#2///Our connections
僕らは繋がりを求める
この不安と孤独で溢れる世界で。
*****
「大変よ!真央!!」
翌日、登校して席に着こうとした私にそんな声が投げかけられた。声の聞こえたほうに視線を動かすと、扉の外にさくらが立っていた。
「どうしたのさくら?息あがってるよ?」
「私の息なんてどうでもいいの!とにかく来て!!」
そうして、学校に来て早々、私は教室から走り去ることになる。
「ハァ・・ハァ・・、ここよ」
「はあ・・はあ・・、ここは・・・」
目の前にあるプレートには『3-6』、ここは3年6組の教室前の廊下だ。
さくらは呼吸と走ってきて乱れた髪を整えながら話してきた。
「昨日の今日って言うかもしれないけど・・・私・・・、その机の話が本当かどうか試したくて・・・、朝この教室に来てみたの。入る瞬間、なんか“感じた”気がしたんだけど・・・あんまり気にしなくて・・・。そしたら、机に・・・」
さくらの呼吸は一向に整わず、むしろ乱れているようだった。さっき走ってきたせいだけではないようだ。なにかに“恐怖”しているような・・・。
さくらはそれから先は話せず、押し黙ってしまった。
この扉の先になにが待っているのか。大体の予想は付く。
扉に手を掛けた。冷たい感触が指先に伝わる。
震えてきた手に力を込めて、私は教室の長い静寂を破った。
――まただ。なにかを“感じる”。
昨日と同じ感覚に、私は少しだけ悪寒を感じた。隣のさくらも感じているらしく、私の肩に手を置いてきた。肩を通して、さくらの恐怖が伝わってくるようだ。
ゆっくりと、教室の端へと歩を進める。教室には私とさくらの息遣いと足音が空しく響いている。それがまた不気味で・・・。まだ日が昇り始めた頃合なのに・・・。教室の中が別の世界のようだった。
太陽の光に照らされている机の上には、昨日私が書いた『あなたは誰ですか?』という文字があった。そして・・・
『吉村悠季』
薄く、だけど綺麗な・・・
私のメッセージの隣に、そう書かれていた。
「これ、真央の字でしょ?」
さくらの声が震えている。肩の手も僅かだが震えていた。
「うん・・・。私が昨日書いた・・・」
『吉村悠季』。8年前の事故で亡くなった高校生。
怪談は、嘘ではなかった――。
「・・・サイコーーーーーーじゃなーーーーーい!!!」
瞬間、炸裂。
私の耳元で、“超高音波エコロジー音撃破”と命名しても遜色ない声が響いた。
「ちょっ、さくら!」
「怪談は本当だったのよ!ちゃんとあの世から返事が来た!これ真央の字でしょ!?あんた流石よ!私が見惚れた女なだけあるわ!!」
きゃぁぁぁ。と、一人興奮しながら机の文字を見ているさくら。
・・・さっきの声や手の震えは恐怖からではなく“好奇心”からくるものだったらしい。嗚呼、一人でビクビクしていた私のバカ・・・。我ながら単純過ぎて泣けてくる。
そんな内心を知らないさくらは舞い上がっている。
今日も平和だなあ・・・。
そう切に思いたかった朝だった。
その日からというもの、私とさくらは毎日の如くその机にメッセージを残していた。
さくら曰く、本当の怪談に出会えたのは生涯初めてらしく、この会談は私が徹底的に解明する!と意気込んでいる。そしてそれになぜが協力させられている私。・・・正直、勘弁して欲しかった・・・。
3年生は合宿を終えて学校に登校するようになってから、放課後、私達は3年生が全員教室を出るのを見計らい、さくらが机にメッセージを書くことになった。そして翌日、まだ誰も登校しない早朝に私達は3-6の教室へ行き、メッセージの返事を見る。メッセージの内容は様々で、時には真剣に、時にはお茶らけて・・・。その全てに返事が返ってきた。
やはりあの世からの返事とは本当らしく、その返事の内容は全て事実と裏づけが出来た。
・あなたは誰?→吉村悠季
・非常にお聞きしにくいのですが、当時の学校前の道路で起きた事故についてお話頂けますか?→8月3日の午後3時、この学校の目の前の大通りで、トラックに撥ねられそうになった小学生を高校生が庇い、結果、その高校生は死亡してしまった事故です
・8年前、その事故で亡くなった高校生の悠季さんですか?→そうです
・あなたの当時の在籍番号を教えてください。→3640番です
・因みに、彼女は居ましたか?→いました
・彼女とはラブラブでしたか?→相思相愛だったと思います
・あなたはもう、死んでいますか?→はい
途中で変なメッセージ(質問?)になったのは年頃の女子の性であるが、その他の在籍番号、名前、事故に関する内容は全て合致している。途中、私は気味が悪く思ったが、それは次第に興味へと変わっていった・・・。
「やはりあの世からのメッセージと見て間違いないようね」
最初のメッセージを書いてから一週間後の昼休み、私とさくらは4組の教室でお昼ご飯を食べていた。
俄かに信じられないことだけど、事実、自分の目の前で起こっている事を、どうやって否定すればいいのか、私には分からない。だから私は、そのまま受け入れることにした。そんな私とは器が違うのか、さくらは意気揚々とこの怪談について思考している。・・・こんな時だけ、私はさくらを尊敬してしまう。
「ねぇ、真央はどう思う?」
「どうって?」
「この事、信じられる?」
「・・・信じるもなにも、目の前で起こってることだし・・・」
「そうよねぇ・・・」
さくらはうーんと唸りながら、また思考の海へと入っていった。
そんなさくらから私は視線を外し、自分の教室を見渡してみた。賑やかな教室では、生徒がいくつかのグループに分かれているようだった。おしゃべりに熱が入っているグループ、難しい数学の課題に数人がかりで解こうとしているグループ、各々のギャグを披露しているグループ、なぜかみんなで寝ているグループ・・・。色んなグループがあるけれど、みんな、楽しそうだ(寝ているグループは除く)。私の目には、ただ毎日をお気楽に生きているようにしか写らない。ただ、将来に対する不安から目を背けている様にしか、写らない・・・。それが、無意味な苛立ちを覚えさせる。そんな自分にもまた、苛立ってしまう自分が居た・・・。
「・・・まぁ“一人より二人、二人より三人”って言うしねぇ・・・」
不意にさくらが発した言葉。胸の中に小さな苛立ちを残しながら、私は視線をさくらにもどした。
さくらはゆっくりと私と視線を絡めさせて、嫌な予感バリバリの笑顔を見せてきた。そして・・・。
「ハイみんな注目―――!!」
いきなり机の上に立って、
「怪談好きなヤツ、暇なヤツ、群れるのが好きな阿部とか!」
とてもきらめいた笑顔で、
「ここに集まれ―――!!」
教室に叫んだ。
そして、数秒の沈黙の後・・・。
「ご氏名ありがとう御座います。阿部幸久、只今参上!!」
阿部くんの爽快な声に続き、教室中のみんなが集結した―――。
「―――というわけなんだけど、みんなはなんか耳寄りな情報とか知らない?」
さくらは、私達二人が経験したことを全て話した。
みんなの顔を見てみると、びっくりしている人、真っ青になっている人、さくらと同類なのか、興奮気味な人・・・。いろんな表情があった。
「でもよ、南さん」
クラスの男子が手を上げながら言ってきた。
「そんな8年前のことを、なんで今更調べたりしてんの?必要なくね?」
その言葉に、阿部くんが。
「バカちんっ!さくらにそんなこと言った俺みたいに処刑されちゃうぞ☆」
「安心していいわよ?最初は貴方からだから♪」
「生贄フラグ立っちゃった!?」
ドッと笑いが上がる。私も少しだけ笑ってしまった。
「でもさ、8年前に死んじゃった・・・悠季さん、だっけ?高校3年生で死ぬなんて、可哀相だよね・・・」
「そうだよね・・・沢山したことあっただろうしね」
空気が滞るのが、肌で感じれた。まさに水を差すとはこのことだろう。ついさっきまでの笑いは太陽が地平線に沈んでいくように萎んでいった。発言した女子の二人も、居心地が悪そうにした。
18歳で、生涯を閉じてしまった。
その言葉に、私は少しだけ、妬みのようなものを感じていた。不安の無い、真っ白で自由なソレに、私は憧れているのだろうか?
現実から逃避しているだけ?将来への不安を紛らわしたいだけ?それとも・・・。
そんな自問自答の最中、一人の声が、私の心に響いた。
「バッカだなぁ、昔の人のことを考えても詮無いじゃん。みんなはやりたい事ないの?」
夏紀くんだった。
夏紀くんは私の真後ろに立っていた。・・・まったく気がつかなかった。
「はいはいはーい!僕ちんは海○王になる!」
「幸久、それ古いから」
「なにおうっ!人の夢をバカにするなっ!」
・・・阿部くんは海○王になりたいんだ・・・。
と、周りのみんなも自分の将来について語り始めた。
「俺は警察官かな!なんかカッコいいし」
「あたしは保育園の先生!」
「うは、幼稚っ」
「なんですって!」
「ここはやっぱプロ野球選手だろうよ!」
「カリスマエリート女弁護士って、どうよ?」
「きゃぁ~、カッコいい~♪」
・・・やっぱり、私だけ・・・、なのかな?
また不安が募る――。
「えぇ~?みんなもう将来の夢とか決めてるの!?私なんて未だだよ!!」
・・・え?
誰かが、そう言った。
「俺も未だ決めてねぇなぁ~」
「私もまだ~決め切れないぃ~」
・・・私だけじゃない・・・?
私だけじゃ・・・ないの?
・・・さっきまでの不安は、嘘のように無くなっていた。
「まぁ決めてなくなってイイじゃない♪」
そう言ったのは、このクラスの委員長である、“本居沙希”さんだ。
「私だって、将来未だ決まってないよ?」
「「「ええー!?そうなのーー!?」」」
一斉に驚くみんな。私も例外ではなく、その事実は驚愕だった。委員長である沙希さんは、もう将来のこととか決まっているんだろうなぁと思っていたが、それは早とちりだったようだ。
「さくらさんと真央さんは、将来とか決まってる?」
沙希さんがこちらを見ながら聞いてきた。
私は自分の可能性を信じているんで、とさくら。つまり決まっていないようだ。阿部くんが「怪談オタクじゃないの?」と聞いてきて、さくらのアッパーが炸裂したのは言うまでも無い。
「・・・私も、まだ・・・」
「藤野さんもまだなんだー、一緒だね!」
「まぁまだ先のことだもんね、気楽に行こうよ!」
「そうだぜ!俺と一緒に海○王を――」
「お前は黙れ!!」
・・・みんなも、同じだったんだ・・・。
そう思うと、自然に笑顔になれた。
「・・・あのさぁ、いい雰囲気のトコ壊して悪いんだけど・・・」
一人の男子が言った。
「次の移動教室、間に合わないよ?」
みんなは一斉に、前の黒板の上の時計を見た。
「「「わぁぁぁぁぁ!!遅れる―――!!」」」
その後、クラス全員で担当の先生に怒られたのは、もはや変えようが無い事実だ。
あれから数日たったある日の昼休み、私達はまたみんなで怪談のことについて話し合っていた。
あの日から、私は周りの女子とも話しをするようになった。
「――って訳なんだけど、どうよ?」
今回のみんなの中心はさくらではなく男の子。
サッカー部の“如月恒”くんだ。
「えぇっと・・・つまり・・・」
恐る恐るといったカンジで、阿部くんがさっきの話しを繰り返す。
「我等がプーさんこと、“原口先生”は、8年前の悠季さんの担任だったってこと?」
「うん、多分間違いないと思う」
新たな疑問に、私とさくらは目を合わさざるを得なかった。