降雨(六)
雨音がザーッと砂を流すのにも似た調子に変わった。緩急を繰り返してはいるけれど、恐らく今夜はもう止まない。
窓辺まで来ると、しつこかった梔子の匂いはあっさりした塩梅になった。影になった寝椅子の肘掛を手探りで撫でると、ひんやりと滑らかな酸枝の感触が伝わってくる。
実際のところ、この寝椅子に小一時間も腰掛けていると首が痛くなるので気が進まないが、自分から言い出してしまった以上はどうしようもない。朝までの辛抱だ。
私は小さく息を吐いた。
今、一体何時かな?
「俺は知らない」
後ろでぽつりと呟く声がした。
激しい雨音に紛れてしまいそうなほど微かだったにも関わらず、その声は私の耳を捉えた。
振り向くと、男は掛け軸のある壁の前で立ち止まって俯いたまま、変わらず両の拳を握り締めていた。
「この年までずっと」
搾り出すような声が震えながら続く。
「だから、ちゃんと……」
リン。
か弱く鳴ったのは右耳の「大哥」ではなく、左耳に下げた安石の方だった。
だが、思わず握り締めた酸枝の木目が、滑って急に生温かくなる。息を殺して吸い込んだ梔子の香りが喉の奥で焼け付いて、胸をどきつかせた。
リン、リン、リン、リン……。
一歩踏み出す度に、左右の耳元で鳴る鈴の音が昂ぶり、眼前に横たわる榻床がまるで飲み込まんばかりに大きく拡がっていく。
裙子の尻を撫で下ろす様にして腰掛けると、敷布の下から固い木枠に押し返されるのを感じた。
「来て」
極力落ち着いた、優しい声で呼び掛けたかったのに、震えた掠れ声が自分の膝に転がり落ちる。