判決
判決
ローヤルがいなくなってからマザーはある場所に来ていた。
「やっと来たか」
マザーの来訪を待ちわびていたように微笑を浮かべ盗賊は立ち上がる。マザーはマスクもせずに口に咥えたパイプを吸い、煙を吐く。
「はっは、噂通りのイカレタババァだ。こんな腐った匂いが充満する地下室で呑気に煙吐いているとは」
これから雇い主になる者に対しての言葉とは思えない言葉遣いで罵った女盗賊だったが、それでもマザーは顔色一つ変えない。それどころか、まるで盗賊を選考しているかのうように見渡す。
それを予想していたのか盗賊はまたも笑みを浮かべた。
「それで私を雇うんだろ。【自由な国】、別名を支配下の国の主さんよ」
また吐き出された煙が二つしかない空気穴から抜けていく。
「その前に訊きたいことがあるね。まず、なんでこの国に来たんだい?」
「ん、嘘は吐けるけど、意味が無いか。まぁ、簡単だよ。例え犯罪者だろうと常に人手不足のここでは私を受け入れる。そして、例えここで働いたとしても抜け出せる手段を知っているから」
「金かい?」
「はっはっは! マザーともあろう者が誤魔化そうってか? 違うだろ、金にガメツイと有名なマザーは、実はこの国で働く人間どもを我が子のようにして扱う。それはこの国から出て行けないとされているもの達に、出ていく理由が生まれた時に自由に生きさせるためだ。だから、金を払えば出ていけるわけじゃない。多額の借金を残させ帰る場所を作らせているんだ! 例え、第二の人生で失敗したとしてもな!」
それは誰にも知られていない事実だった。盗賊故裏の情報にも精通しているということなのだろう。
「ほう」
「へ、つまりこの私にも第二の人生が待っている。しかもどの国にも属さず生き抜ける金を手に入れてな」
「それがあの本を盗み出すことだったのかい」
「まぁね」
今度はマザーが笑う。
「どこで知られたのかね、まったく、それを知られてはガキどもを甘やかすことになるよ」
おそらくそれは口外してはならないと盗賊は知っている。
「もちろん、このことは誰にも言わない」
言ってしまえば絶対的に約束されている予定の雇用が無くなってしまうからだ。雇用が無くなれば待っているのは処刑か、【死の国】への追放。だが、この時点で処刑はなくなっているのならば、追放だけは避けなければならない。なぜなら【死の国】は難攻不落のもっとも避けなければいけない国、一度入れば抜けることは不可能とされているからだ。
「かはっ、がっははっはははははははははははははははははははははっっっ!」
そう誰もが知っている国の実情を理解し、計画的に事を進める盗賊に、突然マザーが豪快に笑い始めた。
「はっははははははははははははははははははははははははははははっっっ!」
そして、それが合否と受け取った盗賊も笑った。
しかし――、
「お前さんは追放だ」
一瞬で地下は静寂に満ちた。
「な……んだと」
耳を疑い訊き返した盗賊に、今一度死よりも厳しい宣告がされる。
「追放だよ」
「ふざけるな! マザーともあろう者が、たった盗みだけの事で受け入れないと言うってのか! それとも私の掌で踊らされるのが気に食わないのか!?」
「笑わせるなよ、クソガキがッ! 誰を掌で躍らせるって? 勝手にはしゃいでいるだけだろうが!」
マザーが笑った理由を盗賊は知らない。
マザーがマザーと呼ばれるようになってから、従業員がこの国を出て行った歴史はない。それは誰もが受け入れ先がないと思い込み、この国を新たな故郷として受け入れているからだ。
それは喜ばしい事でもあり、悲しい事実でもある。そして、それもまた人生、マザーも受け入れている。だが、マザーがマザーと呼ばれるようになってから、ある少女がその可能性を秘めてやってきた。
それがメイと呼ばれる少女だった。
【死の国】で生まれ母親の愛から生き延びた少女は、いずれ助けたいと思う母が待つ地へと帰る夢を持っている。優しい心を持ち、どんな時でも人の事を想える少女は、先駆けになる。
だから、誰もが知っているもっとも避けなければいけない国は、いずれ変わる。その時まで盗賊には絶望が罪の代償となる。
「せいぜい地獄を味わいな」
盗賊に罰を伝えに来たマザーはその場所を後にしようと後ろを振り向いた。
その事実にさっきまで余裕がなくなり、鉄格子にしがみ付きながら、盗賊は吠える。
「ま、待てマザー! いや、待ってください、どうかそれだけは、あの国だけは行きたくない! 助けてくれ! マザーッッッ!」
想像だけで苦痛を味わうその叫びにマザーが足を止めて最後に振り返る。
「あ、」
それを盗賊がどう捉えたか知らないが、
「最後にお前さんを追放する理由を教えるの忘れたよ」
「え?」
「アタシの物はアタシの物。マザーの子の物はあの子たちの物だ。それを盗もうなんて、アタシの子にゃいらないよ」
その瞬間、盗賊は牢獄で崩れ落ちた。
禁忌はすでに犯されていた。
まだ見ぬ絶望の叫びを聴きながらマザーは地下から出て行った。
地下から出ると、そこに【清掃・ゴミ収集場】の少年のような少女が仕事をしに現れる。
「あれ、マザーもういいっすか?」
「話は聞かせるだけだからね、余計な時間は使わないよ、お前さんもさっさと仕事をしな」
そう仕事を急かすよう言い、マザーは一つの疑問を考え始めた。
「(結局、黒幕がいるようだが、誰なのかね、アタシにゃ関係のないことだが)」
よって少年の少女の仕事の内容を忘れ、聞き逃した。
「へいへーい、了解っす~。今日は楽しい楽しい火入れっすー」
【清掃・ゴミ収集場】の仕事の中で、少年のような少女が楽しみにしている日。浮かれ、人が中にいる事を忘れ火は燈された。
まるで盗賊の罪を許さないように――。




