11) 白龍は謎だらけの生物です
全身の毛を石鹸で洗って、太陽の光で乾かしたかのように、純白の毛がフワフワとしている。目はレティシアと同じエメラルドグリーンで、悪戯っ子のように目を輝かしている。尻尾はユラユラと揺れ、機嫌が良いのか悪いのか、それとも警戒しているのか、判断できない。
腹には銀色の鱗が見え、口の中は炎のように真っ赤だ。
小さな子供とは言え、こんな至近距離で火を吐かれたら無傷では済まないだろう。
とは言っても、レティシアの言葉を信頼するのならば、白龍が私を害することは万に一つも無いだろう。こうやって威嚇をしても、殺意がまったくない。
レティシアの着ているドレスや、この部屋の様子からすれば、如何に白龍から可愛がられて育てられているかということがわかる。
白龍の子とは言え、レティシアが悲しむようなことはしないだろうと、私は踏んだ。
(だが、声が同じだな……)
あの大人の龍と同じ声色をしている。親の遺伝子を受け継いだのかと考えて、ふと嫌なことに気が付いた。それは私が白龍によって連れ去られる直前の話だ。私が患部を治療しようと白龍に手をかざした時、白龍は子供の姿をしていた。
『気に入った』
低い声が頭に響いた、その直後、白龍は本来の大きな姿に戻った。
その事に思い当たると、私は気を引き締めた。のんびりと事を構えている場合ではないのだ。まさに、私を連れ攫ったヌルとやらが、目の前にいるかもしれないのだから。
(そのわりには雰囲気も、言葉も子供っぽいのだが……)
私は、こうしたふわふわとした生物に目がない。しかし前回、その見かけで騙されて酷い目に逢ったので、慎重を期す必要性があるだろう。
案の定、あの時みたいにぴかぴかと竜の体が発光し始めて、私は自分の判断が間違っていなかったのだと胸を撫でおろした次の瞬間、
「ばッ、馬鹿者!!!!なぜ、その姿になる!!!???」
白龍は大人の姿になるのではなく、人間の美少年に変化して私は絶叫を上げた。
「これがボクの人間の姿だッ、お前にあわしてやったんだゾッ!?」
もの凄く上から目線で、その美少年は頬を膨らませた。とてもではないが、あの時の誇り高く威厳のある姿とはかけ離れている。
やはり別人、いや、別竜なのだろうか。
小さい竜ならまだ可愛らしかったが、その姿では大いに問題ありだ。何しろ私はパンツ1枚しか身につけていないのだ。私は竜に背を向け、ダダダッとベットまで引き返して、シーツを引っぺがし、体に身にまとった。
「私がッ、ドレスを脱ぐところから見ていたのか!?」
いくら人間とは異なる種族であり、生活習慣も異なるとは言え、最低だ。私は目を吊り上げながら、白龍の子供を罵った。
「フフン。軟弱な人間どもは布切れを纏わないと風邪をひく。だから待ってあげたんだ。ボクなんて強いから、何時でも裸だぞ?……レティシアが服つくってくれたから、着るけどね!」
何をどう勘違いしたのか、奴は自慢気に喋る。
「龍と人間を一緒にしないでもらおうか!人間はなッ、裸を見られるのは嫌なんだ!!」
「レティシアも同じようなこといってたよ。つまり自分の体に自信がないんでしょ?……レティシアもそうだけど、人間って卑屈だよね」
「そう…… そう思うなら出て行ってもらおうか!」
「ま、待て待て!!話があるんだ!!!」
ツマミ出そうとする私に、奴は慌てて私の手を掴む。そのとたんにハラリと落ちるシーツ……
「バカモノ!!!離せッッ!!!!!」
「なんだよッ、そんな怒ることないじゃんかッ」
不満そうに、だが憐れむような目で私の胸をガン見する白龍。
「レティシアより……小さいな」
「殺されたいのか!?」
白龍の、あんまりな言葉にギリギリと歯ぎしりする。
これでも、並みだと思っている。いや、並みより、やや、だいぶ、小ぶりかもしれないが、そんなことをわざわざ言う必要性などないだろう。
「私はなッ、栄養は頭にいってるんだ!」
胸が大きいと肩が凝るというし、同僚の女性のように男性陣から、いやらしい目を浴びることになるし、仕事をする上では良いことはないと思う。……多分。
「なんで、そこまで過剰反応するんだ?胸なんて、柔らかい肉の塊だろ?不思議な生物だなぁ……でも雌っていいよな、抱き締めるだけで気持ちいいし、それにお前やっぱりいい匂い……」
手を引かれ、美少年の胸元に寄せられると、奴はゴロゴロと喉を鳴らしながら抱き締めてきた。不埒者の頭をグイグイと離そうとするが、むしろ擦りつけられる。
首筋に舌先を感じたと思ったら、ぺろぺろと舐められた。
くすぐったい。
(どうやら私の作ったお手製香水の効果は継続中のようだな……もっとも、当初の想定を越えた効用が出ているようだが)
いくらなんでもあれなので、私は奴の大事な場所にひざ蹴りを喰らわせた。白龍だからどうかと思ったが、人間の男なら誰でも弱い場所は、白龍にとっても弱点だったようだ。だが、床に転がって悶絶する白龍の姿に、強く蹴りすぎたかなと少し後悔した。
「なんだよ!親愛の情を示してるんじゃないか!これからボクたちと住むんだから、仲良くしようよ、人間!」
「お前……!!」
龍の言葉に、頭が痛くなってくる。思いの外、彼を痛い目にあわせてしまって、謝罪しようか迷う気持ちが吹っ飛んだ。
「お前じゃないよ、ヌルだよ。ヌルって呼んでよ、人間」
不機嫌そうに私に話かける相手に、私は言葉を失った。『ヌル』と言えば、レティシアが言っていた、『私を誘拐した』犯人ではないか。
(この少年が?)
とてもそうは見えない。
何かの間違いではないだろうか。