八月二十八日
八月二十八日
夏休み最後の日曜日、太陽は親しい友人二人を呼び寄せていた。
「久しぶり、それで情報はどんな感じだった?」
公園の手すりに腰かけていた太陽は二人が現れた途端、早速尋ねた。
「いや、俺の周りでも蛍を見た奴はいなかったな」
「俺んとこも同じ、夏休み中だからな、出かけてて最近帰ってきたってのがほとんどだった」
「そうか、そうだよな……」
何かしらの手がかりを期待していた太陽から沈んだ表情が浮かんだ。それだけでクラスメイトの二人は太陽自身何も手がかりを掴めていないことが分かる。
「なぁ、クラス以外にも学校の連中とかにも頼んだ方がいいんじゃね? 俺達だけじゃ無理っつうか、足りない気がさ。なぁ?」
「あ、ああ、夏休みもうないけど先生とか部活の後輩にも頼めば少しは」
それは無理だと太陽は思う。同学年の友達は直に会い事情を話せば協力してくれるが、部活をしていない誰かも分からない蛍の為に動いてくれる人間がどれだけいるか。さらに、夏休みを終えようとしている日からでは、宿題やらやり残したことやら、各々動く意思は弱くなる。
「いや、あと二日しかないし、警察が動いてから先生とか、学校の連中も多少は知っているはずだよ。皆にはとりあえずできる限りってメールしておいてくれ」
「おいおい、俺たちは蛍の事気になるから続けるって、別に無理してやってるわけじゃないからな」
「ああ、どうせやることないし、俺達蛍の家行けば蛍のお母さんに良くしてもらってるしな」
太陽は別に二人を責めているつもりはなかった。もちろん、二人が面倒でも手伝ってくれているだとか、諦めているとさえ思ってはいない。だが、クラスメイトの二人以上に太陽は無力を痛感していた。
「いや、そうじゃなくてさ。警察ですら何も分からないんだって。学校の連中も、店に来る人に訊いてみたりして何か分かれば教えてくれって頼んであるんだけど、きっと誰も分からないから来ないんだ、きっと」
二人にはあまり負担を掛けないように言わなかったが、他にも太陽は色々な事をしていた。色々な交通機関を訪ね、あちこちに張り紙を貼り、ネットに情報を尋ね、思いつく限り蛍の情報を探している。だが、その度に帰ってくるのは、知らない、分からない、ばかりだった。
いつも元気で明るいはずの太陽が沈んだり、暗くなったりする姿にクラスメイトの二人は顔を見合わせた。
「なぁ、ちゃんと寝てんのか?」
「たまには気晴らししたほうがいいぞ。その方が良い方法出るかもしれないし」
二人はいなくなってしまった蛍と同じくらい太陽の事を気にかけてくれる。だが、蛍の家族とは家族同士の付き合いで、ホタルの母親の姿を知っている太陽は、その二人の優しさに太陽は笑顔で誤魔化すしかなかった。
「そうだな、でも残り二日店番もあるし、遊ぶのは無理だな」
無理は承知、辛い思いを我慢してでも出がかりが必要。そんな思いを抱え込んでいた太陽は二人には悪いが、続けるためにその場からいなくなろうと立ち上がった。
「あ、おいっ!」
「大丈夫かっ!?」
だが、思いは空しく、体は悲鳴を上げ始めていた。突然の眩暈に体がよろめき、もう一歩のところで気を失う所だった。
「あ、ああ」
情けないと太陽は思う。
「良いから帰って寝ろ」
「それじゃダメだって、帰るまで付き添うからな」
「そうだな、言う事聞けよ」
太陽は従うしかなかった。ここで太陽まで倒れれば太陽の家族はもちろん、蛍の母親にまでさらに負担を掛けることになる。それは散々自分の家族にも言われ続けてきた。
「悪い、帰って寝るわ」
太陽は二人に連れられて自宅へと戻るため公園を後にした。
普段より少しばかり時間を掛けて自宅が見える箇所にまで差し掛かった、そこから自宅と、隣にある蛍の家が見えるのだが、蛍の家の前に一台のパトカーが止まっている。
太陽と友人の二人は顔を見合わせ、走り出した。
もしかしたら蛍が帰ってきた。そうじゃなくても何か手がかりが見つかったのではないかと。
「太陽」
走って帰ってきた太陽に、太陽の母親が名前を呼ぶ。
「こんにちは」
「こんにちは」
友人二人が挨拶を交わし、さっそく太陽は警察が来た理由を聞こうとした。
が、そこには不穏な空気が漂っていた。蛍の母親が警官に礼を言い、申し訳なさそうにする警官が立ち去ろうとする。
「ちょっとまった、何かあるんじゃないのか?」
太陽は期待だけを込めた捜査の結果を求める。警官の一人は乗り込もうとしたのを止め、パトカーに手を当てもう一人の警官を見守る。そして、助手席に乗り込もうとしていたもう一人の警官が太陽の質問に答えた。
「残念ですが、全く手がかりがなく、この件は失踪事件として調べることになりました」
世の中には失踪は数多くある。その中で見つかったケースは一部であり、その他のケースにいつまでも警察は動けない。なぜなら、警察は他の事件なり仕事を持っているからであり、失踪事件は本人の遺体すら見つけられない場所に行ってしまった場合があるからだった。
「はは、なんだよそれ。蛍が死んだってことかごらぁっ!」
誰が悪いわけでもない。でも怒りを抑えられなくなった太陽は、警官に詰め寄り現実を受け入れないよう胸倉に掴みかかった。
「太陽っ!」
「ばか、太陽っ」
「やめろ太陽っ!」
「よせ、離せ太陽!」
母親と月が叫び、もう一人の警官が助けようと走り出し、友人二人が太陽を止めさせようと抑えた。友人二人のおかげで距離を離された太陽だったが、それでも冷静さを失っていた。
そこに、
「バカヤロウがっ!」
太陽の父親の拳が太陽の顔面を殴りつけた。
寝不足に疲労が重なった太陽の身体はその場で崩れ尻餅を着いたが、それでも睨んでいる先は警官の方だった。母親と父親が警官に詫びを入れていてもそれは続き、友人二人と月がどうしたらいいのかおろおろしている中で、蛍の母親が動いていた。
「申し訳ありませんでいた。この子はうちの蛍の親友で兄弟のように育ってきました、だからカッとなってしまったんだと思います」
一番辛いはずなのに、警官に頭を下げて太陽の罪を謝罪する姿にようやく太陽が冷静さを取り戻し、父親が叱った本当の意味を知る。
「ほら、陽君も謝りなさい」
自分の母親とは別の、もう一人の母親の愛情のある叱責に太陽は急いで立ち上がり頭を下げた。
「す、すいませんでしたっ!」
友人であるからこそ、後で同じように警官に二人の友達も頭を下げてくれる。その姿を見た胸倉を掴まれた警官は、
「いえ、感情的になる理由もわかりますし、お互い何もなかった事にしましょう」
そう優しく言ってくれた。
「ただ誤解があるようなので言っておきますが、何も捜査が無くなるわけではありません、それだけは覚えておいてください」
「……はい」
警官が帰り残された太陽に、
「バカじゃないの」
「バカにバカって言うだけ無駄よ」
「ワシよりバカがいたなここに」
「公務執行妨害を目の前で見るとこだったぜ」
「マジ、ビビった」
散々罵声が飛んだ。
そして、蛍の母親だけは何も言わず太陽の前に立つ。それを意味している事を理解し、太陽が言うべきことは一つ。
「ごめん」
「はい。今後無茶はしないようにね」
幼い子供にするように頭を撫でられ、太陽は恥ずかしさを受け入れるしかなかった。
「くそ、恥かいた分は全部蛍に仕返しするからなっ!」
そう大声で叫び、まだ終わりじゃないことを宣言した。
「ふふ、あははは、あら、ごめんなさい」
その幼稚な行動に蛍の母親が笑った。
久しぶりに見る笑顔に、釣られて笑顔が伝染する。でかした、と言わんばかりに太陽は父親に頭をこねくり回される。
だが、ここで終わったわけではない事を誰もが知っている。
でも、その笑顔をもう一度見ようと太陽は密かに思い、一緒に笑っていた。




