10) 極めて制約の多い住処です
「まずは出来るだけ早く足がつかないような形で、私を街に戻してもらいたい。後の辻褄合わせは、舌先三寸で何とかするから」
私が回復魔法専門で良かった。途中で落とされたんだと言えば、両足が骨折して内臓が損傷しても、手さえ無事であれば何とでもなる。
「それが……そうしたいところなのですが……此処は月光樹ララ・ウラウの中なのです」
「月光樹?」
聞き慣れない言葉に、私は首を傾げた。
「はい。この地帯を守護する樹の精霊です。私とヌルの住んでいるこの家も、月光樹の洞を利用して作られたもので、月光樹の加護によって守られております」
「それが何か問題あるのか?」
「月光樹との契約により、近辺の結界は満月の時にしか開かないのです。月光樹は精霊の住処で、人間界とは異なる法則に支配されています。この家自体の入口も、あと半日経たないと外に出れません……その、けれども、ああ、どうしたら良いのでしょう……」
「…………つまり、外に出れる頃には30日経過してるってこと、ってことか?」
「はい……」
こうしている間にも、王宮では白龍退治の準備が着々と進められているかもしれないというのに、のんびり待つことしかできないというのか。
(うわぁ……八方ふさがりだ……!)
勇者が襲ってきたらどうしよう。身の毛のよだつ光景が頭をよぎる。あいつは笑顔で私ごと白龍を倒そうとするだろう。
気詰まりのする雰囲気の中で、無言が続いた。
レティシアが扉に向かって、ほっそりとした指で指さす。
「その、とりあえず、お食事は如何でしょうか?」
「食べる!」
即答である。
食事、と聞いただけでヨダレがこみ上げてきた。汚いと言うことなかれ。胃袋はカラッポで、何でもいいから胃に詰め込みたいのだ。
おそらく丸1日食べていないだろう。
極度の緊張感から解放され、腹ごしらえをしておくのも重要だ。食べなければ、良い考えも思いつかないかもしれない。
と、自分に言い訳をしてみた。
「良ければ、着替えは此方をお使い下さい。急ごしらえでヌルの服を繕い直したものなので、体に合わないかもしれませんが、ミゼア様がお召しになられていたドレスよりは温かいと思います。お食事のご用意は、あちらの部屋に出来ております……その他に必要なことがあれば、なんなりと私に御申しつけ下さい」
「色々、ありがとうね」
可愛らしくお辞儀をするレティシアに、私はお礼を言う。
「い、いえ。……あ、お食事、温めてきますね」
あまり褒められたことが無いのか、パッと頬を薔薇色に染めると、パタパタと部屋から出ていった。
(まったく、あの龍が育てたとは思えないほど、素直で良い子だな……)
そうして、広い部屋にポツンと残された私は、伸びをして着替えを始めた。ボキボキと肩が凝り固まっていたのには涙が出る。
レティシアに手伝ってもらえば良かった、と思っても後の祭り。私は着慣れないドレスを脱ぐのに四苦八苦していた。
(何だ、これは。破り捨てようか!?)
叫びだしたくなるほど苛立ったが、このドレスは借り物だ。こんな上質のドレスを、私がもっているわけがない。姫様に謁見するのに、ドレスの1つも所持していなかった私がそれを理由に断り続けた結果、業を煮やした王宮から強制支給されたもので、返却せねばならないものの1つだ。
おそらくはこれ1着で目玉が飛び出るほどの値段がするだろう。
幸いにも破れていないみたいだし、なんとか返却したい。
でなければ給料から棒引きされるイコール、研究資金が減る。ただでさえ、こんな場所に連れ攫われて1カ月も時間を浪費することになりそうなのに、借金生活は嫌すぎる。またしても研究以外の、副業に専念しなくてはいけなくなるではないか。
(それにしても、どうするかな……)
もぞもぞとドレスを引っこ抜く。
彼女の言う事が正しいのなら、私はこの付近から外に出ることができないようだ。ならば、彼女に言って、研究の足しになるものがないか、協力を求めるのが一番良いだろうか。
もちろん、脱出する術が無いか調査してからになるが、此処は人類未踏の地である。雪深い場所だから材料を探すのは手間かもしれないが、白龍の住処という条件を考えれば、案外貴重な品が転がっているかもしれない。
もし、人手が欲しいようなことがあれば、彼女の手伝いもしていいし、どちらにしても何もすることがないというのでけは勘弁だ。頭が腐ってしまう。
「ふむ、体は異常なし、と……」
ぐるりと自分の裸を点検する。さしあたって、異常な場所はない。龍の呪いとか厄介なものにかかっていたらどうしようと思ったが、その類のものもないようだ。
(強いて異常といったら、そう……)
扉の端っこに転がっている小さなぬいぐるみみたいな白竜だろうか。当初は、レティシアが縫ったぬいぐるみなのかと思って放置していたが、頭がグラグラと上下に動いて、ギクリとした。しばらく様子を見ていると、尻尾がビタンビタンと揺れて、クゥ、と可愛らしい小さな鳴き声が聞こえた。
私をここまで連れてきた白龍の子供だろうか?
「どうした?」
大いに好奇心が刺激されて、裸のまま近寄ると、
「さ、触るなよッ、人間!」
真っ赤な炎をチロチロと見せながら、威嚇する小さな竜に、私は思わず手を引いた。