第四話「勇者サマは苛立った」
私はその一言だけ言ってラン君の背中を押して玄関先まで追い出した。私に強引に追い出されながらも何か言いたそうなラン君。そんな微妙な雰囲気の中、家のドアがいきなり開いた。
「あれ?姉ちゃん帰ってたんだ」
学ランの制服姿の幼い男の子が家に入ってきた。
この男の子は弟の悟。中学1年生で私とは7つも歳が離れてるの。
「学校は?まだ昼過ぎよ?」
ひとまずラン君を放置して悟に話しかけた。
「今日は短縮授業だって言っただろ。だから弁当も持っていかなかったじゃん」
ああ…そういえばそんなことも言ってたような。
「しっかりしてくれよ姉ちゃん。もう老―――」
「あ゛?」
「ご、ごめんなさいお姉さま…」
思わず弟相手に本気で睨んでしまった。昔のクセが中々抜けなくて困る。
自分の大人気ない行為に思わず深くため息をつき嫌悪していると、悟がラン君を指差した。
「そんなことより、さっきから気になってたんだけどこの人お客さん?」
お客さんかと聞きながら訝しげにラン君を見つめている。そしてあろうことかとんでもないことを言い出した。
「もしかして姉ちゃんの彼氏?」
「は?」
弟の予想外な言葉に目が点になった。なおも我が弟は両腕を挙げやれやれといったポーズでその口を閉じずに話し続ける。
「今度の彼氏は重度のコスプレヤー?姉ちゃんって昔から変な男に好かれるよね。今までだって鉄道オタクやらチャラいのとかストーカーとかいなかったっけ?新しい彼氏はいいけど、今度はまともな人なの?いっつも強引に付き合ってくれって頼まれて最後には折れたくせに一週間も続かないのに」
怒涛であり色々と個人情報の流れる弟の饒舌に思わず頭を抱えたくなったが、あまり話をこじらせたくなかったから完結に済ませられる選択をとった。
「大丈夫だと思うよ。そのいつもと同じような展開だし」
とりあえず嘘をついた。
この場合のいつもとは、もちろん歴代の彼氏達と付き合うきっかけになった通例だ。色々な場所で待ち伏せされたり人が多いところで告白してきたり…強引で自分勝手な男ばっかりだ。一週間もしないうちに冷たく毒を吐いて振るけど。
今回は別に付き合ってるわけでもなければ勇者なんて役割を請け負ったつもりもない。そもそもそんな眉唾の話を全て頭から信じられるほど心が子供でも純粋でもない。ただ、昔にも何回かああいった経験をしたことがあるから話を聞いただけで信じたわけでも信用したわけでもない。死ぬなんて話はもってのほか。
「…やっぱり変な人なのか。鎧とマントなんて着てるし、どこかの騎士みたい」
「あの――――――」
悟の言葉に思わず肩が軽く跳ね上がってしまったが、どうにか少しでも抑え何かを言いかけたラン君の背中をまた押して今度こそ玄関の外まで追い出すことに成功した。
「とにかく、その話はまた今度ね」
それだけ言ってラン君の返事も聞かずにドアを閉め、鍵をかけた。
ふうっと一息ついていると、悟が学ランの上からエプロンを白い装着しながら話しかけてきた。
「姉ちゃん。彼氏にあんな態度でいいの?」
「いいのよ。そもそも今回だってロクな奴じゃないんだから」
「姉ちゃんって男見る目ないよね」
「何言ってんの…私が選んでるわけじゃないんだからそんなの知らないわよ」
弟の酷評に納得できずに思わず反論している間に、悟はもう料理の準備を始めていた。
そっちから話振っといてこっちの話の途中で作業するって…我が弟ながら薄情者め。そんなに変なのがいやならお前も抗議の一つくらいしろっての。
私はぞんざいな扱いをする弟をしばらしく恨めしく睨んでいたが悟が一向にその視線に気付くことがなかったからしかたなかく溜息をついて私は自室に戻った。
自室に戻った私は大学の課題プリントを鞄から出しながら今日の出来事を思い返した。
鎧にマント、勇者に魔王、そして最後は―――――そこまで思い至って、私ははっと我に返って首を軽く左右に振った。私はこのまま死ぬなんて出来ない。夢だってあるし、悟のことだって保護者として面倒を見なきゃいけない。父さんも母さんも今はいないのだから、私が悟のそばにいなくて誰があの子のそばにいてやれるのか。だから、ラン君の言うことを鵜呑みにして本当に死ぬことは出来ない。いや、本気で信じてるわけじゃないけど。
でも、全てを否定できるほど私は無知じゃない。あの蜘蛛を…いや、あの蜘蛛と同じようなモノを私は見たことがある。あるだけじゃないか…。
「あんなの、もう見ないと思ってたのに」
アレを思い出して、憂鬱になってついまた大きく溜息をついてしまった。今日何度目の溜息だろうか…考えるのも嫌になる。いっそあの優男全身縛って川に流してやろうか。それとも鮫しかいない区域の海に全身血だらけにしたまま放り込んでやろうか。
…まずいまずい、あまりのイライラで思考が危ないほうへ漏れ出した。でも、面倒なことに関わったことは事実よね。これで大学の単位を一つでも落としたらどうしてくれようか。
「姉ちゃんご飯できたよー」
課題を机に広げたもののペンが進まず、ぶつぶつと溢れ出す怒りを独り言に乗せているとノックもせずに勝手にドアを開け悟が顔を出してきた。
「ノックしなさいっていつも言ってるでしょ」
怒りのほんの一部を悟に八つ当たりで解消させ、私はゆっくりと椅子から立ち上がり自分でも気付くほどにほんのりと笑みを零しながら我が弟が用意した、まだ美味しいとは言えなくてもそれでも頑張って作ったと誰もが分かる私の大好きな手料理を食べるために自室を出た。
弟くんの登場です。なんか生意気っぽい弟ですが、姉想い…だと思います。姉も姉で弟…想いっぽいですね。
それにしてもラン君の扱いひどいですね。でもなんとか勇者様辞退を免れたようです。
姉は姉で今回はひどく苦労性でクロいことが分かったと思…これ以上言うと作者でも絞め殺しそうな姉ですのでやめておきましょう。