第二話「勇者サマは覚えてない」
なんだか綺麗な青い瞳に見つめられ、そしてその綺麗な声で紡ぎだされた言葉を私は現実として捉えることは不可能だった。つい、無駄だとは分かってはいても周りを挙動不審気味に見渡すが、綺麗な青い瞳は相変わらず私に向かって一直線だ。…いや、嬉しくないんですが。
「…えっと、誰ですか?」
やっと出せた声は低く掠れかけていた。いや、むしろ出せたことを褒めてください。この不審者を蹴り飛ばさなかっただけでも寛大な心だと褒めてください。
私の言葉に、今度は若い男がえ?って顔をした。…何これ、ドッキリ?私今そんなに変なこと聞いた?
「どこかで会いましたっけ?でもこんな人、いたら忘れられないけど…」
個性的なキャラという意味で。だって、会って開口一番に勇者様って…これを個性と言わないならただの頭の狂った変人だ。もしくは深刻的な電波さんか。
若い男は立ち上がり、さらに私に近づいてくる。ち、近い…!そうは思ったものの、まじまじと見ずにはいられなかった。容姿年齢は18、19歳といったところ。綺麗に手入れされたのだろう黒髪が靡くたびに青い瞳が私を捉える。顔も少年から青年へと変わりつつあるような若い顔立ちだった。しかし、その服装は…なんとも言えなかった。だって!だってこの男鎧着てるんだもん!騎士のような頑丈な鎧を黒く染め、さらには紺色のマントをたなびかせる。
「お忘れになりましたか?勇者様」
やっぱり、いい声だ。大人の渋みのある声ではなく、果てない優しさのそこから吹いてくる風のようにとても穏やかな声。正直言うと、とても好みです。
…じゃなくて!お忘れに?いや、だから忘れるもなにも会った覚えがない。こんな格好いい男ならなおさらだ。
「人違いでは?私はあなたを知りません」
とりあえずそう告げて、相手の反応を伺う。すると若い男は右腕を自分の顔のほうに向けて喋り始めた。いや、腕にではない。正しくは腕に直接嵌め込まれているのだろう青い石に向かってだ。
「団長」
一言、若い男が呼びかけると石から年齢を重ねた渋みのある声が聞こえた。
『どうした。見つけたか?』
「それが、勇者様を見つけることは出来たのですが…」
若い男がそう言うと一瞬私を見た。まだ私を勇者様と言い張るきか。
『それなら一度戻って来い』
「いえ、どうも様子がおかしいのです」
私から見たら君のほうが変に見えるんだけどね。
『何か問題でもあったか?』
「はい、この代の勇者様に我らの記憶が残ってないと思われます」
この代?我ら?記憶?
変な単語がいっぱい出てきた。これから大学の勉強したいのに、こっちのことが気になってしょうがない。一体何がどうなってるの?
『…それは本当か?』
「おそらくは。まだ確定したわけではないのですが、僕のことを覚えていませんでしたので」
『それは厄介だな…』
だから、君たちに関わってる今のほうがすごく厄介だよ。
『一度来い。話はこれからだ』
「了解しました」
話は終了したようで、若い男はまた私の前で跪いて頭を下げながら口を開く。
「先程は馳せ参じるのが遅く、お手を煩わせてしまい申し訳ありませんでした。私の名前はラン⁼シャーウックと言います。どうぞ、お好きなようにお呼びください。出来れば、今代勇者様のお名前だけでもお聞きしたいのですが…」
そこまで言って顔を上げ、じっと私を見る。え?その今代勇者様って私のこと?
「柚木美優です。あの、シャーウックさん…」
「私のことはどうか、ランと呼び捨ててください」
会って間もない男の名前を呼び捨てにしろってか。でも言うこと聞かないと面倒だし、しかたない。
「ラン君」
「ですから、呼び捨てを…」
「これは妥協案だよ。それが嫌なら犬って呼んであげようか?」
私は冗談のつもりで、私の案を受け入れてくれるように言った。
なのに、目の前にいるラン君はその言葉を恍惚と受け入れるように目を閉じていた。
「勇者様の犬…ああ、なんて甘美な響きでしょう。勇者様のお側にいれるのみならず、犬という側近の地位まで与えてくださるとは…とても嬉しく思います」
「………」
この鎧の男は、大変マゾちっくな男でした。忠犬も真っ青なほどに歪んだ一途さだよ。重いよ、鉛のように重いよ…。
まだうっとりと犬という言葉の感触を味わっているラン君に、私はなんと言葉をかけていいのか分からず、とりあえずとても冷えた視線を送った。
ヒロインと、その仲間の登場。
のはずですが…その仲間がとても残念ですね。
個人的に、こういう噛み合わせの悪い組み合わせは好きです。
勇者様とその騎士ではあり得ない関係ですが。