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夏色の机  作者: 春暉
1/6

#1///Message from the world


この澄み切った青空に届くように


僕は声を枯らして止まない。

*****




 真っ青な空に輝く太陽。周りの空気は肌を火照らせ、滲み出る汗が地面に落ちる。

 空は清々しいくらい青く、限りなく澄み切っていた。

 セミの声が空に響き、人々の声が空に解けた。

8年前のあの日も、こんな夏の日だった・・・。




 騒々しい朝のHR前。私は自分の席に座り、頭を沈めていた。

 中学生以下にとっては楽しい楽しい夏休み。高校生にとっては長期休校と言ってはいけないとみんな心の中で叫んでいる、そんな夏休み。私も心の中で叫んでいる人間に部類される一人だ。

 やっと梅雨が明けて晴れ晴れとした天気が続く今日この頃、私の気持ちは現代っ子みたいな天邪鬼でいっぱいだ。なぜか?それはまごうことなく、“夏期補習”のせいだと言い張れる。うん、自信が満ち溢れるくらい。

 そして、勉強だけでなく部活も忙しく、毎日疲れを溜めたまま学校へ通っている。

 青春を謳歌できる輝かしい高校生時代、なんて・・・。

 と、疲れて不貞腐れている私の聴覚に、1年4組の教室の扉を粗雑に開ける音が聞こえた。


「こらー!朝っぱらから五月蝿いぞお前達!その元気を勉強に使わんか!」


 ゆっくりと顔を上げてみると、割腹の良い我等が担任、原口先生が立っていた。原口先生はちょっとばかり太っていて、お父さんみたいなカンジがするが、その眼光は鋭く、その目だけを見るととても教師とは思えない程だ。


「僕等は青春してるんです、先生!」


 5、6人の男子のグループの中にいる一人がそう言った。すると、周りに居た男子がそれぞれに変なことを言い出した。


「おお、愛しのエリーよ、僕の妻になってくれ!」


「私はナタリーよ!エリーって誰?まさかジョニー、不倫ね!?浮気者!」


「しまった!今のは間違いだ!ナタリーよ、信じてくれ!僕の愛は本物だ!」


「・・・お前らみんな精神外科行って来いよ・・・」


 ・・・と、訳の分からない中世ヨーロッパ風のコントを始めた。それに笑うクラスメイト。幸せそうにそれを眺める原口先生。

 私だけが、その雰囲気に入りきれておらず、とても疎外感を感じてしまう。

 “青春”そのフレーズが嫌に繰り返される。

 チャイムが鳴り、クラスメイトみんなが自分の席に着いた。みんなの笑顔が回りに溢れている。そんな中、私だけが笑っていない。そう、私だけ・・・。

 と、そんな気持ちを吹き飛ばすように、教室の扉がまた開いた。


「ッッセーーーフッ!!間に合った、俺!!」


 乱暴に開け放たれた扉に立っていたのは・・・


「またかよ夏紀?全然間に合ってねえよ!」


「うるさい!登場シーンがカッコよかったからセーフだよ!」


 短く切った髪をすかし、爽やかな笑顔と汗を流して登場してきたのは、私のクラスメイト、“吉村夏紀よしむらなつき”だ。その屈託のない笑みと人懐っこさでクラスの人気者。いつもみんなの中心にいるような存在だ。


「そんなことには成りません。遅刻カードを書いてこい」


「そんなぁぁぁ、プーさーん・・・」


「プーさんではない、リチャード・ギアだ」


 ドッとまた笑いが出る。夏紀はワザとらしく肩を下ろし、遅刻カードを取りに行った。

 そんな、いつもと変わらない日。だけどこの後、この日を境に、私の人生は大きく流転することになる。




「この学校の怪談って知ってる!?」


 昼休み、モソモソとお昼ゴハンを食べていた私にこんな突拍子も無いことを言って来たのは、クラスメイトの“南さくら(みなみさくら)”だ。


「・・・は?」


「いや、だからね、この学校の怪談!教えてあげようか!?」


 さくらとは小学校からの付き合いだ。無類の怪談好きで、真夜中、ロウソク一本で怪談話をさせたら先ず右に出る者は居ないだろう。以前、さくらの怪談話を聞いていた女子が失神したことをこの目で見たことがある。あの強烈過ぎる記憶は、未だに忘れられない。


「怪談って・・・、私興味ないし――」


「よし分かった!この私が教えてあげようじゃないの!」


・・・こう、人の話を聞かなくなったさくらほど止めるのが厄介な人物も居ないと思う。が、そんな厄介なさくらをとめることが出来る人物が、このクラスには居た。


「おお?なんだ、怪談話か?・・・俺も混ぜろっ!」


 そう言ってきたのは、朝のHRでジョニーだった男子、“阿部幸久あべゆきひさ”だ。彼はとにかく楽しいことが好きらしく、今朝のように、いつもお笑いをとりに行く。そんな阿部くんは、なぜかさくらの暴走を上手く鎮める手立てを心得ている。何故心得ているかは、謎である。


「幸久!あんたは邪魔よ、これは私と真央だけの秘密なんだから!」


「いいじゃんかよ~、ケチケチすんなってば」


「ダーメ、混ぜてあげない」


「・・・そう言えば駅前の喫茶店で“オバケパフェ”ってヤツが――」


「奢ってくれたら混ぜてあげる」


「はっはっは、交渉成立だ!」


・・・と、この様に上手くさくらを操っている。さくら本人は、『操られているフリをしているだけ』と言っているが、実際のところ普通に操られているようにしか見えない。


「夏紀!お前も一緒に怪談話しようぜ!」


「俺オバケ怖いっす」


「はい君に拒否権から人権までありませんー」


「俺、人じゃない!?」


 まだゴハンを食べている最中の夏紀くんまで加わり(強制参加)、私達4人で学校の怪談が始まった。


「ねぇ知ってる?」


 さくらの声。いつもともなく低く、寒々しい声で切り出した。


「この学校の3年6組教室、40人編成のクラスに対して机が41脚あるんだ。そして、最後の机にはね、人数どおり誰も座ってないの。座る人が居ないのに、机だけあるの。そしてね、その机ってのがね・・・」


 いつの間にか、クラスが静かになっていた。クラスメイト全員が私達4人を囲むようにして、さくらの話をじっと聞いている。さくらの声だけが響く教室。朝の雰囲気とは対照的で、まったく違う場所に来てしまったようだ。まさに、怪談には持って来いの空気。


「その机ってのがね・・・」


「きゃぁぁ、怖いわダーリン!!」


 そんな空気をぶち壊したのは、阿部くんだった。しかも・・・


「ちょ、怖いわ!吃驚するだろうが!てか暑い!離れろバカ!!」


 隣で静かに聞いていた夏紀くんに抱きついている。夏紀くんはさっき宣告したように、ホントにオバケ系のものが怖いようだ。阿部くんに抱きつかれた時、体がビクッとしたのを私は見た。そして、自分が置かれた状況を理解したのか体感したのか、引っ付いている阿部くんを剥がそうとしている。

ぶちっ。私の隣から、そんな音が聞こえた。私はこの音を知っている。なぜならば、この音の正体は・・・。


「・・・阿部」


 さくらが切れた時の音だからだ。さくらは昔から、自分の怪談話を邪魔されるのが嫌いだった。こうなると、怒りが収まるまで大人しくして置くのが一番だ。私は少し椅子を引き、臨戦体勢に入った。


「おい、阿部」


「へい!・・・ってあれ?さくらさん?ちょっと、目が怖いんすけど・・・?」


「・・・ちょっと顔近づけろ」


「?」


 瞬間、炸裂。

 さくらの右ストレートが阿部くんの顎を捉えた。

 バターン!という音と共に、阿部くんは直立したまま倒れてしまった。

・・・気まずい雰囲気が流れる・・・。


「・・・自業自得ってヤツだ。幸久は放っておこう」


 夏紀くんはそう言うと、大の字で倒れている阿部くんを足蹴し始めた。つい今放っておこうと言った人物の行動とは思えない天邪鬼ぶりに、クラスメイトが笑った。そして、他の男子達もそれにつられて阿部くんを足蹴する。・・・正直、阿部くんが可愛そうに見えてきた。


「あーあ、せっかく良い雰囲気だったのになぁ」


 残念そうにさくらが呟く。


「まぁ仕方ないよ。続きは今度聞いてあげるからさ」


「ホント!?真央ー、愛してるわ!!」


 そう言って、さくらは阿部くんと同じように私に抱きついてきた。・・・暑い。離れてちょうだい、そう言おうとした時。


「続きは今度じゃなくていいよ」


 いつの間にか、夏紀くんが前に立っていた。阿部くんはまだ蹴られている。

 どこか遠くを見つめるような、虚空を見つめるような・・・。夏紀くんが、喋った。


「その机になにか書いたら、それに対して返事が来るんだ。あの世から・・・」


 賑やかな教室で、小さな寒気が走った・・・。




 放課後、ここは3年6組の教室の前の廊下。あの後、さくらのキレようといったら説明が出来ないほどだった。

『なんでオチを先に言うのよ!?』

とか、

『知ってて私の話を聞くなんてもってのほかよ!死刑!』

とか、

『駅前の喫茶店のオバケパフェ奢ってもらうんだから!!(?)』

とか・・・。

 とにかく、大変だったのだ。そんなさくらの怒りの矛先である夏紀くんは、放課後になるや否やどこかへ消えてしまった。おそらく、さくらの追撃を逃れる為だろう。私は夏紀くんを探しているさくらを置いて、一人でここに来た。今日は3年生は全員居ない。なんでも勉強合宿があるとかなんとかで、近くの宿泊場に2泊3日の楽しい楽しい(?)合宿に行っているそうだ。


「返事が来る・・・かぁ・・・」


 正直、信じることが出来なかった。夏紀くんのオチを聞いた後にさくらから聞いた話だが、その席は何でも8年前に交通事故で亡くなってしまった人の席らしく、その返事というのもその人の幽霊の仕業だ。というらしいが、それもどうかと思う。

 そんな疑心暗鬼な心持ちで、私は教室の扉を開けた。

 ガラガラガラ。と音を出しながら、扉が開いた。

 当たり前だが、教室はとても静かだ。しかし、なにか変な空気を感じる。どこが変。といった的確な指摘は出来ないが、どことなく、変なのだ。

 怪談を聞いた後だから、ちょっとだけ怖くなったが、それでも私はゆっくり、目的の机の方へと歩いていった。

 窓からさす太陽の光が、その机を照らしていた。机の上に落書きは無く、表面はとてもキレイだった。指が角をなぞりながら、机の上を滑る。

 ・・・すこしだけ、興味が湧いてきた。

 確か、明日まで3年生は学校に来ないはず。

 私は、制服の胸ポケットに刺さっているシャーペンを手に執った。そして・・・。


『あなたは誰ですか?』


 キレイな机に、黒い文字が描かれた―――。



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