく姿を見て笑う。しかし、実の所マザーは自分からメイクスであるホタルの事を話すつもりはなかった。でも、それを話さなければいけなくなった理由がある。だから、笑いもすぐに治まった。
「そちらの問題は勝手にやってもらうとして、ここからが問題の話だよ」
ムイは問題という発言にローヤルを責めるのを止め、耳を貸す。
「メイクスであるホタルと盗賊がいなくなった」
あっさりと言われたが、その問題は盗みの被害に遭った【ナレッジラウ】にとってとても大きな問題だった。
「盗賊まで逃げたと言うのかっ!?」
「事故があってね。その現場に行った時には二人の姿がなかった。残念ながら死んだ可能性もあるが、火が消える夜にならなければ確認もできない」
死という言葉の裏に何があったのかまでは知らないまでも、状況の確認を求める声が飛び交うが、事情を知っているマザーはそこを端折る。端折った上で引き出しから盗まれたとされる本を取り出した。
「それはっ――!?」
「ああ、お前さんたちの国から盗まれた本だ。従業員からの話だとホタルが見つけ出したらしい」
そうなると盗賊はまだしもホタルまで逃げる理由はなくなり、死という言葉の意味合いが濃くなる。本を受け取ったムイは、まだ会った事もない人間の事を想い悲しそうな面持ちになった。その姿をちらりと盗み見し、ローヤルは心を鬼にして確認だけはしておく。
「つまり、交渉がなくなったものとしていいんだな」
「ああ、それで構わないよ。例え生きていたとしてもどうなるか分からないからね」
それはどういう意味かとローヤルが尋ねる。
「ホタルを拘束したのは盗賊の仲間としての疑惑からだった。だが、実際は違ったということでいいだろうが、事故が原因で本当に手を組んじまった可能性があるんだよ。もし、ホタルが盗賊と手を組み、盗みをさせたとしたらどうなると思う」
それをローヤルは知っている。尋問のあとメイクス真偽の問いかけの中でもホタルは【ナレッジラウ】にある絵本の原本を欲していた。
「つまり盗賊を使って盗み出そうと」
「可能性の問題さ」
ローヤルは苦々しく言葉を漏らす。尋問を行って生まれてしまった可能性もそうだが、なによりもその可能性を含んだ相手を野放しにはできないことにだ。だが、国に戻るにも裏切り者の影がある国に姫であるムイを一緒には同行させられないし、この国に置いて行くにも守備隊長が離れるわけにはいかない。自国ならまだしも他国で、それも、危険が濃厚な状態では動くに動けない。
「こんな時にノーリッジ殿はどこにいったんだ」
もう一人の姫の監視役がいればこうはならなかったと、思わず不満を口に出す。すると、ムイは辺りを見渡し本来ならいるはずの人物がいないことにようやく気が付いた。
「ノーリッジがいない」
その名前にマザーが一冊の書類を取り出した。
「その名は確かすでにこの国を出ているはずだ」
驚きの声があがる。
「そうか、姫の出航を聞いて戻ったのか……、行動はさすがだが行き違いになるとは」
それは【ナレッジラウ】で生まれ、幼いころから前国王、そして姫を護ってきた者に対しての賞賛が含まれる言葉だったのだが、マザーが言う事実で崩れ始める。
「いや、そこのちっこいのが国を出たという情報は早くても四日か五日前、それはノーシが企んだことだから間違いないだろう。だが、ノーリッジって男がこの国を出たのはホタルの尋問の後、それを知ってからってのはないはずだよ」
ローヤルに疑問が生まれる。
「では、なぜ……?」
そこでマザーの部屋にある電話が鳴った。
ムイがその電話を出ることを了承し、マザーが受話器を取ると、部屋の外が騒がしくなった。先にムイとローヤルがその方向に視線を送り、マザーは電話で話を進めている最中、突然驚愕の表情で立ち上がる。
その間にも扉の奥で秘書とローヤルの部下達が争う声が聴こえていた。
「何が起きている?」
「マザー……、表にいるのは私達の国の者です。どうか入室の許可を出してもらえませんか?」
だが、
「問題が表面に出てきたよ」
なにやら不穏な面持ちで、電話で得た情報からマザーが言い。
「どういうことですか?」
「説明しろ」
チンと受話器が置かれる音が妙に響いた。
そして、告げられる問題の引き金。
「お前さん達の国にメイクスが現れたそうだ」
衝撃が走った。
その先で思い当たる存在。
「あの男かっ!」
ホタルの顔を浮かべ怒りを露わにしたローヤルだったが、
「それはないだろうね。この国から【ナレッジラウ】までうちの高速船でも早くて一日から一日半、しかもその船は一隻しかない。でもってその船はノーリッジがこの国を出るときに使われてまだ戻ってきていない」
マザーが物理的にありえない事で否定した。
「…………しかし、考えられる可能性が、まさか我が国を狙う偽物?」
「もしくはもう一人、ホタル様というメイクス以外にもメイクスが現れた」
前代未聞の可能性をムイが口に出した。元々絵本の中だけで生まれた存在だと疑われてきた者が同時期に二人、「ありえない……」とローヤルが否定した。
電話越しで得た情報では真実味が伝わらないとしたマザーは、ローヤルの意見には否定も肯定もせずに、今一度受話器を取った。
しかし、電話を掛ける場所は掛かってきた場所にではなく、扉の奥にある秘書机に置かれた電話にだった。
「特例だ、中に入れておやり」
短く出された指示の後、扉が開かれ必死な形相でローヤルの部下一名が転びそうな勢いで入室してきた。息を整える間もなくムイの姿を見つけ膝を下ろそうとするのを、ムイ自身が制止、報告を待つ。
そして、報告された。
「我が国でメイクスが目撃されたと報告がされました!」
それは、マザーが伝えたものと同じだった。
ならば、と国を守る指示をローヤルが出す。
「国にすでにノーリッジ殿が帰っておられる。すぐに連絡を入れ――」
しかし、守備兵の報告には続きがあった。
「それがっ、そのメイクスはノーリッジ様だと報告されていますっ!」
「なっ……んだと」
新しく伝わる報告にローヤルとしてムイがマザーの方向を向いた。
「私が言うより、信じやすいだろう」
否定はされない。
すなわち……、
「なぜノーリッジ殿が……」
すなわち、
「城がノーリッジ様に占拠されました。そしてアグリ副隊長が部下の指示を出していると」
裏切り者が姿を現したということだった。
マザーが徐に窓辺へと立ち、見ている先を眺めながら尋ねる。
「お前さん達の国で一番早い移動船でどれぐらいだい?」
放心状態のローヤルの耳にはその声が届かず、まだ信じられない様子でムイが答えた。
「たぶん、三日くらいで」
「そうかい。それなら、そこの兵が聞いた情報は誤情報だね」
「何だとっ!」
「残念ながら、ご到着のようだ。うちの高速船で引けば時間が合う」
計算で推測できる通り、窓から見える海に一隻の高速船と軍艦がぐんぐんと【自由な国】へと近づいて来ていた。
「くっ、まさかこんなことが……」
窓辺に近づいたローヤルが窓から見える船を確認し、落胆と裏切りに力なく言葉を漏らす。
そして、三度、受話器を取ったマザーは怒号で言い放った。
「不足の事態だ、この国で戦争が起きるよっ!」
落ち込んでいる暇も、交渉する余地も、誰かを護る余裕もなく、宿屋の全館にマザーの声が放送された。
「お前さん達も覚悟を決める事だね」
すでに相手が先手を取っている。これ以上の遅れは致命傷になりかねない。
ローヤルは刀剣を抜き、部下に言い放つ。
「この国に敵を迎え入れる、全員武器を取れ!」
「はっ!」
一人の部下が、この国にいる全ての守備兵に命令を伝えに走り出した。
「姫様はここに。いいか、マザー?」
「好きにしな」
おふざけではないと空気を察知したムイは……、いや現国王テリーティ・ムイが言うことはただ一つ。
「私も向かいます」
「それはなりません、姫様っ」
「これは命令です、守備隊長ローヤル」
「しかし……」
「マザー、どうか御助力をお願い申し上げます」
「がっははははははっ、立派な王の姿だね。好きにしな、この国は私のもんだ! 誰かにとられたりはしないよ」
協力体制が整い争いの火蓋が切って下ろされた。
マザーが言う戦争は静かに幕を開ける。敵とされるノーリッジが乗る船を阻止するための軍艦もなければ、武器と称される道具もこの国にはない。よって敵の上陸を待つことで静かになったのだ。
だが、その静けさも【ナレッジラウ】の反逆者が浜辺から次々とやってくることで終わりを告げようとしていた。
陸に上がり、しだいに数が集まり始めた敵軍は陸に反って広がっていく。しかし、勢いそのままに襲ってきたりはせず、開戦の合図はまだない。
そんな開戦の合図は何なのか誰もが緊張のまま息を飲んでいた最中、現れた特異な存在で【自由な国】の住人、【ナレッジラウ】の姫、守備隊長、守備兵の全てが驚きで持っていた物から力を抜いた。
「……あれがメイクス」
誰が言ったかも分からない声があがる。
その、有名で誰しもが夢物語の存在でしかないと呼ばれる者は確かにいた。皮膚には皺があり、毛が生えている。文字にすればごくごく自然で当たり前のことが、目の前にいる現実な存在は確かにこの世界に生きている人間とは違う生き物だった。
そしてその存在が一人前に出る事で余計に際立つ。
「おやおや、予想外にいい形で話ができそうですね。気性が荒い方もいたのでいきなり争いになると思っていたのですが」
仕草、口調はあの時のまま、しかし見た目が変わり果てた存在。その者は確かにアバン・ノーリッジだった。
それを感じたのはやはり【ナレッジラウ】の住人。
「ノーリッジ……?」
いつでも自分の傍にいてくれた存在を確かめるようにムイが呼びかける。
「姫様」
そして、いつものように返事を返すノーリッジだったが、その所為でムイの表情がぐしゃぐしゃに崩れそうになった。
その瞬間、ムイの横を通り過ぎ誰かが飛び出した。この状態で戦意を剥き出しにしてムイを泣かせる行為を行った相手に飛びかかれる実力のある者は一人しかいない。
「ノーリッジッ貴様っ!」
敵と判断し、この状況で確かに剣を向けなければいけない相手だと認めれば、戸惑いなどなかった。
ところが、それにマザーが制止を掛ける。
「待ちなっ!」
しかし、声だけで制止を呼びかけた時には、すでにローヤルはノーリッジの目の前で跳躍し、首元に剣の刃を進めている。止まれない、止まる気が無い剣は振るわれた。
誰もが終わると感じ、目を伏せた者、反逆者への処分を見届けようとした者、姫の前に立ち視界を塞いだ者、様々だった。
「戦況が早くも崩れるね」
その中で一人冷静に周りを見渡したマザーは異常な光景に気が付いていた。守備兵として活躍し世界でも最強の名を持つローヤルと、長年王の側近として働いてきた力という意味では民と変わらぬ歳を取った男性、誰が見ても優劣ははっきりとしている。そんな誰もが分かりきった攻防で、メイクスの姿になったノーリッジの行く末を、国を裏切った元ローヤルの部下達がニヤニヤとした嘲笑の目で見ていた。
何かがある。
そう感じたのと同時、ノーリッジの首を撥ねようとしていた剣が不可思議な動きを見せた後、反発と重力で地面に叩きつけられた。
直後、
「ぐぁあああああああああああああああああああああああっ!」
ローヤルの悲鳴が叫ばれる。
何が起きたのか理解できなかった者達が戸惑い、ざわめき始めた。隙だらけ、そう思わざるを得ない程の事態。ムイがローヤルの悲鳴を聴き、目の前の守備兵の脇から覗くと敵が目の前にいるにもかかわらず駆け寄ろうとした。
その時を狙っていたのかムイに向かって矢が放たれた。
「あ、」
小さな悲鳴。
だが、その矢はマザーの大きな掌で払い落とした。
「慌てるんじゃないよ!」
マザーの一声で誰もが正気に戻る。
ムイが足を止め、守備兵が元の位置へとムイを戻す。
さらに、
「おいおいおい、うちの大将を打ち取ってもらっちゃ、俺達が困るって」
「はいはい。いいからマザーを、そして私達の国を守るよ」
「は、ははい、マザーは皆で守ります」
マザーの前に何人もの従業員達が集まり、箒だの石だのを持って戦いに挑む。
「ったく、自分の身だけ守ってなバカどもが。しかしなんだね、それがメイクスとアタシらとの違いかい?」
「さすが聡明なマザーだ」
倒れるローヤルに追撃もないまま、ノーリッジがマザーの冷静さを褒める。その束の間にローヤルは剣を捨て、後ろへと跳び距離を取る。しかし、剣を持っていた腕は着地に失敗し、不可思議な動きによって深刻な傷を負いだらりと落ちていた。
戦意のないノーリッジから語られる。
「この世界に住む人間ならば絵本は読んだ事があるはず、ならば分かるはずです。この世界の人間はメイクスとなった私に触れる事はできない。例え最強と謳われるローヤルの剣であろうと」
そう言うと、地面に刺さる剣をノーリッジが掴んだ。
「しかし、メイクスになった私は違います。この世界の物に触ることができる。それがどういった意味か分かりますか?」
その意味に恐怖を感じなかった者が果たしていたのだろうか。ノーリッジの言葉が意味している事は歯向かう事を許さず、触ろうとすればローヤルの二の舞になると言うことだ。
「怪我をしたくなければ大人しくいていてください」
立ち向かうだけ無駄と言わんばかりの発言に騎士が叫ぶ。
「ふざけるなっ! 何を企んでいるか知らないが、ただでは済まさん!」
呆れた表情を一つ入れたノーリッジは、では、と尋ねる。
「どうするおつもりですか?」
そこで言葉は続かないローヤルの強がりはただの虚勢でしかない、それをノーリッジは知っている。
しかし、この国にはマザーがいた。
そして――、
「そうだね、確かに分からなかったはずだよ。お前さんとは違うメイクスが来なければね」
ホタルというノーリッジとは違う本物のメイクス、それが全ての答えだった。
従業員達は希望が同僚にあるとニヤリと厭らしい笑みを浮かべ、ローヤルは憎たらしいと思いながらも反逆者へ反攻ができることに笑み、ムイはまるで王子様がいる事へ感激するように悲しみを超え、瞳を輝かせる。
「ホタルは元々あんたみたいな姿をしていたはずだ。つまり、ホタルはお前さんを元に戻す方法を知っている。違うかい?」
ノーリッジから表情が消えた。
「やり辛いですね。できれば争いなど起こさず全てに決着をつけたかったのですが」
「はっ、ならアタシよりも知恵を付けるこったね」
「ならば仕方ありません。後の事はお願いしますよ、アグリ隊長」
「仰せのままに、今はまだ国王」
今まで口も出さすノーリッジの横にいたアグリが剣を掲げる。
「待てっ、ノーリッジ!」
ローヤルの言葉を無視し、反逆者達の軍を搔き分け海へと戻っていく。開戦の合図とアグリが剣を振りおろし、その瞬間怒号が響き渡る。
その戦場の中で新たなる賭けに乗っていたマザーから小さく呟かれた。
「うまくやりな、ホタル」




