12) 失言にはご用心
パタパタという音が聞こえてきたと思うと、レティシアが部屋に顔を出した。あまりに私が遅いので、心配になって見にきたらしい。
そしてヌルの姿を確認すると、小さな叫び声を上げた。
「ヌル!……だめでしょ!!」
レティシアの声に反応して、ヌルはビクリと体を震わせると、みるみる内に白龍の姿へと戻った。レティシアはあたふたと白龍に近寄り、首根っこをつまみあげる。
「す、すみません……!いないなとは思っていたのですけど、まさか、こちらにお邪魔しているだなんて……」
「離してよ、レティ!」
レティシアの胸の中で、全身を使ってジタバタする白龍の子供に、威厳は微塵も感じなかった。まるで聞き分けの効かない子犬のようである。
王宮では神の使いとして崇められているというのに、この現実の差はなんだろう。神官どもが見たら、意識が遠くなりそうな光景だと思う。
「ケーキあるよ、ヌル」
「え、ミディファの実、のってる?……すっごく、すっごくね、甘くなきゃ嫌だよ!」
「うん。昨日採ってきたから、とっても美味しいよ。それにヌルの大好きな生クリームをたっぷり使ってるの。今日は特別に大きなケーキ焼いたから、たくさん食べれると思うんだけどな……」
「わぁい!!御馳走だね、はやく行こうよ、レティ!!」
結局、白龍はオヤツに釣られて、部屋を後にした。レティシアも、躾が大変そうだな、と思いながら、私は手早く着替えた。
色とりどりの食卓を前に、私は無言で食べまくった。
美味い。
数分前まで、どうやって白龍を説得しようかと思い悩んでいたわけだが、スパーンとそのことを忘れて、私は黙々と味わった。
そして、腹が満たされると、お説教の時間へと突入した。
彼は私を連れ去った本人だ、間違いない。何しろ、その時にいた龍でないと分からないことまでペラペラと喋り始めたからだ。
「人間、大好き!だから人間捕まえた!」
のうのうと、こんな事を言い出す始末だ。このままでは、あと2、3人捕まえてくる!と言いださないと限らないので、私は小さい脳みそでも分かるように説得に努めた。
「ヌル、と言ったな。お前、レティシアが、町の人に連れていかれたら、どう思うんだ?」
「連れてなんか、いかせないよ?」
キッパリと言い切る白龍の子供は男前だが、論点はそこではない。そもそも、こんな小さい龍1匹でいったい、何が出来るのだというのだろう。
(まぁ、王宮の追手を撒いたのは凄いがな……)
あれは奇襲攻撃だったからこそ成功したのだと思う。そうでなければ撃ち落とされていたか、冒険者どもがこぞって参戦して血の海を見ることになったかもしれない。何しろ滅多にない、名を上げる良い機会だ。辺鄙な地にしか住まない龍が、のこのこと人間側の陣地にやってきたのだ。力のある者が、どのような行動に移るかなんてことは想像に難くなかった。
もし、そのようなことをされたら私の命が危なかったので、今更ながらに綱渡りの状態だったのだと、思い知る。
この特殊な地の利があれば、すべての短所を補えるかもしれないが、あの男を敵に回しているかと思うと、気が気でない。
「例えばの話だ。私にも、私が居なくなることで悲しむ人が、」
……いるか?
と、一瞬思ったが、少なくとも姫さまとエルフの長老、それに少し頼りない部下ぐらいは悲しんでくれるだろうと思って、平静を装いつつ言葉を繋げる。
ここ最近は、研究だの仕事だので忙しくて、その類の関係が希薄になっていた。そのため断言できなかった自分が切ない。
何せ周囲は癖のある人間ばかりで、職場で友人をつくるなど考えもしなかった。つくる自信もないし、相手にする暇もない。
周囲が男だらけだから、難しいところなのだ。
「そ、そっかぁ……悪いことしたね」
気落ちした様子の白龍は、つい慰めたくなるほど可愛い。けれど、それでは本人のためにはならない。
ここは厳しく物ごとを教えなければ。
(の、前に……)
どうしてもツッコミたかった事を、私は言い放つことにした。
「欲しい人間がいるならな、神隠しに見せかけるとか、ものはやりようってものがあるだろう?」
「おぉふ……賢いな、人間」
初めて気が付きました!
って顔してやがる……!!
「でもね、ここだってすごい住みやすいよ」
「そうか?」
「外はとっても寒いけどね、木の中はとっても暖かいんだよ。人間、ここに住めばいいんだよ。空いてる部屋だって、いっぱいあるよ。ねぇ、ボクと遊んでよ!」
ほら、見ろ。
ぜんぜん反省の色がない。おそらくは『ボクと遊んで』が本心だろう。何処から出してきたのだ、継ぎ接ぎだらけの、ミルク色をしたフワフワ手縫いボールは。
困ったような顔をしながらも、優しい眼差しで白龍を見ているレティシアの手前、きついことは言えないが、いったい、この白龍の親は何をしているんだ。白龍は神の使いとされるほど稀少な種ではあるが、その子育ては放任主義なのか?
「親の顔を見てやりたいな……」
しまった、心の声が、言葉に出ていた。レティシアはギョッとした顔をしたので、私の発言が失言だったということに気が付いたが既に口から出た言葉を回収することはできない。
白龍は尻尾を力なく垂れた。
「おとぉさんと、おかぁさんは、50年前に死んじゃった……」
直ぐに謝罪の言葉を伝えたが、白龍は寂しそうに俯いたままだったので、罪悪感でいっぱいになる。レティシアが慰めるように頭を撫でると、白龍は甘えるように目を閉じた。
これではどちらが親で子なのかわかったものではない。どちらかというとレティシアが白龍の親みたいに見える。当初は違ったのかもしれないが、すっかり立場が逆転しているではないか。