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龍の養い子と、恋の魔法  作者: ちゃむにい
始まりの邂逅編
17/18

17) 勇者は勘違いされています






たとえ、この月光樹から脱出することが出来たとしても、あの男にレティシアの居場所は言わない。それは決めた。

けれども、どうしても気になることがあった。セリムは両親が健在のはずだった。それならばセリムはともかく、レティシアの帰りを待ち侘びている人がいるはずだ。けれども、それを彼女に問いただすことはできない。

私だけが、彼女の秘密を掘り繰り返すのは、平等ではないからだ。だから、私は誰にも言ったことのない、私の秘密を彼女に話すことにした。


「レティシア」


「はい」


「私はね、人殺しなんだよ」


ちょっと言葉選びを失敗しただろうか。レティシアが言葉の意味が分からない、といった風に硬直している。


「あぁ、もといエルフ殺しだな。私は幼い頃からエルフと共に生活をしていた。今の私では想像もつかないかもしれないが、当時はやんちゃでね。親から禁止されたことを、むしろ嬉々としてやらかしていたんだ。ヘタに頭の回転がはやい分、手を焼いたらしい」


あの時は、とても楽しかった。


今のように、罪の意識を背負っていなかったから。とても仲の良い、同年齢ぐらいのエルフたちと混じって、森の中を探索したり狩りをしたりして泥まみれになって遊んだ。時には喧嘩もしたけど、すぐに仲直りして、親交を深めた。


「そんなある日、私は提案したんだ。森の奥で遊ぼうって」


大人でも立ち入らない、子供にとっては秘密の隠れ家だった。あの時までは、安全だと思っていた。そして己の力も見誤っていた。倒木から削りとって作った弓を親から与えられて私たちは有頂天だった。自分たちだけでも小さな魔物ならやっつけることが出来ると、過信していたのだ。


「そして、凶暴な魔物に襲われた。その時にエルフの友人が1人、大けがを負ってね。私が背中に背負って命からがら逃げたけれども、今も昏睡状態で目を覚まさない」


目を閉じれば、あの日のことが鮮明に蘇る。


次第に弱々しい声になっていく友人の声を、私は一生忘れないだろう。

彼が目を覚ます日を、待っていた。

けれども、彼は目を覚ますことはなく、眠り続けた。

エルフの長老が言うには、眠り病だと言う。原因は、魔物の穢れを受けてしまったことだった。数百年ほど前には治療できた病だったが、人間の大戦に巻き込まれて森が火の海と化した時に、治療法を知っている大人のエルフが1人残らず焼け死んでしまって、その治療法が分からなくなってしまったのだという。


彼はご神木の根元で、養分を分け与えてもらって、その命を長らえている。何回、私のせいだと泣いたことだろう。

私が、あんなことを言わなければ、彼は病にかかることはなかった。

すべては私の責任だった。

長老は、子供のやったことだ、私がそんなに根を詰めて治療薬の研究をしなくても良いと引きとめてくれたけれども、私は私のしたことを忘れることが出来なかった。


「私は、彼を治す。ぜったいにな」


それは、私が軍に入る前に、眠り続ける彼に誓ったことだった。だから、私はここで時間を無駄にするわけにはいかない。


私には、待っている人がいるのだから。


「レティシア。……人が1人、いなくなるというのは、残される人にとっても、人生が変わってしまうぐらいに、とても大きいことなんだ。それだけは知って欲しい」


レティシアは顔を上げた。


エメラルド色の双眸には、決意の色が滲んでいた。


「心配なさらないで下さい。私には、心配のしてくれる家族はおりませんから……」


暗い顔をして泣きだしそうな顔をしている彼女に、それ以上の身の上話を聞くわけにもいかなくなった。

そのまま有耶無耶にしたいところだが、私の今後にも関わることなので、痛む心に鞭を打って、きっちり確認しておくことにした。


「ではセリム=ツイストは? 奴は、貴方を今でも探している」


「きっと、それは私がお母様の形見を持ち出したからでしょう」 


そう言って、彼女は身につけていた精巧な銀の龍の首飾りを手にとった。星の輝きを集めたような、大粒の宝石が真ん中に嵌っている。見ただけで高価な代物だということがわかる。それこそ庶民では拝むことも出来ないだろう。


「あれはどう見ても、それだけの感情で動いているようには思えなかったが……」


たしかに美しい首飾りだ。


それだけでひと財産となるだろう。けれども、彼は勇者セリムなのだ。魔王を討伐した時に金銀財宝を得た男だ。

その時にあった財宝は、レティシアの首飾りよりも、もっと大粒の宝石もあった。


レティシアは、ためらいがちに喋り始めた。


「私はお母様の連れ子です。なので、お兄様とは血縁関係がありません。お兄様は常々、私のことを妹なんかじゃないと言っていました。それに、私を見る目は冷たかったです。だから私のことを案じているわけがありません。私はいらない子供でしたから……」


そこまで言ってから、ぽろぽろと涙を流した。


きっと、ずっと腹に抱え込んできた思いなのだろう。

レティシアは優しい子だ。

けれども、常にどこか影があった。

ずっと、ずっと、その言葉が彼女を蝕んでいたのだろう。


私はセリムが嫌いだ。

けれど、悪い奴ではない。

そして、嘘をつく奴でもなかった。彼は真剣に妹がいかに可愛いかということを私に力説していた。だから、レティシアとセリムの間で、重大なすれ違いがあることを私は悟った。

セリム、お前、言葉足らずにもほどがあるぞ、と心の中で私は呟いた。


「いらない子供なんか、いないさ」


私は、そっとレティシアの手を握った。


「そう思いたいですね。けど私、聞いてしまったんです。私を、親戚の叔父さんに養子に出させる。でなければ、母との結婚は認めないと。……私は、家から出て王女さまの侍女になりたいと言いました。そうしたらこんな鎖をつけられて、部屋に閉じ込められました」


「それは……」


「それで部屋の中で泣いているところを、たまたま遊びにきていたヌルが見つけてくれて、数年ほど前に連れだしてもらったのです」


思った以上に、込み入った事になっているなと思い、私はこめかみに指をあてた。


「私の望みは、ヌルと一緒に、死ぬまでここにいることなんです。この生活を、ずっとしていきたいんです」


そう言って、微笑む彼女は、今まで以上に美しく見えた。







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