降雨(三)
(十一)
「綺麗だ」
男の目の中で、限りなく白に近い青の炎が揺れる。
「凄く」
しめやかな雨音に紛れるくらい密やかな声だったが、私は縛られた様に動けなかった。
「どこで、これを?」
男は今度は私の肩を掴むと、勢い込んで尋ねる。
「片割れだけでも、こんな値打ち物の翡翠は……」
私は思わず、吹き出した。
「ああ、これ?」
両手にランタンを抱えたまま、肩をちょっと捻ると、男はあっさり手を離した。
「古い方は、もともと持ってたのよ」
私はそのまま窓際まで歩いていく。
元より窓は固く閉められているが、近づくと外の雨音が一層強く聞こえてきた。
卓子の上にそっとランタンを置くと、リン、と右耳で幽かな音がする。男が見惚れていたのは、私ではなく、この「大哥」だったのだ。
「もともと……」
男はまたさっきの言い掛けて立ち止まる口調に戻っていた。
「灯り、点けたままの方が、いいかしら」
私は卓上のランタンを見下ろしたまま、尋ねる。
憎らしいことに、ランタンの灯は消えかかっていた。
「それとも、暗い方が安心します?」
返事の代わりに、幾分遠くなった雷の音が窓の外で鳴った。
(十二)
「君は、どうなの?」
問い返す男の声はどこか恐れている様だった。
「どうって……」
今度は私が迷う番だった。
こんな風に尋ねる客は初めてだ。
今まで迎えた男は、灯りを消してくれとか、あるいは明るい方がいい、とか、こちらが問う前から自分の好みを伝えてきたし、中には部屋に入るなり自ら灯りを吹き消す手合いもいた。
「それは、潘少爺のお好きな方に合わせますわ」
誰も私の好みなぞ知ったこっちゃなかったから、自分でも考えたことはなかった。
「俺は……」
西瓜の種の香りがふっと匂った気がして目をやると、すぐ隣に彼がいた。
「暗くても、別に大丈夫だ」
ジリジリと弱まっていく灯りが男の蒼白い顔を下から浮かび上がらせる。
再び睫毛を伏せた男の目は、どこか本音を言い出すのを憚っているかに見えた。