6) 可愛い女の子には弱いんです
小鳥のように愛らしい声で、少女は私に質問を投げ掛けた。
「お怪我の方は、大丈夫でしょうか……?」
澄んだエメラルドグリーンの瞳が私を見上げる。宝石よりも深く、神秘的な色合い。これほどまでに美しい少女が実在したのかと関心してしまう。
世の中は広いものだ。絵で見る絶世の美女と謳われる女性よりも、遥かに魅力的な少女だ。大人と子供の境目にある、無垢な美しさは何者でも蕩けさせるだろう。
きっと大人になったら、その瞳で、その髪で、その声で、男どもを虜にさせるに違いない。そのような予感をさせる、男好きのする顔立ちをしていた。
(か、可愛い…………)
心が震える。
手を差し伸べて守りたくなるような儚げで柔らかな雰囲気は、彼女の魅力に華を添えている。さらさらとベットに零れ落ちる光の粒子を紡いだような白金の髪。きっと手触りは良いだろう。ぐしゃぐしゃと頭を撫でまわしたいが、人並み外れた美貌とは言え、この子は人の子だ。
一刻でも早く研究所に戻らないといけないのに、こんなことを思っているだなんて、私の治療を待ち侘びている親愛なる友人に知られたら、ど突き倒されるに違いない。
可愛いモノは正義と、常々主張しているこの私だが、今の哀れな顔を見れば皆笑い死にするだろう。おそらく、顔はだらしなく歪んでいる。
冷静になろうと必死で頭を切り替えようと黙り込む私に、少女は怯えたように両手の指を交互に絡めて、神に拝むように頭を屈めた。
「私に、出来得る限りの治療はしましたが、未熟な独学で御座います」
……そういえば、タンコブに触れた時に、ぬるりとした感触があったことを思い出す。もしかすると、彼女が患部に軟膏でも塗ってくれたのだろうか。
お礼を言おうと思って彼女を見ると、
(わぁお……)
このままだと泣く。
「怪我は治したから問題ないよ」
目に涙がたまっているのを見て、返答を急いだ。意地悪をしたくて、無言でいるのではないのだ。
心配そうに私を見ている少女を目の前にして少々、無作法だったかもしれない。
これが私ならきっと、
『何処が痛いんだ、さっさと言え!時間の無駄だ!!』
と、怒鳴っているところだ。
もっとも、単に私が短気な乱暴者なだけなのかもしれないが。
「先ほど光は、やはり……」
「治癒の魔法だ。ほら、私の頭を触ってごらん」
「……あ……!」
「治ってるだろ?」
「す、凄いです……!」
暗く淀んでいた少女の瞳に、きらきらとした輝きが戻る。そうすると、さらに幼く見え、あどけなく子供らしい興奮した様子に、私の顔も綻ぶ。
(だが、やはり、この少女は貴い身分の出だな)
そう、再認識せざるを得ない。気分が高揚している時でさえ、控えめで上品な言葉遣いと、訛りのない正しい言語の発音は、平民階級では成せる業ではない。
貴族階級と、それ以外の者では、住んでいる世界が違う。成人後に学ぶこともできるが、発音の違いを修正することは極めて難しく、何かしら違和感を感じるものだ。その生まれを隠し通すことはできない。
改めて部屋の中を見渡してみる。
ぬいぐるみが至る所にあり、木目の残る小さな机の上には、雪の女王とも呼ばれる濃い水色の花が一輪、活けられている。
机の上には、本が3冊散らばっている。傍らには羊皮紙が置かれ、羽根ペンが転がっていた。少々散らかってはいるが、生活感のある部屋だ。
可愛らしい小物で飾り付けられたこの部屋は、もしかすると、彼女の部屋なのかもしれない。どうやら彼女は龍に愛されており、不当な扱いは受けていないらしい。
と、思ったが、
(待てよ。彼女の、この鎖は何だ?)
突如として目に飛び込んできたのは、彼女の両手の間に垂れ下がっている、窮屈そうな銀色の鎖。先ほどまでは存在していなかった代物だ。
(光が無くなると消える仕組みか。魔法や、呪術の類か……?)
雲が太陽を遮り、太陽光が無くなると消え、光をを浴びると具現化するようだ。左手を顎に付けて思考に耽る。
その物体が現実に存在するのか立証したくて、消えた鎖に手を伸ばす。そこには何も無い筈なのに、じゃらりと重い金属の音がした。
(こ、これは……!!)
見間違えるわけがない。勇者の野郎に何度か悪戯されたことがあるからわかる。この質感に重量。これは軍用の鎖じゃないか。
主に魔物を封じ込めるために使う拘束具だ。どのように入手したのか分からないが、王宮に上手く潜入していたのだから、その際に盗んだのか。
まさかこの少女、龍の奴隷とでも言うのか。
そうだとしたら、何て羨ましい――いや、違った。龍なんて恐ろしい種族だということになる。何を考えているのかわからない奴らだったが、まさか人間を奴隷にして閉じ込めるような奴らだったとは。
憎き白龍のことを思い出し、自然と表情が険しくなってしまった。