番外編:青瓏《せいろう》の眼差し
また、やってる。
青瓏は部屋を覗いて力が抜けるのを覚えた。姉芸妓の翠玉が、片耳にだけ耳飾りを付けたまま、鏡に映った自分に向かって首を振っていた。
あんな顔でよく鏡をつらつら眺める気になるものだ。
青瓏は鼻先で笑う。
翠玉はこの家で最も不器量な女という扱いを受けていたし、青瓏もそう思う。
青白い顔のどこがどう悪いというより、全体がまず見栄えしないのだ。
何より翠玉の足は大きかった。纏足のやり方が拙かったのか、足の方が逆らって成長したのかは分からないが、足にはめた翡翠色の靴は優に五寸はあった。
それに比べるとあたしは、青瓏は自分に鑑みる。
確かに目はつり上がっているし、顎もちょっとしゃくれているかもしれない。
でも、お客様はそれが可愛らしいと言ってくださるし、水色の靴を履いた足だって、三寸金蓮とはいかないまでもかなり小さい方だ。
男が二人を見てどちらを選ぶかは火を見るより明らかではないか。青瓏は翠玉の背にそう笑いたくなる。鏡を見いる翠玉を目にすると、青瓏は無性に馬鹿にしたくなるのだった。
だが、その一方で、鏡に向かってうなずき続ける翠玉の振る舞いは、容色への自惚れからとも決めかねた。
鏡に映る自分を通して、見えない誰かと話している様にも見える。これに限らず、翠玉には、常に上の空でその場とは別のことに気を取られている気配がある。
翠玉がこの置屋で軽んじられるのは、一つにはそうした性癖のせいもあった。
大体、翠玉姐さんは妓女に向いていないのだ。
宴席に侍ってもお愛想一つ満足に言えず、客の方から冷たくあしらわれてしまう。
楽器は人並みに弾けるので全く無用にされることはないが、人目をそばだてるほど美しくもなければ愛嬌もない芸妓など、喜ばれるわけがない。
青瓏にとって何より不思議なのは、翠玉に売れない自分への焦りが全く感じられないことだった。
馴染みらしい馴染みもいないのに、このまま身請けもされないまま年を取ったらどうするのだろうか。
仮母さんの様に女将にでもなって花街に居続けるつもりなのだろうか。女将さんなんて柄でもあるまいに。