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優柔不断

優柔不断


ノーシを追いかけている間に俺は体力が通常のものになったことを確認した。

「はぁ、はぁ、くそっ、あの野郎」

久しぶりに起きる息切れ、そんな状態では獣に乗った相手に追い付くわけもなく、しつこく追い掛け回すこともできなかった。それでもこの国にいる以上捕まえることができると考えていたのだけど、同僚の情報からお客様になってしまえば可能性は潰えていた。

仕方なく諦めてしまえば、仕事に戻らなければならないと思う。犯人疑惑は初めからなかったと知り、ローヤルからの尋問を終れば自然とそうしなければならない。だが、一つだけ気になることがあり、仕事に戻る前に俺は池の近くの森の中を散策し続けていた。

「確かこの辺だよな」

追いかけている最中は見逃した女盗賊の不可思議な行動。もしかしたらそれが盗まれたとされる本の行方に繋がる。もっとよければその場所に盗まれたものがあると考えていた。

追いかけている最中は追い付くことへの執念と、体への変化に喜びと興奮で盗賊の行動にまで目が行かなかったが、今思うとあの行動はおかしいと考えることができる。

あの時、女盗賊は盗みを終え逃げればいいだけの最中、池で休憩を入れていた。もちろん理由付けならいくらでもできる。取引相手が来るのを待っていたとかだ。

だけど、俺を簡単にあしらい、余裕があったはずの盗賊が盗んだ物を拾い、取引を終えていないにも関わらず国を出る素振りをなぜしていたのか。それに牢獄での盗賊の余裕ぶり。あれは見つかることを前提にした演技だったのではないかと俺は疑問を抱いていた。

そもそも本の取引があるにも関わらず、この国で二度目の盗みを働くのは不自然、つまり盗賊の目的は他にある。

「ここだな」

あの時、女盗賊はすでに風呂敷を傍に出していたにも拘らず、まだ何かを取り出そうとしていた。それは、もしかすると盗まれた本を取り出そうとしていたのかもしれない。もし見つかれば俺の推測は確かなものになる。そう思いながら、人の手で掘られた根元へ手を突っ込み探してみた。

「意外と、穴深いな……」

そしてその推測が正しかった時、この国でもう一度騒ぎが起こる。そしてまた疑われるのは俺自身だった。すべてはメイクスが登場する絵本の原本を盗み出すための計画だったのではないかと。

「体ごと入れないと届かないか」

だが、推測を当ててみたいと思う半分、当たってほしくないとも思っていた。もちろんこの国に災いが起こることも理由の一つだが、本が見つかってしまった場合、どうやってローヤルに疑われずに返せばいいのか。あまりにタイミングが良すぎると余計な疑いはやっぱり俺に降りかかる。

思考では探すのを止めようと思う反面、探している手は動きを止めず、奥深くに伸ばした時だった。

「いっやべっ!」

体を支える為に掴んでいた木の根がぶちぶちっと千切れ、俺の身体は穴の中に落ちた。穴は人間一人ぐらいなら隠れられる深さで、頭から落ちる体勢を逆立ちの状態で突っ込んでいた腕と、不格好な状態の脚が地面で支える。

だが、片手ではこの態勢を維持できないと、もう一つの腕は掴む場所を探して木の根に手を伸ばした。

ところが、木の根とは違う感触に手が触れた。

「……なんだ?」

角ばった分厚い感触は表紙、数枚の紙が折り重なって捲れる様子から、それは間違いなく本そのものだった。

「やっぱり!」

推測が当たったことに喜んだ所為で、ただでさえ無理な体勢にひねりが加わると、腕は一瞬で力を失い、地面に引っかけていた脚が外れた。

周りに人がいなくてよかったと心から思う。外から見れば、穴に頭を突っ込み、足をバタつかせている奇妙奇天烈な光景、こんな姿恥以外の何ものでもない。俺は一刻も早く誰かにこの姿を見られる前に穴から這い出た。

「……探すんじゃなかった」

疑われることも考え、もしかしたら、少しは感謝されるのではないかと考えたのが間違いだった。地面から出る頃には顔は土で汚れ、不運にも本の角が当たった鼻は赤くなっている。

「放っておいたって俺には関係ないことなのに!」

服の汚れていない箇所を使って顔を拭い終えると、這い出る前に外に投げ捨てた本を拾う。

「さて、本当にどうすっかな」

サスペンスばりの推理力とは言えずとも、憶測が当たってしまって逆に困惑する。本を返せば疑われ、返さなくとも疑われる。少し前まで考えていたポジティブな可能性も、盗品を目の前にすると、絶対に無い、と断言できた。

「また隠しておくか……、」

おそらく、それが疑われない一番の方法だった。だけど、後ろめたい理由もないのにこそこそと隠すと言うのも、中々納得できるものじゃない。

「そうだな、何もしていないんだ。普通に渡せばいいんだ」

疑われたら本を返さないぐらいの強気でも間違ってはいない。何せ盗んだ犯人を捕まえ(捕まえたのはマザーだけど)、盗まれた本はちゃんと見つけた。そう思えば俺には落ち度は何一つとしてなかった。

「ていうか、初めから疑われること事態おかしいんだけどな」

一人愚痴を零しながら宿屋へと帰り始めた――――の、だが。

数メートル歩いた頃には、

「いや、やっぱり……」

足を止め考え直す。

「わざわざ疑われる余計な事をしなくても……」

仮にも一度は牢獄に入れられた身からしてみれば、手を出さないことが無難だった。ただでさえ疑った段階で斬ると公言されているのだから。

「………………」

しかし、残念ながら男というのは優柔不断が多い。

「やべっ、どうしよう」

とりあえず、俺は歩き続けるしかできなくなっていた。


そうこう悩みながら進んでいたら、いつのまにやら森を抜けゴミ収集所がある地下の傍まで辿り着いていた。

「は、早い……」

考え事をしている時に限って長い距離は短く感じる。そこから見える宿屋を一度見て、俺は反転した。

なぜなら、もう一度森の中に入って悩み続けることは即決できたからだ。

ところが、

「なにしてるッすか?」

「いひゃっ!」

人通りが極端に少ないと思い込んでいた所為で、この場所の仕事を受け持つ存在に気付かず、恥ずかしながら悲鳴を上げてしまった。

挙句に、

「んん? 今後ろに何か隠したっすね?」

「いや……これは」

咄嗟の行動は無様だった。

「背中に物を隠すなんてポピュラーな方法、今時誰もしないっすよ」

だろうな……、と思ってもやってしまったのだからすでに遅い。

「さぁ見せるっす」

俺は追い込まれた。

だから、

「あっ!」

ポピュラーついでに少年のような少女の後ろを指さし逃げる手段を試みていた。

「やってみて恥ずかしくないっすか? 地味に気になる気はするっすけど」

当然と言うべきか、成功云々の前に言われてしまった。

「わかったよ」

なんとなく試したくなったものの恥ずかしくなった俺は、諦めて背中に隠した本を見せた。

反応が少し怖かった気もしたが、

「泥棒」

「違うって!」

「冗談っす。見つけたッすね」

段取りをこなす様な掛け合いに安堵のため息が漏れる。

「一応聞くけど、疑わないのか?」

「僕にはどっちでもいいっすから」

意外に冷めた反応だなと感想を言いつつ、相談を持ちかける。

「知らないっすよ。普通に返せばいいんじゃないっすか?」

「それができたら悩んだりしないだろ」

また振り出しに戻ろうとする中で、ついさっきまでいた地下の上、丘が妙に暑い気がした。

「なんか熱くないか、夏の暑さじゃないような……?」

「ああ、今日はゴミを燃やす日っすからね。ついさっき火入れをしたっすから、その所為っす」

ふ~ん、と軽い返事を返したところで閃いた。

「そうか、盗んだ本人に証言させれば、疑われることもない」

「あー、なるほどっすね。でも、ホタルが共犯じゃないってことに協力してくれるっすかね?」

「そこは言わせるしかないだろ? ローヤルに渡していきなり斬られるより、大分マシだ」

「はははは、確かにっす」

「それで、どこにいるんだ?」

「へ?」

「だから、盗賊、今はどこにいるんだよ、火入れしたなら場所変えたんだろ?」

「そういえば、さっきマザーが盗賊に話をつけに行って宿屋に戻ったッすけど、付いて来てなかったっすね。ってことは、雇用はされなかったみたいっすね」

誰でも雇うと言われているマザーが盗賊をいえ受け入れなかったことは不思議ではあった。だが、今はそれよりも盗賊のいる場所の方が気になる。

「どこに移されたんだ?」

「僕ずっとこの周りにいたっすけど、誰も来ていないっすよ。それにゴミ収集場には滅多に人来ないっすから、誰か通ったりすれば気付くはずなんすけど」

言い終わると、俺と少年のような少女は顔を見合わせた。

「………………」

「………………」

そして、お互いに向ける視線の先に、地下で通気口の役目をする穴がある。もう一度お互いの視線を絡ませると、

「マジかよ!」

「それはマズイっす!」

通気口へと走り出した。

「火って牢屋になってる場所にどれくらいでまわるんだ!」

火以前に煙が充満すれば終わる。

「分かんないっす。でも、元々あそこは空気の循環の為にあるっすから、煙が出るころには手遅れっす!」

近づいている最中にはまだ煙は見えていなかった。だが、辿り着き通気口になっている穴を覗き込んだ時には、煙が漏れ始めている。日の光で中が確認できるはずなのに、黒い煙が邪魔をし眺めた先に地面がない。

この中に人がいると思った途端、ぞわり、と得体のしれない恐怖に襲われ、俺は急いで中にいるはずの盗賊に向かって叫んだ。

「いるか、いるなら返事しろ!」

「ムムムりっすよ! これだけ煙が充満してたら返事をするだけの空気を吸えないっす!」

「じゃあ、どうしたらいいんだよ!」

「あ、ロープを使って中に入ったら――」

「それこそ無理だ! でもロープは使えるっ、あるのか?」

「ど、どっかには?」

「それじゃダメだろ!」

緊急事態に俺達はどうすることもできずに、慌てて冷静でなんかいられなくなっていた。と、そこに少年のような少女が何かを思いついたように叫んだ。

「そうだっす! マザーならなんとかしてくれるっす!」

その瞬間、俺が崖から落ちた時マザーに助けられたことを思い出す。

「そうか、俺の腕じゃ、地上から地下までの岩盤まですら届かなくても、マザーの体格なら、中でジャンプをすれば届くかもしれない」

「じゃじゃじゃじゃ、僕が連絡しに行ってくるっす!」

「頼む、急いでくれ!」

少年のような少女が走り出してから、俺はあまりに無茶苦茶な方法であることにイラつきを覚えていた。例えマザーが来たとして、さっきの方法は中にいる人間の意識があり、煙が充満する中でマザーの腕を見つけて初めてうまくいく。そんな、あまりに可能性が低い方法に頼ることしかできない。

「返事はしなくていいからっ聴け! もう少ししたらマザーが来る! そしたら、腕を伸ばす、そしたら掴まるんだ!」

それでも何もしないよりはマシだと、穴に向かって無茶苦茶な方法を叫び続けていた――その時だった。

穴からでる煙の中で何かが見えた気がした。

だが、煙が充満し始めている地下では、もう地面どころか通気口代わりの穴でさえ黒煙で塞がれ始めている。そんな中で何かが見えるはずはない。

「……………………?」

見えるはずはないと分かっていても、なんでもいい可能性を見つける為に目に染みる黒煙を手で払い、目を細めて何かが動いたような気がした箇所を覗き込んだ。

「――っ!?」

――瞬間だった。

何か動いたと注意していた箇所に人間の手が見えた途端、何も考えず上半身を穴に突っ込んで腕を伸ばした。

ところが、伸ばした先には何もない。確かに手のようなものが見えた気がしたが、煙で見間違えたのか、確かめるにも目は開けられない所為で、手さぐりが続く。

「(くそっ、見間違いかよっ)」

しかし、煙の中に頭を突っ込んでいるから呼吸は長続きせず、呼吸をするために一度体を起こそうと手を引っ込めようとしたその時だった――俺の手首を誰かが掴んだ。

考えるまでもなく、助けようとしていた盗賊の手だ。離すわけにはいかないと掴まれた手首を捻り相手の手首を掴み返す。

それを合図にするかのように、盗賊の体重が一気に腕に降りかかった。

「(ぐっぅああ!)」

それで中の状態が理解できた。どう考えたって盗賊が俺の手首を掴むなんて不可能だった。だが、鉄格子を上り穴へ向かって水平に腕を伸ばせば、手首から先は光差す場所まで届く。そして、盗賊の女は俺の腕を捕まえた瞬間、鉄格子から体を離したのだ。

そうなれば後は持ち上げればいいだけだった。

「(どうやって……!?)」

問題は、俺の体の半分は穴の中にあり、支えているのは穴と地面の栄目にある一本の腕と、広げてつま先を地面に突き刺した二本の足だけということだった。

森の中で落ちた事を思い出す。だが、木の根の穴とは違い通気口代わりに開いている穴は腕を広げても届かない程円の距離がある。だからこそ、体ごと突っ込むなんて事を咄嗟途とはいえ出来た。だが、結局体を持ち上げる事ができなければ人一人分の体重を引き上げる力は入らない。さらに、呼吸をし直そうとしていた俺の肺は空気を欲していた。

このままでは二人とも穴に落ちる。

助かるためには手を離せばいい。

そうすれば俺は助かる。

そう考えたその瞬間、掴んでいた手は緩められた。

ひどいと言われるかもしれない。

だが、これ以外に助かる方法が思いつかなかった。

二人が助かるためには、俺だけの力じゃ無理なのだ。

片手で俺の力だけに支えられていた盗賊の腕が、見捨てられると判断した途端両腕で掴まりよじ登ろうとしている。だが、それでよかった。

「(そうだ、登ってこい!)」

俺が盗賊を引き上げるためには一度突っ込んだ体の半分を地面まで戻さなければいけない。その為に、盗賊の体重を別に掛けてもらう必要がある。そのためにも、片手で引き揚げてもらおうなんて思ってもらっては困るのだ。

「うぉおおおおおおおおおおおおおおっ!」

掴まれた腕を穴の側面へと引き寄せ、できる限り持ち上げる。肺の中の空気を全て吐き出し、力を精一杯出すのと同時、これができる限りのことだと伝えたつもりだ。

それが伝わったのか、掛けられていた体重が軽くなり、腕には一本の腕だけ掴まれていた。盗賊の腕はまだ地面には届かないから、おそらく、穴の側面の窪みか何かを探し一時持ち上げたのだろう。

その瞬間を狙って俺は体の半分を地面に接するまで立て直した。

間もなくして、盗賊は掴んでいた側面の壁を離し、というよりも指先だけではそう長く掴んでいられなかったのだろう、反動で俺の腕には盗賊以上の重力が掛かる。

だが、さっきまでの態勢と違って女一人持ち上げるだけの力が入る。

「はぁっ、はぁっ、ふん!」

俺は顔を穴から背け空気を吸い直すと一気に立ち上がり、盗賊の体ごと後ろへと体重を掛けた。

まるで大物の魚を釣り上げるように引っ張り上げ、ようやく前進を見せた盗賊が俺に向かって飛んできた。

反動が付いた人一人を抱き留めるだけの力も残っておらず、俺達は倒れ込んだ。向きから言って俺が下敷きになり、その上で女盗賊が慌てて空気を吸い始めた。

出来れば俺の上からどいて呼吸を整えてほしかったが、俺よりも長い時間煙の中にいたから仕方ないと放っておく。

次第に状況を把握し始めた女盗賊はキッと俺を睨むと、まだ呼吸が乱れたまま文句を言ってくる。

「たはぁ、たすけるなら、はぁっ、もっと早く助けろっ!」

「あれだけ足掻く根性があるなら大丈夫だと思ったんだよ。最悪手を離してもマザーが何とかするとも思ったしな」

正直な所、そこまで考えてはいなかった。ただ純粋に助けたいと体が勝手に動いただけで、理由は後付け、そもそも文句を言われる理由が無い。

「はぁ、そうだっ、助けるついでにもう一つ助けろ、はぁはぁ、この国から出ないと」

そういえば、そんな話になっていた。だが、俺には全く関係のない話だ。

「知るかよ、お前の所為で俺は犯人扱いまでされたんだ。助けたのは命に関わってたからだ」

「なら、私にあの本を盗ませた取引相手を教えてやる」

「俺に教えてどうするんだよ」

聞いても仕方ない事だった……、


「その相手がメイクスの世界に行こうとしていてもか」


盗賊が続けるその内容を聞くまでは――。

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