第三話「勇者サマは拒絶した」
私ははっと我に返って辺りを見渡した。
周囲のギャラリーはまた私のことをイタい子を見るような目で見ていた…って、ちょっと待って!今明らかに私よりおかしい人が私の目の前にいるよ!?鎧にマントだよ!?何で私ばっかりそんな目で見るの!?
私は居た堪れなくなって、とりあえず会ってそうそうに判明したマゾちっくなラン君の腕を引っ張って家に帰る。大学からなら徒歩5分で着くから大して人に見られないし、私の精神的ダメージも少なくて済む。
「ここならいいか…」
家に着いてしっかり鍵を閉め、ラン君を私の部屋に通す。私はベットに座り、床には座布団を敷いてラン君に座るように促す。
「ここはどちらですか?」
「私の家だよ。あそこにいたら目立ってしょうがないから」
ラン君は座布団の上に正座しながら私の話を聞いている。…面倒だから突っ込まないでおこう。
「まず、ラン君は何者?その服からすると、どっかの騎士?あと、その腕に嵌っている石は本物?」
矢継ぎ早に私に質問され、ラン君は少し考える素振りをして私を見つめた。
「勇者様は、本当に覚えていらっしゃらないんですね?」
「覚えてるも何も、この20年間一度たりともこんな経験したことないもの」
「そうですか…」
「はぁ」とため息をついて、ラン君は話し始めた。
「何からお話すればよいか…そうですね、まずはこの世界とあちらの世界のお話をしましょう」
あちら?あの世とこの世みたいなもの?
「いえ、そのような俗世に関わるものではなく、次元や時空のことです。この世界、地球規模ではなく時空を超えた世界の存在は三つほど健在しております。まず、我々はこの人間の住む世界を<人間界>と呼んでいます。次にこの世界とは違う次元の平行世界の内の一つを<下界>と呼び、この世界には先ほどの勇者様の敵…所謂魔物が蔓延っている世界です。そして、最後には我らが勇者様がご誕生なされた<光界>という世界。この三つの世界は、互いがその領域を侵さないということで平穏を保ってきていました」
…ちょっと待って。健在ってどういうこと?他にも世界はあったということ?
「勇者様のご推察通りです。まだ他にもこのような世界はありました。しかし、幾度にも重なる内乱や戦によって滅びているのです」
ラン君はその<光界>という世界で生まれたのよね?
「はい。初代勇者様が<光界>にて産み落とされてから、その30年後くらいに私という存在が確立しました」
…え?初代勇者が産まれて30年後?私が4代目だから…ラン君今何歳?
「そうですね、この世界に換算いたしますと…ざっと300前後かと」
な、長生きだね…。それで、肝心な話。どうして私が勇者に選ばれるの?私はそんな異次元から産まれたわけでもなければそんな話は聞いたことないんだけど。
「勇者様は選ばれるものではなく、受け継がれるものです。前勇者様がお亡くなりになられた後に、その力は<光界>か<人間界>を彷徨い、次世代を担う魂へと受け継がれていくのです。しかしながら、その受け継がれるための資格や資質などは誰にも分からず、いつ次の勇者様がご誕生されるのか分からない状況になってしまうため、二つの世界を行ったり来たりして勇者様を見つけだし、お守りするのが私たちの役目です」
私たち?ラン君の他にも同じような人がいるの?
「はい。もともと<光界>は勇者様を迎えるための世界であり、そこに住む半分の民は兵であり、勇者様のお仕えする騎士です。私は<光界>の勇者様直属の護衛騎士団副団長を勤めさせていただいております」
…駄目だ。頭がおかしくなりそう。こんな話、信じられるわけがない。質問していい?
「はい、なんでしょう」
この勇者って役目は、どんな役目なの?
「…<下界>には先ほど言ったとおり、魔物が蔓延る世界です。そして、その中でもその魔物たちを治める魔王が君臨しています。その魔王の力は強大で、一定時期になると封印から目覚め魔物たちを使って二つの世界へと侵略を謀るのです。歴代勇者様はその魔王の封印をするためにその力を授かっているのです」
魔王を封印したその勇者様のそのあとの人生は?
「…………………」
ラン君?
「私も…あまり詳しくは知らないのですが、歴代の勇者様たちはそのお力を使い果たしたあとは、そのお命を…」
…待ってよ。勇者様の役目を終えたら、そのまま死んじゃうってこと?
「……おそらくは」
「ふざけないで」
ラン君は目を伏せたまま、一気に鋭くなった私の視線に耐える。それでも、私の怒りは収まらない。
「勇者様は魔王を倒したあと死んでしまいます。そんな話を聞いて、素直に役目を果たそうと思えるの?」
「しかし、そうでもしなければこの三つの世界の均衡が…」
「だからって、私に死ねっていうの?悪いけど、勇者なんて役目は御免だわ」
「?!」
ラン君は目を見開いて私を見上げた。
「その歴代の勇者様たちが何を想って何をしたのか知らないけど、私にはやらなくちゃいけないことがあるの。そんなホラ話とも捉えられることにホイホイ賛同なんて出来ない」
私はきっぱりと、勇者なんて請け負わないと言った。ラン君の顔から驚愕や困惑の色が見えたが、そんなの関係なかった。
私の人生は私のもの、誰かに決め付けられた人生や誰かのために生きる人生なんて御免真っ平なの。私は、私の意志でこの人生を歩いていく。誰かに流されたり縛られたりすることなく、私自身がこの人生を決めるのよ。運命なんて信じない、神様なんていないの。
勇者?魔王?死ぬ?ふざけないで。他人の人生を何だと思ってるの?歴代の勇者様だって、未練を残して死んでいったに決まってる。なのに、その残酷な運命をまた繰り返そうというの?たとえ殺されても、私は嫌だ。
「で、ですが、それでは魔王は…」
「ラン君たちでなんとかしなさいよ。私の居場所はこの世界だけよ」
ばっさりとラン君の言葉を切り捨てた。
そのラン君は捨てられた子犬のようにしょんぼりと肩を下ろしていたが、しかたがない。嫌なものは嫌なのだ。
私は大きく溜息を一つ零した。
「悪いけど、お引取り願える?」
おっと、ヒロインのせいで完結まっしぐらか?
とても我の強いヒロインですね。
そんなヒロインを、ランくんは説得できるのか?
というか、出来ないと終わっちゃうから頑張って!
こんな完結なんてやだからね!