14) 扱いの難しさはSランクです
おそらく、私が寝ている間、ずっと作っていたのだろう。テーブルの上には乗りきらないほど食事が用意されていた。
忙しさのあまり食事を抜かすことは良くあったのだが、さほど食生活には関心が無く、食事とは生命を維持するために仕方なく食べるというだけで、味わうということとは無縁の生活をしていたのだが、それでも極限に腹ペコだったこともあるのだろうか、それとも、レティシアの、手の込んだ手料理が食欲を増進させるのだろうか。
私は久しぶりに『食事』を楽しんだ。
腹八分ぐらいにするつもりだったのだけれど、出し忘れたとか言ってレティシアが追加の料理を持ってきたので、食べないわけにもいかず、これ以上食べれませんというぐらい食べてしまった。
「もうお腹いっぱいだよ、御馳走様」
レティシアにお礼を言いつつ、食後に淹れたてのお茶を飲む。このお茶は、寒さに強いとされるグレイル種のものだろうか。以前、研究用素材の仕入れに北方の大国シリルを訪れた時、貿易商の店主を待っている間に出されたものと、似た香りがした。
聞いてみると、山に自生している葉を煎じたものだと言う。この辺りでは寒暖の差が激しいため、強い香りが出るらしい。
「おかわりは、ご自由にどうぞ」
そう言ってテーブルの上にある木製のポットマットの上に置かれた、ガラス製のティーポットに、私はホクホク顔で答えた。
「ありがとう、レティシア」
これだけあれば暫くの間、楽しめそうだ。
こんなにも至福の時があっていいのだろうか。空きっ腹が満たされていることもあり、心にしみる美味さだ。
これであとは本でもあれば、最高だ。読むつもりはなかったが、好奇心でレティシアに聞いてみると、本はヌルの祖父であるイグニスの寝床にあるらしい。
あの威風堂々たる巨体を想像して、無言になってしまった。
持ってきましょうかというレティシアに全力で首を振った。状況把握もまだ出来ていない内に、余計なことに首を突っ込みたくない。
また、レティシアは久しぶりの人間との出会いに喜んでいるようでもあった。くるくると動き回るレティシアの暇を見て話しかける。
今日の天気だの、ヌルの好物だの、他愛のない話を交わした。
「しかし、凄い眺めだね」
「えぇ、毎日見ていても飽きませんよ」
埋め込まれてある窓ガラスから、外の景色を見ることが出来る。どうやら快晴のようだ。雪に光が乱反射して、眩しいほどだ。
木の枝には小さな氷柱が垂れ下がっていたが、春の陽気で溶け、水の粒がポタポタと落ちている。その景色を眺めながら、お茶を飲み、ようやく人心地を付くことができたような気がする。
それにしても、こうやって見ると、隅々まで手入れのされている、居心地の良い部屋だ。
レティシアが言うには、ありとあらゆる物が、人間の寄進物なのだという。
相変わらず、異常な事態には違いないが、レティシアは良い子だし、ヌルも手のかかる子供と思えば問題ない。
後は如何にしてここから外に出るかということなのだが、それも情報が足りない。出来れば避けたいところなのだが、ヌルの祖父の力も借りないといけないかもしれない。
レティシアの様子を見ると慣れた様子で食後の片付けをしていたが、鎖をズルズルと引きずりながら、片付けをする姿は見かねるものがある。
レティシアのお手伝いをしようと皿を洗おうとしたのだが、
「お客様に、そんなことはさせられません……!」
そう言って、私の持っているモノを取り上げようとするレティシアだったが、例え、慣れていると言われたとしても、そうはいかない。
根気強く粘って、首尾よく仕事をゲットした。その間もレティシアに色々と話しかけていたのだが、どうやら食器とかその類のものは足りなくなったら、レティシアとヌルが時折町に行って購入してくるらしい。
「ヌルが、良く皿を割ってしまうんですよ。この間も私のお気に入りのカップを割ってしまって……」
「ご、ごめんって言っただろ、レティ!」
「はは、やった方は忘れてもな、やられた方は覚えてるんだぞ」
水浴びから戻ってきたヌルの困り顔がおもしろくて、ちょっと意地わるく虐めたら、拗ねてしまって顔を真っ赤にして飛び出ていってしまった。
ちょっとからかいすぎただろうか。流石に反省して謝罪しようと迎えに行ったが、鳥の大群の中にまぎれこんでしまったようで、どこにヌルがいるのか判別がつかなかった。
1時間ほど探しまわったが、どうしても見つからなかったので、
「悪かったよ、レティシアも心配している……」
と大声で訴えたが、聞えてくるのは、鳥の鳴き声だけだ。苛立ちまぎれに、
「遊んでやるから出てこい!!」
と、すごい上から目線で叫んだら、
「えッ、ホント!?」
こんな簡単に釣れていいのだろうか。
「というかあんな場所に隠れていたのか……!」
「僕は、かくれんぼに関しては名人なんだよ!」
いつの間にか、かくれんぼしていることになっていたらしい。凄いプラス思考だ。というか、怒っていたんじゃないのか、白龍の子よ。ピョンピョンと跳ねながら、すごい嬉しそうに胸元に飛びついてきたので、驚いて地面に叩きつけてしまった。
その後、白龍の子供は大声で泣き始めて、手のつけようが無くなったのだが、駆けつけたレティシアに良い子、良い子と撫でられ、ようやくご機嫌になった。
しかし、
「遊んでくれるんだよね?」
私の言葉を、忘れていなかったらしい。
問答無用で地面に叩きつけてしまったという後ろめたさもあり、白龍の子供に連れ回されて、その日は潰されてしまったのは言うまでもない。